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138話 僕とディアトリさん

 魔王を倒した僕達はポードランのお城へと戻り、王様にそのことを報告していました。

 同時に国境砦へ殺到していた魔物達が解散したこと。念のため結界を張ったからしばらく大丈夫だろうということを伝えると、王様は玉座から走り寄って来て僕へとダイブ。

 抱きついてこようとしたようです。

 間一髪で、ナティとミントさんに止められていましたが。


「それは私の役目だからっ! お父様は椅子に戻ってっ!」


 どうやら僕の知らぬ間に、抱き付き役というものが制定されているご様子。


「お、おぉ……。すまなかったな。ディータ殿のことはナティルリアに任せるとしよう」


「当たり前よっ!」


 渋々と王様が玉座に戻るのを見計らい、今度は宰相さんがニコニコ笑顔で語りかけてきました。

 先日お会いした時とは打って変わって安らいだ表情に、僕も安堵でしょうか。


「国境から戻った兵士達が前線に加わり、押し返すとまではいえなくとも戦況はこちらに傾きつつあります。彼等の奮闘振りは、目を見張るばかりだそうですな」


 きっとナティの発破が効いたのですね。

 横を見ればナティもそれに気付いたのか、恥ずかしそうに頬を染めていました。


「さらに前線からは、ヘーゼルカ殿がディアトリを捕らえたという報告もあがっております。こちらへ移送中とのことで、間もなく姿を見せるでしょうな」


「本当ですか!」


 宰相さんは鷹揚に頷き、ニコリと良い笑顔。

 深くシワを刻んだ表情は、好々爺といった感じでしょうか。


「ミリアシスからも援軍が向かっておるようですから、窮地は脱したと見てよいでしょう」


「うむ。それもこれも、全てディータ殿達のおかげである。もはや何と礼を言って良いのか……」


 口元を手で押さえ、うぅっ、と俯いてしまった王様。

 よほど辛かったのでしょう。国を治める重責なんて僕には想像も出来ませんが、幾分髪も薄くなり、何歳も老けて見えました。


「ワシはもう玉座を譲ろうかと思っておる。此度のことで胃がやられてしまってな。身体が持たぬのだ」


「お、お父様っ!?」


「もちろん跡を任せるのはお前だナティルリアよ。国境を守っていた兵士達に聞いたぞ? お前はもう、人の上に立つべき人間なのだ」


「け、けれど……」


 ナティが王になる。

 なんだかとてつもない話を聞かされていますが、それを聞いているナティの視線はチラチラと困ったように僕を窺っているのです。

 こういう時なんと声を掛ければよいのか。

 そんな経験ある筈もなく、戸惑ってしまう僕なのでした。


「ポードランは代々男王だった筈よ。お父様の血を受け継いでいるのが私だけなのは知っているけど、だからといって……」


「ならば夫を王とし、それをお前が支えれば良い。お前の見込んだ男であれば、ワシは安心して国を譲ることが出来よう。のぅ、ディータ殿」


「え? あ、はい?」


 いきなり同意を求めてくるのは止めて下さい。心臓に悪いです。

 思わず「はい」とか言ってしまったのがいけなかったのか、ミントさんがおカンムリです。


「待て待て待て待てっ! またディータを利用しようというんじゃないだろうなっ! 利用するならそこの道具屋にするべきだっ! 魔王を倒したのはコイツだぞっ!」


「ふえぇ……っ!? なんで私を売るのっ!?」


 僕達の間で投げあわれる玉座。

 それを微妙な表情で見つめる宰相さんでしょうか?


「ごほん。……陛下。まだ時期尚早でございますれば、御身には今しばらく頑張って頂きとうございます」


「ぐぬぅ……。ナティルリアよっ! 我が娘よっ! 王命だっ! 必ずものにせよっ! 良いなっ!」


「分かったわっ!」


 なんだか意気投合し、僕は王様とナティから熱い視線を向けられるのです。

 ミントさんは威嚇するように唸っていますし、何やらバチバチと火花が飛んでいるような気配。

 けれど険悪な雰囲気というわけでもなく、魔王討伐の報告は和やかに終了したのでした。


「とにかく皆様はお疲れでしょうから、このまま城にご逗留下され。そのままヘーゼルカ殿が帰還されるのをお待ちになるのがよろしいかと」


 話が一段落したところで宰相さん。

 お城に留まって、姉を待ってはどうかとのご提案です。

 お屋敷で……とも考えましたけど


「ありがとうございます。ならそうしましょうか?」


 お城にいた方が、すぐに姉の帰還を知ることが出来ますからね。

 そう思って仲間を振り返ると、ナティとラシアさんは当然問題なさそう。

 シフォンはもう我が物顔ですし、ミントさんも少し憮然としながらも反対ではないご様子。

 リルゼさんは一度実家に戻るということですが、明日にはまた合流ということで、僕達の滞在が決定したのでした。



 ……。



 姉が帰還したという報告を受けたのは、翌日の昼くらい。

 すでにリルゼさんも合流してましたから、皆揃って再び謁見の間へと向かいます。

 すると玉座の前には、腕を縛られているディアトリさんの姿。

 姉はその後ろに立ち、彼を警戒しているようでした。


「ぼ、僕は勇者だぞっ! こんなことをして良いと思っているのかっ!?」


「黙りなさいディアトリ。貴方が勇者じゃないことは誰よりも私が知っているわ」


「ヘーゼルカ……っ! 君は共に旅をした仲間を見捨てるっていうのかっ!?」


「魔王の軍門に下った貴方はもう仲間でもなんでもない」


 謁見の間に入った瞬間、ディアトリさんが奥歯を噛む音が聞こえてきました。

 鬼気迫る彼等のやり取りを聞きながら、僕達は近付いていくのです。

 すると僕の登場に気付いたディアトリさんが、縋りつくような瞳で見てきたのです。


「ディ、ディータ君っ! 君は信じてくれるよなっ! 僕が魔王を倒した本物の勇者なんだって!」


 正直なところ、僕は一発くらい靴をぶつけてもいいかなと思ってました。

 指輪のことは姉も知っていましたけれど、僕を騙したのは彼です。

 それも私利私欲とあっては、悟りを開いた僕ですらちょっと許せない気持ちが隠せません。

 けど、今のディアトリさんの姿はあまりにも惨めで。なんだかもうどうでも良くなってしまったのです。


「ディアトリさん。貴方が勇者じゃないってことは、もう自分でも分かっているんじゃないですか?」


「な、なにを……」


「倒せなかったんですよね、魔王。勇者の加護を持っていないから」


 思えば彼も、魔神派の被害者かもしれません。

 魔神派が用意した偽聖女。その嘘の神託を信じてしまったのですから。

 それを考えれば、これ以上責めるのも酷な気がしてしまいます。


「で、でも僕は勇者……勇者じゃなきゃ駄目なんだ……」


 うな垂れてしまい、ぶつぶつとうわ言のように呟くディアトリさん。

 憐れなお姿ですが、そんな彼に王様から沙汰が言い渡されるのです。


「ディアトリよ。お主が勇者を騙り、我が国から様々な物品を受け取ったことについては不問とする。偽者であったとはいえ、それはお主も知らなかったことゆえな。だが魔王を倒したなどと偽りの報告をし、あまつさえ北方国を先導して我が国に弓を引いたことは、到底許されることではないっ!」


 死刑。

 その言葉が脳裏を過ぎります。

 当然といえば当然。何しろ敵国を先導した首謀者のようなものですから。

 到底許される行為ではありませんし、犠牲になった兵士さん達のことを考えれば、やむなしでしょう。


 けど、僕はそれで良いんでしょうか?

 こうなってしまうまで、彼は確かに勇者でした。

 一緒に旅をした僕は、それを知っているのです。

 そりゃあ僕を騙してパーティーから追いやったり、姉に近寄ろうとしていたり、勇者の名をいいことに施しも受けまくっていましたけど……あ、ちょっとイラっとしますね。

 ま、まぁいいです。

 それでも彼は、魔王を倒すという使命から逃げなかったのです。

 立ち寄った村々では、人々の助けにもなっていました。

 本当に彼が加護を持っていたら、世界を救ったのは間違いなく彼なのです。


「国王様。命だけは助けてあげてくれませんか?」


 僕が言ったのが意外だったのか、王様だけじゃなく姉まで驚いています。


「ディータは優しすぎるわ。彼は魔王に従っているのよ?」


「けど、事情があるんだと思います。ディアトリさんは聖人君子ではないかもしれませんが、決して悪い人でもなかったと僕は思っています」


「ディ、ディータ君……っ!」


 僕の言葉を聞き、ディアトリさんは目を伏せました。

 硬く拳を握り締め、身体全体が震えています。

 様子のおかしさに姉の視線が鋭くなりましたが、次に王様を見上げたディアトリさんの表情は、決意を秘めた真っ直ぐなものだったのです。


「僕の命はどうなっても構いませんっ! 今更言い訳するつもりもありませんっ! ですが一つだけ頼みがありますっ!」


「ほぅ?」


「僕の仲間達を助けてもらえないでしょうか? 彼女達は、今も魔王に捕らわれているのです……。お願いしますっ!」


 彼女達というのは、僧侶さんと魔法使いさんのことですね。

 なるほど。姉の推察通り、彼女達を人質に取られていたため魔王に逆らえなかったのでしょう。

 なら話は簡単ですね。


「魔王はもういません。だからパパッと行ってパパッと助けてきますよ」


「……え? 魔王がいない?」


「はい。もう倒しちゃいました。ここのリルゼさんが」


 僕がリルゼさんを見ると、ディアトリさんも驚愕したままリルゼさんを見ます。

 しかし見られたリルゼさんが何故かミントさんを見るので、ディアトリさんの視線もミントさんに吸い寄せられるのです。


「ってなんでだよっ! お前だろっ!」


「いやぁ、なんかそういうの苦手なんだよね~」


 ワイワイと楽しげな二人を見ていると、本当にこれが魔王を倒したパーティーなのか疑わしくなるほど。

 疑わしくなるくらい、最高の仲間達なのです。


「ほ、本当なのかい?」


「ま、まぁ、うん。倒したよ」


 ディアトリさんは本当に仲間達を心配していたのでしょう。

 泣き崩れた彼の声は、いつまでも謁見の間に響いたのでした。


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