32話 僕は騙されませんし
「持ってきましたよザックロダンさん」
彼の事務所に戻ると、仕事とやらが一段落したのか。
ザックロダンさんは、椅子に背中を預けてお茶などを啜っていました。
「おぉ、ありがとうございます」
持ち帰ったブルーサファイアを渡すとそれを仰々しい身振りで受け取りながら、彼は確かめるようにブルーサファイアを色々な角度から見て。
そして、ニンマリと笑顔を作ったのでした。
「ありがとうございましたディータさん。置いてある場所を伝え忘れたのですが、場所はすぐに分かりましたか?」
「はい。書斎の引き出しにあったので特に問題なかったですよ」
「それは良かった」
受け答えしながらも、彼は見蕩れるようにブルーサファイアを眺めています。
とその顔が、思い出したかのようにこちらを向きました。
「報酬ですが、明日の仕事が終ってからまとめて、ということでも?」
「それは構いませんが……明日?」
「えぇ。少し急なのですが、お袋の予定が変わりまして。お願いしていた孫に扮する件。明日ということでも大丈夫でしょうか?」
「分かりました。では、明日また御伺いしますね」
ニコニコと愛想を崩さない紳士顔に別れを告げ、僕は宿屋へと戻ることにします。
みんなで楽しく晩御飯……という雰囲気ではなくなってしまいましたね。
だってこのお仕事。
裏があると分かってしまったんですから。
帰ったらすぐ、ミントさんと作戦会議をしなければなりません。
ヴーディッシュ大陸での初仕事。
なんだか散々な予感です。
……。
翌日の昼。
僕はザックロダンさんに案内され、町の中心地へ来ていました。
「……んっ!?」
隣にはシフォンも一緒です。
子供好きなお母様なら孫が一人より二人のほうが良いのではと提案したところ、ザックロダンさんが快諾してくれたのです。
もっともシフォンは、相変わらずあちこちの露店に吸い寄せられそうになっていますが。
「あのカフェでお茶を飲んでいるのが私のお袋です。どうにか偶然を装って接近していただけますか?」
そう言ってザックロダンさんが指し示した方に目を向ければ、オープンカフェで優雅にお茶を嗜む貴婦人の姿。
歳の頃は七十代と御伺いしていましたが、それよりもずっと若々しく見えます。
品の良いおば様といった感じでしょうか。
「私はこの後で所用がありますので、たくさん話をして楽しませてやってください」
「分かりました。お任せ下さい」
言いながら、彼は物陰から僕達を見守っています。
恐らく接触が上手くいくかどうか心配しているのでしょう。
その視線を受けながら、僕とシフォンは貴婦人のもとへと歩いていきました。
「良い天気ですね。ご一緒してもよろしいですか?」
突然話しかけられてビックリしていたおば様ですが、子供好きという情報だけは本当のようで。
僕とシフォンを交互に見ながら、すぐに人の良さそうな笑顔に変わりました。
「えぇえぇ、もちろんですよ。さ、どうぞおかけなさい」
「ありがとうございます」
「……ん」
そうして長閑な昼下がり。
僕とシフォンとおば様の、ゆったりしたお茶会が始まったのです。
……。
**** ザックロダン視点 ****
作戦は成功。
これであの婆は、しばらく異変に気付けない。
俺様はその隙にロッケンヒル連合の支部へと足を運び、そこで悠々お宝を拝借出来るって寸法だ。
この町でも大分稼がせてもらったからな。
最後に大仕事をやってのけ、次はポードラン辺りにでも行ってみるか。
――しかし笑いが止まらねぇぜ。
この仕事、まさかこんなにあっさりいくとは。
ロッケンヒル連合が活動資金をこの町に溜め込んでるって話は聞いていた。
もちろんこの俺様はすぐにでも頂戴しようと参上仕ったわけだが、しかし金庫がビクともしねぇ。
この世界に俺様が開けられない金庫があるなんて思いもしなかった。
まったくふざけた金庫だぜ。
んで調べてみると、どうにもこの金庫。
普通の鍵じゃあ開かない代物だってことが分かった。
開けるためには、ロッケンヒル連合の幹部が持ってるっていうブルーサファイアのペンダント。
これがどうしても必要らしい。
これの在り処を探るところから、俺様の仕事が始まった。
だが当然ながら、その作業は難航した。
この町にいるマルグリッタ・レモジアって婆が所持してるってとこまでは分かったんだが、奴の家に手出しが出来ねぇときてる。
なぜならあの家。
入った人間を全て記録する特殊な魔法が仕掛けられてやがるんだから。
合鍵を作ったまでは良かったが、その魔法を突破する方法が見当たらない。
もっともこの俺様の頭脳は、すぐに最良の方法を思いついたがね。
簡単な話さ。
自分で入れないなら、他の奴に入って貰えばいい。
でけぇ屋敷ではあるが、ペンダントがどの部屋にあるのかは把握している。
大事なものを書斎に隠しているらしいと、そんな噂を聞いていたからだ。
あとは騙されやすそうな人間を探すだけ。
そうしたら、神様の思し召しだろうか。
なんとも好都合なガキが目の前に現れた。
仕事を探していて、騙しやすそうで、しかもガキ。
マルグリッタとかいう婆が子供好きだって話は有名だからな。
これはこれで準備しなければならないと思っていたところだ。
実に御あつらえ向きと言えるだろう。
とまぁそんなわけで、自分の手を汚す事無くブルーサファイアをゲット。
それを手に、あとは金庫をご開帳するだけとなった。
金庫があるのはロッケンヒル連合のロコロル支部。
平時であれば、そこまで厳重な警戒ではない。
厳重に警戒していれば、そこに何かあると喧伝するようなものだからな。
裏をかいているつもりなんだろう。
「知られちまったら何の意味もねぇけど」
辿り着いた金庫の前。
笑いを噛み殺すことも出来ず、俺様は一人勝利宣言。
あの婆はガキが足止めしている。
家に帰り着いてブルーサファイアがないと気付くまで、まだまだたっぷり時間はあるだろうよ。
つまり気付いた頃には、俺様はもう海の上で優雅に日光浴さ。
「んじゃ、お宝とご対面といきますか」
金庫の上部にある不自然な窪み。
そこにブルーサファイアをはめ込むことで、この金庫は開錠される仕組みだ。
――開錠される……仕組みだろ!?
「んだっ!? なんで開かねぇんだよっ!?」
なのにブルーサファイアをはめ込んでも、金庫はピクリともしやがらねぇ。
何故だ? いったいどうなってる? なにか詠唱が必要だったのか?
そんな話は聞いてねぇが……。
「悪いがそのブルーサファイアでは開かんぞ。それは私の連れが作ったものだからな」
「あぁっ!?」
突然の声にビクリとしたが、振り返ってみれば小さな人影。
全身をローブで覆っているが、声からすればメスガキだろう。
「てめぇ何を知ってやがる」
ならちょいと脅せば大人しくなる。
――と考えたのだが。
「おっと動くなよ? 私の弓は、狙った獲物は逃がさないんだ」
生意気にも、ガキは小さな弓を構えてこちらを狙っていやがった。
「なんのつもりだ糞ガキ。今ならお尻ペンペンくらいで許してやるから、その物騒なもんを今すぐ仕舞うんだな」
「なっ!? お尻ペンペンだとっ!? そ、そんなハードプレイを私にしようっていうのかっ!? ……けどな」
何をマセタこと言ってんだと思った矢先、メスガキはフードをはぐった。
現れたのは銀色の髪と尖耳。
間違えようもなくエルフの特徴を備えたガキだ。
だが……
「お前程度に『よし来いっ』とは言ってやれんな。ディータくらい優しい男になってから出直せ」
「な、何を訳の分からねぇことを――つうか褐色の肌をしたエルフだとっ!? て、てめぇまさか……ダークエルフかっ!?」
種の破壊者。
このメスガキは、男殺しと悪名高いダークエルフだったのだ。




