50話 僕はラギュット山を目指すことになるようです
巻き込まれてしまったことに呆然としている間にも、話はあれよあれよと進んでしまい。
ラギュット山に向かうメンバーはこのように決まりました。
まず聖女であるエリーシェさん。
それから彼女の専属護衛を務めているゾモンさんと、その部下の方が三人ほど。
聞いた話ではどなたも凄腕であり、冒険者ランクに換算するとB以上ということです。
そして最後に何故か僕。
一応理由として『奇跡の立会人』とか『勇者候補かもしれないから』とか言われましたが、最も強く推薦してきたのはゾモンさんです。
彼も入れ替わりのスキルを知っていますから、きっと何かあったらエリーシェさんと入れ替わってなんとかして欲しいと、そう考えているのでしょう。
それでも僕は、素直に頷くことが出来ませんでした。
別にエリーシェさんをどうでも良いと思っているわけではないですし、護衛任務的な仕事の依頼と思えば悪くない話でもあります。
なにせ相手は国家ですから。下世話な話、報酬も相応のものが見込めるのです。
でも不安なのです。
向かう場所は険しい山らしいので、シフォンを連れては行けません。
船旅となれば、ミントさんもご遠慮頂きたいところです。
となれば僕の留守中はミントさんとシフォンの二人だけになるのですが、実年齢はともかく見た目はまだ子供のミントさんですから。
どんな危ない目に合うか分かったものじゃないのです。
無事に任務を終えたとしても、二人に何かあったなら。
そう考えると、とても二人を残して行く気にはなりませんでした。
「やはりお断りしましょう。他の街へ行けば仕事もあると思いますし、危険を冒す必要は……」
一応ミントさんの意見も聞いてみようと、そう聞きかけたのですが。
しかし彼女は、僕より前に総主教様とお話中でした。
そして振り返って言ったのです。
「行ってこいディータ。なぁに、シフォンのことは心配するな。夫の留守を守るのは……夫なのかっ!? つまり私は妻なんだなっ!? よし来いっ!!」
「いつもの『よし来い』節で誤魔化そうったってそうはいきません。今、総主教様と何か取引しましたよね? 僕を売ったんですか?」
「ば、馬鹿なことを言うなっ! 私がお前を売る筈ないだろうっ!? ただちょっと……報酬のご相談がな?」
「それを売ったと言うんです」
ちょっと語気を強くしてみたのですが、しかしミントさんはめげませんでした。
最後には僕に縋り付き「頼むっ! なんでもするからっ!」と必死の懇願。
ん~、どうでしょうかね。
そこまでするほど魅力的な報酬を提示されたのでしょうか?
……あ。
もともとミリアシス大聖国に来た理由は、新しい聖魔法について調べるためでした。
ひょっとしたらそれに関係するのでしょうか?
……仕方ないですね。
自身の尊厳を賭けているという魔法研究。
僕も協力すると言ってしまいましたし。
「……分かりました。でも、本当にシフォンと二人で大丈夫なんですか? 僕もいつ帰れるか分かりませんし、ずっと宿に泊まり続けるというのも不安なのですけど」
「それについては心配いらぬよ。お二人の身柄は責任をもって我々が面倒をみよう」
提案してきたのは総主教様です。
国の為に行って貰うのだからその程度は当然。大船に乗ったつもりで任されよと、そのように言ってきたのです。
となれば、僕としても断る理由がなくなってしまいました。
「二人をお願いします」
深々と腰を折ると、総主教様は安堵の息を吐き出し
「うむ。こちらこそ聖女様をよろしくお頼み致します」
ニッコリ笑ってそう言われたのでした。
これで話はまとまり、あとは出発する日を決めるだけだと僕は思っていたのですが、エリーシェさんがいない間は、ニルヴィーさんが聖女代行を務めるという話になったところで
「そのことなのですけど、私も同行致しますわ」
なんとニルヴィーさんが同行の意思を示したのです。
もちろん総主教様は慌ててそれを取り消すように説得でしょうか。
「ようやく聖選が終って聖女が決まったのじゃ。その聖女様が不在になるだけでも大変なことじゃというのに、副聖女様までいなくなるなど認められん」
これはある意味保険なのです。
エリーシェさんに万が一があっても、ニルヴィーさんが残っていればなんとか体制を維持出来る。
期せずして造られた副聖女職ですが、これ幸いと総主教様は考えているのでしょう。
しかしニルヴィーさんは引き下がりません。
瞳に硬い意志を宿し、真っ向から自分の意見を押し通すつもりのようです。
「万が一を考えていらっしゃるのでしたら、それこそ私も同行するべきですわ」
「何を言っておる?」
「エリーシェさんに何かあったためにミリアシス様にお会い出来ない。その可能性だってあるのではないでしょうか?」
なるほど確かに。
となると、ミリアシス様に会える可能性を上げるか、聖女が失われないようにするか。
どちらを取るのかということでしょうか。
「それにエリーシェさんに代わって私が聖女になりますと言って、果たして国民は納得するでしょうか? 大聖堂の話は広まってしまっていますし、私がエリーシェさんを謀殺したと思われるのでは?」
「それは……。しかし少なくとも、ニルヴィー様を支持していた層は納得するのではないじゃろうか」
「実際の得票数がどの程度だったかは存じませんけど、多くはないと思いますわ」
悔しいですけれどねと、誰にも聞こえないほどニルヴィーさんは小さく付け加えていました。
強いですねニルヴィーさん。
負けを認め、それでも自分に出来る最善を探して行動しようとしている。
それが自分を負かした相手を助けるような行為でもです。
エリーシェさんに振り回されている印象でしたが、彼女は芯のある方なのでしょう。
なんだか格好良いです。
「重ねてお願いしますわ。どうかこのニルヴィーに同行の許可を。いざとなれば私はエリーシェを……命を捨ててでも、聖女様をお助けする覚悟です」
語気を強め、覚悟を言葉に乗せるニルヴィーさん。
その強い想いが伝わったのでしょうか。
総主教様はうぅむと唸り、エリーシェさんに視線を飛ばします。
すると彼女はニッコリ微笑み……おや? シフォンの? 肩に? 手を置いてっ!?
「シフォンさんを副々聖女に任命しま~す! よろしくね!」
「……まかされた」
はぁっ!?
「ちょ、ちょっとエリーシェさんっ!? いくらなんでもそれは――」
「大丈夫ですよ~。シフォンさんがと~っても良い娘だってことを、私も神様も知っているんですから~」
「……だいじょうぶ」
何がですっ!?
最近のシフォン「だいじょうぶ」って言っておけば良いみたいに思ってませんか!?
世の中そんなに甘くないですよ?
「それに私のことは、ディータさんが守ってくれるんですよね? ならますます問題ないじゃないですか~」
「……もんだいない。にぃ、つよい」
ぐふぅ……。
そんな全幅の信頼を妹から寄せられた、反対しづらくなるじゃないですか。
でもそんな無茶苦茶を総主教様や他の人達が認めるわけありません。
なんとか止めてもらおうと、縋るように総主教様を見ると――
「……」
視線を逸らされたっ!?
「ま、まぁ随分と強引ではあるがの……。最良とは言えずとも悪くはない手かもしれん」
「子供ですよ!? 聖女候補だったわけでもないですし、それでいいんですか!?」
「じゃから最良ではないと……。ただエリーシェ様が「自分に何かあったら聖女の座をシフォンさんに託す」と一筆書いて頂ければ、手続き的には問題ないのも事実」
退路が……。
僕の退路が絶たれていきます……。
シフォンを聖女に?
そんなの無理に決まってますよ。
彼女はちょっと可愛いだけで普通の女の子なんですから。
それこそ国民の方々が納得する筈ないでしょう。
と兄の苦悩などいざ知らず。
エリーシェさんから聖女の首飾りを借りて、シフォンは大きく胸を反らしていました。
「……ずが高い」
「はは~っ! いいですね~シフォンさん! すっかり私よりも聖女っぽいですよ~!」
頭が痛くなってきました。
こうなったら、さっさとラギュット山でもどこでも行きましょう。
それでサクッと用事を終らせ、あるべき姿に戻すのです!
カムバック平穏な日々!
とそんなわけで、シフォンとミントさんはお留守番。
エリーシェさんとニルヴィーさんを筆頭に、僕達はラギュット山へ向かうことになったのです。
目的は人を司る女神ミリアシス様に謁見し、新しい神伝えの石を頂戴すること。
なんかとんでもないことに巻き込まれていますけど……まぁやるからにはしっかりやり遂げましょう。
シフォンを早く普通の道に戻す為にも。
***** ヴーディッシュ大陸編 完 *****
ディータの遊び人ランクが「遊び上手」から「遊びの達人」にあがった!




