35話 僕はおままごとに戦慄します
「ミリアシス様の加護の下、私達は皆幸福であるべきですわっ! けれど平等である必要はありません。平等であってはならないのですっ!」
良く通る女性の声が、歌うような調子で広場に響いています。
その様子を見ようと僕達も近寄ってみましたが、人垣に埋もれて見ることが出来そうにありません。
しかしその間も、力強い演説は続いていました。
「なぜなら競争することこそが、人間を強く逞しく育てるからっ! 力も、賢さも、資産も、寄付金も。競い合うことで切磋琢磨し、より素晴らしい人間の世界を作りましょうっ! それこそが、ミリアシス様への信仰となるのですっ!」
観衆から「おぉっ!」っと賛同する声が、地鳴りのように轟きました。
身なりの綺麗な方が多いですが、今は熱狂に包まれているのか。
押し合い圧し合い、誰もが演説している女性に夢中のようです。
「お、おい。これでは見えんぞ」
「……んぅっ!」
その人波に揉まれ、頬っぺたが潰れてしまっているシフォン。
ミントさんは懸命にぴょんぴょん跳ねていますが、やはり見えてはいないようです。
「駄目ですね。一度離れましょうか」
なので僕は諦め、そう提案しました。
なぜならシフォンがもう限界ですから。
両側から潰されているシフォンの顔は、夕日よりも真っ赤になってしまっていたのです。
「ミリアシス様の使徒たる次代の聖女には、ぜひこのニルヴィーをよろしくお願い致しますわっ! 皆様には、豊かな暮らしとミリアシス様の加護をお約束致しますっ!」
一際大きな歓声を聞きながら、僕達三人はようやく人混みから抜け出すことに成功しました。
よほど酷い目にあったのか。
シフォンは人混みを睨みつけながら地団駄でしょうか。
その頭を撫でて窘めながら、僕はミントさんに御伺いしてみることにします。
「いったいなんの騒ぎなんでしょうね? 次代の聖女とか聞こえましたけど」
「ひょっとしたら、聖選の真っ最中なのかもな」
「聖選……ですか?」
聞きなれない言葉に僕は首を傾げました。
一方ミントさんはまだ中心で演説する女性が気になっているようで。
懸命に爪先立ちになりながらですが、僕の質問に答えてくれました。
「聖選ってのはミリアシス教の聖女を決める選挙のことだ。聖女は何人かの候補者の中から、ミリアシス大聖国の国民投票によって決まる」
「そうなんですか? 聖女様というくらいだから、神託を受けたとかそういう感じだと思ってました。意外と俗っぽいんですね」
「神託を受けるのは聖女になった後のことだからな。あくまでも選ぶのは国民だ」
ならば今演説している女性が聖女様候補で、国民の信認を得るために選挙活動中ということなのでしょう。
ますますどんな方なのか見てみたい思いですが、目の前の人垣は崩れそうにありません。
それどころか、どんどん勢いを増しているようですらありました。
大人気なんですね、この聖女候補様は。
「まぁ私達には関係のないことだな。そんなことよりそろそろ日も暮れた。宿を探さないか?」
「それもそうですね。お腹も空きましたし」
「……んっ!!」
そんな感じで、僕達は今日のお宿を探すことにしたのです。
……。
「やっと休めますね……」
宿を探し始めて二十件目。
ようやく空き部屋のある宿を見つけた僕達は、迷う事無くベッドにダイブです。
なにせクタクタ。
街の中はどこも人であふれており、その中を三時間も歩き回ったのですから。
「しかし凄い人混みだったな。足が棒みたいだ……」
「……ん」
「いやシフォン? 貴女は途中から僕の背中で寝息を立てていた筈ですよね?」
そう恨めしい視線をシフォンに向けましたが、彼女はコテンと首を傾げて「そうだったっけ?」みたいな顔。
別に咎めたりはしませんけど……釈然としません。
明日はオヤツ抜きにしましょう。
「聖選期間中はずっとこんな状態らしいぞ。まぁ一種のお祭りみたいなもんなんだろう」
と混雑ぶりについて補足しながら、ミントさんはベッドの上で気怠そうにローブを脱いでいました。
普段であれば当たり前の光景ですが、今日はちょっと違います。
なぜなら
「ミントさんもローブを着る必要ないんじゃないですか?」
ここミリアシス大聖国では人間、エルフ、亜人に関わらず、人身売買が禁止されているらしいのです。
宗教国家ですからね。
教義に反することは出来ないのでしょう。
であればエルフだからと攫われたりする心配はないと思ったのですが、しかしミントさんは悲しげに首を振りました。
「そういうわけにもいかないんだ。……まぁ気にするな」
背中を丸めて自らの足を揉み解す姿が、なんだかいつもより小さく見えます。
どうやらミントさんが姿を隠す理由は、エルフ種ということだけではないご様子。
あまり触れないほうが良いのかもしれません。
「な、なんだよ。大したことじゃないんだ。だからそんな目をするな」
「すいません。なんか無神経な事を言ってしまったみたいで……」
「悪気がないってのは知ってる。だから構わないさ」
そう言っていただいても、申し訳ない気持ちはなかなか消えてくれません。
そんな僕を見て、呆れながらもなんだか少し嬉しそうなミントさん。
彼女は穏やかに微笑みながら、こんなことを言ってきました。
「ならそうだな……。早く遊び人スキルを研究させてくれないか?」
「スキルを……ですか? 確かにそういうお約束ではありましたけど」
今の会話と遊び人スキル。
それがどう繋がるのかは分かりませんが、きっと意味のあることなのでしょう。
ならば協力は惜しみません。
いつまでも、ミントさんに悲しい想いをさせるわけにはいきませんから。
遊び人スキルの研究と聞いて、ベッドの上でゴロゴロしていたシフォンも興味を示したようです。
ガバッと起き上がり、トコトコ僕のところまでやってきました。
それなら三人で出来る遊びが良いかもしれませんね。
「じゃあ、ごっこ遊びシリーズでも試してみましょうか」
「ごっご遊び?」
ミントさんとシフォンが同時に首を傾げます。
まぁ知らないのも無理はありません。
これも異界の遊びなのですから。
「色々種類があるのですが、今日はその中で一番ポピュラーな『ままごと』はどうですかね?」
聞きなれない言葉にミントさんの瞳がキラリと光ました。
彼女の職業は研究者。
あくなき探究心に火が付いたといったところでしょうか。
「どうやるんだそれは」
「今は三人いますので、お母さん、お父さん、子供の役を振り分けて、それぞれが演じるのです」
「……お母さんがいい!」
簡単な説明と同時にシフォンが勢い良く挙手。
どうやらお母さん役に立候補のようです。
するとやるべきことを理解したのか、ミントさんも続いて挙手しました。
「私はお父さん役をやろう。ということで、お前は子供役だな」
あ、そうなるんですね……。
僕がお父さん、ミントさんがお母さんというのが一番しっくりくる配役だとおもうのですが、しかしこれは遊びです。
思い切った配役のほうが、意外と面白いかもしれません。
「ではそれでやってみましょう」
「うむ」
「……んっ!」
シフォンがお母さんというのが非常に不安ですが、まぁ良いでしょう。
狭い部屋の中で配置につき、さっそく『ままごと』の開始です。
――開始なのですが……。
「……ここ」
シフォンがベッドの上に座り、パンパンとベッドを叩いています。
恐らく僕に、ここに寝ろと言っているのでしょう。
僕は子供役なので、とりあえず従ってみることにしました。
するとシフォンは僕の頭を膝に乗せ、膝枕の体勢になってしまったのです。
「……ん。いい子」
あ……。
シフォンの小さな手が、僕の頭を撫でてきました。
な、なんでしょうかこれは。
小さな女の子に膝枕されて頭を撫でられる。
なんだかとてつもなく恥ずかしいのですが?
「……うごくのダメ」
思わず逃げ出そうとしたら、今度は怒られてしまいました。
シフォンはもうお母さんになりきっているようです。
む、無理です。
これは耐えられません。
助けて下さいミントさん!
そう思って褐色エルフさんを見れば
「おらぁ~っ! 旦那様のお帰りだぞ~っ!」
酔っ払ったミントお父さんが、千鳥足でご帰宅でした。
異界の遊び。
高度過ぎて訳が分かりません。




