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145話 僕は

 あれから数週間。


 神獣さんに協力を仰ぎ、ディータランドは復興していました。

 ミントさんや他のスタッフさん達が迅速に避難誘導をしてくれたおかげで、人的被害は最小限に留めることが出来たと言えるでしょう。

 それでもやはり被害は甚大。死傷者数は数えきれないほどでした。

 もちろん怪我をした方は全員僕が治しましたし、ディータランドの無料招待券も贈呈したので、いつかまたディータランドに笑顔が溢れる日が来ると信じています。


 もっともその笑顔を、僕が見ることはしばらく出来ませんが。


 でもきっと僕の代わりに、遊びの神であるピエロさんがお客様達をお出迎えしてくれることでしょう。

 仕事の神であるブジョット様と激戦を繰り広げていたピエロさんも、無事にあの難局を乗り切っていたのです。

 聞いたところによると仕事の神ブジョット様は、魔王消滅を知ったところで戦意を失って大人しくなったのだとか。

 これ以上の抵抗は無意味と知り、諦めたのかもしれません。


 ブジョット様を消滅させても仕事を司る神というのはすぐに復活してしまうので、ミリアシス様が直々にその力を大きく削ぐことにしたそうです。

 彼の権限は大きく減り、今後仕事に関する神の祝福はピエロさんが与えることになるらしいのですけど……大丈夫なんでしょうかね?

 まだまだ不安はなくなりません。


 そういえばブジョット様からの事情聴取で、驚愕……でもありませんけど、嫌な事実を聞いてしまいました。

 それは、僕の本当の両親のこと。

 僕の両親が魔物に殺されてしまった理由も、勇者の加護の飛び先を限定させる為の一環だったそうなのです。

 つまり僕の家系は、元から勇者の加護を得やすい血筋だったということでしょう。

 シフォンが加護を受けることが出来たのも、その血筋のおかげ。

 あちこちで僕が勇者に間違われたのも、ひょっとしたらそういう理由があったのかもしれません。


 他に気になるところというと、職業更新のシステムについてでしょうか。

 以前ピエロさんが疑問を持っていたことですが、やはりこれも彼等が画策した陰謀の一つでした。


 職業の更新をするためには、新しいスキルを覚えていなければならないというルール。

 この縛りがなんの為なのかというと、強い冒険者を育てない為だったそうです。

 何故そうなるのか分かりませんでしたが、話を聞けば、なるほどと唸らざるを得ません。


 冒険者達はせっかくの職を失わない為にどうするか?

 頑張って次々にスキルを覚えようとするのは最初だけで、やがて気付くのです。

 このままではいずれ覚えるスキルがなくなって、職を失ってしまうと。

 そうなった場合、冒険者は強くなろうとしなくなります。

 年に一つだけスキルを覚えられるよう調整し、それ以上を求めないのです。


 そういう風に仕向けたのはブジョット様本人ですが、彼はそんな人々の姿を見てさらに確信したそうです。

 やはり人間は、職というものを軽んじている、と。


 彼が淫欲の神と結託した理由もそんなところ。

 せっかく職に就けてやったのに『辛い』だとか『面倒』だとか『こんな筈じゃない』だとか。

 とにかく不平不満ばかりが届けられ、嫌気が差したということでした。


 神様としては、望まれたから与えた職業。

 それを無碍にされ続けたのですから、気持ちは分からなくもないですが……。

 やはり許されることではありません。

 彼にはミリアシス様から、相応の罰が下るでしょう。


 同じく淫欲の神ルクスリアですが、こちらの動機は不明でした。

 なにせ本人が未だ消滅中ですからね。

 ただ淫欲というのは人間と切っても切れない関係だそうで、いずれ復活するのは確実らしいです。

 二度と人に害を加えられないように、厳しい監視がつくみたいですけど。


「ほ、本当に行ってしまわれるのでございますですか?」


 悲壮感たっぷりに僕を引き止めてきたのはラムストンさん。

 今日僕は、ディータランドを離れることにしたのです。

 シフォンが大きくなるまではここにいると言ったじゃないですかと、ラムストンさんはもう泣きそうなお顔。本当にごめんなさい。


 でも仕方ないのです。

 シフォンはもういないのですから。


 妹は……僕の娘は、口笛を吹いてみても二度と現れませんでした。

 ちょうど一年がタイムリミットだったのか、それとも魔王を消滅させて役目を終えたからなのか。

 詳しい話を聞く前に、光の中へと消えてしまったのです。

 でも大丈夫。

 きっと無事に、未来へと帰ったのでしょう。

 それを信じられるからこそ、僕は旅に出なければなりません。


「ガレジドスですと、すぐには帰って来られませんでございますよね。また何かあったらどうしたら……」


「その時はお渡ししたカップで呼んで下さい。すぐに帰ってくるので」


「でも二週間以上はかかりますでしょう?」


「う~んと……たぶん三分くらいじゃないですかね?」


 地面に円を書いて飛ぶだけなので、そのくらいあれば十分な筈です。

 そうお伝えすると、ラムストンさんは口をあんぐり開けていました。


「準備出来たわよっ!」


「私もだっ!」


 振り返れば、旅支度を終えたナティとミントさん。

 もちろんその後ろにはラシアさんも控えています。

 ポードランが落ち着いたこともあり、ディータランドを襲った災難を聞きつけたナティは、すぐさまやって来てくれていたのでした。


「どうしたのディータ。顔が赤いわ」


 心配そうにナティが覗き込んできますが、ちょっと真っ直ぐ見れなくなっている僕でしょうか。

 だってシフォンは僕とナティの子供。

 ということは、僕は彼女と結婚して子供を作るということなのですから。


 ……知りました。

 知ってしまいました。

 子供を作るにはどうしたら良いのか、僕はついに調べたのです。

 年齢的にもまぁギリギリ良いだろうと。


 無理でした。まだ早すぎました。

 よもや子作りがあんなハードディスカッションだったとは……ま、まぁいいです。

 とにかくそういうことで、それを意識してしまって以降、僕はナティの顔がまともに見られないのです。

 それに、今までの記憶。

 ナティ、ミントさん、ラシアさん。彼女達に言われた言葉の意味を理解してしまいましたから。


 無知とは恐ろしいものですね……。


「お、おいディータっ! 私はっ!? 私はどうなんだっ!?」


「あ、平気です」


「なんでだよっ!!」


 なにせミントさんですから。

 まぁ本当は意識してしまうのですけど、悔しいから誤魔化します。


「それでディータ様。なぜ急にガレジドスなのですか? シフォン様がいらっしゃらなくなった事と何か関係が?」


 聞いてきたラシアさんは、最近ずっと寂しそうにしています。

 突然シフォンが消えてしまったので、悲しんでいるのでしょう。


 シフォンの事情はまだ誰にも話していません。

 けど必要以上に心配をかけるわけにはいかないから、本当の両親が見つかったと伝えてありました。

 僕が本当の兄じゃないことを知った皆さんは、そっちの方がビックリしたみたいですけど。


「それは追々。とにかくやる事はたくさんあるのです」


 正確にはやらなければならないことですけどね。


「でも水臭いわシフォン。私にお別れも言ってくれないなんて」


 ナティはシフォンに懐かれていたので、特にそう思うのでしょう。

 今となっては、なぜあんなにナティに懐いていたのか、はっきり理由が分かりますが。


「大丈夫ですよナティ。必ずまた会えますから」


「うん、そうよね。このままなんて寂しすぎるものっ!」


 次に会う時は母と娘としてですけどね。

 ……あ。それを考えてしまうと、また顔が熱くなってきました。


「そ、そろそろ行きましょうか!」


 誤魔化すように僕が歩き出すと、すかさずナティが腕を絡めてきます。

 女性をはっきり意識させる、柔らかな感触が押し付けられるのです。


 いけません。

 これはいけません。

 全てを知った賢者は、賢者になれないのです。


「ナ、ナティ! 少し離れましょう?」


「イヤよっ! せっかくディータが意識してくれるようになったんだものっ! 次は意識しない時はないっていうくらいにしてあげるんだからっ!」


 もうなりかけてますけどね。

 だって、やっぱりナティはとても可愛い女の子なのですから。


 世界を守る為にシフォンが必要。

 その為にナティと結婚し、子供を作らなければならない。

 それは本当のことですけれど、そんな理由がなくっても……。


「王女が右腕なら私は左腕だなっ!」


「なら私はどうしましょう? 後ろから抱き着いてしまいましょうか」


 ミントさんに続き、ラシアさんまで僕をからかい始めました。

 僕が異性というものを意識し始めたことが、どうやら態度からバレてしまったようで、最近やたらとスキンシップの激しい三人なのです。

 非常にマズイです。最近この流れでロクな目にあっていません。


「もう置いていきますからっ!」


 そう言って走り出した僕の手を、ナティはしっかり握っていたのでした。


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