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最終話 旅立つ君と約束を

 ― 10年後 ―


 この十年は、とても忙しい日々でした。

 ガレジドスに渡った僕達は、すぐに研究に取り掛かったのです。

 研究しなければならなかったのは、主に三つ。


 神器を破壊して、勇者の加護を解き放つ方法。

 神代魔法である『魂戻し』を復活させ、赤龍の涙に付与させる方法。

 そして、時間を跳躍する神代魔法を使えるようにすること。


 時間跳躍については簡単でした。

 というか僕が使える遊び神スキルに、すでに含まれていたのです。


 それは『あやとり』

 以前は魔力を使った形跡があっただけで、なんの効果も発揮しなかったあやとりでしたが、単純に魔力が足りなかっただけのようでした。

 本来であればいくつも印を結んで使う魔法らしいけれど、なるほど。確かにあやとりと似たような動きですね。


 次に魂戻しの復活。

 これは僕の知っているスキルになかったため、遊び神様に聞きに行くことになりました。

 神出鬼没のピエロさんですが、最近はだいたいディータランドで遊んでいます。

 おかげでエリーシェさんの歌がかなりマシになったらしいのは棚からぼた餅でしょうか。今ではせいぜい吐き気を催す程度で済むとのことです。

 うん。やっぱり聞きたくはありませんね。


 最後に神器の破壊ですが、これが一番難航しました。

 この世に壊せぬものはないらしいリルゼさんが、唯一壊せない代物なのですから。

 そこで考えた方法は、作った神様本人になんとかしてもらうという方法。

 遊び神が復活できたのですから、古代の神と言えど信仰さえ集まれば復活出来る筈。そう考えたのです。


 ちなみにその神様は『貝殻の神』でした。

 昔の人がなぜそんなものを信仰したのか不思議でしたが、調べてみれば納得。

 その頃は貝殻を貨幣として扱っていたのだそうです。


 もちろん現在では金貨、銀貨、銅貨が主流なので、貝殻を貨幣の代わりに使っている国はありません。

 身を食べて、捨てられるだけの存在となってしまった貝殻。

 これでは信仰心など生まれる筈もないでしょう。


 考えた僕は、貝殻を使った遊びを広めることにしました。

 それは貝合わせという遊びで、二枚貝は対になる貝殻しか合わないことを利用した、いわゆる神経衰弱のようなもの。

 単純な遊びですが、貝殻を綺麗に装飾することで調度品としての価値も得られ、今では高価なものだと金貨十枚くらいで取引されるようになっています。

 ちなみに貝合わせという単語には何やらイケナイ意味もあるのだとか……。

 良く分かりませんけどねっ!!


 とにかくそれが功を奏し、広め始めてから半年ほどで、貝殻の神様が復活なさいました。

 そうして神器を開けてもらい、全ての準備が整ったというわけです。


「……ん~っ!!」


 もう一度段取りに間違いがないか考えていると、お風呂あがりのシフォンが全裸のまま走ってきました。

 ここはポードランにあるいつものお屋敷ですから人目がないとはいえ、もう少し恥じらいを持ちなさい。

 それに髪も身体もちゃんと拭いていないから、床がびしょびしょじゃないですか……。あとでラシアさんに怒られますよ?


「ちゃんと拭いてから出てきなさいっていつも言ってますよね?」


「……や」


「や、じゃなくて」


 と言いながらも、渡されたタオルで優しく髪を拭いてあげる僕は、どうしようもなく親馬鹿なのでしょう。

 身体が冷えてしまわないように。風邪をひかないように。

 しっかりしっかり水気を拭き取るのです。


「シフォン」


「……ん?」


 なんとなしに呼びかけると、顔を上げて不思議そうに首を傾げる愛娘。

 髪を拭かれるのが気持ち良かったのか、目を細めてご満悦です。

 あまりにも愛おしいその姿に、僕は思わずガバッと抱き締めてしまいました。


「ディータ。気持ちは分かるけどシフォンが痛がってるわよ?」


「ナティ……。だって仕方ないじゃないですかっ! これから一年近くも会えなくなるんですよっ! 向こうで何かあったらと思うと……シフォンっ!!」


「……んむぅ……」


 そうなのです。

 いよいよ今日、シフォンは過去へ旅立ちます。


 神器から解放された勇者の加護がちゃんとシフォンに授けられていることは、エリーシェさんに聞いて確認済み。

 魂戻しを付与した石も用意しましたし、準備万端整っているのです。


 でも心配でしょう?

 だってこれから一年近く、この娘の面倒を見るのは過去の僕なんですよ?

 頼りなく、何かと流されやすい幼い少年。

 まだ自分の力が何なのかにも気付いておらず、何も知らない甘ちゃんな子供です。

 そんな奴にシフォンを任せるなんて……気が気じゃいられませんっ!!


「……止めましょう」


「え?」


「シフォンを過去に送るのは中止しますっ! パパはシフォンと離れたくありませんっ!」


 声高らかに宣言すると、「はぁ~」っと長い溜息が僕の背後から。

 振り向くと、そこには銀色のサイドテールを靡かせた褐色肌。

 ミントさんがいらっしゃいました。

 最近はずっと成態姿ですが、十年経っても外見に変化が見られません。

 エルフは反則よっ、とは最近のナティの口癖でしょうか。

 悔しそうに言っていますけど、やっぱり仲の良い二人なのです。


「あのなディータ。シフォンが頑張ってくれたから今があるんだろ?」


「それは分かってますけどっ! あんな小僧に娘を任せられませんっ!」


「私はそんな小僧に惚れたんだが?」


 言いながら意地悪そうにニヤリと笑い、ミントさんは大きくなったお腹を愛おしそうに撫でていました。

 えぇ。はい。

 そこには僕の子供がいらっしゃいます。

 ナティと結婚した僕なのですが、ミントさんとも結婚してしまったのです。


「そうよディータ。私が惚れた男の子は、とっても優しくてとっても頼りになる男の子だったわ」


 息もピッタリな奥様ズに、頭のあがらない僕でしょうか。

 ちなみに今の僕の肩書きは、ポードラン女王の夫兼エルフ族族長の夫とかいう残念ものになってしまっています。

 それを聞いた道具屋兼破壊神さんは、「うわぁ……。なんか駄目男っぽいよね……。さすが遊び神……」とドン引きしてましたけど。


「で、でもですね……っ!」


「それよりこれでいいかしら? シフォンに持たせるメモ書きって」


 僕が反論しようとしたところ、先ほどからスラスラと何か書いていたナティが、それを僕とミントさんに見せてきました。

 そこにはこのように書かれています。


『わたしは、あなたに、しょうかん、されたのです。きょうから、よろしく、おねがいします』


 これはアレですね。

 僕が口笛を吹いて初めてシフォンに会った時、シフォンが正体を隠したまま、僕から離れないようにするための口上。

 ちゃんと昔の僕を説得出来ないと、たぶんギルドとかお城とかに預けられてしまいますから。


「ちょっと弱いな。というかディータ。シフォンと初めて会った時、お前はその紙を見てないのか?」


「見てはいないです。内容も……あんまり覚えてません」


「仕方ないわよ。突然目の前にこんな可愛い子が出てきたんですもの。パニックになるのも無理は無いわ」


 身体を拭き終えたシフォンに服を着せてあげながら、ナティが頬を緩ませています。

 するとナティからメモ書きをひったくり、今度はミントさんが何か付けたし始めました。

 ちょっと字が汚いので、シフォンが読めるか不安なのですけど。


「出来たっ! これならディータもシフォンの面倒を見ざるを得ないだろっ!」


「なになに……。『あなたに、すてられると、どれいにされてしまいます。たすけてください』? そんなことさせませんよっ!」


「もうっ! ちょっと落ち着きなさいディータっ!」


「ぐぬぬぅ……っ!!」


 分かってます。

 血涙を流すほどの辛さを耐えてでも、シフォンを過去に送らなければならないと。

 そうしないと、あの魔王に全てを破壊されてしまうのですから。


 その為に今日までシフォンと特訓しましたし、色々な遊びも教えました。

 だからあとは……。


「シフォン」


「……ん」


 呼びかけると、準備万端整えたシフォンが僕の前にやって来ました。

 ふんだんにフリルをあしらった黒いワンピースには、可愛らしいピンクのリボンが付いています。

 長くて黒い髪の毛はツヤツヤで、前髪の隙間からクリッとしたまん丸な瞳が僕を見上げていました。


 可愛いです。

 親馬鹿と言われようと、可愛いと断言出来ます。

 獅子は我が子を谷に落とすなんて言いますが、シフォンが谷に落ちるくらいなら僕が落ちます。


 でも……この役目はシフォンにしか出来なくて……。

 本当ならもっと強く大きくなってから送り込みたいのですが、僕の魔力量の関係で、今くらいの大きさじゃないと過去に送ることができません。

 それだけ時間を遡るという魔法は、法外な魔力が必要なのです。


 一つ大きく息を吸い込み、僕はシフォンの肩に手を置きました。


「大丈夫。シフォンは僕とナティの娘なんですから」


「それに私とメイドが面倒を見たんだしなっ!」


 あ、そこは不安要素なのでちょっとお静かに。


「きっと辛いこと、悲しいこと、たくさんあると思います。でも大丈夫。シフォンならちゃんと出来ます」


「……ん!」


 健気にお返事する愛娘をギュッと抱き締め、僕はもう一度約束をするのです。


「帰って来たら、今度こそたくさん遊びましょう。約束です」


 あの時。

 未来から来たシフォンとは果たせなかった約束。

 たくさん遊んで、たくさんお話して、たくさん笑い合おうと交わした約束。

 魔王を倒したあとシフォンはすぐに消えてしまったので、それはまだ果たされていないのです。


「ケーキを用意しておきます。プレゼントも。だから、絶対無事に帰って来るんですよ?」


 今があるのだから、シフォンはちゃんと魔王を倒して帰ってくる。

 そう分かってはいるのですけど、やはり理性と感情は別もので。

 止め処なく、どうしようもなく、涙というものは溢れてしまうのです。


 そんな僕の頬を不器用に拭いながら


「……だいじょうぶ」


 シフォンはそう笑って、過去へと旅立つのでした。



 *****  完  *****



「元賢者の遊び人、おかしなスキルで世界を遊び倒します!」は、これにて完結となります。

最後までお読み頂きありがとうございました!

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