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135話 僕達の前に現れたのは

 姉との通信を終えたあと、僕は考え込んでいました。

 ディアトリさんが北方軍を率いている。

 未だ彼を勇者だと信じている人達にとって、味方なら士気が大きく向上するでしょうし、敵なら士気が大きく下がるでしょう。

 そして敵とはポードラン国の方なのです。


 だから会話もそこそこに通信を切ってしまった姉は、ディアトリさんを捕らえにいった筈。

 彼さえいなければポードランの兵士達でも守りきれる。

 そういう考えなのだと思います。


 本当なら僕も行きたいところですけど、今はここを離れられない状態。

 魔物の勢いは聞いていた以上に凄まじく、減らし続けないと、いざ結界が破られた時に大変なことになりかねません。


「どうしましょうミントさんっ! 八方塞ですっ!」


「慌てるな。状況は最悪ってわけじゃないだろ? 少なくとも、ここで釘付けになる筈だった二千の兵士が向かっているんだ」


「それはそうですけどっ!」


 ジワジワと真綿で首を絞められるような感覚に、焦りが隠せません。

 魔神派は、完全完璧にポードランを攻め落とすつもりなのです。

 彼等が狙っている魂戻しの石。これを僕達がもっていると喧伝すれば、狙いをポードランから外せるでしょうか?

 僕が囮となって逃げ回れば……いや、きっと無理でしょう。

 北方国はディアトリさんが率いているとはいえ、魔神派に従っているつもりはない筈。

 そこには何らかの国益などが含まれているのだと思います。

 そうでなければ、勇者に言われたという理由だけで戦争を起こすなんて決断はしないでしょうから。


「ディータ様。今は信じて待ちましょう。我が国の優秀な兵士達を。そしてヘーゼルカ様を」


 僕の心配を和らげるような笑みで、ラシアさんがデザートまで用意してくださいました。

 甘い焼き菓子を頬張ると、心の緊張が幾分緩和します。


「陛下は友好国であるガレジドスやミリアシスに援軍を打診しているようでしたから。それが間に合えば状況は好転する筈です」


 どちらも僕にとって縁の深い国。

 ミリアシスならば魔神派の陰謀であると看破し、聖堂騎士団を派遣してくれるかもしれません。

 ガレジドスも淫欲の神事件があるので、恩を返そうと動いてくれるかも。

 そう考えると、なんだか勇気が湧いてきました。


「そうですね。考えていても仕方ありません。僕達は僕達のやれることをしなければ」


「あぁそうだぞ。差しあたっては少し眠ることだな。起きたらまた魔物狩りだ」


 ニコリと笑ったミントさんに手を引かれ、僕は寝室に向かうことにしました。

 外で戦っているナティ達は大丈夫でしょうか?

 結局心配は尽きませんけれど……。



 ……。



 あれから数日が経ち、いつものように五時間ほどの眠りから目覚めた僕は、ミントさんと一緒に歩廊へ出ます。

 歩廊の上には魔物を倒し続けている三人のお姿。

 どうやらナティは魔力切れらしく、ぐったりと床に座り込んでいました。

 しかし僕に気付くと急いで立ち上がり、腰に手を当てて胸を張るのです。


「見てたかしらっ? 今日は百匹以上は倒してやったわよっ!」


「凄いですね。もうナティも立派な冒険者じゃないですか」


 立派過ぎますけどね。

 彼女が上級攻撃魔法を覚えるのも遠くないのではないでしょうか?

 二歩も三歩も置いていかれる気分の元賢者なのです。


「……ん。がんばった」


 ナティの後ろには未だ石を投げ続けているシフォンとリルゼさん。

 国境の外に目を向けると……うわぁ……。

 あっちこっち凸凹のクレーターができてますし、今は夜中なので見え辛いですけれど、酷い惨状になっていることでしょう。


「やっと私も石投げのコツを掴んできたところだよ。こう振りかぶって、胸を逸らすようにしながら、こうっ!」


 リルゼさんは石の投げ方を試行錯誤していたようで、当初に比べて遥かに様になっていました。

 足元から腰を伝って正しく力が伝わった腕は、綺麗に振りぬかれています。

 もちろん投げられた石の速度も劇的に向上。風斬音を残してすっ飛んでいった石は、遥か遠い暗闇の中で着弾すると、衝撃を伴うほどの爆音が響かせるのです。

 もうこれ兵器ですね。

 けれど隣にいるシフォン監督は厳しい目でフォームを見直し、投げ終わったリルゼさんの肩を開かせたり、足の位置を調整したり。

 駄目出しをしているようでした。


「……こう、でしょ?」


「はい監督っ!」


 実に暑苦しいノリです。

 パワー系のお二人は、心までパワー系。

 妹を正しい道に戻さねばと、そう決意する僕なのでした。


「では交代しましょうか。皆さんはゆっくり休んで来て下さい」


「うん。じゃあ後はよろしくね~」


「……よろしく」


 軽い感じでリルゼさんとシフォンが砦の中へ。

 最も疲れているであろうナティはゆっくりと立ち上がり、それから僕に体を寄せて来ました。


「ごめんねディータ。これは国の問題なのに……」


 憂いを帯びた瞳で、ナティは闇の中を見つめています。

 数日間魔物を倒し続け、それでもなお途切れない魔物達の群れに、心が弱りかけているのかもしれません。

 少しフラフラしてしまっているので腰を支えてあげながら、僕も一緒に闇を見つめるのです。


「ナティの問題なら僕の問題でもありますよ」


 ポードランには義母の家がありますし、僕が生まれたのもポードラン。

 魔神のことがなかったとしても、十分に守る理由があるのです。

 それに生まれて初めて出来た親友は、この国の王女様ですから。


「そ、それって……プロポーズ?」


「え?」


「あ、ち、違うわよねっ! そうよ。ディータはサラッと誤解を生む天才なんだったわ」


 何故だか酷い言われようで、少し泣きそうな僕でしょうか。

 しかし味方なんてどこにもおらず、そればかりかミントさんが深く頷いて同調を示していました。


「僕ってそんなイメージなんですか?」


「まぁそうだな」


 ぐぬぅ……。

 意志伝達が不十分だとは、元賢者の名折れです。


「でも、なんだか少し変わった気がする」


「王女もそう思うか? ガレジドスを出たあたりから、こう……落ち着いたというか、大人になったというか。とにかくそんな感じはするな」


 ガレジドスを出たあたりというワードで、ツーッと背筋に嫌な汗が流れました。

 思い当たる節はアレしかありません。

 どういう訳かニルヴィーさんにも見破られてしまいましたし、女の人は勘が鋭いのでしょうか?

 だからといって、認めるのは癪ですから。

 ここは全力で誤魔化します。


「神様を倒したからじゃないですか? 成長したんですよきっと。それよりミントさんっ! また魔物が来ましたよっ!」


 叫びながらレシビルを発射。

 闇の中に幾筋もの紫電を走らせ、僕は魔物狩りに精を出すのです。

 それを見てナティとミントさんは顔を見合わせたようですけど、明確な答えに行き着くことはなく、首を傾げたようでした。


「まぁいいわ。私も少し休むから、お願いね二人とも」


「あぁ任せておけっ! 王女が起きた頃には、魔物は全滅しているだろうさっ!」


 大見得を切ったミントさんはすかさず弓に矢を(つが)え、真っ暗な闇へと討ち込みました。

 すぐにドサリと大きな音がしたので、魔物に命中して仕留めたのでしょう。

 エルフさんの弓術は凄いのです。


 それからも僕達は夜通し魔物を駆除し続けましたが、当然全滅させるなんてことは出来ずに朝を迎えました。

 再び三人と交代してからぐっすり眠るのです。

 ポードランの戦況が激変すれば、すぐに王様から連絡がくる手筈。

 それがないということは、膠着状態なのでしょう。

 安心していいやら不安を覚えるやら、とにかく落ち着かない日々なのです。


 けれど異変は僕達の方に起こってしまいました。


 ――ズドンッ!!


 眠りに落ちてから二時間ほどたった頃でしょうか?

 下から突きあげるような衝撃に、僕は慌てて目を覚ましたのです。


「何事ですかっ!?」


 起き上がってラシアさんに聞くけれど、彼女も状況を把握していない模様。

 そうこうしているうちにミントさんも起き上がってきました。


「なんださっきの揺れはっ! 外でなにかあったのかっ!?」


「分かりませんっ! 行ってみましょうっ!」


 寝間着のままだけれど悠長なことを言っていられる状況じゃありません。

 一番最初に過ぎった懸念は、結界が消滅した可能性。

 これほど長時間に渡って張り続けたことはないので、時間とともに弱まった可能性があるのです。


 しかし歩廊に出てみると、未だ結界は淡い光をたたえていました。

 となるとさっきのはなんでしょうか?


 魔物を駆逐し続けていた筈の三人に目を向けます。

 すると三人はポカンと口を開けて砂漠の方角を見ていました。


「どうしました!? 何があったん――」


 訊ねている最中、僕にもそれが見えたのです。

 もうすっかり朝になっているにも関わらず、夜の闇よりも黒い球体。

 それが真っ直ぐに砦へと飛んで来ました。


 ――ズドンッ!


「うわっ!」


 着弾した瞬間凄まじい揺れ。

 まるで結界ごと砦を破壊する勢いなのです。


「魔法攻撃……? けどこんな凄まじい魔力……」


 ナティの呟きと同時に、黒い球体の第三射が着弾。

 結界に弾かれて四散していますが、しかし――


「ディ、ディータっ! ヒビがっ! 結界にヒビが入ったぞっ!」


 空が割れるように、空中に稲妻のような亀裂が走っていました。

 神代魔法と同等の結界。

 それを魔法で打ち抜くなんてこと、いったい誰が出来るというのでしょうか。

 慌てた僕は魔法を打った主を探します。


 すると……いました。


 群れる魔物の中心に、黒衣で体を包んだ不気味な人影。

 顔は髑髏のようで、見ているだけで寒気が走る姿をしています。

 そこから立ち昇る魔力は尋常ではなく、全てを闇に返さんとしているようでした。


 けれど僕は、その禍々しい魔力の質に見覚えがあります。

 あれはディアトリさんが戦利品として持ち帰った首飾り。

 そこから漏れ出していた魔力と酷似しているのです。


 つまり……。

 つまりあそこに立っている者こそ……。


「魔王……」


 その時ガシャンと、結界は砕け散ったのでした。



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