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46話 僕は聖選結果を受け止めます

 グロウシェル騒動から数日。


 被害がなかったことから大きな混乱もなく、いよいよ聖選当日となりました。

 もっとも、開票前の時点で結果は分かり切っています。

 自らの危険を省みず先頭に立ち、奇跡を起こして魔物の進行を押しとどめた聖女として、ミリアシスではエリーシェさんフィーバーが巻き起こっていたのですから。


 まぁエリーシェさん本人は腑に落ちないというか、納得しづらい状況でしょう。

『だるまさんが転んだ』で魔物の動きを止めたのは、エリーシェさんと入れ替わった僕なわけですから。

 ゾモンさんも話を聞いて微妙な顔をしていらっしゃいました。

 ですが結局『奇跡を起こした聖女』と民衆が盛り上がってしまったので、否定するにも否定出来ない状況となってしまったのです。

 申し訳ない気持ちはありますが、しかしあの場はああするしかありませんでした。


『……にぃ。お願い』


 そう僕に懇願してきたシフォン。

 そこには、僕ならなんとかしてくれる。

 僕ならみんなを救ってくれる。

 そうした絶対的な信頼がありましたから。


 明らかに買い被りなのですけどね。

 そのうち『ドラゴンを倒して』とか『魔王を倒して』とか、無理難題をせがまれるんじゃないかとヒヤヒヤものですよ。


 けど、せっかく妹が兄を頼ってくれたのです。

 僕としてもシフォンやミントさんは当然として、他の方々もなんとかしてあげたいと思っていたところでしたから。

 ならば出来る限りのことはしようじゃありませんか。


 とまぁそんな経緯で、僕はエリーシェさんと入れ替わることにしたのです。

 あの時の僕は風邪でフラフラでしたからね。

 やるとしても、どなたかの身体を借りなければなりませんでした。


 対象をエリーシェさんにした理由は、やはり魔力量でしょうか。

 ミントさんも多少の魔力は保有していますが、エリーシェさんの比ではありません。

 あまり使い方を知らないだけで、彼女の潜在魔力は凄まじかったのです。

 さすがは聖女候補様といったところでしょう。


 ただ、動きを止めるところまでは思いつきましたが、その後どうするのか良案がありませんでした。

『だるまさんが転んだ』は凄いスキルなのですが、使用中は他の魔法やスキルを使えないのです。


 どうするべきか悩んでいたところ、手を挙げたのはゾモンさんでした。

 彼はすぐさま城へ走り、そして聖堂騎士団を率いて帰ってきてくれました。

 そうして動きを止めたグロウシェルを全て始末し、貧民地区は無事に守られたというわけです。


「やっぱりディータさんが聖女になりませんか~? 絶対そのほうが良いですって~」


 聖選結果開示のために、僕たちは今、大聖堂へと向かっていました。

 馬車に乗っているのは当然エリーシェさんですが、なぜかその横には僕がいるのです。

 本来であればゾモンさんの役目な筈ですけど、今は所用のため外しているからです。

 そのゾモンさんたっての願いで、僕は渋々了承といったところでしょうか。

 頼まれたら断れない性格が恨めしいですね……。


「僕は聖女候補じゃないですし、そもそも男なので」


「男とか女とか、そんな些細な事をミリアシス様はお気になさいませんよ~? 神は言いました。『見返りがなく思えても善行を積むのを止めてはいけません。祝福は遅れてやってくるものなのだから』と」


 なんだか凄いドヤ顔で神の一節を教えてくれるエリーシェさんですが、チョイスするのはその一節でいいんですか?

 話の内容と噛み合ってないですけど……。


 しかしまぁ、自分で言ってなんだかうっとりしているので放っておきましょう。

 あまり深く考えても、たぶん答えはないでしょうし。


「エリーシェ様~っ!!」

「聖女様~っ!!」

「ありがたや~っ!」


 沿道に集まった人々は、エリーシェさんを一目見ようと凄い数になっていました。

 誰もがエリーシェさんの名を呼び、称え、拝んでいるのです。

 僕までここにいるのが場違い過ぎて、なんだかお腹が痛いです。

 帰らせてくれないでしょうか……。


 しかしいくら願ってみても、馬車が止まってくれることなどなく。

 ついに僕達は、大聖堂に到着してしまったのでした。


 馬車から降りると、それに合わせて大きな正門が開かれます。

 中は一般の方が入れないため、座っているのは貴族やら王族やらお偉いさんばかりでしょう。

 中央の祭壇横では、ニルヴィーさんとモウルナさんのお姿もあります。

 どうやら先に到着していたようですね。

 悔し気に顔を歪めるニルヴィーさんですが、それでも彼女は毅然とした態度でエリーシェさんを待っていました。


「お待たせしました~」


 あまりにも厳粛な空気で、小心者の僕なんかはすぐに背中を丸めたくなるのですが。

 しかしエリーシェさんは臆することなく……あ、違いますね。

 深く考えてないみたいです。


 いつものように気の抜けた声で挨拶した後、エリーシェさんはニルヴィーさんを見つけて手を振りながら歩きだしていました。

 少し遅れて僕も着いて行くのですが、なんか周りから溜息やらヒソヒソ声が聞こえてきてます。

 もう……お願いですからちゃんとしてくださいよエリーシェさん……。


 胃をキリキリ痛めながらもなんとか所定の位置まで来ると、それを確認した総主教様が「コホン」と咳払いしてから一歩前へ出ました。

 いよいよ聖選結果が開示されるのです。


「聖女チェシェーヌ様がお隠れあそばされてから半年。聖女様は次の聖女をお選びしていなかった為、永らく聖女不在という事態に陥り、ミリアシス大聖国。及び、全ての聖ミリアシス教の信者達には不安な日々を送らせてしまっていたのじゃが。……今日の良き日、神の御子等によって次代の聖女がついに誕生することとなった」


 するとニルヴィーさんとエリーシェさんが、スッと半歩前へ進み出ます。

 意外と段取りはちゃんと覚えているんですね。

 そのことにビックリとか言ったら不敬罪でしょうか?


 総主教様は二人と視線を交わすと、懐から慎重に紙を取り出しそれを読み上げます。


「それぞれの得票数は36,523票と37,211票。選ばれたのは……」


 ……おや?

 あとは名を告げるだけの筈ですが、総主教様が固まってしまいました。

 なんだか読み上げるのを躊躇うかのように、プルプル手が震えています。


 おかしな様子に気付いたからか、静かに聞いていた聴衆もざわつき始めていますよ?

 なんだと言うのでしょうか?

 確かに、思っていたより接戦のようでしたが……。


 ゴクリと音が聞こえるほど喉を鳴らし、意を決した総主教様が再び紙に目を走らせました。

 そしてようやく告げたのです。


「選ばれたのは……次代の聖女は、ニルヴィー・マグダリア様じゃ」


 ……あれ?

 そうなんですか?

 町の様子からも、てっきりエリーシェさんが選ばれるのだと思っていたのですが。


 どうやらそう思っていたのは僕だけではないらしく、聴衆からの拍手はまばらで、戸惑うような声も聞こえてきてます。

 そんな空気を読むこともなく、一番大きな拍手を送っているのは、何を隠そうエリーシェさんです。

 心底嬉しそうな顔で、彼女は友人が聖女に選ばれたことを喜んでいました。


「ニルちゃん、おめでとうございます~っ!!」


 それにつられるように、聴衆からの拍手も次第に大きくなり、いよいよ空気が割れんばかりとなりました。


 ――が


「納得できませんわっ!!」


 お祝いムードを薙ぎ払ったのは、お祝いされていた本人。

 ニルヴィーさんです。


「私が聖女に選ばれた? そんなわけないでしょうっ!? 誰がどうみても、エリーシェさんの圧勝の筈ですわっ!!」


「ニルヴィー様、結果は結果です」


 取り乱すニルヴィーさんを、モウルナさんが窘めようとしています。

 ですがその手を振りほどいて、ニルヴィーさんは吠えるのです。


「何が結果よっ! こんな誰が見ても分かるような不正、それこそ神に対する冒涜に他ならないわっ!」


「民の信任を得た貴女が役割を放棄しては、そちらのほうが神への冒涜なのでは?」


「そうですよ~ニルちゃん。聖女様のお仕事が大変そうだからって、逃げるのはいけないんですよ~?」


「ちょっとエリーシェさんは黙っていて下さるっ!? 貴女が出てくるとややこしくにしかなりませんのっ!!」


 モウルナさんと一緒にニルヴィーさんを説得しようとしていたエリーシェさん。

 彼女が聖女に乗り気じゃなかったのは、そういう理由だったんですね。

 本音が駄々洩れですよ?


 と、ニルヴィーさんの鋭い視線が僕に飛んできたので、僕はそそくさとエリーシェさんの袖を引きます。

 場が落ち着くまで、ちょっと静かにしてましょうね。


「モウルナ……貴方が何かしたのね?」


「はて? この身はミリアシス様に捧げております。その私が不正に加担するなど、そんなことありはしないでしょう?」


「お黙りなさいっ!! 白々しいにも程がありますわっ!!」


 もはや食って掛かる勢いのニルヴィーさん。

 相手が彼女のお付き役であるモウルナさんなので、止める方がいません。

 どうしましょう?

 二人の間で視線を彷徨わせてオタオタしていると、静かな声が響きました。


「『信は真、疑は偽なり』信じ続ければ真実と変わらず、疑えばどんなことも嘘に見えるというミリアシス様の教えじゃ」


 声の主は総主教様。

 深紅の法衣に身を包み、白くて立派な髭を蓄えた優しそうなお爺ちゃんですが、その声には不思議な力があるようです。

 決して大きな声ではないのに、呟くような一言で場が静まり返ったのですから。


「些か腑に落ちぬところはワシとて同じじゃが、神の御子たる者達が不正を働くことなどないと信じておる」


「で、ですが総主教様っ!」


 反論しかけるニルヴィーさんを、みなまで言うなと総主教様が手で制しました。


「じゃがミリアシス様はこうも仰っておる。『いかなる考えも実に及ばじ』と。故に、貴女がこれを不正と断じるのであれば、確固たる証拠を提示すればよい。さすれば教会も動かざるを得ないのじゃから。……だが、良いのですかニルヴィー様。このまま黙っておれば、貴女は聖女になれるのじゃよ?」


「当然ですわっ! 確かに私は聖女になりたいと……エリーシェさんに勝ちたいと思ってました。でも違うのですっ! このような結末では、到底胸を張って人々を導くなど出来はしませんっ!!」


 試すようにニルヴィーさんを見ていた総主教様の瞳が優しく細まりました。

 きっと彼女の正しい心が総主教様にも伝わったのでしょう。


 と、隣のエリーシェさんが僕の袖を引きます。


「ディータさん知ってますか~? 聖女様は清貧を貴び模範とならなければならないって理由で、甘い物とか禁止なんですよ~。そりゃあニルちゃんも必死になりますよね~」


「そうですね。ちょっと黙っててください」


 エリーシェさんの口を手で塞いで後ろに押しやり、僕は事の成り行きを見守ります。

 この聖選結果は、僕の目から見ても明らかに不正でしょう。

 第一このままニルヴィーさんが聖女になっても、きっと国民の方々が納得しません。


「証拠。確かにそのような証拠があれば、このモウルナも厳粛に受け止めましょう。もちろん『あれば』の話ですが」


 言い切ったモウルナさんに、ニルヴィーさんは苦虫を噛み潰したようなお顔。

 仮に彼が不正を行った犯人であっても、きっと証拠などみつからない。

 そう思わせるだけの自信が、モウルナさんからは感じられました。


 とその時。

 大聖堂の正門が勢いよく開かれ、お腹に響くような男性の声が木霊したのです。


「証拠はないが、貴様がやったことは全部お見通しだぞモウルナっ!!」


 全員の視線を一身に浴び、武骨な聖堂騎士ゾモンさんが現れたのです。


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