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1話 僕は賢者資格を剥奪されました

「だから、君はもう賢者ではないってことよ。残念だけれどね」


 カウンターの向こうにいるお姉さんから、もう何度目か分からない台詞が告げられてしまいました。

 冒険者でごった返しているギルド内でも良く通る声は、しっかりと僕の耳に届けられてしまったのです。


 出来ることなら耳を塞いでしまいたい。

 聞かなかったことにしたい。


 もちろんそんなことをしても、なんにもならないのは百も承知。

 どれだけ逃げようとしても現実は非情。しかし周りは囲まれてしまうのです。


 カウンターにいる、職業更新案内のお姉さん。

 僕の方がずっと年下だから口調は優しいけど、彼女の目は笑っていません。

 だって、かれこれ十分以上も同じ会話をしているんですから。

 言外に「いい加減にして」と言われてるみたいで、怖気づきそうになってしまいます。


 ――それでも


「ど、どうしてもですか? なんとかなりませんか?」


 震える声で、僕は食い下がり続けていました。

 賢者じゃなくなっちゃう。それだけは、なんとしても避けなきゃいけないことなんです。


「もういいだろディータ君」


 半泣きになりながらお姉さんに頼み続けていた僕の肩が、後ろからガシッと掴まれてしまいました。

 振り返ってみると、そこにいたのはディアトリさん。

 彼は悲しげに、首を振りながら立っていました。


「ちゃんと君を成長させてあげられなかったことは申し訳ないと思うよ。でも規則は規則だ」


「そうよ。それに、次の魔法を覚えられなかった貴方にも落ち度はあるのよ?」


「一年も猶予があったのに、成長してないんだから当然ですぅ」


 ディアトリさんの後ろから、僧侶さんと魔法使いさんも口々に僕を責め立ててきます。

 彼女達はパーティーメンバー。これまでずっと、一緒に旅をしてきた仲間達です。

 なのに、誰も僕を庇ってくれません。


 分かってる。本当は分かっています。

 僕が成長出来ていないってことは、誰の目から見ても明らかですから。


 毎日毎日必死に魔力を鍛えて、初期魔法でも中級以上の威力が出せるようになったし、魔力が足りなくなっちゃうこともなくなりました。

 けど、新しい魔法。賢者として次のステップに指定されている魔法が、いつまでたっても覚えられなかったのです。


 努力が足りなかった。

 経験が足りなかった。

 才能が足りなかった。


 それに知識、教養、一般常識。

 そういえば、睡眠時間も最近足りてません。

 足りないものしかなくて嫌になりますね。

 僕に足りてるものなんて、後悔する時間くらいのものでしょうか。


 でもだからこそ、今ここで諦めるわけにはいかないのです!


 賢者でいられなくなるっていうことは……。

 無職になっちゃうっていうことは、つまりパーティーに居られなくなるっていうことですから。

 それだけは、絶対に避けなければいけません。


 最後の望みをかけて、僕はもう一人のパーティーメンバー。

 そして、僕の姉代わりであるヘーゼルカお姉ちゃんに目を向けます。

 お姉ちゃんなら、きっと庇ってくれる。なんとかパーティーに残れるように説得してくれる。

 だって、僕とお姉ちゃんは約束していたのですから。


『いつか一緒に強くなって、勇者様のパーティーに入れてもらおうね!』


 幼い頃から僕とお姉ちゃんは、それだけを目標に修行に明け暮れてきました。

 そして念願が叶い、まだ勇者候補ではあるけど、ディアトリさんのパーティーに入れてもらうことが出来たのです。


 なのに……。


「お姉ちゃん……」


 ヘーゼルカお姉ちゃんは、目を合わせてくれませんでした。

 それどころか僕に背を向け


「家に帰りなさいディータ。貴方は足手まといなのよ」


 突き放すように言ってきたのです。

 堪えていたのに、ジワッと涙が零れそうになってしまいます。


「嫌だよお姉ちゃんっ! 一緒に魔物をやっつけようって! お父さん達の仇を討とうって約束したじゃないですかっ!」


 僕のお父さんとお母さんが魔物に殺されてしまってから、ずっと一緒に居てくれたヘーゼルカお姉ちゃん。

 お姉ちゃんのお父さんも殺されてしまったのに、それでも僕を励まし続けてくれた優しいヘーゼルカお姉ちゃん。

 冒険を始めてからも、先頭で皆を守ってくれた強いヘーゼルカお姉ちゃん。


 その背中が、霞む視界の中でどんどん遠く離れて行ってしまいます。


「ま、待ってよっ!」


 追いかけようとした僕は、また肩を掴まれてしまいました。勇者候補のディアトリさんに。


「止めるんだディータ君。君は男の子だろう?」


「お願いですディアトリさんっ! 僕も一緒に連れて行って下さいっ!」


「それは出来ない。冒険者職を失った君は、もう冒険者じゃないからね」


「で、でもっ! 職を失っても、賢者の力が使えなくなったわけじゃ――」


「弱まってはいるだろう?」


 図星でした。

 職を失うってことは、お仕事の神様の加護を失うってことなのですから。

 今の僕でも魔法を使えないわけじゃないけど、以前に比べて弱くなっているのは、自分でも分かっていたんです。


「一年ごとの職業更新で、なんの成果も見せられなかったんだ。諦めたまえディータ君」


 ディアトリさんはそう言いながら、僕の胸に一枚の紙切れを押し付けてきました。


「王都へ向かう船の乗船券だ。これに乗って王都へ行き、そこから田舎の家に戻ってヘーゼルカの帰りを待つといい」


 半ば無理やり乗船券を渡し、ディアトリさんは背中を向けてしまいます。

 それに続いて、僧侶さんと魔法使いさんも去って行ってしまうのです。


 もう誰も、僕を必要としてくれません。

 遠ざかっていく元パーティーメンバー達の背中を見つめながら、僕は僕の旅の終わりを感じていました……。



 ……。



 それから二週間。言われるがままに王都ポードランまで戻って来た僕は、その足でフラフラと町を彷徨っていました。

 家に帰れと言われたけど、僕の家はもうありません。お父さんとお母さんが殺されてしまった日、一緒に焼け落ちてしまったからです。

 だから帰るとしたら、それはヘーゼルカお姉ちゃんの家になるでしょう。


 けど、帰りたくなかったんです。

 別に養母(おばさん)が嫌いな訳ではありません。ヘーゼルカお姉ちゃんも養母さんも、身寄りのなくなった僕を本当の子供のように育ててくれたのですから。

 感謝こそすれ、嫌うなんてある筈がありません。


 でもだからこそ、帰って迷惑をかける訳にはいかないんです。


「へいらっしゃいっ!」


 立ち寄った道具屋さんで、僕は以前ディアトリさんに貰った指輪を売ることにしました。

 帰らないと決めたなら、なにはともあれお金が必要ですから。


 それにこの指輪は、装備している人の魔力を上げてくれる物らしいです。

 今の僕には、もう必要のない物ですね……。


「これ、売りたいんですけど……」


 カウンターまで近寄り、怖そうな店主のオジサンの前で指輪を外そうと試みます。

 けど


「ん……っ!! あ、あれ? 取れない」


 一度でも外すと効果がなくなるから、絶対に外しちゃ駄目だって言われてました。だから貰ってから今まで一度も外さなかったんだけど、そのせいで外れなくなっちゃったのでしょうか。

 身長はそんなに伸びてないのに……。


「あぁ? ……ったく、しゃあねぇなぁ。ちょっと待ってろ」


 僕が四苦八苦しているのを見兼ねて、店主のオジサンは一度店の奥に引っ込んでしまいます。

 しばらくして戻ってくると、その手には水差しが握られていました。

 それをおもむろに、僕の手に振り掛けてきたのです。


「冷たっ!」


「我慢しろ。……ほれ、取れたぞ」


 オジサンに言われて見てみると、本当です。さっきまで苦労してたのが嘘みたいに、指輪はスルリと僕の指から転がり落ちていました。

 そっか。あの水で滑りを良くしたんですね。気付きませんでした。


「ありがとうございます。それで、いくらで買い取ってもらえますか?」


「金貨二枚だな」


「……え」


 たった? たった二枚ですか?

 魔力を上げるなんて効果もあるし、見た目も綺麗だから二十枚くらいになると思ってたんですが……。


「んだぁ? 取ってやったのに文句あんのか?」


「な、ないですっ! それでいいですっ!」


 不満が顔に出ちゃってたのか、オジサンは更に顔を怖くさせて睨みつけてきています。

 震え上がった僕は、そそくさと金貨を受け取り店を出ることにしました。


 これで手持ちと合わせて金貨十枚。銀貨六枚。

 安い宿屋さんでも一泊で銀貨一枚。食べ物なんかも考えると、一ヶ月くらいしか持たないでしょう。

 その間に、なんとかお仕事を探して暮らしていけるようにしなきゃいけません。


 明日のことすら不安になりながら、僕の足は職業変更所へと向かっていました。

 胸の中では、また皆と冒険出来るんじゃないかって、淡く儚い希望を抱きながら……。



 **** 道具屋の娘視点 ****



「ちょっとお父さん!? 可哀相じゃないっ! たった金貨二枚なんてっ!」


 私よりも少し年下に見えた小さな男の子が、しょんぼりした顔でお店から出て行ってしまった。

 それもその筈。魔力の付与された装飾品なら、少なく見積もっても金貨三十枚はするんだから。

 私だって道具屋の娘だ。そのくらい分かる。


 だから、小さな子供からぼったくったお父さんが情けなくて、悲しくて、私はお父さんに詰め寄っていた。


「なんだリルゼ。子供が親の仕事に口を出すのか?」


「出すよっ! 情けないと思わないのっ!?」


 近所でも強面と有名なお父さんだけど、私は怯まない。

 本当は優しくて、真っ直ぐで、ちょっとだけ不器用だって知ってるから。

 そんなお父さんだからこそ、あんなことをするのが信じられなくて、私は悲しくて怒ってたんだ。


「おめぇも冒険者になったんだったな。なら覚えとけリルゼ。こんなもんに頼るようじゃ、冒険者なんて続けていけねぇってな」


「それ魔力を上げてくれるんでしょ? 自分の足りない力を装備で補うことが、そんなに悪いことだと私は思わないよっ!」


「……そうじゃねぇ」


 そうじゃない?

 どういうこと?


「こいつぁ確かに魔力を底上げしてくれるが、そんかわし呪いがかかってんだ」


 呪いという言葉で、さっきお父さんがしたことを思い出した。

 取れなくなっていた指輪に、水差しから水をかけていたように見えたけど、もしかしてあれは……


「聖水をかけて呪いを解いたの?」


「そういうことだ。これは、新しい魔法やスキルを覚えられなくなる呪いの指輪。そこまでして魔力を上げなきゃやっていけねぇってんなら、土台才能がねぇんだよ」


 そう言うと、お父さんの大きな手が私の頭をぐしゃぐしゃっと撫でてくる。


「自分に足りねぇもんがあるなら、遠回りでもいいから地道にやれ。強くなるのに近道なんてねぇんだからな」


 この言葉は、きっと駆け出し冒険者の私に言っているんだ。

 初めは反対してたのに、今では認めてくれている。

 それが嬉しくて、誤解から怒ったことが気恥ずかしくて


「……うん」


 聞き取れないほど小さな声で呟くと、もう一度優しくて大きな手が、私の頭をぐしゃぐしゃっと撫でてくれた。




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