143話 僕と魔王
「な、なんでこんなところにいるんですか!?」
どこからともなく現れた二又帽に紅白縞の衣装は、ゴドルド大陸でお会いした、謎のピエロさんでした。
けどこんな緊迫した状況の中に突然現れられても困ります。
とても彼まで守る余力なんてありませんから。
「なになに。助けが必要かと思ってね。なにせ敵は魔王と神様。こっちにも神様の一人くらい居たってバチは当たらないだろう?」
え? どういうことですか?
混乱する僕をよそに、仕事神ブジョット様が忌々しげに睨みつけてきます。
「ちっ。やはりそうか。貴様遊び神だな?」
「うんうん。久しぶりだねブジョット君。世界に満ちた楽しい気のおかげで、再び生を受けられたよ。僕に会えて嬉しいかい?」
「相変わらずの軽口に反吐が出る」
言葉の内容から察するにお知り合いみたいですね。
それにこのピエロさんは、消滅した筈の遊びの神様ということなのでしょう。
それならば、奇々怪々な彼の言動にも説明がつきます。
あぁ。だから以前、僕に借りがあると言ってたんですね?
僕が遊びを広めているおかげで、復活することができたから。
ブジョット様とピエロさんの間で交わされる視線には、何やら因縁めいたものを感じました。
遊びと仕事。相性が悪いのかもしれません。
「魔王よ。あとは任せていいか? 私は少し旧友を持て成さなければならなくなった」
「構わねぇよ。もとより一人でも問題ねぇ」
「ということだ遊び神。蘇って早々悪いが、すぐにまた退場いただこう」
ピエロさんはブジョット様の言葉を受けて、チラリとこちらを見てきました。
どうやら彼もやる気まんまん。二又帽子の上から、ばっさばっさと鳩が飛び出しています。
「お願いします。僕は魔王を」
「けれどもけれど。君は加護持ちじゃあないんだろう? アレを倒すことは出来ないよ?」
「それはそうですけど……。やるだけやってみます!」
そうです。
思わぬ援軍が駆けつけてくれましたが、結局魔王を倒せない限り事態は好転しないのです。
「まぁまぁ。あまり無理はしないようにね? 君が死んじゃうと僕も困っちゃうからさ。いい感じのところで逃げることをオススメするよ」
「善処します」
逃げられれば、の話ですけど。
ほとんど空元気でしたが、ピエロさんは納得してくれたようで、どこから出したのか大きな玉にぴょんと乗っかりました。
そのまま玉乗りをしながらブジョット様を誘導。僕達から離れていくのです。
残されたのは僕と魔王。
ダメージを与えることは出来ても、決して倒すことの出来ない最悪の相手です。
「とんだ邪魔が入ったが、まぁいいだろ。そろそろ死ぬか?」
「お断りですっ!」
ビュンッと飛び出した靴が魔王の右手を弾き飛ばしました。
しかし失ったそばから、腕が生え始めてくるのです。
ピエロさんよりよっぽどエンターテイナーな魔王に、振り絞った勇気が萎れかけますが……。
「分かってたことですっ! もう一丁っ!」
続けて靴飛ばし。
というかこれしかありません。これしか出来ません。
ただひたすらにダメージを与え続け、動く暇を与えないようにします。
そうして隙を作り、なんとか逃げるのです。
逃げて、魔王の存在を伝えなければ。
そうしないと大変なことになってしまうのですから。
「おうおう足掻くねぇ」
けれど魔王は軽々と避け、時に魔力弾を撃って反撃までしてきやがります。
しかも余裕綽々で。
以前戦った髑髏の魔王とは、まるで戦い方が違うのです。
あの髑髏さんも強かったですけど、もっと臨機応変に立ち回るというか、隙が見当たりません。
「これは戦士の防御術。んでこれは武道家の回避術。そしてこれは――」
「な――っ!?」
「賢者の大魔法、だったか?」
周囲一体に、突如凄まじい圧力が掛かりました。
賢者の中でも大賢者と呼ばれるような方しか使えない、重力系の魔法に間違いありません!
「仕事の神が付いてるからなぁ。大体の職業はマスターしてんだわ」
なんてインチキっ!
普通は多くても、精々三つくらいの職業適性しかない筈なのにっ!
「さらに今の人間にはなれない職業もあるんだぜ? 例えばこれ」
ぶぅんと空中に浮かび上がった巨大な魔方陣。
異界転移ほど複雑ではないとはいえ、確かに見たことのない魔方陣です。
それはゆっくりと回転しながら光を放ち、そして
――グルォォォォッ!!
「ドラゴンっ!?」
「いわゆる召喚ってやつらしいな」
出現したドラゴンは巨大で、歩くだけでディータランドに甚大な被害を及ぼしています。
ひょっとしたらこのドラゴン単体で、国の一つや二つ滅びることもありえるかも。
そんなものを飄々とした態度のまま呼び出し、魔王はニヤッと口を歪めていました。
「早くご自慢の靴を飛ばさねぇと、飛んで行っちまうぜ? どこへ行くだろうなぁ? ガレジドスか? ミリアシスか? それともポードランか?」
燃え盛るポードランの街。そしてナティの姿。
それを想像し、僕の中から怒りが沸き上がってきます。
させない。
そんなことは、絶対にさせませんっ!
「せぇいっ!!」
渾身の靴飛ばし。
しかしドラゴンの巨体を一撃で仕留めるには足りないのです。
「これならっ!」
さらに二足目、三足目と飛ばし、ようやくドラゴンは動かなくなってくれました。
けれど動かなくなったそばから、二体目のドラゴンが出現してしまうのです。
ひたすらに折紙で靴を作り、飛ばし、ドラゴンを葬る作業。
死んだドラゴンは光となって消えていくので死骸で埋まるということはありませんが、キリもありません。
そして倒したドラゴンの数が二十を超えたあたりでしょうか。
「お、折紙が……」
紙切れです。
魔力はまだ残っていますが、あと一折の状態で準備していた折紙が、ついになくなってしまったのです。
けど何も折り目のついていない紙は、まだ数枚残っていました。
靴なんて複雑なものを折っている暇はありませんが、人形くらいなら……っ!
「ほぅ? 面白ぇことも出来るんだな」
手早く人形を折った僕は、近くに落ちていた瓦礫を拾います。
それを人形に持たせることで、動かせるようになるのです。
ディータランドの中央に鎮座する、巨大ロボットをっ!
「いけぇっ!」
ドラゴンはそれに気付いてロボットに炎を吐き出しましたが、元は神獣さんが土から造ったロボット。
炎程度で燃えるほどヤワじゃありません。
ドゴンとお腹まで響く音をたて、ロボットのパンチがドラゴンに炸裂。
そのまま組み合って、ドラゴンを地に倒します。
「グルォォォォっ!!」
暴れようともがくドラゴン。その巨体に馬乗りになり、上から殴り続ける巨大ロボット。
浪漫溢れる光景ではありますが、こっちは必死。楽しむ余裕なんてどこにもないのです。
「これでトドメっ!」
思い切り振り上げた拳をドラゴンのお腹にめり込ませれば、ようやくドラゴンが動かなくなりました。
これ以上ドラゴンを呼び出されたらもう打つ手がありません。
ならば今のうちに魔王をなんとかしなければっ!
そう思って魔王に向き直った瞬間。
「え……?」
急激に身体から魔力が抜け落ちていきます。
まるで神伝えの石に吸われるように、凄い勢いで魔力が失われていくのです。
「ドレインタッチって言うらしいぞ? これも失われた職業の技だな。まぁ今のは、それを弾丸に込めて撃ったんだが」
魔王でした。
僕がロボット操縦に気を取られている隙に、魔王がドレインタッチの魔法を弾丸に込めて打ち込んできたのです。
被弾したのは太ももあたり。その傷跡から、僕の魔力がどんどん抜け落ちていってます。
「初級回復魔法っ!」
すぐに傷を塞ごうとしましたが、魔法が発動しません!
もうルオナを撃つ魔力すら残っていないのです。
「折紙もねぇ。魔力もねぇ。さぁどうすんだ?」
ニヤニヤと底意地の悪い顔をした魔王御子柴さん。
ぶっ飛ばしたいのは山々ですが、彼の言う通り、もう僕には何も残されていませんでした。
ことここに至っては、さすがに諦めるしかないでしょう。
せめて時間は稼ぐことができた。それだけが救いでしょうか。
「観念したって顔だな」
「どうすることも出来ませんから。これでも冒険者の端くれ。戦いで死ぬことは覚悟済みです」
「可愛げのねぇガキだ」
もう僕からの反撃もないと知り、魔王はゆっくりと手を掲げました。
そこに漆黒の魔力が集まっていくのが見えます。
「じゃあなガキ。俺を『普通』から解き放ってくれてありがとよ」
僕に魔弾を放った御子柴さんの顔は、どこか寂しそうで――
あぁ。やっぱり彼を巻き込んでしまったんだな。
こんなことになったのは、僕のせいなんだなって、そう諦めかけた時――
「あぁ――っ!?」
僕に直撃する筈だった魔弾が、直前で弾き飛ばされていました。
ピエロさんはまだブジョット様と戦闘中。
他にこんなことを出来る人はいない筈だと、魔王の目が驚愕に見開かれています。
同時に僕も驚きましたが、けど自分が助かったことよりも……
「何故っ!? なんで逃げてないんですかっ!? シフォンっ!!」
彼女がここに残っていることに恐怖したのです。
けれど僕を庇うように背を向けて立っている小さな妹はグッと親指を立て、いつものように不敵な声で
「……ん。だいじょうぶ」
そう言ったのでした。