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31話 僕はお使いをこなせません

 日が沈んでから、僕は昨日と同じくザックロダンさんの事務所を訪ねました。

 手狭な室内は整理整頓されていないため、物が散らばっていて余計に狭く感じます。

 ラシアさんがここにいれば、お掃除せずにはいられないでしょうね。


「あぁディータさん! すいません、まだちょっとかかりそうで」


 目線だけで僕を確認し、ザックロダンさんが申し訳なさそうに言ってきました。

 その間もスラスラとデスクの上でペンを走らせる姿は、仕事の出来る大人って感じで格好良いです。


「いえ大丈夫です。こちらで待たせてもらいます」


 そう答えて椅子にでも座ろうと思ったのですが、椅子の上にも書類やらが山になってました。

 仕方ないですね。立ってましょうか。


「いやぁ、そうしてお待ちいただくのも忍びないです。あ、そうだ。ならこうしましょう」


 すると彼はデスクの引き出しから地図と鍵を取り出し、僕に渡してきました。

 ロコロルの町の地図みたいですが、鍵はどこの鍵でしょう?


「実は大事なものを家に忘れてきてしまいまして。私が仕事を終えるまで、それを取りに行ってはくれませんか? もちろんその分のお給料もお支払いします」


 言いながら、ザックロダンさんは地図の上をトントンと指で叩きました。

 どうやら一軒家。そこそこ大きなお宅のようです。

 ここが彼の家なのでしょう。

 昼間に物件の相場を知った僕は、すぐさま頭の中で電卓を弾いてしまいますね。


 う~ん……ハウマッチ。

 正直想像もつきませんでした。


「物は二階の書斎にあります。大きなブルーサファイアのついたペンダントですので、たぶん見ればすぐ分かると思いますが」


 それはそれでお高そうですね。

 そんなものを面識の浅い僕なんかに任せて良いのでしょうか?

 まぁ、お願いされれば断れないのが僕です。

 お駄賃も出るということなら、なおさら断る理由はないでしょう。


「分かりました。では行ってきます」


 地図と鍵を受け取り、僕はザックロダンさんの家へ向かうことにしました。


 事務所からだと徒歩で十五分くらいでしょうか。

 活気溢れる表通りとも、彼の事務所があった寂れた裏通りとも違う、閑静な住宅街。

 時間的には家族で食卓を囲む時間なので、あちらこちらから良い匂いが漂っています。

 僕も早く仕事を済ませ、妹達と食事にしましょう。


 点々と街灯が設置された並木道を歩き、目指すは赤い屋根のお屋敷。

 到着してみると、地図で見たよりも更に立派なお宅でした。

 ポードランで住んでいたお屋敷と、良い勝負といったところでしょうか。

 貿易商って儲かるんですね。

 遊び人から転職も考えたくなってしまいます。


 正門を抜けて石畳を進み、玄関に到着。

 渡された鍵を差し込めば、カチャリと小気味良い音とともに開錠されました。

 

 ――と。

 どういうわけだか、一瞬だけ魔力が流れた気配がありました。

 とはいえ危険なものではなさそうですし、特に変わったところもありません。

 防犯用の魔法でしょうか?

 ならば気にすることもないでしょう。

 僕はそのまま屋内へと足を踏み入れることにします。


 ザックロダンさんは独身ということですので、当たり前ですがお家の中は真っ暗。

 誰の気配もありません。


「おじゃましま~す」


 ですが挨拶は大事。挨拶は基本です。

 しっかりと来訪を伝えてから、僕は二階の書斎を目指しました。


 階段を登り終え、話では奥から二番目の部屋が書斎とのこと。

 他人の家ですので、寄り道は良く無いでしょう。

 真っ直ぐに書斎へと向かいます。


 部屋の扉は品の良いオークウッド製でしょうか。

 コンコンと念のためノックをしましたが、返る声はありません。

 いや、あったらあったで怖いですが。


「失礼しま~す」


 なんででしょうかね。

 こういう時って、ちょっと言葉が間延びしてしまいません?


 なんとなく窺うように声をだしつつ書斎へと入室。

 真っ暗なので明かりが欲しいところですが、室内用の白光魔石の場所が分かりません。

 魔法で光球を作りだした方が早いでしょう。


 ポッと指先に浮かんだ光の球が、室内を照らします。

 なるほど。

 書斎というだけあって、壁にはびっしりと本棚が並んでいますね。


 並んでいる本のタイトルは『ミリアシス大聖国記』『勇者と魔王』『ヴーディッシュに咲く草花図鑑』などなど。

 あまり貿易商とは関係なさそうですが、知見を広めるためでしょうか。

 勉強熱心な人柄がうかがえます。


 さて問題のブルーサファイアですが、どこにあるのでしょう。

 詳しい場所を聞きそびれてしまったことを、今更ながらに思い出しました。

 まったく抜けていますね僕は。


 しかし探す場所は限られています。

 一番可能性が高いのは、デスク周りでしょうか。


 デスクの上には花瓶が置いてあり、綺麗な花が飾られていました。

 花瓶の下には敷紙も敷いてあります。

 男性の一人暮らしにしては、かなりきっちりしていますね。

 僕だったらこうはならないでしょう。


 とりあえず、デスクの上は整頓されていてブルーサファイアのお姿はありません。

 ならば引き出しかと、遠慮がちに一つ一つ検めさせていただきます。


 けれど中から出てきたのは良く分からない書類ばかり。

 ロッケンヒル連合に関するものだったり、ミリアシス大聖国の聖女様に関するものだったり。

 肝心のブルーサファイアさんは、どこにもいらっしゃいません。


 続けて他の棚も見てみましたが、やはり探し物は見つかりませんでした。

 ひょっとしたらザックロダンさんの勘違いで、他のお部屋なのでしょうか?

 だとしたら、こんなに広いお家。

 探し出すのは困難を極めます。


 ……あ、そうだ。

 こんな時のために、僕には遊び人スキルがあるじゃないですか。


 さっそくと、僕はこのお家の見取り図を紙に書きました。

 その上に小石のついた紐をぶら下げ、ダウジングの開始です。


「ブルーサファイアさんブルーサファイアさん。どこですか?」


 心の中で念じながら紐に意識を集中すると、すぐにクルクル小石が回りだしました。

 指し示されたのは一階のキッチン。

 ちょっと意外な場所ですけど、行ってみることにします。


 階段を下り、お家の東側。

 キッチンに到着です。


 窯や燻製器なんかも常備してあり、本格的なキッチンですね。

 棚には所狭しと調味料も並んでいますし、ザックロダンさんは凝り性なのでしょうか?

 モノクルを煌かせながら料理に勤しむ姿は、ちょっとだけ面白いかもしれません。


 さて反応はこの部屋だったわけですが、どの辺りでしょうか。

 とりあえず、片っ端から引き出しを開けてみることにします。


 中に入っているのは、キッチンですから当然料理関係の材料がほとんど。

 調理器具なんかも包丁はもちろん、皮むき器、スライサーと多種多様。

 星型やハート型の型取りもあるので、お菓子作りもしているのかもしれません。

 意外と多趣味ですねザックロダンさん。


 と、調味料の瓶が並ぶ引き戸の奥。

 ようやくそれらしきものを見つけました。

 この場には不釣合いな、小さな小箱です。


 開けてみると大正解。

 中には暗闇の中でも輝くほどの、美しいブルーサファイアがついたペンダントが入っていました。


 少し手間取ってしまいましたが、これでミッションコンプリート。

 なんとかお使いを果たすことが出来たと安堵でしょうか。


 なるべく全てを元の位置に戻してから、ペンダントをもって僕は玄関へ向かいます。

 あとは、これをザックロダンさんにお渡しすれば良いだけですから。


 と、どうしたことでしょう。


「なんか様子が変だと思ったら。何をしているんだお前は」


 美しい銀髪をサイドテールに結び、長い尖耳をピクピクさせている女の子。

 ミントさんが、そこにいらっしゃったのです。


「おやミントさん。どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたもあるか。お前の様子がおかしいから心配してだな……」


 ちょっとだけ顔を赤らめて視線を逸らす褐色肌が、なんとも愛らしいですけれど。

 しかし心配はいりませんよ。

 お使いは、今こうして達成されたのですから。


 そう誇らしげにブルーサファイアを掲げると、ミントさんのお顔がブルーサファイアです。


「お、お前っ! それがなんだか分かっているのかっ!?」


「何ってブルーサファイアのペンダントですが? ザックロダンさんに頼まれて、これからお届けするところですよ」


「ザックロダン? 誰だよそれは」


「僕の雇い主さんですね。貿易商を営んでいる紳士的な方です」


 するとミントさんは少し考え込み、不思議なことを提案してきたのです。


「ちょっとそのペンダント。舐めてみろ」


「な、なんでですか? 美味しいとは思えないんですが?」


「そ、そうじゃないっ! あれだっ! お前のスキルっ!」


 あぁ、そういうことですか。

 でも何故ですか?

 分かりませんけど、ミントさんはやけに真剣な眼差し。

 なので言われた通り、僕はペロリとブルーサファイアを一舐めしてみました。


 ----------------


 名前:ルフィア

 性別:女

 職業:ロッケンヒル連合の徽章

 種族:稀少石

 所有者:マルグリッタ・レモジア


 ----------------


 おや?



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