2話 僕は遊び人になりました
ポードランの城下町はとても広いです。
以前来た時はヘーゼルカお姉ちゃんと一緒だったから、ずっと手を引いてもらっていました。
でも今は一人ぼっち。
不安と心細さを抱え、行き交う人の波に揉みくちゃにされ、やっとの思いで職業変更所へとやって来たのです。
辿り着いた時には服が乱れ、ぜぃぜぃと肩で息をするくらいに疲れちゃってましたが……。
「す、すいませ~ん! 新しい職業に就きたいんですけど~!」
扉をくぐった先には誰の姿もなく、大声で呼んでみると、奥からカツカツヒールを鳴らして女の人が現れました。
小走りになっているから茶色の髪が揺れ、大きな丸眼鏡がズリ落ちそうです。急がせてしまったみたいですね。ごめんなさい。
「はいは~いっ! 職業の変更ですか?」
「ご、ごめんなさい。お忙しいところを」
「大丈夫ですよ。仕事ですからね!」
そう言って姿勢を正し、ニコッと笑顔を向けてくれる受付のお姉さん。
最近誰も笑顔で接してくれなかったから、なんか心がポワッとします。
「あれ? もしかしてディータ君?」
優しそうなお姉さんは、腰を曲げて覗き込むように僕の顔を見てきました。
息がかかっちゃうくらいの距離に、思わずたじろいでしまいます。
「ど、どちらさまですか?」
二、三歩後ろに下がって、僕はお姉さんに聞き返してみました。
この人は僕のことを知ってるみたいだけど、僕には見覚えがありませんでしたから。
「あ、ごめんごめん。君はほら、この業界じゃちょっとした有名人だからね」
「ゆ、有名……? 僕が、ですか?」
「そりゃそうだよ。当時は九歳だったっけ? 史上最年少で賢者になった少年だもん」
そうでした。こんな僕でも唯一人に誇れることが、最年少賢者の称号だったんです。
賢者っていう職業は、実はもう珍しいものじゃなくなっています。
むしろ賢者になっている人は、他の職業に比べて一番多いんじゃないでしょうか?
昔は、たくさん修行をしなければなれなかった賢者。
でもある時遊び人職だった人が、簡単に賢者へ転職出来ることに気付いたのです。
たくさん色々遊んでいるうちに、その人は思ったそうです。
『あれ? 無理やり遊ばなきゃないって、それ仕事と変わんなくね? 遊びも仕事も同じじゃね? ってか人生って遊びじゃね?』って。
その境地が、どうやら賢者に必須な『悟りを開く』っていうことらしいです。
以来、遊び人職を経てお手軽に賢者になる方法が確立されたってわけですね。
それでも僕くらいの歳で賢者になれる人はいません。
子供のうちだと遊びが楽しくて、なかなか悟りの境地に達することが出来ませんから。
だから一緒に旅をしていたディアトリさんは、村や町に立ち寄るたび『こいつは史上最年少で賢者になった凄い仲間なんですよ!』って言い回っていたのを思い出します。
今では悲しい思い出ですけど……。
「そのディータ君がどうしてこんな所に……?」
一転して、お姉さんが不思議そうな顔に変わってしまっていました。
将来を期待され、勇者候補と旅に出たのに何故? と思っているのでしょう。
「そ、その……」
それを思うと胸がギュッと締め付けられて痛いです。
でも話さなきゃ。そうしないと、新しい職業を案内してもらえませんから。
しどろもどろになりながら、僕はなんとか今までの経緯をお姉さんに説明しました。
すると途端にニコニコとしていた笑みが消え、丸眼鏡の奥で目が細められた気がします。
「賢者資格の剥奪? なにそれ。ディータ君さ、自惚れてたんじゃないの?」
一段低くなった冷たい声に、僕が『え?』と顔を上げると、見下すようなお姉さんと目が合ってしまいました。
「賢者は確かに成り易い職業だけどさ、だからって成った後でサボるような人には成って欲しくなかったな~」
「さ、サボってたわけじゃ……」
「一緒でしょ? 次の魔法を覚えられなかったならさ。あ~あ。最年少賢者を輩出したってことで上がってたうちの株も下がっちゃう」
茶色の髪を指先で弄び、つまらなそうな顔でお姉さんが言った言葉が、グサッと僕の胸に突き刺さりました。
改めて、色んな人の期待を背負っていたんだなって思い知らされた気分。
期待に応えられなかった自分が情けなくて、申し訳なさで一杯になってしまいます。
「はぁ~……。まぁいいや。ほら、新しい職業に成るんでしょ? なににするの?」
投げ捨てられるような言葉に悲しくなるけど、これ以上迷惑をかけるわけにもいきません。
早く次の職業を決めて、立ち去ることにしましょう。
「魔法使いとか、僧侶とかどうでしょう?」
「あのさディータ君。賢者資格剥奪されたんだよね? なら魔法系の職業には当分成れないって知らなかった?」
「そ、そうなんですか……?」
「常識」
そ、そうでしたか……。
じゃあどうしたらいいでしょう。他に僕でも出来そうな職業……。
「お金やお店を持ってれば事業職って手もあるけど、冒険者職じゃないと駄目なの?」
「は、はい……」
冒険者パーティーに入れてもらうなら、冒険者職が必須条件。
僕はまだ、ディアトリさん達のパーティーに復帰することを諦めてないのです。
どっちみち、お金やお店なんて持ってないですし……。
「腕力はなさそうだから戦士系は無理。盗賊系って風にも見えないし、商人系はお金が必要だけどどのくらい持ってる?」
「金貨十枚と銀――」
「はい無理」
淡々と、事務的にお姉さんは職業候補を探してくれています。
冷たい感じの物言いだけど、それは仕方ありません。僕なんかに時間を割いてくれているだけでも、有難いことなのですから。
「あとは遊び人くらいかな」
「遊び人……ですか?」
「なに? 探してあげたのに不満なの?」
「い、いえ! そうじゃないんですけど……。暮らしていけるのかなって……」
「さ~ね~? 大道芸でも覚えられるなら、そこそこ収入はあるんじゃない?」
他の多くの人と同じく、僕も賢者になる前は遊び人職でした。
でもそれは通過点に過ぎず、ちゃんとスキルなんかを試したことはありません。
だから不安なのです。
遊び人職をパーティーに入れてくれる人がいるかどうか。
遊び人職で、生活していくお金が手に入るかどうか。
「他にはないわね。ほら、さっさと石像の所に行くわよ。無職よりはマシでしょ」
パタンと職業一覧カタログを閉じ、お姉さんは奥の部屋へと僕を促してきます。
さも面倒そうに。さも迷惑そうに。
その雰囲気に気圧され、従うしかありません。
他に成れる職業がないから、仕方ないことなのですが……。
カツカツとヒールを鳴らすお姉さんの後に続き、奥の部屋へと入れば、以前にも見た石像が中央に安置されていました。
これは仕事神『ブジョット』様の石像。
新しい職業に成る人は、この石像に手を翳して宣誓するのです。
そうしてブジョット様に認められれば、石像が白く発光し、無事に加護を受けられます。
発光しなかった場合はその職業が向いてないと判断されたってことで、違う職業にしなければなりません。
遊び人職にしか成れない僕。
もし石像が発光してくれなかったら、僕は一生無職のままでしょう。
冒険者パーティーに加えてもらうどころか、生きていくこともままならず……。
ブルッと背筋が震えました。
最悪の未来。最低の結末を想像してしまったのです。
「ほら、さっさと済ませてくれないかな?」
逡巡する僕に構わず、お姉さんが僕を急かしてきます。
あとには退けない。逃げ場もない。
フルフルと震える手をようやく石像に翳し、張り付いたみたいに乾いた喉から、なんとか言葉を紡ぎだします。
「ぼ、僕を、遊び人として、お、お認め、下さい……」
狭い石室の中で、石像に向かい宣誓した僕。
小さな声しか出なかったけど、それは反響して石像に吸い込まれていきました。
光って!
発光してっ!
認めて下さいっ!
結果を知るのが怖くて、僕はギュッと目を閉じて祈っていました。
あまりに強く瞼を閉ざしていたから、光ったのかどうかすら分かりません。
すると数秒の後、胸にトンっと衝撃を感じました。
「これ遊び人のスキルブックね」
押し付けられていたのは、薄っぺらな一冊の本。
スキルブックです。
過去にその職業だった人達が、使えるようになったスキルや魔法を書き記してくれた本。
新しくその職業になった人は、その本をもとにスキルや魔法を使えるようになったか確認し、自分の成長を知ることが出来る仕組みです。
賢者職だった時のスキルブックは、ビッシリと二百くらいの魔法が書いてありました。
僕が覚えられたのはその半分にも届きませんでしたが……。
そして一年ごとの更新で、前回覚えていたスキルや魔法と比較し、新しく使えるようになったものがあれば更新完了。
なかったら、僕みたいに資格を剥奪されてしまうのです。
そのスキルブックを渡されたっていうことは……
「遊び人になれた……ってことですか?」
「成れない人のほうが珍しいからね。赤発光ってのは初めて見たけど……」
「え?」
「なんでもないわ。見間違いか何かでしょ。さ、終ったんだからさっさと帰りなさい。私も暇じゃないんだからさ」
スキルブックを押し付けると、お姉さんはまたヒールをカツカツと鳴らして去って行ってしまいました。
そっか。成れたんだ。
なんとか首の皮一枚繋がったことに安堵し、僕もまた職業変更所を後にします。
今日から遊び人。
……なんか駄目な人みたいに聞こえるけど、僕はこの職業で生活していかなきゃいけません。
よし、頑張りましょう!