22話 リルゼは絶望の闇の中に
**** リルゼ視点 ****
状況は逼迫していた。
始めは良かったんだ。
前衛の二人は言うだけの実力を持っていたから。
襲いくるミニバットという蝙蝠型の魔物や、ビッグラットという大きいネズミのような魔物。
これらをバッサバッサと斬り捨てて、彼らは苦も無く洞窟内を先導してくれていた。
それに、フードを被った少女ティナ。
彼女もそこそこ魔法が使えるらしく、前衛が撃ち漏らした魔物を初級炎魔法で撃ち落していた。
正直なところ、ここまで一番役に立っていないのは私だったと思う。
もっと戦えるつもりでいたけど、現実はなかなか思うようにいってくれないものだ。
見える範囲の魔物を全て倒し、一息付いた頃だったかな。
先頭にいたダグラスさんが、小部屋を見つけて声をあげた。
「おいおいっ! ちんけな洞窟だと思ってたが、こりゃ大当たりじゃねぇかっ!?」
「うおっ! こいつぁ凄ぇぜっ!」
続いてドットリオさんも歓声をあげたので、私も走って彼等に着いて行く。
そこで見たのは、部屋の奥にある大量の宝石だった。
「す、凄い……。これ、魔物達がどこからか集めたものなんですか?」
色取り取りの宝石が山のようになっている光景は、この世のものとは思えないほど綺麗だった。
道具屋の娘だからある程度は宝石類にも詳しいし、見ることも多かった私。
けどこんな大量の宝石を一度に見たことなんてあるわけない。
眩すぎて立ちくらみしちゃうほどだ。
「……興味ないわ。それよりもっと魔物を倒しましょ?」
顔色一つ変えず、といってもフードで隠れていて見えないんだけど。
ティナだけは、宝石に興味を示していなかったみたい。
どうやら彼女は魔物を倒すためだけに、冒険をしているみたいなのだ。
ちょっと不可解だけれど、それに構わず私達は宝石の山に殺到していた。
「こんだけありゃ一生遊んで暮らせるじゃねぇかっ!」
「でっけぇ屋敷にメイドをたくさん侍らせようぜっ!」
「ほ、本当に全部持って帰っていいんですかね?」
小市民の私なんかはついそう思ってしまうけど、男性二人は構うものかとどんどん袋に宝石を入れ始めている。
なら、私も少しくらい持って帰ってもいいかな?
そう思って宝石の一つを手にとってみたけど……あれ?
「な、なんかこれ……おかしくないですか?」
道具屋としての経験から、この宝石が贋物っぽいと気付いてしまったのだ。
男性二人は気付いていないので、私は困惑の視線をティナに向ける。
と、さっきまで呆れるように私達を見ていた彼女。
その表情が一変していた。
「この魔力の流れ……すぐに離れなさいっ! トラップよっ!」
え? と思う暇もなかったと思う。
ティナの言葉と同時に小部屋の入り口が塞がれ、崩落するように床が抜け落ちてしまったのだ。
「く、くそっ!」
「ふざけんなっ!!」
慌てて逃げ出そうとするも、すでに出口どころか地面もない状況。
私達には喚き散らす以外に成す統なんてある筈もなく……。
「――がッ!」
浮遊感を感じた数秒後、固い床に打ち付けられていた。
冒険者を殺すためのトラップ。
そういうものがあるという事は知っていたけど、今のがそうなのか。
てっきり落ちた先はトゲトゲの剣山になっていて串刺しが定番だと思っていたけど、そうではなかったことに心から安堵する。
多少の怪我はあるものの、死ぬには至っていないのだから。
もっとも安心するにはまだ早い状況だと、その後に私達は思い知らされるのだけれど。
……。
「くそっ! どうなってんだよっ!」
なんとか脱出を試みるために歩き始めて、もう十時間くらいは経っているかもしれない。
行けども行けども真っ暗な闇ばかりで、時間の感覚なんて当の昔に失われていた。
落ちた高さから考えて、最初は地下二階程度だった筈。
だけど登り階段が見つからず、私達はどんどんと下へ降りざるを得なくなっていたんだ。
「なぁダグラス……。なんかやべぇぞ……」
「……うるせぇよ」
前を行く二人の反応が時間の経過とともに悪くなっている。
その理由を、私もなんとなく感じ取っていた。
道が広いのだ。
道の高さは大人二人分以上。
幅は馬車が擦れ違えるほどの大きな道。
当初聞いていたとおりここにいるのが小型の魔物ばかりであるなら、こんな大きな道を作る理由がない。
「もしかしてよ……。入り口は狭かったんじゃなくて、埋もれてただけなんじゃ……」
「だとしたらなんだよっ!」
「お前も気付いてんだろ……。この気配に……」
それに二人は、どうやら何かの気配を察知している様子。
それも、とてつもなく悪い何かの。
「ど、どうしよう」
だけど声を掛けるのも憚られ、助けを求めるように私は隣を歩くティナを見てみる。
「こ、このくらいの危機を乗り越えられないようじゃ、彼の隣で戦うなんて出来ないわっ」
するとティナはブツブツ呟きながら、押し花のようなものをギュッと握っていた。
大切な人に貰ったものなのかな?
彼女の瞳からは、何か強い決意のようなものも感じとれる。
でもやっぱり恐怖は感じているようで、その手は僅かに震えていた。
と、突然前にいた二人の足が止まった。
いや、硬直したというほうが正しいかもしれない。
「う、嘘だ……こんなところにいる筈ねぇよ……」
それもその筈。
私達の進路を塞ぐように、突然大きな犬の魔物が現れていたのだ。
高い天井に頭が付きそうなほど巨大で、三つある首からは六つの目が獲物を品定め。
鋭い牙を見せ付けるように開いた口腔からは、炎を吐き出そうとしているのが見えた。
「に、逃げるぞっ!!」
地獄の番犬と呼ばれ、Bランク冒険者が数人がかりでも敵わない凶悪な魔物。
ケルベロスがそこにいた。
「グルォォォォッ!!」
前衛の二人が我先にと走り出し、逆走して私達の横を走り抜けていく。
私も逃げなきゃっ!
あんなものと戦うなんて出来るわけないんだからっ!!
そう思うのに、震えた足は私の意志に応えてくれない。
心より先に、身体が生存を諦めてしまったんだ。
「い……いやだ……。お父さん……」
ガクガクと震える足。
呆然と見つめる先で、ゆっくり近付いてくるケルベロスの巨体が見えている。
死ぬ。
噛まれて死ぬ。
焼かれて死ぬ。
引き裂かれて死ぬ。
想像出来る未来に、死以外のビジョンが浮かばない。
頼りになる筈の先輩冒険者が私達を置いて逃げ出した。
そんなことすらどうでもよくなり、私の口からは乾いた笑いが零れるだけだ。
と
「なにしてんのよっ!!」
ガッと力強く腕を引っ張られ、よろめくように私は倒れてしまった。
その横を、巨大な炎の塊が通り過ぎていく。
あのまま棒立ちだったなら、今頃私はバーベーキューになっていただろう。
嫌な想像をしてしまい、私は身震いした。
そんな私を更に一喝し、薄いブルーの瞳が私を見下ろしていた。
ティナ?
「死にたくないなら走りなさいっ!」
彼女も一緒に転んでしまったから、深く被っていたフードが脱げてしまっている。
埃や汗で薄汚れてしまったけど、それでも綺麗な金色の髪。
気の強そうな目つきに意思の強そうな唇。
でも全体的にとてもバランスが良く、高貴な雰囲気を纏っているどこかで見たことのある顔。
どこだっけ?
現実逃避するようにティナに見蕩れていた私の頬を、突然パチンと痛みが襲った。
彼女にビンタされたのだ。
「しっかりしなさいっ! 逃げるわよっ!」
「え……あ……っ!」
そ、そうだった。
私は今、圧倒的な死に睨まれているんだった。
振り返れば、今まさにケルベロスの口から炎が吐き出される瞬間。
ゴォッと音をたてた高熱の火球が私達目掛けて飛んできていた。
「初級氷魔法!」
私の手を引きそれを回避しつつ、ティナは氷の魔法を私達の前に展開して熱を軽減。
一発では焼け石に水かもしれないけど、彼女はありったけの魔力でそれを連発していた。
「イムサ、イムサ、イムサ、イムサっ!!」
凄い。
こんな小さな子なのに、ティナは私なんかよりよっぽど戦っている。
けど慣れない連射だったのか、すぐに魔力切れを起こして、彼女はフラフラっと膝から崩れ落ちてしまいそうになっていた。
その小さな身体を、すんでのところで私が支える。
「い、いいから逃げなさいよっ!」
「逃げるよ。もちろん貴女と一緒に!」
こうして、命がけの逃走劇が始まったのだった。




