38話 僕は遊びに四苦八苦
「さ、さ、ささ、さぁっ!! ぬ、脱げっ!! すぐ脱げっ!! 早く脱げっ!!」
尖耳をブルンブルン震わせながら、褐色エルフさんのテンションが明後日の方向に限界突破してます。
荒ぶる鼻息、血走る眼。
涎を滴らせた姿は野性の肉食獣でしょうか。
一方で、シフォンはミントさんの斜め後ろで静かに待機。
彼女は看護助手役なので、医者であるミントさんの命令があるまでは棒立ちなのです。
つまり肉食獣の眼光に晒され、脱げと脅されているのは僕。
患者役の僕なのですが……。
「あ、あの先生? 頭痛の検査なのに服を脱ぐ必要があるのでしょうか?」
「き、決まってるだろっ!! 医学の『い』の字も知らぬ素人は黙って全裸の生贄だっ!!」
めちゃくちゃです。
頭の検査が必要なのは貴女の方です。
とは思うものの、今は遊びの真っ最中。
真剣に取り組まねば、発現するスキルも発現しないでしょう。
「ぜ、全裸はさすがに……。上だけで良いですか……?」
妥協案として、僕は上半身だけ脱ぐことを提案です。
するとミントさんは「ぐぬぬ」と葛藤のご様子。
「い、いいだろうっ! 今回はそれで我慢してやるっ! さぁっ! 自分で服をたくしあげるがいいっ!!」
どうやら僕の提案を呑んでくれたようです。
こうなっては是非もなし。
やっぱり全裸だなどと言われないうちに、さっさと済ませてしまいましょう。
僕は腕をクロスさせて上着の裾を持ち、それをたくしあげます。
しかしなんでしょう。
想像以上に恥ずかしいです。
というのも
「近いです」
「う、うるさいっ! 診察の為に仕方なくだっ!」
ミントさんのお顔が近いのです。
かろうじて椅子には座ってますが、グイッと前のめりの体勢。
蒸気が噴出しそうなほどの鼻息が、肌にかかってくすぐったいのです。
ただの遊びですし、元になっているのは医療行為。
なのですが、なぜかイケナイ雰囲気が漂ってる気がしませんか?
異界の遊びはまったくもって度し難いです。
「で、僕は病気でしょうか?」
「あ、あぁっ! 病気だなっ!! シフォン君。すぐに手術の準備だっ!! 患者をベッドに寝かせ、あれやこれやと色々やるぞっ!!」
手をわきわきさせながら、なぜかうっきうき気分でミントさんが振り返った先。
そこには、銀のトレイを大上段に構えたシフォンの姿がありました。
「え?」
――ゴンッ
「……やりすぎ、めっ」
銀のトレイは容赦なくミントさんの頭に振り下ろされ、少しトレイが凹んでいる模様。
推定七歳に折檻される推定百歳オーバー。
酷いものを見た気分です。
「す、すまん……。少しわけがわからなくなっていたようだ……」
額を押さえながら頭を仰け反って、ミントさんは反省でしょうか。
シフォンの一撃で悪夢から目覚めたような感じかもしれないですね。
なにはともあれ救われました。
「これは危険な遊びだぞディータ。相手の理性を失わせる効果があるんじゃないのか?」
「ないです」
だって魔力を使った形跡がないですから。
スキルが発動したということはないでしょう。
「そ、そんな馬鹿な……。はっ!? そうだっ!!」
するとミントさんは何かを思いつき、再び正気を失いました。
彼女の正気。失われすぎでは?
「今度は逆の役割でやるぞっ! そうすれば、お前もこの遊びの危険性に気付く筈だっ!!」
「あ、いえ、結構です」
「な、なんでだよっ!! 遊び人スキルの研究に協力するって言っただろっ!!」
叫びながら、僕の足にすがり付いてくるミントさん。
何故にそこまで必死なのですか……。
僕としては貴女に恥ずかしい想いをして欲しくないから、もうやりたくないんですが。
「ならこうしましょう。今日はもう一つ、他の遊びを試します」
「くぅ……っ! 私はお医者さんごっこを所望するっ!!」
「駄目です。これは封印です」
尚も駄々をこねるミントさんの横で、今度はシフォンが挙手しました。
彼女は『ままごと』を気に入っていましたからね。
またアレをしたいとか言い出すつもりかもしれません。
駄目ですよシフォン。
アレも当然ながら封印指定の危険遊戯ですから。
と思っていたのですが、シフォンの口からは予想外の言葉が飛び出ました。
「……みんなで出来る遊び。他の子も、いっぱいで出来るのがいい」
他の子?
それはどういうことかと聞こうとして、ミントさんがこちらの世界にご帰還。
シフォンの言葉を補足してくれました。
「今日私達はエリーシェという少女のお手伝いをしていただろ?」
「えぇ、そうですね」
「彼女はいつもあぁして貧民地区の者達を見て廻っているそうなのだが、なにせ人気者でな。子供達が集まってきてしまうのだ」
思い返せば、確かにエリーシェさんを囲む輪には子供も多かったですね。
ミントさんが、なるべく子供達を引き離しているようにしていましたが。
「そこで子供達みんなで出来る遊びがあれば、あの少女ももっと多くの人を見て廻れると思うんだ。そうだろシフォン」
「……んっ!」
なるほど、そういうことでしたか。
対価を得ていたとはいえ、やはりお二人はエリーシェさんの行動に感銘を覚えたのでしょう。
だから少しでもお役に立とうと、そういうつもりなのかもしれません。
であれば、僕も協力は惜しみませんよ!
「では『だるまさんが転んだ』はどうでしょうかね」
「む? それまた不吉なネーミングだな。どんな遊びか想像できん」
はて? と頭を捻るミントさんですが、そんなに難しいルールではありませんよ?
むしろ簡単な部類ですし、これならば大勢で遊ぶにも適しているでしょう。
ということで僕は二人にルールを説明し、いざ開始です。
最初の鬼役はミントさん。
僕とシフォンは、後ろからミントさんに迫ります。
「だるまさんが転んだっ!」
バッとミントさんが振り返る寸前。
ギリギリまで動いていたシフォンが体勢を崩し――
「……ん~っ!!」
健闘虚しくそのままバタン。
顔面から床に不時着です。
「くっくっく。造作も無いな!」
勝ち誇るミントさんの横に繋がれ、シフォンはむふぅとお怒り顔。
相当に悔しかったのでしょう。
しかしこの遊び。
なるほど。簡単なようで奥が深いですね。
例えば『だるまさんが転んだ』という掛け声も、わざとのんびり言ったり突然早口で捲くし立てたり。
緩急をつけることで翻弄することが可能なのです。
ならば余裕を持って動きを止めればいいのですが、それではいつまでたっても鬼に近づけません。
それに――
「……ッ!!」
あっちを向きかけたミントさんが、掛け声を言い出す前に振り返りました。
いち早く動き出そうとしていた僕は、慌てて急停止。
少し無理な体勢で止まらざるを得ません。
「ほぅ? フェイントには引っかからなかったか。もっとも、随分と苦しそうな体勢じゃあないか?」
やりおります。
この褐色エルフさん。
だてに長くは生きていないのです。
とそんな感じで『だるまさんが転んだ』は続きます。




