137話 僕達は世界を
「リルゼさん、お願いします」
動けなくなった魔王を前に、僕は横のリルゼさんに目配せします。
だるまさんが転んだを発動している間は、僕も身動きが取れませんから。
攻撃は彼女に任せるしかありません。
「うんっ! 分かった!」
合図を受けて走り出したリルゼさんは、空高くジャンプ。飛び蹴りの態勢です。
これで魔王に致命傷を与え、加護を相殺すれば万事解決なのです。
――しかし
「ぐぬぅぅッ!!」
「なっ!?」
動けない筈の魔王が動きやがりました!
勢いよく両手を挙げて、だるまさんの呪縛を跳ね除けたのです!
しかし飛んでいるリルゼさんは急には止まれません。
待ち構える魔王。突っ込んでしまうリルゼさん。
これはマズイです!
「今度こそ滅せぃっ!」
振り上げた諸手に魔力を集め、飛び掛るリルゼさんに魔王が対空魔法を放ちます!
空中で避けられない彼女には直撃必至。しかも神代結界を壊すほどの威力ですから、無事に済むとは思えません!
そんなことになれば加護を相殺する前に魂戻しの石が発動してしまい、万事休すなのです!
最悪の未来を想像しますが、今からでは援護も間に合わず。
茫然と行く末を見つめていると
――ヒュッ
短い風斬音を残し、何かが後ろから飛んできました。
それは魔王に直撃し、髑髏がグラリと態勢を崩したのです。
「ぐぬぅっ!?」
思わぬ攻撃に唸る魔王。
よく見れば、骨の右足が砕け散っています。
それをしたのはシフォン。妹が石を投げたようでした。
「ありがとうシフォンちゃんっ!」
「……んっ!」
それでもと魔王は魔法を撃ちますが、不十分な態勢から繰り出された対空魔法は間一髪。リルゼさんの頬を掠めて、遥か彼方へと飛んで行きました。
つまり、リルゼさんの飛び蹴りは止まらないわけで。
「そぉりゃぁぁぁっ!!」
ズドンッと音を響かせ、リルゼさんの足が見事に魔王の胸骨へ突き刺さりました。
大地が凹むほどの衝撃に、さしもの魔王も膝を付きます。
「ぐぬぉぉっ! まさかこれほどの者達がおるなどっ!」
全身から漆黒の魔力をもうもうと立ち昇らせ、魔王が僕達を睨みつけてきました。
ですがリルゼさんの蹴りを受けた胸骨は砕け散り、眼窩の青炎にも力がありません。
どうみても致命傷。
なのに魔王は、勝ち誇ったように悠然と笑うのです。
「く……くくく……っ! だが惜しかったなっ! この身は魔神の加護を受けた身っ! 加護を持たぬ貴様等に、滅ぼすことなど叶わぬわっ!」
……あ、はい。そうですね。
凄く楽しそうに高笑いしているところ恐縮なのですが、勇者じゃないと言ったさっきのアレ。実は嘘なんです。
「……ぬぅ? な、何故だっ!? 何故回復せんっ!?」
ようやく魔王が、何かおかしいことに気付いたようです。
姉の話では、勇者以外の攻撃だとどれだけ傷を負わせようとも回復してしまうのだとか。
だから魔王は余裕顔だったのですが、回復しないことに焦りだしたのです。
髑髏のお顔では顔色も窺えませんが、困惑と焦燥が目に見えて浮かんでいました。
そこにリルゼさんがゆっくりと近付いていきます。
「ごめんね。やっぱり私、勇者だったみたい」
「ぬわにぃっ!?」
下顎骨が外れるほどに、魔王が驚きを見せます。
「おかしいと思ったのだっ! 貴様の顔を見た時から得体の知れぬ怒りが湧き上がっておったからなっ! やはり貴様、勇者だったのではないかっ!!」
「うん、そう」
サラリと認めたリルゼさんが、腰溜めに拳を構えます。
「勇者の加護よ――」
「ま、待てっ! 卑怯だぞっ!」
「神の力を持って、悪しき神の加護を――」
「騙まし討ちではないかっ! それでも勇者かっ!? 勇者がそれで良いのかっ!?」
「討ち滅ぼし給えっ!!」
魔王の言葉など聞く耳持たず、リルゼさんが勇者の加護を発動。
光輝く拳で、魔王の体を穿つのです。
「ぐぬうぁぁぁぁッッ!!」
途端に魔王の魔力が霧散し、リルゼさんが放っている光と混ざり合い始めました。
加護の相殺。
プラスとマイナスが合わさり、無に戻っていきます。
これで人々は永遠に魔の恐怖から解き放たれ、世界は救われる。
そんな感動的な場面の筈なのですが……なんですかね? この後味の悪さは。
なんだかとっても悪者気分なのですけど?
騙していたことに僕はちょっと罪悪感を覚えてしまいますが、勇者たるリルゼさんはめっちゃ良いお顔。
してやったりみたいな表情です。
そうこうしているうちに、魔王の体から放出し続けていた漆黒の魔力は勢いを弱め、やがて完全に消失しました。
同時に骨の体がサラサラと風に溶け、あっという間に消えてなくなったのです。
「これで終わりかな? いや~疲れ……た……ね……」
「リルゼさんっ!?」
魔王が消え去ったと同時、リルゼさんも膝から崩れ落ちました。
僕は急いで彼女に駆け寄り、その体を受け止めます。
勇者の加護が消失し、彼女の命もまた失われようとしているのでしょう。
するとリルゼさんの胸ポケットが赤く輝きだし、目が眩むほどに眩く光りだしました。
辺り一帯を包むほどの凄まじい光の奔流。
永遠にも感じられる数秒間の後、一際大きく光ったのを最後に、スッと光は嘘のように消え――
「……ん? うわっ! 私ディータ君に抱き締められてるっ!?」
リルゼさん。
無事に三途の川からカムバック。
魂戻しの石は力を失ったように灰色へと変色していますが、ちゃんと彼女の命を救ってくれたようでした。
「リルゼっ!」
背後から、ナティの声が近付いてきます。
歩廊から様子を窺っていた皆さんが、魔王が死んだと同時に駆け寄って来たのです。
ナティ、シフォン、ミントさん。それにラシアさん。
疲れも忘れ、満開の笑顔で手を振りながら走って来ていました。
「やったわねリルゼっ!」
「やったよ~! ……あっ」
ナティ達が近付いて来るとリルゼさんは慌てて起き上がり、パンパンっと体の埃を落とす仕草。
僕もそれにならい、一緒に立ち上がりました。
「終りましたね」
皆さん一人一人の笑顔を見ながら、僕は感慨に耽ります。
思わぬ魔王との遭遇でしたが、誰一人欠けることなく僕達はやり切ったのです。
それもこれも皆が協力し、助け合い、力を合わせたからでしょう。
「まだ終ってないぞ。ポードランを救うんだろ?」
「そうでした。でも大丈夫でしょう。こっちには魔王を倒した本物の勇者がいるんですから」
「あ、もう元勇者だからね? 勇者の加護、なくなっちゃったみたいだし」
「そんなの関係ないわよっ! 加護なんかなくてもリルゼは立派な勇者だわっ!」
ナティの言葉に僕も同調。
なにせ魔王を倒し、世界に恒久的な平和をもたらしたのですから。
人と魔物の永い歴史の中で、その偉業を達成したのはリルゼさんが最初で最後。
それが真ん中しか走れないような性格の道具屋さんであっても、誇り称えられるべきなのです。
僕はもう一度皆さんの顔を見渡してから、視線を周囲に巡らします。
まだ生き残っている魔物もいるようですが、まるで目的を見失ったように右往左往。
やがて一匹、また一匹と、砂漠の向こうへと消えて行きました。
「この砦に留まる必要は、もうないかもしれませんね」
「そうね。なら早くお城に戻りましょう?」
「はい。あ、一応結界を張り直してくるので、少しお待ちを」
目的を失ったとはいえ、何かの間違いで国境を越えて来ないとも限りませんからね。
砦に誰もいなくなってしまうので、念のために僕は結界を張り直すのです。
そうして準備を整え終えた僕達は、一路ポードラン城へと戻ることにしました。
ディアトリさんを止めにいった姉。
魔王亡き今、彼も大人しくなると良いのですが。