49話 僕は売られたようです
被害は甚大です。
総主教様を囲んでいた四人のうち、二人は失神、一人は直立姿勢でフリーズ。
リーダーである総主教様も『ワシの叙任式、前倒しにしておくんじゃったぁ……』と頭を抱えています。
総主教様パーティー、ほぼ壊滅です。
一方で事態の張本人エリーシェさんは、壊れた石の欠片を集めて無理矢理くっ付けようと試みていますが……。
いや、無理ですよねそれ。木っ端微塵になってますよ?
とそんな感じで、阿鼻叫喚ならまだしも絶望的な沈黙に包まれてしまった聖殿。
その中で、最初に口を開いたのはミントさんでした。
「おい。本当にその石が神伝えの石なのか?」
「ま、間違いない筈じゃ。奥の石室は聖域とされており、聖女様以外は決して入れぬように厳重に守っておるからの。誰にも動かすことなど出来ぬよ」
「誰にも、じゃないだろ? その言い草だと、聖女なら可能ってことに聞こえるんだが?」
と、とんでもないことを言い出しましたよミントさん。
神伝えの石を聖女様が贋物と入れ替えた。そんな風にも聞こえる不敬なことを仰り始めてしまったのです。
「な、なんという恐れ多いことをっ! いかにディータ殿のお連れとはいえ、今の言葉は聖ミリアシスに対する侮辱だぞっ!」
ゾモンさんが顔を真っ青にしながら剣の柄に手をかけています。
さすがに看過できない発言だったのでしょう。
しかし意外なところからミントさんに助け舟です。
「そこの娘の言。あながち的外れとも言えないのではなくて?」
ニルヴィーさんでした。
彼女は砕けた破片の一つを手に取りながら、静かに自論を展開させ始めたのです。
「元々前聖女様であるチェシェーヌ様が急にお姿をお隠しになったことを、皆おかしいと思っていた筈ですわね? それに加えて、聖堂騎士団には魔族の手の者が隠れ潜んでいた」
「チェシェーヌ様がモウルナ……いやイビルデーモンに脅されていた、ということか? そして用済みになり消されたと……」
「可能性の話ですわ。ですが無い話じゃないのでは? 第一この石の欠片。なんの魔力も感じませんもの。本当に神伝えの石であるなら、多少なりとも魔力を感じそうなものですけれど」
だとしても、実際に神伝えの石を見たことのある人は限られます。
これが本物なのかどうなのか。魔力だけを元に判別するのは難しいでしょう。
と、袖を引っ張られる感覚で振り返ると、シフォンが僕を見上げていました。
なんですか? としゃがみかけたところで、シフォンは僕の口に石の欠片を押し付けてきたのです。
「……にぃ。舐めて」
あぁ、そういうことですか。シフォンは賢いですね。
公衆の面前で、無理矢理妹に石を舐めさせられるのがどれだけ恥ずかしいのかは、あとでたっぷり言って聞かせなければなりませんけど。
しかしせっかくのシフォンのアイディアです。
僕はスキルを発動し、ペロリと石を舐めてみました。
すると
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名前:ヘロッシ
性別:男
職業:砕けた石の欠片
種族:路傍の石
所有者:なし
魔力値:0
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あ~……。石です。
ただの石でした。
ということは、ニルヴィーさんが正解でしょうか。
「どうだった?」
僕が何をしたのか理解しているミントさんが、その結果を訊ねてきました。
それに首を振って応えると、「やはりか」と納得顔。
しかし僕のスキルを知らない他の方々からは、奇異な視線を向けられています。
あ、違いますよ?
別に石を舐めるのが趣味とかそういうんじゃないですからね?
ということで、僕の名誉のためにも『舐めまわす』スキルについてご説明。
半信半疑の方々からは色々私物を舐めさせられましたが、なんとか信じて頂けたようです。
帰ったらうがいしましょう。なんか舌先がピリピリしますから……。
「俄かに信じられぬが……。だが信じるしかあるまいな。『いかなる考えも実に及ばじ』。ミリアシス様も仰っていることである」
「え~と……、つまり私に罪はなかったということでいいんですよね~?」
ここぞとばかりに無罪アピールを欠かさないエリーシェさん。
お菓子禁止令の排除もそうですが、意外と抜け目無いです。
「だからって貴女のおっちょこちょいが周りに迷惑をかけている事実は変わりませんわよっ! 少しは反省なさいなっ!」
「う~……私こう見えても聖女ですよ~? そんなにきつく言うことないじゃないですか~……」
「私は副聖女ですからっ! これからもビシビシ言うので覚悟なさるといいですわっ!」
頭を抱えるエリーシェさんに対し、さっそくニルヴィーさんのお説教が始まったようです。
『だいたい貴女は』とか『昔っからそうでしたけど』とか長くなりそうな気配。ちょっと放っておいたほうが良さそうですね。
周りの人も同じ感想なのか二人を視界から外すようにし、今後策を検討し始めていました。
「神伝えの石が失われたなど、ミリアシス大聖国始まって以来の大事件。国民もロッケンヒル連合も黙ってはいないでしょうな」
「そうじゃの。ミリアシス様のご威光があったればこそ、纏め上げられていた連合じゃ。中には愚かな考えをもつ国が出てきてもおかしくないかもしれん」
「ではやはり、このことは内密に?」
あ、いけません。
国の存亡に関わるような秘密。
子供である僕達は始末しておこうなんて、そんなことを考えてもおかしくない雰囲気ですよ!?
少し不安を覚えつつシフォンを引き寄せ、僕は総主教様の判断を待ちます。
するとお爺さんは目を伏せ考え、それから重々しく口を開いたのです。
「頂戴しに行くしかあるまい。新しい神伝えの石を」
「……え?」
間抜けな声を出してしまったのは僕だけではないようです。
だって神伝えの石ですよ? そんな凄いものを、いったい誰から貰いに行くっていうのでしょう。
そんな疑問が、総主教様以外の全員に浮かんでいました。
「ワシも文献でしか知らぬことじゃが、あの石はミリアシス様から直々に頂いたものなのじゃ」
ミリアシス様……女神様っ!?
神様って実在するんですかっ!?
非実在性なんちゃらじゃないんですかっ!?
「そ、総主教様。畏れながらお尋ね致しますが、ミリアシス様は直接お会い出来る存在なのでしょうか?」
ゾモンさんや総主教様の周りの方々も、衝撃の発言にざわついています。
良かった。僕が世間知らずなだけじゃなかったんですね。
「海を渡ったペンディルア島。その中心にあるラギュット山の山頂に、神の住まう地があると言われておる。実際に住んでおられるのかは……分からぬがの」
「聖峰ラギュット山でございますか……。確かに不自然なほど魔物のいない地ではありますが、その代わり住んでる者もほとんどいないような未開の島。何があるか分かりませんぞ」
「そうじゃ。ゆえにまんざら迷信とも思えぬ。行ってみる価値はあるじゃろう?」
総主教様はお付の方々と相談し始めました。
恐らく、行くとしても誰が行くのか。
その間はどうするのかと、そんな感じでしょう。
なので僕は邪魔をしないように、しばらくの間ニルヴィーさんに怒られてしゅんとしているエリーシェさんを慰めたり、お菓子に手を伸ばすシフォンを窘めたり。
そんな感じで時間を潰すことにします。
するとエリーシェさんが立ち直りかけた頃、ようやく結論が出たようです。
総主教様は「こほん」と咳払いして注目を集めると、静かに語りだしました。
「本当にお会い出来るのかどうか定かではない。じゃが事は国家の、いやミリアシス教全てに関わる事ゆえ、多少の危険を冒してでもラギュット山に登頂する必要があるじゃろう」
ここまでは予想通り。
例えただの迷信だったとしても、真実は行った人にしか分からないこと。
ラギュット山に登った人が「ミリアシス様に会って新しい神伝えの石を頂いてきました」と言えば、それを嘘だと断じられる人はいないのです。
だからとにかく登る。登ったのだと人々にアピールする。それが大切なのでしょう。
問題は誰が行くのかですが……
「じゃが本当にミリアシス様がいらしたとしても、我々ではお会いしていただけぬかもしれぬ。ゆえにかなり危険を伴うが、ここは聖女様にご同行いただくしかないとワシは考えておる」
「わ、私ですか~?」
総主教様のお言葉はもっともです。
エリーシェさんを連れていくとなれば伴う危険とやらも数倍でしょうけど、聖女以外には会わないなんて門前払いされる可能性もありますし。
背に腹は変えられないといったところでしょうか。
「もちろん万全の護衛をお付け致します……と言いたいところなのじゃが、あまり物々しいと国民に気取られてしまいますからの。神伝えの石が失われたことを明かすのは、あくまでもラギュット山から帰ってから。ですので今回は他国を視察という名目しか取れぬため、護衛は少人数となるじゃろう」
ラギュット山がどれほど危険な場所なのか僕は分かりませんけど、大丈夫なんでしょうかね。
精鋭を付けるとは言ってますが……って、なんか総主教様。
チラチラこっちを見てません?
あ、嫌な予感がしてきました。止めて下さい見ないで下さい。
「この件は、申し訳ないがディータ殿にも同行してもらうつもりじゃ」
やっぱりでした。
願い虚しく、総主教様は続けて僕の名を口にしてしまったのです。
儚いです。
僕の願いは、いつも儚く散ってゆくのです……。
「な、何故ですか?」
「聖女様の話だと、なんでも聖女様が奇跡を起こすにはディータ殿のお力が必要だとか」
なっ!?
何を言ってるんですかっ!?
思わずエリーシェさんに視線を走らせましたが、彼女はニコッと屈託の無い笑顔。
悪意がなさそうなだけに性質が悪いです。
「ディータ殿には秘密にして欲しいと言われているので詳細は語れませんが、間違いのないことです。彼は見た目によらず、とても頼りになる少年ですから」
今度はゾモンさんからも裏づけ証言が飛んで来てしまいました。
褒められて悪い気はしませんけど、今じゃない時にして下さいよ……。
助けを求めるようにシフォンを見れば、何故か彼女は親指をグッと立てて
「……だいじょうぶ」
僕は妹にも売られたのでした……。




