140話 僕の過ち
ポードラン国内は、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていました。
まだ停戦とはいかずとも、とりあえず休戦。
ディアトリさんが矢面に立ち、方々に頭を下げているようです。
それにミリアシスからの援軍が到着したことで、北方国は完全に意気消沈。
食糧難を押しての戦争だったこともあり、継戦不可能と判断することになるだろうとは、宰相さんの言葉。
すでに戦後交渉の準備に入っているのだとか。
ポードラン国側は完全に被害者ですが、魔神派の策略だったと知っている今となっては、安易に北方国を責めることもしないでしょう。
ミリアシス国もそれを望まない筈ですし、賠償などの話は置いておいて、まずは食料援助を行う予定らしいです。
ちなみにガレジドス魔法国も援軍に駆けつけてくれる予定でしたが、到着する前に休戦の運び。
すぐさま伝書バードを飛ばして報告したところ、それならばと、ディータランドを強襲することにしたそうです。
それでいいのかガレジドス――と思わなくもないですが、たぶん良いんじゃないですかね?
率いているのはリュメルス殿下のようでしたから。
一方で、姉からも連絡がありました。
無事にゴドルド大陸へ到着したとのこと。
そこから旧魔王の居城へ赴き、僧侶さんと魔法使いさんを救出する手筈です。
心配はしていません。なにせ自慢の姉ですから。
とまぁそんな感じで全てのゴタゴタに決着が付き、僕はシフォンとの約束を果たすため、一路ディータランドを目指していました。
メンバーは僕とシフォンとミントさん。リルゼさんは実家に戻りました。
ナティは着いてきたかったようで激しく駄々をこねていましたが、ポードラン国が完全に落ち着くまではと自重したみたいです。
以前のナティならそれでも着いて来たでしょうけれど、国王様の引退間近発言を受けて、次代の王の自覚が出てきているのかも。
いつの間にやら、立派な王女へと変わりつつある親友なのです。
「この三人だけというのも久しぶりだな」
ロコロルの港からミリアシスへ向かう電車の中。
船酔いから立ち直ったミントさんが、楽しそうに言いました。
確かにミントさんの言う通り、最近は賑やかでしたからね。
三人だけだと、少し寂しさを感じるほどです。
「なんだよ。私じゃ不満か? ……はっ!? いやそうかっ! 人気のない今こそ絶好の好機とそういうことだなっ!? 電車に揺られベッドで揺れてっ! 揺られ揺られて桃源郷っ! よし来いっ!!」
僕に寂しさを感じさせないようにという気遣いでしょうか。
さすがミントさんです。
そんな風にミントさんが盛り上げて下さいますけど、やはりシフォンは少し元気がないままのようで、車窓に流れる景色をどこかボーッと見つめていました。
シフォンと出会ってもうすぐ一年でしょうか。
外を眺める妹の横顔は、どこか大人びた憂いを感じさせるものだったのです。
と、そうこうしているうちにミリアシスへと到着。
ディータランドへはここから馬車ですが、その前に聖女様のもとへと立ち寄ることにしました。
伝書バードでお伝え済みですが、魔王を倒したこと、魔神派の陰謀を打ち砕いたことは、直接報告したほうが良いだろうという判断です。
賑やかなミリアシスの西区を通り、聖女様のおわす静謐なる聖殿へと向かいます。
厳格な雰囲気が漂う石造りの聖殿ではあるのですが
「あ、ディータさん~! ご活躍じゃないですか~! 私が出るまでもありませんでしたね~!」
主がこれですから。
神聖さをぶち壊していくスタイルのエリーシェさん。
今日も元気なご様子でした。
「はい。ありがとうございます。ミリアシス様は何か仰ってましたか?」
「とても喜んでいましたよ~。これで世界の秩序は保たれると~」
両手を前で組んで、エリーシェさんは祈りを捧げるようなポーズ。
安らかに微笑む彼女も、魔王の消滅に喜んでくれているのでしょう。
「魔物がいなくなるわけではありませんけど~、魔王のように圧倒的な脅威が現れることはもうありませんから~。もちろん勇者もいませんけど~、だからこそ人々が手を取り合って生きていく時代になるんですね~」
「そうですね」
勇者任せだった時代は終わり、助け合いの時代へ。
苦労は多いと思いますが、それでも明るい未来を想像し、僕は残った懸念について訊ねます。
「魔神派はどうですか? 魔王が消滅したことで諦めそうですかね?」
「あ~、それなんですけどね~」
エリーシェさんの話では、ミリアシス様と魔神の間で何やら話し合いが行われたらしいです。
二大派閥のトップ会談。
何万年以来の会合ということで、実は神界。かなりピリピリしていたらしいです。
それによると、魔神派とは言っていましたが、実際に陰謀を企てていたのは魔神の従神である淫欲のルクスリアだけ。
魔神本人は関与していなかったとのことで、特に言い争うようなことにはならなかったとのこと。
魔王や勇者の喪失に関しては、そういう時代なのかもしれないと、受け入れることになったようです。
「ということは、あの薄着の神様が暴走しただけ……ということですか?」
「そもそも魔神はミリアシス様と同じく、秩序を保つべきだと考えているみたいですね~。それに反感を持った部下が独断で行動を起こした。そういうことみたいです~。あ、でも~……」
「ミリアシス様の従神に、裏切り者がいる……という話ですね?」
「はい~」
「誰なのか判明したのですか?」
「仕事を司る神様ブジョット神。彼ではないかとミリアシス様はお考えのようでした~」
仕事を司る神様といえば、転職の際に手を翳す像のお姿で有名な方です。
かなり身近な神様なので、知らない人はいないでしょう。
そんな神様が何故? と思わなくはないですけれど、しかし僕には思い当たる節もあるのです。
「ブジョット様は今どちらに?」
「行方不明だそうですよ~。ミリアシス様からの呼びかけにも応じないんだそうで~」
これは限りなく黒いのではないでしょうか?
う~ん、と僕が考え込み始めると、後ろに控えていたミントさんが呆れながら僕の肩を引っ張りました。
「後はミリアシスに任せればいいんじゃないか? そこまでお前が面倒を見る必要もないだろ」
そうですね……。
魔王がいなくなった今、何も出来ることはないでしょうし。
神様のことなんだから、後は神様達に任せてしまうのが一番良いかもしれません。
「まったく。お前は放っておくとすぐに面倒ごとに首を突っ込もうとするな」
「そんなことは……ちょっとしかないです」
この一年を振り返ると、満更否定出来ないのが悔しいところ。
流れ流され来てしまいましたが、けれど僕ももう面倒ごとはコリゴリです。
これからは妹や仲間達と、平和に暮らしたいと思っているのですから。
その後エリーシェさんには「ミリアシス様へよろしくお伝えください」と言伝を頼み、僕達はディータランドへ。
支配人室に入ると、血色の良いお顔がお出迎えしてくれました。
けれど前回は僕の訪問をとても喜んでくれたラムストンさんなのですが、今回は少しだけ怪訝なお顔。
『どうせ立ち寄っただけで、すぐにいなくなってしまうんでしょう?』みたいな悲しみが、そこはかとなく表れているのです。
ラムストンさんの懸念通り、いつかまた旅立つこともあるでしょう。
遊び人として成長した僕は、今ではもう賢者に戻りたいなんて思ってません。
けどだからこそ世界を回ってもっと色んな遊びを覚え、同時に色々な遊びを世界中に広めたいと、そう思い始めているのです。
そうすることで笑顔が増え、世界が平和になっていく。
魔王も勇者もいなくなったこれからの時代、そういうことが必要なんじゃないかと、僕は考えていたのです。
けれどそれはもう少しだけ先の話。
せめてシフォンが大きくなるまでは、ディータランドを拠点にしてゆっくりしたい。
それが今の正直な気持ちなのです。
そう率直にお伝えすると、ラムストンさんは何度も頷いて下さり、とても喜んでいるようでした。
ミントさんも賛同してくれて、ならば手伝おうとさっそく袖を捲くっています。
シフォンは少し戸惑いを見せてから僕を見上げ、それから俯くようにコクリとお返事。
まだ元気は戻りませんが、これから楽しい毎日を送れば、きっと以前のように元気な顔を見せてくれるでしょう。
そう楽観的に考え、僕はディータランド総支配人の席に座ったのでした。
……。
さて今日から。
たくさんシフォンと遊び、たくさんお話をして……と、思っていたのですけどねぇ……。
「ディータ様。次はこちらの書類に目をお通しください」
「あ、はい……」
起きてから寝るまで、事務仕事に忙殺される僕なのです。
遊び人ですよ? 僕遊び人なんですよ?
遊べない遊び人とか聞いたこともないんですけど?
「ミリアシス東区の民泊管理者から届いた要望です。泊まりを希望する旅行客が多すぎて捌ききれないと。新たに民泊を希望する住民もいるので、増やしても良いかという御伺いでございますです」
「いいんじゃないんですかね……」
「駄目ですぞ? 際限なく増やすと、今度はミリアシスで宿を営む者から客を取りすぎるなと苦情が来る可能性もありますですから」
くぬぅ……。
「それからこちらは生花業者からですな。来月は季節を外れる花が多いため、遠方から仕入れなければならないので代金を上乗せして欲しいと」
「僕が折り紙で作ればいいんじゃないでしょうか?」
「駄目ですぞ? ディータ様はすぐにいなくなってしまわれるのですから、地元の業者との付き合いは大切なのです」
くぬぅくぬぅ……。
とまぁそんな感じ。
おかげでシフォンとはまだ遊べておらず、もどかしい日々なのです。
永らく放ったらかしにしていた僕の自業自得ではあるんですけどね……。
けれどようやく仕事にも目処が付きそうになってきました。
恐らく明後日には自由な時間が作れるでしょう。
それにお詫びも兼ねて……というわけではないですが、僕はシフォンにサプライズプレゼントとケーキを準備しています。
もうすぐ僕とシフォンが出会って一年ですからね。
それを記念してなのです。
当の本人がそれを覚えているかは分かりませんけど、妹は今日もディータランド内で一人遊んでいることでしょう。
たまにミントさんのところにも顔を出しているみたいですが、寂しい想いをさせているのは間違いありません。
となれば
「もう一頑張りしますかっ! 早くシフォンと遊びたいですからね」
気合の入る兄なのです。
しかしそんな決意を嘲笑うかのように。
凄まじい揺れと爆音が、突如ディータランド内に響き渡りました。
「な、なんですか今のっ!?」
「分かりませんですっ! 何かの事故でございましょうか?」
支配人室まで揺れが届くなんて普通じゃありません。
僕は手にしていた書類を投げ捨て、すぐさまランド内の様子を見に走り出しました。
今は開園中。それにシフォンもどこかにいます。
あれだけの爆音ですから、多数の怪我人が出ている可能性が高いのです。
関係者用出入り口から外に出ると、異変はすぐに分かりました。
ディータランドの中央。どこからでも良く見えるよう設置された、巨大ロボットの頭が吹き飛んでいたのです。
「な……っ」
あまりに予想外の事態でパニックになりかけますが、横からの声で正気を取り戻しました。
「ディータっ! 一体何が起きたっ!?」
ミントさんです。
フラワーゾーンにいた彼女は、僕を呼びに走ってきたのでしょう。
そのお顔にも、はっきりと不安や焦りが浮かんでいます。
「分かりませんっ! けど避難誘導をっ!」
「そ、そうだなっ! フラワーゾーンのエルフ達にも手伝わせるっ!」
指示を出すと、すぐさまミントさんは来た道を戻ります。
それを見送りながら、僕は中央。巨大ロボットのもとへと走るのです。
浮かぶのは最悪の想像。
大きな瓦礫に押し潰されるお客さん達。そしてシフォンの姿……。
「だ、大丈夫っ! そんな筈ありませんっ!」
頭を振って絶望を追い払い、全力でディータランドの中央へ。
だんだんと見えて来た光景は、やはり酷いものでした。
あちらこちらから、怪我をして呻く声が聞こえています。
なのに――。
そんな大惨事のただ中で、二人の男性が愉快そうに立っているのです。
誰かを助けるわけでもなく、誰かを心配するでもなく。
ただただ楽しげに、傷つき倒れる人々を見回していました。
いったい何者なのか?
その疑問は、男の顔を見た時にはっきりします。
知ってます。見覚えがあるのです。
けれど……そんな筈はありません……。
「な、何故あなたがここに……? あ、いえ、それどころじゃありませんね! すぐに避難して下さいっ!」
事情は分かりませんが、とにかく今は批難第一。
幸いなことに二人の男性に怪我は見られませんし、そうお伝えしたのですが……。
魔力の気配っ!?
ハッとした時には遅く、男の手から黒い魔力の塊が飛んでいってしまったのです。
それは触れる物を破壊しながらカジノゾーンへ飛んでいき、やがて大爆発。
崩れ落ちる瓦礫の音、泣き叫ぶ悲鳴、もうもうと立ち昇る煙。
大惨事が、連鎖的に起こり始めました。
いえ、違いますね。
大惨事を、連鎖的に起こしているのです。
この男が。
「何をしているんですかっ!!」
それを止めようと僕がレシビルを発射。
見た目は普通の人と変わらないので、さすがに威力は抑え目ですが。
しかし一撃で気を失わせるだけの威力はあった筈です。
にも関わらず、男は平然とそれを受け止めてしまいました。
それもその筈。
彼から立ち昇る魔力は尋常ではなく、まるで噴出するかのごとくなのです。
そしてその質は漆黒。
全てを闇に返さんとするばかりの、とてつもないおぞましさでした。
覚えがあります。
この魔力は、間違いなくアレです。
けれど、やはりそんな筈はありません。
だって倒しましたから。
僕達はアレを倒し、完全に消滅させた筈なんですから。
「不思議か?」
魔法を撃っていたのとは別の男が、僕の姿を見止めて声を掛けて来ました。
こちらの男性も見覚えがありますし、グッと上から押さえつけるような圧迫感を覚えます。
なら間違いないでしょう。
「仕事の神ブジョット様。何故こんなことを?」
「くだらぬ質問だ」
転職所にあった像と同じ姿に睨まれると、心臓を鷲掴みされたような気になります。
それだけの力を秘めているのかもしれません。
すると魔法を撃っていた方の男。彼が楽しげに視線を合わせてきました。
「まぁ下らんわな。こんな世界も。こんな世の中も。こんな運命も」
彼の心情を表すように、ブワリと噴出する漆黒の魔力。
ミリアシス様を裏切った仕事の神と共にいることも踏まえると、もしかしなくてもこの人は……
「だから俺が全部壊してやる。魔王たる俺がな!」
秋葉原署の刑事だった御子柴さんは、高らかにそう笑ったのでした。