14話 僕は警察署に連行されました
「お名前と住所は分かるかな~? お兄ちゃんのほうは小学校高学年みたいだけど、お姉さんに教えて欲しいな~?」
生活安全課の少年係に連れて来られた僕達に、婦警さんが猫撫で声で訊ねてきました。
いわゆる事情聴取というやつです。
受け答えを間違えると即座に逮捕される危険な儀式。
ここは慎重にいきましょう。
「名前はディータといいます。こっちは……妹のシフォン」
「……です」
ここは兄妹を名乗っておいたほうが自然でしょう。
召還しましたなどと言っても、意味が通じないでしょうし。
見た目の年齢よりもずっと賢いシフォンも、僕に同調してくれました。
もっとも彼女は異界のお菓子に夢中なので、返事をしておけばいいやくらいなのかもしれませんが。
「外国の子なのかな? お家はどこか分かる?」
再三の質問ですが、これに対する答えを僕は持ち合わせていません。
ポードランの王都にあるお屋敷ですと答えたところで、そんな国はこの世界にないのですから。
不審者扱いされること必至。
「ったくよぉ、まぁたダンマリか?」
と、婦警さんの後ろにいたオジサンが、ついに痺れを切らしてしまいました。
お姉さんを押しのけるようにグッと前に出てきて、僕を上から睨みつけてきます。
「坊主。あんまし大人を舐めてんじゃねぇぞ?」
「ちょ、ちょっと止めて下さいよ御子柴さん。怯えちゃってるじゃないですか」
「うるせぇ! 見てみろこの格好。コスプレだかなんだか知らねぇが、世の中舐めてんだよこういうガキは」
なんという偏見でしょうか。
服装一つでそこまで言われるとは思ってませんでした。
「やれ漫画だアニメだゲームだと、この町の奴等は上から下までろくなもんじゃねぇ。いっそ滅んじまえばいいのによ!」
「言いすぎですって御子柴さん! この子達が怖がるんで、あっちに行ってもらえますか?」
婦警さんに怒られると「ファンタジーなんて糞食らえだっ!」と吐き捨てて、オジサンは部屋から出て行きました。
きっと色々溜まっているのでしょう。
どうやらこの世界では、ストレスというのが社会問題になっているみたいですからね。
僕からすれば、この世界のほうがよっぽどファンタジーなのですけど。
「ごめんね怖がらせちゃって」
「い、いえ。大丈夫です。こっちこそごめんなさい。住所が思い出せなくて……」
向き直った婦警さんに謝りつつ僕もお菓子に手を伸ばしましたが、すでにお皿の上は空っぽでした。
横を見れば、口の周りをチョコだらけにしたシフォンが満足気な笑みを零しています。
異界のお菓子。一口くらい食べてみたかったです……。
「ん~、じゃあこうしよっか。もう一度パトカーに乗せてあげるから、どこをどう歩いてきたのかお姉さんに説明して? もちろん覚えてる範囲でいいのよ?」
「あ、はい。それなら出来そうです」
こうして僕達は、再びパトカーに乗せられることとなりました。
しかしこれは、僕達にとって願ってもないチャンス。
婦警さんを上手くナビゲートし、目的地まで誘導してしまうのです。
この辺りの地図は図書館で見て頭に入っていますからね。
「本当にこの辺?」
しばらくの間ナビゲートし、ようやく到着です。
婦警さんは訝しむように見てきますが、ある意味では本当のこと。
ここからなら、帰ることが出来る筈なのですから。
「はい。たぶん、お父さんも近くにいる筈です」
パトカーを降り、連れ立って向かった先は大きな湖。
不忍池と呼ばれる場所です。
さもお父さんを探すような素振りをしつつ、僕はシフォンに耳打ちしました。
するとシフォンは意図を察してくれたらしく、言った通りに演技してくれます。
「……おしっこ」
「え、あ、そうね。確か公衆トイレがここら辺に……」
「僕知ってます! 妹を連れていくので、少し待っていてもらっていいですか?」
「そう? じゃあここにいるから、ちゃんと帰ってくるのよ?」
ごめんなさいお姉さん!
心の中で謝罪し、僕はシフォンと共に公衆トイレへ……ではなく、池の畔へ向かいます。
なるべく人が近くにいない場所を選んだのは、巻き込んでしまっては大変だから。
そのために、嘘をついてお姉さんからも離れたのです。
池の広さは十分。
これならば、問題なく発動出来るでしょう。
「やぁっ!」
すぐさま手ごろな石を見つけ出し、水を切るように水面へと投げつけました。
すると来た時と同じように、波紋が広がり魔法陣が出現します。
幾人かが光り始めた池を不思議そうに見つめていますが、騒ぎ出す人はいません。
きっとイルミネーションか何かだと思っているのでしょう。
やがて光は大きくなり、ぱぁっと辺りを包み込みました。
同時に浮遊感があり、僕は慌ててシフォンの手を握り締めます。
「大丈夫ですから」
少し不安そうなシフォンに声をかけますが、僕とて平常心ではありません。
元いた世界に戻れる保証など、どこにもないのですから。
もしかしたら、今よりもずっと悪い環境の世界に飛ばされるかもしれない。
そんなことを考えたら、不安で不安で仕方ないのです。
――そして数秒後。
ほんの数センチくらいの高さから落ちたように、トンッと足が地面に着地したような感覚がありました。同時に光も消え失せています。
転移自体は、成功したとみて良いでしょう。
あとは、どこに転移したのかですが……。
「……んっ!」
先にシフォンが目を開け、それに続いて僕も辺りの景色を確認。
「戻ってこれた……みたいですね……」
見えたのは、湖と森。
もう辺りは真っ暗な時間ですが、間違いようもなく元の世界でしょう。
良かった。
戻ってこれて、本当に良かったです。
安堵から、僕の腰はヘナヘナと崩れ落ちてしまいました。
すると
「ディータ様っ!!」
突然名前を呼ばれました。
地面にペタンと座りこんだまま、僕は振り返ってみます。
と同時。僕の顔がぽふっと柔らかいものに抱きしめられてしまいました。
「良かったっ! 心配しましたっ!!」
ラシアさんです。
きっと夜になっても帰って来ない僕達を心配して、あちこち探し回ってくれていたのでしょう。
メイド服は枝を引っ掛けてしまったのか所々破けて汚れてしまっていますし、いつもはきっちり整えている青い髪も乱れて汗で額に張り付いていました。
確認しなくても分かります。
彼女がどれだけ僕達を心配してくれていたのか。
だから
「ごめんなさい……」
「……ごめん」
ラシアさんの胸に抱かれながら、僕とシフォンは一緒に謝りました。
心配をかけてしまったこと。迷惑をかけてしまったことを。
「いいんですっ! お二人が無事に戻って来てくれたのですからっ!」
そう言って再び僕達をギュッと抱きしめたラシアさんの腕は優しく、けど少しだけ震えているようでした。
……。
まずはお屋敷に戻ってお風呂に入ることにしました。
とにかく疲れたので、リフレッシュですね。
当然ながら、三人で一緒に入ろうというラシアさんのお誘いは固辞しましたが。
それからご飯を食べ、少し寛いでいると、疲れからかシフォンはすぐに寝息を立て始めていました。
その身体を優しく抱き上げ、ベッドまで運んでくれるラシアさん。
僕も疲れたので、早々に部屋へ戻ることにしましょう。
そう思って立ち上がりかけたけど、ラシアさんに呼び止められてしまいました。
「ディータ様。いったいどちらにいらしていたんですか? よろしかったら教えて頂けると……」
遠慮がちではありますが、こちらを見る瞳には力が篭ってます。
それはそうでしょう。
突然いなくなり、多大な心配とご迷惑をお掛けしたのですから、怒ってないわけがありません。
シフォンの前で問い質さなかったのは、彼女なりの優しさなのではないでしょうか。
そう考えれば、もう一度ちゃんと謝っておきたいと僕は思いました。
「本当にごめんなさいラシアさん」
「いえ、怒っているわけではないのですよ?」
言いながら、ラシアさんは僕の手をギュッと包み込みこんできます。
男性よりも女性の手のほうが柔らかいですよね。なんだか少し心地よいです。
「城下のギルドから通達がありましたから、襲われていたのではないかと……」
「通達……ですか?」
なんの話でしょうか?
「なんでもデビルボアという蛇の魔物が、付近で目撃されたそうなのです」
デビルボア!?
ビースト系の中位種じゃないですか!
実際に戦ったことはありませんが、大人でも一口で丸呑みにするほど巨大な蛇。
そして、あらゆるものを溶かしてしまう消化液を口から吐き出す危険な魔物だと、以前立ち寄った町で聞いたことがあります。
ポードランの近くにいるような魔物ではないのですが、本当でしょうか?
「見間違いの可能性もあるそうですが、今ギルドでは実力者限定で討伐隊が組まれているようです」
「噂通りの魔物でしたらそれも当然のことでしょうね。Bランク冒険者でも、五人以上のパーティーじゃなきゃ厳しいと思います」
なるほど。
僕とシフォンがデビルボアなんかと遭遇すれば、軽くペロリです。
ラシアさんが心配するのも無理はありません。
「目撃場所は城下町を出てずっと東ですので、西にあるこちらのお屋敷からは反対方向です。それでも十分に注意してくださいね?」
「ありがとうございます。もうラシアさんに心配をかけるようなことはしません」
僕とシフォンは彼女にとてもお世話になっています。
なのでこれ以上負担をかけないように神妙な面持ちでそう告げたのですが、ニッコリ笑ってラシアさんは頭を撫でてくれました。
「本当にディータ様は素直な良い子ですね」
ニッコリ笑って……ですよね?
なんかじゅるりと音が聞こえそうなほど涎が溜まっていそうですけど……。
「ぼ、僕ももう寝ますね。今日は疲れましたので」
「そうでしたね。申し訳御座いません、引き止めてしまって」
少し様子のおかしいラシアさんに別れを告げ、僕は自室へと戻りました。
デビルボアうんぬんは考えても仕方ないでしょう。
きっと数日中には、ギルドの冒険者さんが討ち取ってくれる筈です。
僕が考えなきゃいけないのは遊びの事。
思わぬ新スキル『水切り遊び』を習得してしまいましたが、あれは危ないものです。
向こうの世界に興味がないと言えば嘘になるので、いずれまた行ってみるつもりですが。
その時は何枚か金貨を持って行きましょう。
高額で買い取って頂けるようですので。
ですが、それは後々のこと。
明日からは試してみたい遊びがたくさんあります。
そう。
僕は異世界で、色々な遊び知識を仕入れてきたのです。
楽しみですね。
何か一つでもスキルに繋がれば良いのですが。
あぁ、でも。
可能なら一度触ってみたかったです。
ドリーミーキャストなるゲーム機。