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34話 僕はミリアシス大聖国へ向かいます

 ミントさんとマルグリッタさんの邪魔をしないよう、僕とシフォンは先に宿へと戻りました。

 久しぶりに二人だけで晩御飯を食べ、お風呂に入り。

 そうしてシフォンを寝かしつけた頃、ようやくミントさんがお戻りになったのです。


「わ、悪かったな。詳しい事情も説明せずに……」


 ほんの少し、尖耳がしゅんとしてしまっているミントさん。

 端整なお顔が、申し訳なさそうに歪んでいました。


「お気になさらず。それよりも、マルグリッタさんとはゆっくりお話出来ましたか?」


「あ、あぁ! 六十年ぶりだったからなっ! 話が積もりすぎて埋もれてしまいそうだったぞ!」


 六十年!?

 ということは、まだマルグリッタさんが僕と同い歳くらいの頃に別れたのでしょうか?

 凄いですね。

 改めて、エルフ種の方は人間種とは違う時間感覚を生きているのだと思い知らされました。


「それは良かったですね。この町に住居を構えることも考えてますし、これからは気軽に会いに行けるんじゃないですか?」


「いや、それなんだがな……」


 おや?

 家も探しているところですし、ミントさんのお知り合いもいるようですし。

 不都合のない提案だと思ったのですが、彼女は乗り気じゃないようです。

 サイドテールの銀髪をクルクル指で弄び、なにやら口ごもっておられるご様子。

 どうしたのでしょう。


「わ、私の個人的な都合なんだが……」


「はい」


「ミリアシス大聖国へ移動しないか?」


 そういえばポードランを出発する時に、そんな話をしましたね。

 僕としてはここロコロルも治安は悪くなさそうですし、無理に移動する理由はないのですが。


「だ、ダメ……か? そ、それともアレかっ!? どうしても行きたかったら首輪を付けて引っ張っていってやろうとか、そんな感じのアレなのかっ!? くぅ……っ!! 足元をみやがって……っ!! よし来いっ!!」


「あ、静かにしてもらえますか? シフォンが起きちゃうので」


「えふぇぇ……」


 まったく何を突然騒ぎだしてしまっているのでしょうかこのエルフさんは。

 子供の発育に睡眠は欠かせないのですよ?

 少し強めに窘めると、ミントさんは気の抜けた声を出しながらしょぼくれていました。


 しかし、ミリアシス大聖国ですか。

 確かミントさんは、聖魔法を研究したいと仰っていました。

 きっと目的はそれなのでしょう。


 両手を口にあてたミントさんは、キョロキョロと視線を忙しなく動かしています。

 シフォンが起きてしまっていないか、慌てて確認でしょうか?

 そういうところは素直で思いやりがあり、とても良い方なのですけど。


「マルグリッタさんは良いのですか? せっかく再会出来たのでしょう?」


 慌てふためいている横顔に問いかけると、再び彼女の視線がこちらを向きました。


「それはそうなんだが、そのマルグリッタに教えてもらったんだ。最近新しい聖魔法が発見されたってな。それが私の求めるものかは分からないが、調べてみる価値はあると思ってる」


 その瞳には、確固たる決意のようなものを感じます。

 彼女は言っていました。

 魔法の研究は、己の尊厳を賭けたものなのだと。

 それは友人と親交を深めるよりも大切なものなのでしょう。

 マルグリッタさんもそれを知っているから、彼女にその情報を教えたのではないでしょうか。


 ならばミントさんの想いとマルグリッタさんの想い。

 無碍にする訳にはいきませんね。


「分かりました。では、さっそく明日出発しましょうか」


「い、いいのか?」


「はい。それにこちらのギルドでは、まともなお仕事もなさそうでしたし」


 ミリアシス大聖国のギルドに仕事があるかどうかはさておき、ロコロルで魔物討伐や洞窟探索系の仕事が少ないのは間違いのないことです。

 ならば僕も可能性にかけて、移動してみるというのも手でしょう。


 そう伝えると、ミントさんは深々と頭をさげてきました。

 サイドテールが勢いに任せてブンっと振られます。


「すまない。ありがとう」


「いえ、ミントさんがお礼を言うようなことではないですよ?」


 そんな感じで、僕達の次の目的地が決定しました。

 ミリアシス大聖国。

 複数の国が集まって結成されたロッケンヒル連合の中心にある国です。


 お仕事。

 見つかると良いですねぇ……。



 ……。



「そういった仕事はありませんね」


 即落ちとはこのことでしょうか。

 ロコロルを出発してから馬車に揺られること五日。

 辿り着いたミリアシス大聖国ですぐにギルドへ向かった僕は、さっそく現実を突きつけられたのです。


 ギルドの外で待っていてくれたシフォンとミントさんは「どうだった?」と聞きかけて、すぐに口を閉ざしました。

 しょんぼりした僕の表情から察してくれたのでしょう。

 ミントさんの手が、ポンッと優しく僕の肩に置かれました。


「まぁ元気だせよ。たまたま今は魔物が少ないってだけかもしれないだろ?」


「そうでしょうか……?」


 そうではないと、僕は気付いています。

 人を司る女神『ミリアシス』様の加護が魔物を遠ざけるなら、この国がもっとも魔物に縁遠い場所でしょうから。

 しかし元気付けてくれるミントさんのお気持ちも無碍には出来ず、とりあえずニコッと笑顔でお返事。

 どうやら引き攣ってしまっていたようで、あまり効果はなさそうでしたが。


 それにしても仕事がないです。

 氷河期です。

 自宅の警備をする日も遠くないでしょう。


 ですが甘んじているわけにはいきません。

 僕にはシフォンを育てる責任があるのですから。


 日々心許なくなっていくお財布の中身を気にしていたからか、僕の顔はドンドンと沈み込んでいたようで。

 肩に置かれたミントさんの手が、そのままバンバンと力強く叩いてきました。


「悩んでいても仕方ないだろ? こんな時は観光でもして心の風通しを良くするんだぞ!」


 見た目は褐色チビっ子のミントさんですが、こう見えても最年長。

 それどころか、人間で言えばすでに大往生していてもおかしくないお歳です。

 こういう時は頼もしいですね。


「ありがとうございます。そうですね、少し気分転換しましょうか」


 ふと顔を上げてみれば、整然と建物が並んだ美しい街並み。

 石畳の上にはゴミひとつ無く、清らかな風が吹き抜けているようです。


 さっきまでの僕は、こんな綺麗な光景にも気付かなかったのですね。

 なんだかもったいないことをしていた気になります。


「……あっち」


 するとシフォンが僕の手を引き、先導してくれるようです。

 こうした甘え方も久しぶりなので、彼女も気を使ってくれていたのかもしれません。


「いいですよ。じゃあ今日は、シフォンの行きたいところへ行きましょう」


 ならば久々に甘えさせてあげなければ。

 そう考えて言ってあげると、ぱぁっとシフォンの顔が花開きました。


「……はやくっ!」


 まるで綱引きするようにグイグイ僕の袖が引かれます。

 それに苦笑しつつ、僕とミントさんはシフォンの後を追うのでした。


 すると彼女が向かった先は、小物や雑貨を取り扱うお店が並ぶ商店通り。

 どうやら珍しい玩具や綺麗な小物が見たかったようです。


 この辺りはポードランよりずっと平和ですからね。

 玩具で遊ぶ子供も多いのでしょう。

 それならば遊び人として、僕も見逃せません。


 物色するように、一軒一軒のお店に入って練り歩きます。

 今は買ってあげる余裕はありませんが、気に入ったものがあれば折紙での再現も可能かもしれません。

 このくらいなら、悪用とはいいませんよ……ね?


 フーッと息を吹きかけると、色が変わったり音がなったりする玩具。

 魔力を込めると、瓶の中に入っている水が動物の形に変形する小物。


 ポードランでは見られなかった、実に様々な物がありました。

 シフォンはあれやこれやと目移りしながらも楽しんでいる様子。

 目から星が飛び出そうなほど、キラッキラと輝いています。


 一方でミントさんも童心に還っているのでしょうか。

 うねうね動く棒状の玩具や、自動で獲物を縛り上げる紐状の魔道具にご執心みたいです。

 はぁはぁと息を荒げ「こ、これはけしからんなっ!」と、うわ言のように呟いていました。


 そんな感じでお店巡りをし、そろそろ宿を探そうかという頃になって。

 薄っすらとオレンジ色に変わりつつある空の下、突如勇ましい声が町に響き渡ったのです。


「この私が聖女となり、皆様がより安心して暮らせるように尽力致しますわっ!!」


 語尾に「オーッホッホッ!」と高笑いを付け加え、女性が高らかに宣言していたのです。

 その周りには人だかりが出来ており、皆が一様に拍手を送っていました。


 なんでしょうか?

 気になりますね。



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