33話 僕は二人の関係が気になります
僕とシフォンは事情を説明し、今はマルグリッタさんのお宅にお邪魔しています。
このお家を訪れるのは二回目。
そう。昨夜僕がザックロダンさんの家だと思っていた場所こそ、マルグリッタ・レモジアという貴婦人のお宅だったのです。
「そう固くならなくて良いのよ? 貴方も騙された被害者なのでしょう?」
「それはそうかもしれませんけど……」
何があったのかを知り、僕がこのお家からブルーサファイアを盗み出したことを知ってもなお、マルグリッタさんはニコニコと目尻に皺を集めていました。
しかし騙されていたとはいえ家主の許可なく忍び込み、大事な宝石を持ち帰ったのです。
到底許されることではないでしょう。
神妙な面持ちで椅子に座る僕の横では、シフォンが無遠慮にお菓子を啄ばんでいました。
お願いですから遠慮して下さいよシフォン。
にぃが情状酌量になる可能性は、貴女が食べるお菓子の量と反比例なのですよ?
そんな僕の思いなど知らず、シフォンの口周りは焼き菓子の粉だらけ。
頭を抱えたくなってきました。
とそこに、更なる来客が到着したようです。
玄関のドアが大きな音を立てて開かれ、重いものを引き摺ってくる音が聞こえてきたのです。
「待たせたなっ!」
リビングの扉を開いて現れたのはミントさんでした。
縛り上げたザックロダンさんの首根っ子を引き摺っていることから、どうやら作戦は成功だったみたいですね。
僕の首も皮一枚繋がったというところでしょうか。
「お疲れ様でしたミントさん。それと、ザックロダンさん」
紳士を装っていた姿は見る影もなく、ジタバタと暴れていたザックロダンさん。
しかし僕が名を呼ぶとその身体がビクリと震え、こちらを睨みつけてきたのです。
「こ、この糞ガキぃっ!! 騙しやがったなっ!!」
「先に騙したのはそちらだと思うのですが」
「うるせぇっ!! こんな贋物まで用意しやがって!!」
贋物というのはブルーサファイアのことでしょう。
ミントさんから話を窺い咄嗟に紙を折って作ったものですが、彼は最後まで気付かなかったようですね。
「しかもダークエルフを差し向けるなんざ、てめぇっ! それが人のすることかっ!?」
「うるさいぞ盗っ人」
喚き散らすザックロダンさんのお腹に、ミントさんの小さな足がジャストミート。
ぐぬぅと小さく呻いた彼は、ようやく静かになってくれました。
すると成り行きを見守っていたマルグリッタさんが、ゆっくりと立ち上がりました。
ツカツカとザックロダンさんに近づいていくのは、制裁を加えるためでしょうか?
一歩間違えれば大きな損害を被っていたはずなので、そのお怒りはいかほどか。
――と思っていたのですが。
「本当にミントなのね?」
「あ、あぁ。久しぶりだなマルグリッタ。これで、いつかの借りは返せたかな?」
何故だか彼女は、ヒシッとミントさんの小さなお体を抱きしめていたのです。
「そんなことをまだ気にしていたの? 変わらないのね貴女は。私はもうすっかりお婆ちゃんなのに」
「変わりたくても変われないまま相変わらずの幼態さ。むしろ、成長出来るマルグリッタが羨ましいくらいだ」
「……じゃあ、まだ?」
「駄目だな。手掛かりさえ見つからん」
詳しい内容までは分かりませんが、察するに、お二人は旧知の仲のようでした。
話し合う言葉の端々に、懐かしさと互いを思いやる温かみが滲み出ています。
そういえば昨夜のミントさんは、僕が手にしたブルーサファイアがどういうものなのか予め知っていました。
だからこそ僕に『舐めてみろ』と言ったのですし、それによって僕は騙されていたことを知ったのですから。
『お前を騙してる奴の目的は大体予想がついた。だが実際にブルーサファイアを盗んだのはお前だし、今捕まえても言い逃れされるだけだろう。現行犯で捕まえる必要があるんだが、その役目、私に譲ってはくれないか?』
宿に戻ってからの作戦会議で、ミントさんはそのように仰っていたことを思い出します。
『借りを返したい』
遠い目をしながら呟いた彼女は、今まで見たなかで一番穏やかな顔をしていたような気がしました。
きっとミントさんにとって、マルグリッタさんは大切な人なのでしょう。
そしてそれは、マルグリッタさんにとっても同じなんじゃないでしょうか。
「さ、積もる話もたくさんあるけれど、まずはこの間抜けな泥棒さんをどうにかしなくちゃね」
「ま、間抜けだとぉっ!?」
マルグリッタさんの辛辣な言葉に、ザックロダンさんが目を剥きました。
泥棒としての矜持でもあったのでしょうか。
ろくなものじゃなさそうですが。
「支部の金庫なんて開けて、一体何が欲しかったのかしら?」
「そりゃあてめぇらが溜め込んでるって活動資金に決まってんだろ!」
「なら検討外れも良いところねぇ。あの金庫には……こんなものしか入ってないのよ?」
そう言ってマルグリッタさんが引き出しから取り出した紙の束。
そこに書かれている文字が、僕の目にも届きました。
って……それ
「料理のレシピ……ですか?」
すると彼女は僕に振り向き、悪戯が成功した子供みたいな笑顔を見せたのです。
「えぇそうよ。私が書き溜めた秘伝のね」
「ふ、ふざけるなっ! 俺様は確かに溜め込んだ活動資金があるって聞いて――」
「だって私が流した噂ですもの。ブルーサファイアの保管場所も嘘の噂を流したつもりだったのだけれどね」
あ……ごめんなさい。
ダウジングで見つけちゃいました。
と、そうでした。
本物のブルーサファイアをまだお返ししてませんでした。
「マ、マルグリッタさん。これを」
大事に持っておいたそれを手渡すと、彼女はザックロダンさんから贋物のブルーサファイアも取り出し、それを交互に比べ見ます。
そして感嘆の声をあげたのでした。
「本当にそっくりなのね。どうやって作ったのかしら。他にも何か作れる? よろしければ教えてくださらない?」
「え、えぇとそれは……」
はい作れます。
今は折紙検定三級くらいですけど、そのうちなんでも作れちゃう気がしてます。
でも正直に言うわけにもいかず、答えに窮していると
「悪いなマルグリッタ。それは企業秘密ってやつなんだ。あまり詮索しないでやってくれないか?」
ミントさんが助け舟を出してくれました。
これだけ精巧な贋作を紙一枚で作れるなんて知れたら大変ですからね。
ミントさんありがとうございます。
「こんなレプリカを簡単に作れるなら、世の中の物価が大きく変動することになるかもしれないわ。その危険性は承知しているのかしら?」
「薄々は……」
「そう。まぁ大丈夫よね? ミントも、それにディータ君だったかしら? 貴方も、悪いことが出来そうにないもの」
あ、これはあれですね。警告です。
贋作を作ってお金を儲けるのは犯罪だし、大変なことになると、マルグリッタさんはそう言っているのでしょう。
それはミントさんも気付いたようで
「おいマルグリッタ」
少しだけ声を低くして彼女の名を呼びました。
ミントさんは僕を信じてくれていて、だからこそ庇ってくれたのでしょう。
ならば僕も、その想いに答えなければいけません。
「お約束しますマルグリッタさん。決して悪用しないと」
そう宣言すると、彼女は相好を崩して僕に言いました。
「ふふ。ごめんなさいね? 私くらいの歳になると、どうしても心配性になってしまうの」
「そういうのを老婆心っていうんだぞ?」
「あらあら。実年齢では私より年上の貴女に言われると、とても気が滅入ってしまうわ」
そうして互いに笑い合うミントさんとマルグリッタさん。
やはりお二人は、とても仲が良いようです。
それから僕達は、ザックロダンさんを町の警備兵に引き渡しました。
ここは女神ミリアシス様のお膝元ですので、その罪は厳しく罰せられるとのことです。
それを聞いて僕も気が気じゃなかったのですが、なんと僕はお咎めなし。
そればかりか町を荒していた泥棒を捕まえたということで、幾ばくかの報酬まで頂いてしまいました。
良かったです。
新天地でいきなり死刑なんてことにならず、本当に良かったです……っ!
とそんな感じで、遊び人としての初仕事は無事に片付いたのでした。




