3話 僕は遊び人スキルを試してみます
ポードランの城下町で宿を取り、硬いベッドに腰を下ろして、僕は遊び人用のスキルブックを開いてみました。
以前遊び人だった時は悟りを開くことが目的だったから、ちゃんと目を通したことはありません。
でもこれからは遊び人が本職。何が出来るのか、何を役立てればいいのか。
ちゃんと考えていかないといけませんね。
ペラペラとページを捲っていきます。
だけどその手は、すぐに止まってしまいました。
「これだけ……ですか?」
遊び人のスキルブックに記されたスキルは、たったの四つしかなかったのです。
賢者のスキルブックを見慣れていた僕は、思わず唖然としてしまいます。
他の職業に成ったことはないけど、ヘーゼルカお姉ちゃんに見せて貰った武道家のスキルブックでも、もっともっと多くの技が記されていた筈です。
だから多分、遊び人だけ異常にスキルブックがスカスカなのでしょう。
考えてみたら当然かもしれません。
記されているスキルを見れば、どう考えても役に立たなそうなものばかりですから。
好き好んで、遊び人道を極めようなんて人はいないのでしょう。
結局遊び人なんて、賢者に至る近道職。
それ以上でもそれ以下でもないのです。
その事実を知り、再び不安がむくむくと大きくなってきました。
本当にこれで生きていけるのでしょうか?
僕を入れてくれるパーティーはあるのでしょうか?
あまり清潔とは言えない狭い宿屋の一室。そこでしばらく考えこんでみたけど、何も変わってはくれません。
それしか出来ないんだから、やるしかない。どう足掻いても、その現実から逃げ出すことは出来ないのです。
現実さん、足が速すぎて困ります。
たまには手加減してくれてもいいと思うのですが。
「……とりあえず、上から順にスキルを使ってみましょうか」
使ったこともなければ、誰かが使ってるところを見たこともないスキル群。
でも使ってみなければ効果が分からないし、自分が遊び人としてどの程度の位置にいるのかも判断出来ません。
そう思い立ち、僕は全てのスキルを試してみることにしました。
まずは一番上。
遊び人になった瞬間から使えるようになっている筈のスキル。
これを使えないっていう人はそもそも仕事神に認められることがないから、問題なく使えるでしょう。
「スキル『ボーッとする』ですか。……何かの役に立つのでしょうか?」
一応説明らしきものも書いてあるので、軽く目を通してみます。
楽な体勢で座り、全身から力を抜き、視線は定めず、口は半開き。
そして何も考えないことが、このスキルの使用方法らしいです。
「ま、まぁ……やってみましょう」
書かれている通り、ベッドの上で楽な体勢を取ります。
くたぁっと全身から力を抜いて、目を開けたままどこにも注視しないようにしました。
口は半開きって書いてあるけど、下を向いてたら涎が垂れちゃいますね。
そっか、ちょっと首を逸らして上向きになったほうがいいんですね。
で、最後に何も考えないっと……。
……。
…………。
………………。
「お……おぉ……」
出来た。
たぶんとかじゃなく、間違いなくスキルが発動したという実感がありました。
頭が空っぽになった瞬間、身体が光に包まれたみたいにポカポカ温かくなったのです。
たぶんだけど、体力や魔力が回復したんじゃないでしょうか?
へぇ~。そんな効果があるのかぁ。
ちょっとだけ面白くなってきました。
さっきまであった不安も消え失せ、楽しみ始めている自分に気付きます。
冒険に出て疲れた時なんか、このスキルがあれば自己回復出来るかもしれませんね。
もっと早く知っておきたかったです。
色々な使用場面を考え、ワクワクしながらスキルブックに目を戻します。
次のスキルを確認しましょう。
「さて次は……『舐めまわす』ですか。ん~……」
ちょっと意味が分かりません。
舐めまわすってなんでしょう。何を舐めまわしたらいいのでしょう。
さっきの『ボーッとする』は、使用方法や効果を知れば、なんとなく理解出来なくもないです。
きっとリラックスをスキルにまで高めた何かなんだろうって想像はつきますから。
でも舐めまわす。
舐めまわして何が起こるというのでしょう?
このスキルを見つけた人は、何を思って舐めまわすなんて奇怪な行動を試したのでしょう。
世の中色々な人がいるものですね。
「パンとかでもいいのでしょうか?」
お昼ご飯用にと、さっき買ってきた安いパン。
これを舐めまわすのは、ちょっと抵抗があります。
ヘーゼルカのお母さんは、そういう作法に厳しかったですから。
あまり行儀の悪いことはしたくないのです。
「仕事のため……。これも生きていくためですから……」
けど仕方ありません。
僕は覚悟を決めて、ちょろっと舌を伸ばしました。
ぺろっ
……。
「何も変わらない?」
あ、そっか。
ただ舐めるだけじゃ駄目なんでしょう。
だってそれじゃあ、飴を口に入れたらスキル使いっぱなしになっちゃいますから。
だからきっと、スキルを使うっていうことを意識しながら、舐め回さなきゃいけないのでしょう。
気を取り直して、頭にスキルを意識します。
スキル『舐めまわす』発動!
スキル『舐めまわす』発動!
スキル『舐めまわす』発動!
ぺろぺろっ
「来たっ!」
今度は舐めた瞬間、頭の中に色々な文字が浮かび上がりました。
これがきっと舐めまわすのスキル効果なのでしょう。
浮かんだイメージを明瞭にしてみます。
名前:ブレンダ
性別:女
職業:パン
衝撃の事実です。
女の人がパンでブレンダさんでした。
すいません。ちょっと混乱です。
「パンって職業だったんですか……。知りませんでした……」
おかげで食べづらくなっちゃいました。
舐めまわしてごめんなさいブレンダさん。
ちょっと表面がふやけてしまったブレンダさんを、僕はそそくさと紙袋に戻すことにしました。
罪悪感に目覚めそうになったけど、なんとか堪えて思考してみましょう。
このスキル。
ひょっとしたら、舐めたものの名前や職業が分かるってことなのでしょうか?
なんとなく、もっとレベルが上がれば体力や魔力なんかも分かるようになる気がします。
でも使い道……。
初めましてこんにちは! ぺろっ! あぁ、貴方は○○さんって言うんですね!
変態ですね。
捕縛、拷問、死刑の黄金コース確定です。
遊び人とはいったい……。
「つ、次だ。次にいきましょう」
遊び人のイメージが陽気なピエロさんから路地裏の変態に変わりつつあるので、僕は慌ててスキルブックに目を戻しました。
「セクシーダンス……?」
いよいよ本格的に遊び人が分かりません。
常識が行方不明です。果たして存在する意味のある職業なのでしょうか?
遊び人という職業に恐れおののきつつ、僕はセクシーダンスの説明に目を通してみます。
露出の高い衣装を身に纏い、腰をくねらせながら観衆を魅了しよう!
「正気の沙汰とは思えません……」
これは駄目です。
試すことすら出来ません。
スキルの名前からも説明からも、そこはかとなく漂うイケナイ香り。
エッチな感じがすることはイケナイことなのです。
いつだったか、ヘーゼルカのお母さんに言われたことがあります。
『ごめんなさいねディータ。男の子を育てたことがないから、私にはどう教えてあげたらいいのか分からないわ。そういうことは、もっと大きくなってから自分で覚えてちょうだい』
って。
その時の養母は凄く悲しい顔をしてたから、以来エッチな感じのことはイケナイことだと僕は自分を戒めてきました。
あんな顔、二度とさせてはいけないのです。
もっと大きくなってからが何歳くらいを指すのか分からないけど、きっとディアトリさんくらいにならないと駄目でしょう。
僕にはまだまだ早いですね。
「ということで、このスキルは封印します」
ビッとスキル名の上に斜線をひいて、僕は次のスキルに目を移します。
今度は簡単そうですね。
むしろ今までがおかしかったのでしょう。
やっとそれっぽくなってきたと、またワクワク感が蘇ってきます。
「口笛を吹く。これなら出来そうですね!」
口を窄めて、唇を軽く濡らして……。
ぴーっ
うん。鳴りました。
さて、何が起こ――
「うわっ!」
瞬間。
狭い部屋の中が突然光で満たされてしまいました。
なんでしょう?
何が起きたのでしょう?
これが口笛の効果なのでしょうか?
ちょっとパニックになりつつ、光が収まるのを待ってみます。
幸いなことに、危険なものではなさそうです。
やがて萎むように光は部屋の中心に収束し、パンッと弾けて消えました。
――けど。
「だ、誰……ですか?」
そこには、見知らぬ女の子が立っていたのです。
遊び人は奥が深いですねぇ……。