36話 僕は色々悟ってます
この状況はなんでしょうか。
僕を膝枕しているシフォンがトントンと包丁で何かを切る振り。
どっかりと胡坐を組んだミントさんが、豪快に酒を呷る振り。
それを横になりながら、死んだ目で見つめる僕。
カオスです。
この空間は、異界という深淵なる混沌に飲み込まれています。
「飯はまだかぁ~!!」
ミントさんがエア酒瓶を投げつけました。
相当に酒癖の悪い旦那さんのようですが、誰かモデルがいるのでしょうか?
実に気になるところであります。
「……少し待ちなさいよっ」
一方のシフォンは飛んできた酒瓶を払いのけ、批難の眼差し。
いつもに比べ、随分と大人っぽい仕草と口調にビックリです。
ひょっとしたら、こちらも誰かモデルがいるのかもしれません。
シフォンのお母さんでしょうか?
なんだか気の強そうな感じがします。
「……はい、どうぞ」
そうして並べられるエア晩御飯。
シフォンが食べる仕草を見る限り、本日のメニューは魚のムニエルと野菜のスープでしょうか。
あ、どうやらパスタもあるようですね。
フォークと思しき何かで、クルクル巻き取っているのが分かります。
意外と上品な食べ方。
出来るなら普段からして下さいよ……。
「この俺がそんなチマチマ食えるかってんだよぉっ!!」
おっとミントさん。
皿を持ち上げ、そのまま口に流し込んでいる模様。
これ完全にモデルがいますね。
一つ一つの仕草が、まるで誰かが乗り移っているかのようです。
「……もう。なんで貴方はそうなの?」
「なんだぁ!? 亭主のすることに口を出すのかぁ!?」
そして何やら口喧嘩が始まりました。
これ、僕はどんな顔をして見ていればいいんでしょうか。
これが楽しい遊びとして認知されているなんて、異界は魔境としか思えません。
しかしお二人はこの遊びがお気に召したようで。
僕を無視したまま、『ままごと』はその後も延々続いてしまったのでした。
ちなみにスキルは覚えませんでした……。
……。
翌日。
とりあえずしばらくこの街に滞在を決めた僕達。
また昨日のように歩き回るのはゴメンなので、一週間分の宿代を前払いです。
そうしてから、僕は再び仕事を求めてギルドへ。
ミントさんは聖魔法研究施設や図書館を回るとのことなので、シフォンも一緒に連れて行ってもらうことにしました。
昨夜のこともあり、更に仲良くなっているお二人。
あの苦痛に満ちた二時間が全くの無駄ではなかったと知り、どこか救われた気分でしょうか。
宿を出ると、昨日よりは人出も少ない様子。
どうやら聖女候補様はお二人いて、演説などの街廻りは夕方以降に行うのが通例のようです。
朝から昼は通常通りの営みをという配慮なのでしょうね。
昨日に比べ、幾分落ち着いた街中を歩きます。
宿のある場所は、町の中心から川を渡って東へ少し行った宿場通り。
ここら辺は少し貧しい方々が居住している地区らしく、古くなった建物が多いようです。
身だしなみも聖女様候補を囲んでいた人達と比べると随分と質素。
ボロ布を纏っただけという方もいらっしゃいました。
まぁ本来、僕も裕福ではありませんから。
こういった雰囲気の方が、逆に落ち着くというものです。
なんとなく懐かしい景観を楽しみながら西へ向かって歩いていると、街を縦断する川が見えてきました。
この川を境に街の雰囲気が一変。
綺麗な建物、整備された道、活気溢れる人々でごった返し始めます。
美しい国『ミリアシス大聖国』という印象は、こちらの地区のものなのでしょう。
……。
その後は街を見てまわったりして、たっぷり時間を潰した僕。
なぜそんなことをするのか?
決まってます。
意気揚々と出かけたのに、一時間もしないうちに宿へ戻るのは気まずいからです。
だって、やっぱり仕事らしい仕事がなかったのですから……。
「なんでしょうかね……。このリストラされたサラリーマンのような心境は……」
公園にブランコがあれば、時を忘れて揺られたい気分ですよ……。
異界とは違い、公園もブランコもないのですけど。
はぁ……っと溜息をドボドボ零しながら宿へ向かっていると、川を越えた辺り。
街の方々いわく『貧民地区』に入ったあたりで、ミントさんとシフォンの姿が見えました。
それに、見知らぬ女の子も一緒みたいですね。
僕と同い年か少し上。ナティと同年代くらいでしょうか。
ウェーブのかかった目に鮮やかな桃色の髪の毛が、ふわふわと柔らかそうな印象。
真っ白い修道服のような看護服のような。
変わった衣装を身に纏っていらっしゃいます。
遊び友達でも出来たのでしょうか?
そう思って近付いたのですが、どうやら違うようです。
二人は手に何やら荷物を抱え、見知らぬ少女に付き従っているようでした。
「あ~、ムノお婆ちゃん! 腰の痛みはとれました~?」
「ありがとうございましたルタイさん! この前いただいたモッコロ。とっても美味しかったです~!」
「膝が痛いですか~? どれどれ~? ちょっと診てみますね~」
その三人の周りを、無数の人々が取り囲み始めています。
中心にいるのは名も知らぬ少女。
彼女は周りを囲んだ一人一人と笑顔で言葉を交わし、時に診察のようなことをなさっているようですね。
お医者様……という風には見えませんが?
「……んっ」
「シフォンさんありがとうございます~」
とシフォンが荷物から何かを取り出し、少女に手渡しました。
すると少女はそれを手に取り、男の方の膝に当てています。
「お、おぉ! 痛みが取れました! ありがとうございますエリーシェ様!」
「様は止めてくださいってば~」
どうやらシフォンとミントさんは、あの少女をお手伝いしているみたいです。
いったいどういうことでしょうか。
聞いてみましょう。
「ミントさん」
「う、うわっ! なんだっ!? 急に話しかけるなよっ!」
後ろから近付いて声をかければ、慌てふためく褐色エルフさん。
なんだか恥ずかし気に視線を逸らしてます。
「何をなさってるんですか? 今日は聖魔法研究施設や図書館へ行くと言っていたと思ったのですが」
「あ、あぁ……まぁ、その……なりゆきでな」
フードを被っているので表情は窺えませんが、なにやらモジモジしてるご様子。
不思議に思い、どうしたのかとお顔を覗き込もうとしたのですが
「あ~! 貴方がディータさんですか~?」
謎の少女が僕に気付き、小走りに近寄ってきて
――ドンガラガッシャンッ!
盛大にずっこけました。
しかも転んだ拍子で近くにあった屋台に突っ込み、商品を薙ぎ倒している始末。
大惨事なんですが……。
「あ、あの? 大丈夫ですか?」
しかし心配して声をかけると、少女は何食わぬ顔で立ち上がりました。
頭に野菜クズが乗っかってしまってますし、顔半分が果汁やら野菜汁で酷いことになっています。
なのに平然と
「え? なにがですか~?」
ニコッと笑ってそう言ったのです。
まるで『私が転んで屋台を破壊するなんて、朝起きたら顔を洗うのと同じくらい普通のことですよ?』みたいな態度。
只者ではありません。
「そんなことより、貴方がディータさんですか~?」
「え、あ、はい、そうですけど」
『そんなこと』で済ませていいのか分かりませんが、僕は呆気に取られながらも頷きました。
すると彼女は指を胸の前で組み合わせます。
祈りのポーズでしょうか?
「お噂はかねがね伺っておりまして、ずっとず~っとお会いしたいと思ってました~」
「う、噂ですか? 有名人になった覚えはないんですが、どなたから?」
「そこのお二人ですよ~?」
……おや?
何かいまいち話が噛み合ってなくないですか?
「ずっと会いたいって、いつからですか?」
「え~と……一時間くらい前ですかね~」
あ、なるほど。
話が通じないタイプの方ですね。
よろしくお願いします。




