136話 僕達と、飛んで火に入る魔王様
「降ります! シフォンとナティはここから援護をっ! ミントさんも二人のカバーをお願いしますっ!」
結界を破られた今、砦に魔物が殺到するのは時間の問題。
それを食い止めるため、僕は歩廊から地上へと走るのです。
「私もっ!」
後ろからはリルゼさんが追随。
なにせ魔王がすぐそこにいるのですから。
彼女もここで決着をつもりなのでしょう。
もちろん僕だって逃がすつもりはありません。
「あれって魔王だよねっ!? なんでこんなとこにいるのっ!? ああいうのは玉座に踏ん反りかえってなきゃ駄目じゃないっ!」
「分かりませんっ! 魔王は魔王で決着を付けに来たんじゃないですか?」
歩廊から尖塔の中に戻り、一気に階段を駆け降りていく僕達。
ナティ達は魔物を近づけないように奮闘しているようで、いくつもの爆音が砦全体を震わせていました。
魔王が望む決着。
一番はリルゼさんが持つ勇者の加護を封印してしまうことでしょうけど、神器がガレジドスにある今それは不可能です。
となると、次に考えられるのはリルゼさんの抹殺。
勇者の加護が次の魂に移動してしまえば、今後数十年以上に渡って、魔王を止める術が失われてしまうのですから。
もちろん僕達はそれを一番警戒していますし、実際にリルゼさんが倒されてしまった場合、彼女はすぐに生き返ることになるでしょう。
魂戻しの石は、リルゼさんが大事に持っているのですから。
けれどそうなってしまうと、加護の対消滅が出来なくなります。
今ここで魔王を倒すことが出来たとしても、問題の先送りにしかならないのです。
「魂戻しの石さえ失くしてしまえば、もう恐れるものはないっていうことだよね?」
「そう考えているんでしょうね」
「仮に加護を使う前に石を使っちゃうようなことになっても……私は加護を使うよ」
思わぬ言葉に僕の足がはたと止まってしまいました。
振り返ると、そこには決意を秘めたリルゼさん。
僅かに肩が震えているのは、武者震えというわけではないでしょう。
「でもそんなことをしたらリルゼさんが……」
「分かってる。でもアレは駄目だよ。あんなものがいちゃいけない」
脳裏に魔王の姿を思い出したのか、リルゼさんがブルリと体を震わせました。
僕も同時に思い出しますが、姉から聞いていた話と随分違うのです。
全身から溢れ出すほどの魔力は漆黒。まるで死を纏っているようでした。
とても「大したことない」なんて言える相手じゃありません。
もしあれがポードランまで侵攻してしまったら……。
いえ、ここで止めることが出来なければ世界は終るのだと、そう思い知らされるほどです。
「倒しましょう。僕達なら出来ます」
「うんっ!」
準備不足も甚だしい状況。
十分な休息も取れず、疲労は隠し切れません。
けれどここが正念場だと、僕達は砦の外へと躍り出たのです。
高々と昇った太陽に目が眩みますが、目の前に広がっている光景に意識を集中。
どうやら見える範囲の魔物は、ほとんど死んでいるようでした。
凍り付いている魔物はナティの中級氷魔法を喰らったのでしょう。
急所に何本もの矢が刺さっているのはミントさんの戦功。
妹は……うん。リルゼさん同様に、クレーター職人になっているみたいです。
そんな職業は早く転職させなければいけません。
そのためにも
「魔王ですか?」
未だ健在の魔物に囲まれ、漆黒の衣を纏った髑髏顔。
死と狂気を撒き散らす存在に、僕は問いかけるのです。
すると魔王と思しき存在は、闇の深淵みたいな眼窩の中に、青白い炎を灯しました。
「だとしたら?」
喋るに合わせ、下顎骨がカタカタと耳障りな音を立てていました。
正直夢に出てきそうなほどの不気味さです。
「倒すに決まってるでしょっ!」
ちょっと怖気付きそうな僕と違って、猪突猛進型の道具屋さんが、勇者パワーを漲らせています。
そうですね。負けていられません。
後ろには妹の目もありますし、ここぞとばかりの兄力。見せてあげなければっ!
「全力初級雷魔法っ!!」
初手全力。戦いの基本です。
僕の指先から迸った極太の雷撃が、魔王を取り囲んでいる魔物ごと滅ぼそうと襲い掛かりました。
さらにそれを見たナティが、魔物達の上に中級氷魔法を発動。同時に中級炎魔法も発動し、イムーサの氷を一気に溶かしたのです。
すると魔物達の上から大量の水が降り注ぎ、ビシャビシャになった魔物達へと雷撃が感電していきました。
――グギャァァァッ!!
――ゴォォォォッ!!
断末魔の協奏曲。
僕とナティの見事な連携で、ほとんどの魔物が絶命したのです。
ナティに背を向けたまま親指を立てて見せると、彼女は当然と言わんばかりに、誇らしげな声を上げていました。
けれど魔王は存命。
漆黒の衣に多少の損害を与えられたようですけど、数多の死骸の中心で、魔王は未だに立っています。
「極級雷魔法だと? おのれ。侮れぬ」
「今のは極級雷魔法じゃありません。初級雷魔法です」
率直にお伝えしたところ、髑髏の下顎骨がカコンとおっぴろげ。
予想外だったようですね。
まずは奇襲成功といったところでしょうか。
しかしそこは魔王。
すぐに気を取り直し、眼窩に揺らめく青炎を、一層強く輝かせていました。
「戯言を。まぁ良い。灰になれ」
闇の中から闇を生み出すように、掲げた骨手に魔王が魔力を集中させていきます。
あれは先ほど結界を打ち破った危険な魔法。
避けることは出来るかもしれませんが、避けたら後ろのナティ達が危ないのです!
「させませんっ! シュートっ!」
空気すら切り裂いて飛び出す神殺しの靴。
その威力に気付いたのか、魔法を中断した髑髏がスッと身を翻しました。
ですが残念。そこはリルゼさんです。
「勇者キーーーーーック!!」
魔王の動きを予測していたリルゼさんが、渾身の飛び蹴りを繰り出しました。
回避行動を終えたばかりの髑髏は躱しきれないと諦め、防御に徹したようです。
ドスンっと超重量級の音を響かせ、骨の腕に直撃したリルゼさんの右足。
どれだけカルシウムを取っていたとしてもたかが骨。彼女の足は止められません。
「ぐぬわぁっ!!」
止められない筈だったのですが――しかしやっぱりそこは魔王。
腕に魔力を巻きつかせていたのか、なんとかヒビが入る程度で堪えきったようです。
そのまま腕を払ってリルゼさんを吹き飛ばし、すぐさま追撃の魔法弾を連射しようとしてきました。
「やらせんっ!」
それを見越したミントさんが弓矢で妨害。
魔王にダメージを与えるほどの威力はなくとも、雨霰と降りしきる矢は、髑髏に追撃を諦めさせてくれたのです。
「いや~、硬い骨だね。一撃じゃ無理だったよ」
即座に魔王の射程から脱したリルゼさんは、初撃で倒せなかったことが悔しいのか、嘆息しながら腰に手を当てていました。
もちろん油断なく魔王の動きを見つめながら。
すると髑髏が不愉快そうに下顎骨を鳴らします。
「名立たる冒険者共も遊び人に転じたと聞いていたが、まだこのような強者が残っておったとはな。……いや、よもや貴様等。勇者か?」
「違うけど?」
即答。
リルゼさんの光速ライアーです。
先ほど自分で『勇者キック』とか言っていたのに、図々しいにもほどがあるのです。
清々しいまでの嘘に、リルゼさんのお店で買い物をするのは控えようと肝に銘じる僕でしょうか。
けど今はそれで正解。
こちらの正体がばれてしまうと、魔王は躍起になってリルゼさんを狙うでしょうから。
知られていないなら好都合なのです。
「まぁ良い。貴様等が最後の障害であろう。それを取り除き、魂戻しの石を砕き、我こそが真なる大魔王となるのだっ!」
ブワリと風を伴うほど、禍々しい邪気の噴出。
最大出力で、何かとてつもない魔法を繰り出そうとしているようでした。
僕は魔王が放つ魔力から顔を逸らすように後ろを向き――小声で言うのです。
「だ~るまさんが~……」
「我が真闇輪舞炎で全て滅っせ――」
「転んだっ!!」
その瞬間、ピタリと動きを止めた魔王さん。
だるまさんを転ばされ、まったく身動き出来ないのです。
その姿は、ただの屍のようでした。