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18話 僕はギルドへ報告します

「いきなりこんなことを頼むのもどうかと思うが、頼むっ! お前の遊び人スキル。私に研究させてくれないか!?」


 さっきまでグズッていたミントさんでしたが、ようやく本来の調子を取り戻したと思いきや、今度は真剣な眼差しで頭を下げてきました。

 まだちょっと鼻水が垂れていますよ?


「研究……ですか?」


 そういえば、彼女の職業が研究者となっていたことを思い出します。

 遊び人の研究をなさっているのでしょうか?


 ……いえ、それはおかしいですね。

 だって遊び人という職業を、彼女はよく知らなかったみたいですから。


「私はもう、六十年以上も様々な魔法を研究している」


「六十年以上!? だってミントさん……」


「容姿のことか?」


 ミントさんは、どう見ても同年代の姿です。

 エルフさんの生態について詳しくありませんが、六十歳以上でこの姿が普通ということはないでしょう。


「そうだな。元々エルフの幼態期間は短い。今の私みたいに、小さな子供の姿というのは十歳くらいまでが普通だ」


 ミントさんの口から語られたエルフさんの生態。

 十歳くらいまでが幼態で、そこから人間でいうと十八歳くらいの姿になり、それが成態。

 寿命によってまちまちだが、二百年から五百年の間を成態で過ごした後、十年ほどの老態を経て天に召される。

 それが普通のことだそうです。


「私は自分に呪いをかけたんだ。幼態に戻り、そこから成長しないようにと」


「なぜそんなことを?」


「……それは言えない。言いたくない」


 拒否の言葉と共に遠くを見つめ、悲しげに瞳を揺らせるミントさん。

 考えてみれば、彼女の状況はおかしいです。

 エルフさんは人里から遠く離れ、森の奥で集団生活をしている筈ですから。

 人里に程近く、一人暮らしをしているなどありえないのです。


「一つ言えることは、私が魔法を研究している理由は、好きだからとか探究心だとか、そんな理由じゃないってこと。私の人生。尊厳に関わることなんだ」


 そう言うとミントさんは立ち上がり、もう一度深々と腰を曲げました。


「だから無理を承知で頼む。お前の力を貸してくれ」


「もちろんです」


「代価なら当然払うっ! あまり金銭はないが、出来ることならなんでもするぞ。そ、そうだっ! 身体で支払うことも厭わないっ! それがいいっ! よし来いっ!! ……え?」


「ですから、もちろんですと。代価なんていりません。ミントさんが困っていらっしゃるなら、出来る限りのことはします」


「い、いいのか? 本当に? 身体はいらないのか?」


「いりません。というか、そんなもの貰ってどうするっていうんですか?」


 黒魔術なんかではエルフの身体を生贄に捧げたりするかもしれませんが、僕にそういう知識はありません。

 身体なんて貰っても使い道がないですし、第一ミントさんを助けるのにミントさんが死んでしまったら何にもなりません。


 そう思って素直に告げたのですが、何故だかとてつもないショックを受けているご様子。エルフさんとは、義理堅い種族なんでしょうね。


「ならこうしましょう。僕も、遊び人スキルについては分からないことが多すぎるのです。なので、ミントさんの研究をお手伝いする代わりに、僕の研究も手伝って下さい」


「そ、そうか。そうだな。お前がそれでいいと言うなら、願ってもないことだ」


 こうして僕は、ミントさんという研究仲間と出会うことが出来たのです。

 博識なエルフさんですし、魔法について百年も研究していたとのこと。

 きっと遊び人スキルや新しい遊びについても、色々ご意見を頂けることでしょう。


 話が一段落し、僕はあることを思い出しました。

 外で死んでいる蛇のことです。

 ミントさん曰くデビルボアらしいのですが……。


「あぁ、あれがギルドに討伐依頼の出ていたデビルボアで間違いないだろうな。そもそもこの辺にいるような魔物じゃないんだ。複数体いるとは思えん」


「でも、話では街の東で目撃されたと聞いていたのですが」


「……そ、それはな」


 おや?

 なぜかミントさんの顔が青ざめ始めています。

 どうしたことでしょうか。


 不思議に思い彼女を見つめていると、やがて観念したように、ミントさんは懐から青い液体の入った小瓶を取り出しました。


「それは?」


「こ、これは……特殊な鎮静剤だな。……デビルボアを誘き寄せる効果もあるみたいだ」


「じゃあデビルボアを倒すため、誘き寄せていたんですねっ!」


 さすがエルフさんです。

 人に被害が出ないよう、危険を顧みずに始末しようなんて、なかなか出来ることではありません。

 なにせ相手はBランクの冒険者が複数集まってようやく倒せるような魔物。

 一人で倒そうなんて……あれ? どうやって倒そうとしたんでしょうか?


「……ミントさん?」


「す、すまないっ!! まさかこれを取り寄せたばっかりに、デビルボアまでお取り寄せしてしまうなんて思わなかったんだっ!!」


「あ、あれ? じゃあ、そもそもデビルボアがポードランの城下町付近に現れたのって……」


「私のせい……かなぁ?」


 テヘッと小首を傾げて舌を出した銀髪エルフさん。

 かなぁ? じゃないです。

 そのせいでギルドは大騒ぎになっているのですから。

 こんなことがバレたら死刑ですよ? 死刑の乱れ撃ちですよ?


「ま、まぁ、でもだ。お前が倒してくれたんだから問題ないだろ? 被害もまだ出てないみたいだし」


「そういう問題じゃないと思うのですが……」


「わ、私とお前だけの秘密だっ! 秘密の共有だっ! それともあれか? 黙っていてやる代わりに「ぐへへ」的な展開か? な、なんて卑劣な……。よし来いっ!!」


 何を言っているのか分かりませんが、そうですね。

 僕が黙っていれば良い話です。

 あ、でも、デビルボアを討伐したことはギルドに報告しなければなりません。

 街の人も不安でしょうし。


「とりあえずギルドに行きましょうか?」


「な、なんだっ!? 秘密の暴露をするつもりなのかっ!?」


「いえそうではありません。討伐の報告です」


 そこまで言って、ハッとなりました。

 だって僕、遊び人に転職はしましたが、まだギルド登録をしていなかったのですから。


 討伐依頼が出るような魔物をギルド登録していない人間が倒してしまう。

 これは、ちょっと問題があるのです。

 報酬が出ないのはもちろんですが、他にもギルド間同士の縄張り争いだったり、ギルドに所属している人達の恨みだったり。

 詳しくは知りませんが、色々と面倒があるらしいのです。

 旅の途中でも、何度かそういうことがあったことを思い出します。


「なら私も行こう。こう見えても一応弓使いとして登録してあるからな」


「それは助かります」


 そういうことで、僕とミントさんはギルドへ向かうことになりました。

 ただその際、彼女は頭をすっぽり覆ってしまうフードを被っていました。

 銀色の髪や尖った耳など、エルフとしての特徴を隠したいのでしょう。

 自衛の為に仕方のない措置なのだそうです。



 ……。



「え、えぇ。間違いなくデビルボアの牙ですね」


 やって来たギルドで、討伐の証である牙を受け付けのお姉さんに見せると、途端に他の冒険者達が集まり始めてしまいました。


「おいおいマジかよ」


「こんな子供二人でデビルボアをっ!? 凄ぇなっ!!」


「うっそだろ……」


 あぁだこうだと騒ぎ立てる冒険者達。

 それはそうでしょう。たまたま遊び人スキルで倒せただけなので実力とは言えません。

 普通に戦えば、僕なんかではとても倒せないでしょうから。


 カウンターのお姉さんも慌てていますが、しかしデビルボアの牙で間違いないという結論になったのか。奥から報奨金を持ってきてくれました。


「ではこちらが報酬の大金貨五枚です。お疲れ様でした」


「あ、ありがとうございます」


 とはいえ、事実を知っている僕としては受け取りづらいものがあります。

 自分達で誘き寄せて自分達で倒しているのですから。

 マッチポンプという奴でしょう。


 しかし隣にいたミントさんは躊躇すらせず、サッとそのお金を受け取ってしまっていました。


「こ、こんなに手軽に研究費が……。まさに錬金術……。もう四、五匹誘き寄せるか……」


 なにやら良からぬことが聞こえるのですが、聞かなかったことにしましょう。

 聞いてしまったら僕も共犯にされかねません。

 断頭台へのハイキングはお一人でお願い致します。

 と、ギルドの一角にいた男性が、わざと回りに聞こえる声で文句を言い始めました。


「どうせ弱ってたか特別弱い固体だったんだろ? 運だけのくせに調子乗りやがってよぉっ!」


「ダグラスの言う通りだっ! こんなことなら、さっさと俺達で仕留めりゃ良かったぜ糞がっ!!」


 すると周りの冒険者達も同調し始め、それは次第に嫉妬混じりの罵声に変わりつつあります。

 運だけと言われたら返す言葉もありませんし、実際僕もそうだと思っています。


 だってデビルボアです。

 Bランク級冒険者が複数で討伐しなければならない凶悪な魔物なのです。

 靴飛ばしは確かに強烈でしたが、それでも僕程度が簡単に倒せる筈はないでしょう。

 けどミントさんは、その男達に食ってかかる勢いでした。


「ば、馬鹿かっ! 運だけでデビルボアを倒せるものかっ! ちょっと言ってきてや――」


「いいですよミントさん。やるべきことは終りました。早く帰りましょう」


「そうはいくか! 馬鹿にされてるのはお前なん――おいっ! 引っ張るなっ!」


 なんだか剣呑な雰囲気になってきたので、僕は退散を決め込みます。

 もともとデビルボアの脅威が取り除かれたことを伝えたかっただけなので、他はどうでも良いのです。

 ミントさんは憤懣遣る方ないといった感じですが、その細腕を掴み、僕達はギルドを出るのでした。



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