17話 僕は森の中、エルフさんに出会いました
サイドテールの銀髪、尖耳、褐色肌という珍しい特徴を兼ね揃えた女の子に案内され、僕は彼女のお家へと上がりこんでいました。
家というより小屋でしょうか?
八畳程の広さの室内には、大きなテーブルが一つあるだけ。
壁に括り付けられた棚には色々な薬品が見受けられますが、他には何もない木造のお家でした。
ちょっとどうやって生活しているのか分からないくらいですね。
「あ、あまりジロジロ見るなよ……」
着替えを済ませてきた女の子。
とりあえず敵意がないことは信じて頂けたようで、彼女はお茶なんかを用意してくれたようです。
テーブルの上に、やけに茶色いお茶がコトリと置かれました。
何のお茶でしょうか?
「ど、毒なんか入ってない……ぞ……?」
そこはもう少し自信を持って言って欲しいところです。
ですが、自信のなさが逆に安心。
本当に毒を入れたなら、もっと自然を装うでしょうから。
「ずずっ……。あ、美味しいですねこれ」
特に躊躇もなく飲んでみると、ほんの少し苦いですが、豊かな風味が口に広がりました。
香ばしいという感じでしょうか。
僕の様子を見ていた女の子は少しだけ驚き、それから相好を崩して自らもお茶に口を付けました。
それにしても珍しい方ですね。
纏っているものも、見たことのない民族衣装のようです。
白い毛皮のような素材で、上半身下半身が一繋ぎの服。
特に下半身は、異界でいうところのチャイナドレスでしょうか?
あんな感じに前垂れと後ろ垂れになっており、サイドは腰の辺りまで露出しています。
きっと動きやすくする為でしょう。
「だ、だからっ! あまりジロジロ見るなっ!」
「ご、ごめんなさい。珍しかったもので……」
失礼とは思いましたが、ここは正直に言ってしまいましょう。
やはり彼女は機嫌を害したのか、少し眉根を寄せてしまいましたが。
「そ、そうだろうな……。ただでさえエルフは珍しいのに、そのうえダー――」
「やっぱりエルフさんなのですねっ!」
思わず立ち上がってしまいました。
だってエルフさんです。
初めて見る生エルフさんなのです。
エルフと言えば長命種として知られ、人里には降りて来ず、森の奥深くで自然と共に暮らす種族。
非常に博識で、思慮深く、温厚な方々と聞いています。
一度お会いしてみたいと思っていたのでした。
「な、なんだっ!? やっぱり捕らえるのかっ!? 捕らえて奴隷商に売っぱらって「ひぎぃっ!」って言わせるつもりだなっ!? よし来いっ!!」
「い、いえ、そんなことをするつもりはありません。安心して下さい」
エルフさんの警戒はもっともです。
僕は自分の浅慮さを自省し、再び腰を下ろしました。
エルフさんは先に述べた以外にも、ある特徴があります。
それは、男女問わずに見目麗しいということです。
なので一部の貴族や富豪の方は好んでエルフさんを探し、奴隷商から買い求めるのだとか。
綺麗なものを近くに置いておきたい気持ちは分かりますが、だからといってエルフさんから自由を奪って良い筈がありません。
「そ、そうなのか? なら何をしに来たんだよ……。そ、それに、さっきの靴は……」
「えっと……。靴を飛ばしたら、思いの外飛んでいったというかなんというか……」
そこで僕は、遊び人のこと、新しい遊び人スキルを探しているということを説明することにしました。
危険なスキルも含まれますが、思慮深く温厚なエルフさんであれば問題ないでしょう。
それに、博識でもあらせられるエルフさん。
ひょっとしたら、有用な遊び人スキルなんかも知っているかもしれませんし。
と思ったのですが、彼女はジトッとした目で僕を見てきました。
「馬鹿にしてるのか?」
「め、滅そうもないです! なんでですか!」
「そんな遊び人聞いたこともないぞ。私が世間知らずだからと嘘を付いているのだろ!?」
「そんなことありません!」
「なら証明してみせろよ。遊び人スキルとやらで」
どうしましょう。
エルフさんは遊び人スキルをご存知ありませんでした。
それどころか、騙そうとしたと憤慨していらっしゃいます。
こうなれば、証明するしかないでしょう。
ですが、どうやって証明しましょう?
靴を飛ばすのは危険ですし、色紙なんかもありません。
ボーッとしても傍目には何をしているか分からないでしょうし、セクシーダンスは論外。
となれば、あれしかありませんかね
「わ、分かりました。じゃあエルフさんを舐めていいですか?」
「なぁっ!? な、なんだそれはっ!! 誘惑かっ!? 堕落させるつもりかっ!? よし来いっ!!」
……『よし来い』というのは、この方の口癖なのでしょうか?
変わった癖をお持ちですね。
「ど、どこだっ!? どこを舐めるんだっ!? ここかっ!? あそこかっ!? まさかそんなところではないだろうなっ!? どんと来いっ!!」
「あ、指で大丈夫なんで」
「……あ、あぁ。そっか……」
一人カーニバル状態ではしゃいでいたエルフさんでしたが、急にしょぼくれてしまいました。
何か悪いことをしてしまったでしょうか?
まぁとにかく、差し出された指を舐めてみましょう。
スキル『舐めまわす』発動!
ぺろっ
「ひゃんっ!?」
ちょっとビックリさせてしまったみたいですが、スキルは問題なく発動出来たようです。
では確認を。
名前:ミント
性別:女
職業:研究者
種族:ダークエルフ
おや?
以前はなかった項目が増えていますね。
遊び人として成長したからでしょうか?
種族も開示されています。
「ど、どうなんだ?」
「はい。分かりました」
駆け出しの頃に想像してしまった、このスキルの使い道。
路地裏の変態と罵ってしまいましたが、まさか本当に使う日が来るとは……。
人生なにが起こるか分かりません。一寸先はダークマターです。
ですが、今はこのスキルに感謝しましょう。
彼女に遊び人を信じてもらえるのですから。
「初めまして、ダークエルフのミントさん。挨拶が遅れましたが、僕はディータといいます。よろしくお願いしますね」
にこやかに握手のため手を差し出しましたが、ミントさんはビクリと小さな肩を震わせました。
「そ、そこまで分かるなら本当なんだな……でもいいのか?」
「なにがですか?」
「ダ、ダークエルフだぞ?」
そういえばそう見えましたね。
エルフとダークエルフ。何が違うのでしょう?
確かに見た目は褐色肌ですので、日焼けしたらダークエルフ?
「良く分かりませんけど、ミントさんはミントさんでしょう?」
そう告げると、ミントさんは差し出された手を見て、僕の目を見て、また手を見て……。
何かを覚悟するように、戸惑うように、忙しなく視線を上下させていました。
僕はただ、じっと待ち続けます。
と、数十秒の後
「よ、よろじぐぅっ!」
「ど、どうしたんですかっ!?」
「なんでもないがらぁっ!」
なんでもないってことはないでしょう。
だって泣いてます。
ミントさん、明らかに泣きながら手を握り返してきたのです。
でも、その理由を問う気にはなれませんでした。
なんでもないと言われたこともありますが、それよりもミントさん。
大粒の涙を流しながらも、とても嬉しそうに笑っていたのですから。
ならきっと、悲しいとか辛いとかではないのでしょう。
それが分かれば十分です。
その後しばらく握手し続けていましたが、ミントさんの手が僕の手を擦るような動きになったので、とりあえず振りほどいておきました。
ちょっとだけ彼女の顔に後悔が表れましたが見なかったことにし、僕達はテーブルを挟んで、ようやく落ち着いて話をすることにしたのでした。