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52話 僕はエリーシェさんに任せてみたのですが

 ポーシーの町からラギュット山の麓までは馬車で半日近くかかるとのことで、僕達は早朝に出発することとなりました。

 空を見上げれば清々しさの欠片もない相変わらずの曇天。

 こうして朝に見ると、空を覆う分厚い煙の異様さが顕著です。


「黒いですね~。真っ黒です。ディータさんも見てください~。真っ黒ですよ~」


「……そうですね」


 何が面白いのか分かりませんけど、エリーシェさんは馬車の窓から空を見て、黒い黒いとはしゃいでいます。

 その能天気さは正直羨ましいですね。

 ガタゴトと揺れまくっているのが気にならないのでしょうか。


「エリーシェ。悪いのですけど静かにしてくださる? 私、少し気分が優れなくて……うぷ……っ」


 一方でニルヴィーさんは、かなりやられてしまっているご様子。

 でもこれが普通の反応です。

 なにせ森の中を通る道はまともな舗装もされておらず、とてつもなく頭がシェイクされているのですから。

 僕もボーッとしていなければ危ういところでしょう。


 なのになぜか元気なエリーシェさん。


「じゃあ歌います~? 元気になる歌、陽気になる歌、なんでもいいですよ~?」


「だから静かにしてと……」


「そうですか~? ん~……じゃあ歌いますね~」


「……」


 もはや突っ込む気力もないようで、ニルヴィーさんは沈黙。

 それを了承と取ってしまったのか、エリーシェさんが歌い始めてしまいました。

 天使のような歌声で、悪魔のような旋律を……。



 ……。



 エリーシェさんの歌を評価すれば、聞いた瞬間大地が喪失したと錯覚するほど平衡感覚を失わせる強力な歌といったところでしょうか。

 そんなものを揺れる馬車の中で聞かされ続けてしまったニルヴィーさんが、リバーサーになるのは時間の問題だったわけで。

 出発してから四時間。

 僕達は、森の奥深くで休憩を取ることになりました。


 馬車が止まるや否や走り出したニルヴィーさんは、食物を大地に還元しに行ったご様子。

 一人食物連鎖状態なのでしょう。

 まぁミントさんのように間欠泉ごっこをしないあたり、さすが貴族様のご令嬢です。


「かなり山が近付いてきましたな。あと半分ほどといったところでしょうか」


 馬を休ませているゾモンさんが、馬車を覗き込みながら伝えてくれました。

 あと半分。

 それを聞くと、僕もゲッソリしてしまいます。

 乗馬技術があれば馬の方が……と思いましたが、護衛の方々がお尻を擦ってるところを見ると、馬も大変そうですね。


「ニルちゃん大丈夫でしょうか~? 歌でも聞かせてあげたほうがいいですかね~?」


 エリーシェさんはニルヴィーさんを()る気なのですか?

 出来ればそっとしておいてあげて下さい。


 しかし確かに心配ですね。

 もう森の中に消えてから、二十分くらい経っています。


 乙女の醜態を見ないようにと気を使っていた護衛の方々も、なんだかソワソワしだしました。


「ゾモン隊長。様子を見てきたほうがよろしいのでは?」


「うむ……」


 ゾモンさんも両手を組んで思案顔。

 見に行っていいものかどうか悩んでいるようです。


 と、その時でした。


「――ッ!? 防衛陣形ッ!!」


 ゾモンさんが何かに気付き、すぐさま号令を飛ばしたのです。

 すると護衛の方々が一様に盾を構え、エリーシェさんを護るように包囲しました。


 少し遅れて僕も気付きます。

 殺気。

 森の中から、複数の殺気を感じるのです。


「何者だッ! 姿を現せッ!!」


 エリーシェさんの肩を押し込めてしゃがませ、ゾモンさんが森に向かって大声を上げると、数瞬の後。草木を揺らして男の人達が現れました。

 どなたも色白の端整なお顔立ちで、金色の髪を揺らせながら弓を構えています。

 服装は白い毛皮のような素材で、上下一繋ぎの民族衣装。

 ……おや?

 ひどく見覚えがあるのですけど。


「何をしに来た人間。まだ森を焼こうというのか?」


「何を言って……ん? 貴様等、まさかエルフか!?」


 そうです。

 あれはミントさんが着ていらっしゃる服に酷似しているのです。

 それに良く見れば耳も尖っていますし、間違いなくエルフの特徴じゃないですか。

 身近なエルフさんは褐色なので、色白だとすぐにエルフと結びつきませんでした。


「誤魔化す気か? お前達が森を焼き払おうとしていることなど、とっくに耳に入っているのだ。だてに尖っているわけじゃないのだぞ」


 キリリリリと、弓が引き絞られています。

 返答次第ではすぐにでも射掛けてくるつもりかもしれません。

 でもエルフとは、博識で思慮深く、温厚な方々だったのではなかったですか?

 ……例外も近くにいますけど。


「ま、待て! 我々はただラギュット山へ向かいたいだけなのだ!」


「信じられると思うか? 大方、我等が邪魔で排除しに来たのだろう?」


 ついに、ヒュッと風を斬って矢が放たれてしまいました。

 それはトスンとゾモンさんの足元へ深々と刺さり、彼等の本気具合が窺えます。

 今のは威嚇射撃でしょうけど、交渉の余地なしという宣言でもあるのです。


「大人しく引き返すのならば見逃してやろう。だがこれ以上進むのであれば……」


「く……っ! やむを得んか。我等とて使命を帯びて来ている以上、おめおめと帰るわけにも行かんっ!」


 ゾモンさんの言葉で、盾を構えていた護衛の方達が一斉に剣を抜きました。

 まさに一触即発。

 次の瞬間にも、血が流れること必至です。


「やる気か? だが、こちらには人質がいるのだぞ?」


 ゾモンさんが攻撃の合図を出そうとしたその刹那。

 機先を制するように、エルフの人が後ろ手に縛られた女性を引っ立ててきました。


「ニルちゃんっ!」


 捕まってしまっているニルヴィーさんの姿を見たエリーシェさんが、悲痛な叫びをあげました。

 恐らくリバースしているところを捕縛されてしまったのでしょう。

 口元がちょっとアレなことになってます。


「私のことは良いですからエリーシェを連れて逃げなさいっ!」


 ニルヴィーさんの言葉にゾモンさんが逡巡。

 ここでエリーシェさんまで捕まるわけにはいかないという考えと、ニルヴィーさんをなんとか助けて後顧の憂いを断つべきという考えの板ばさみでしょうか。

 難しい判断を迫られているのです。


「さぁどうするのだ? この女を見捨てて逃げ帰るか、それとも無理矢理先へ進んで女もろとも殺されるか」


 あくまでラギュット山を目指すなら戦う一手。

 ですがそうなればニルヴィーさんの命は保証出来ませんし、エリーシェさんだってどうなるか分かりません。

 かと言って町へ帰ってもニルヴィーさんが無事な保証はないですし、目的の達成は不可能となるでしょう。


 苦虫を噛み潰すように、ゾモンさんは「ぐぬぬ」と唸り続け。

 僕は固唾を呑んでその判断を待っていたのですが……。


「人質が必要なら私がなります。なのでニルちゃんを返してもらえませんか~?」


 あろうことか、エリーシェさんが前へ進み出てしまいました。


「いけませんエリーシェ様っ!!」


 慌てて引き戻そうとするゾモンさんですが、その足元に再び矢が射掛けられ、足を止めざるを得ません。

 僕もいざという時に備えて靴を飛ばす準備をしているのですが、あまり精度は高くありませんから。

 人質を取られていると狙いが難しく、冷や汗が出てきました。

 そうこうしているうちにエリーシェさんはエルフの方のもとまで辿り着き、両手を前に突き出してしまっていたのです。


「ほう。人間にしては殊勝な心がけだな」


「エリーシェ……貴女なんてことを……」


 絶望と後悔に顔を歪めるニルヴィーさんに、エリーシェさんは微笑みで返します。


「友達なんだから当然ですよ~ニルちゃん。それに大丈夫です。エルフさん達は、悪い方々じゃないんですから~。きっとこれには、何かふか~い事情があるんだと思います~」


 そうですよね? という視線を向けられたエルフさんは、エリーシェさんの手首を縛りながら少し困惑でしょうか。

 だって僕達を襲ってきた理由。さっき説明し終えてましたもんね。


「で、どうしてこんなことをなさるんですか~? 話せばきっと分かりあえます。分かり合えないことなんてないんですよ~?」


「だ、だから、それは貴様等人間が森を焼こうとするからだ」


「そうなんですかゾモンさん~?」


「い、いえ。我々はラギュット山へ向かいたいだけなので、森を焼くとかは関係がないかと……」


「だそうです。ほら、誤解じゃないですか~」


「それはこの場から逃げようと嘘をついているだけだろ!」


「ゾモンさん嘘は良く無いですよ~?」


「け、決して嘘など。ミリアシス様に誓って本当のことです」


「本当みたいですけど~?」


「い、いや、だからだなっ!!」


 凄いです。

 凄くネゴシエート能力ゼロです。

 未だかつて、僕はここまで雑な交渉を見たことがありません。


 なのにどういうわけだか困惑は広がる一方で、なんだか空気が変わってきました。

 エリーシェフィールドが展開されているのです。

 なんとなく、このまま押しきれるのではないでしょうか?


 と淡い期待を抱いたのですが


「ええい、もう良いっ!! 貴様等っ!! この女達の命が惜しくば大人しく縛につけっ!!」


 なんかもう投げ遣りになってしまったエルフさんの号令で、僕達はあえなく捕まってしまったのでした。


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