134話 僕は動けない
僕が張った結界はとてつもなく頑丈なもので、砦の外には結界をこじ開けようとしている魔物達がやって来ては跳ね返され、大行列が出来ていました。
ディータランドの開園待ちより凄いかもしれません。
ちょっと悔しいので、定期的にレシビっときます。
「けど本当にこの砦にしか襲い掛かってきませんね。国境線は全て結界で封鎖したのでどちらにせよ変わりませんけど、何を考えているのでしょう?」
国境砦の尖塔と尖塔を繋ぐ歩廊の上に立ち、時折レシビルを発射しながら沈み行く太陽と殺到する魔物を見つめます。
隣に立つミントさんは人目がないので、今はローブを脱いだ状態。
見慣れた白毛の民族衣装を羽織り、銀色のサイドテールを風になびかせていました。
手にした短弓で狙いを定め、次々に魔物を屠っている姿はまさに狩人といった感じでしょうか。
「さぁな。魔物なんだから何も考えてないんじゃないか」
ヒュッと風を斬りながら飛翔した矢が、サンドワームの眉間に直撃。
大きなミミズは周りの魔物を巻き込みながらのた打ち回り、やがて巨体を横たえました。
けれどその死骸を乗り越えて、すぐに次の魔物が砦へと襲いかかってきます。
「キリがないな」
呆れながら空になった矢筒を放り投げ、次の矢筒を担ぐミントさんですが、その顔には少し疲労が滲んでいるようでした。
「そろそろ交代しますか。ミントさんもお疲れでしょう?」
「そういうディータは全然疲れてなさそうだな。こんな馬鹿げた結界を張ったうえで、ずっと魔法を連発してるのに」
「ディータランドで鍛えられましたから。レシビルだけなら一日中撃ってられますよ」
「呆れた奴だ。お前なら、魔王が相手でも楽勝な気がしてしまうな」
額に浮いた汗を拭い取り、爽やかに笑うミントさんの笑顔は、以前よりずっと輝いて見えます。
何か吹っ切れたような、そんな清々しいお顔なのです。
橙に染まる光を浴びて、思わず見蕩れるほどでした。
「な、なんだよ。あまり熱心に見つめられると変な気分に……はっ!? ついに私の魅力に気付き、辛抱たまらんとそういうことかっ!? 数多の魔物が見つめる中で、戦いで滾った想いを私の中に解き放とうとっ!? 魔物オンパレードっ! よし来いっ!!」
「結局その病は治りませんでしたね」
「ぐ……っ。いいんだ……。私はそういう奴なんだ……」
一人で盛り上がったり一人で沈み込んだり。
テンションのジェットコースターをキめるミントさんに、なんとなく安らぎを感じます。
「ついにというか、僕は以前から気付いてますよ?」
うぅ、と唸っていたミントさんは、僕の言葉に首を傾げました。
「何がだ?」
「ミントさんの魅力」
ぽかんと口を開けたミントさんの顔は、だんだんと赤く。
夕日よりも真っ赤に染まり、何やら不思議な踊りを踊り始めてしまいました。
「お、おまっ! お前あれかっ!? 第二の淫欲の神にでもなるつもりかっ!?」
しかも支離滅裂。
意味の分からないことを言う始末です。
まぁそれでこそミントさんなのですが。
「いや~ディータ君やばいね。今のって天然なの?」
からかうような声に振り返れば、袋を担いだリルゼさんがやって来るところでした。
その横にはナティとシフォンも一緒です。
どうやら交代の時間みたいですね。
「ナティちゃんいいの~? グループ分けに後悔してるんじゃない?」
グループというのは、歩廊から魔物を警戒する順番のこと。
全員一緒だと休む暇がありませんから、グループに分けて交代制ということにしたのです。
そして話し合いの結果、僕とミントさん。ナティとリルゼさんとシフォンで分かれることになったのでした。
「だ、大丈夫よっ! それに私はゴドルド大陸でずっと一緒だったから。ミントにもそういう機会を与えないとフェアじゃないわっ!」
なるほど。
ゴドルド大陸でナティもたくさん戦闘を経験し、リルゼさんほどではなくとも強くなっていましたからね。
魔王と戦う前に、ミントさんにも戦闘の経験を積ませようと、そういう考えなのでしょう。
さすがですねナティ。
「さすがだねディータ君。今絶対見当外れでトンチキなこと考えてたでしょ」
「何故にっ!?」
そこそこ付き合いの長くなってきた道具屋の娘さんは、何故だか僕に辛辣なのです。
時々今みたいに呆れ顔で溜息を吐いてます。
嫌っているとかじゃないのは、その後で見せる笑顔で分かりますけれど。
隣のシフォンも訳知り顔で同調を示してしまうので、なんとなく良いコンビ。
どちらもパワータイプですしね。可愛い妹がパワータイプに分類されるのは複雑ですが。
「フェアじゃない、か」
不思議な踊りの呪いから正気に戻ったミントさんが、薄く笑いながらナティに近付きます。
「王女のそういうところは……なんというか……好ましい、ぞ?」
まるでリヒジャさんのように途切れ途切れなうえに、疑問系で伝えられたミントさんの好意。
けどそれを受けたナティはパッと顔を輝かせ、その後ですぐ好戦的に目を引き締めていました。
なんとなくラシアさんが見たら喜びそうな二人の関係性でしょうか。
僕もほっこりしてしまいます。
「こんな平和を守るためにも、勇者は頑張るとしますかね~」
リルゼさんが担いでいた袋を下ろすと、ドサリと重い音がしました。
覗き込んでみれば、どうやら拳くらいの石が大量に入っている模様。
それをさっそくシフォンが取り出し、握り締めてから魔物の群れを睨みます。
「……んぅっ!!」
おぉっ!?
水切り遊びのモーションで妹は石を射出。見事に魔物へ命中です。
もちろん水じゃないので石は跳ねませんが、代わりに魔物が跳ねました。
ブシャーン、と。
「やるねシフォンちゃんっ! 私も負けてられないっ!」
一方のリルゼさんはフォームがぐちゃぐちゃ。
ただ力任せに石を投げてます。
そんな投げ方では……
――ズドーンッ!
――ズガーンッ!
うんうん。地面にクレーターを作ることしか出来ませんね。
凄いです。馬鹿です。馬鹿力です。
道具屋の娘さんは、もう人間カテゴリから逸脱しつつありました。
「なんかすっごい失礼なこと考えてない?」
ジロッとリルゼさんに睨まれると、これはデンジャー。
命の危機を感じるほどです。
誤魔化すように乾いた笑いを零しながら、僕とミントさんは砦内に引っ込むことにしたのでした。
……。
「お疲れ様でした」
内部に戻ると、すぐさまラシアさんが労いと共に食事を用意して下さいます。
ある意味で、いつも僕達を支えてくれているラシアさん。
有能なメイドさんに感謝しつつ、僕はほかほかスープにスプーンを伸ばすのです。
この部屋は国境を越えようとした人とお話する為の部屋。
それも高貴な方専用の部屋だそうです。
普通の人は石壁が剥き出しの尋問室みたいな部屋なのに比べ、白塗りの壁に豪華な絨毯。
調度品にも気を使っているのが分かりました。
他にも兵士さん達が一堂に集まって食事をとる部屋なんかもありますが、あまり広い部屋だと寂しいですから。
十五坪程度のこのくらいの部屋が、僕達には丁度良かったのです。
ちなみに体を休める為にベッドを使いますが、使うベッドは僕が折紙で新たに作ったものです。
元々用意されているものもあったのですが、試しにリルゼさんが寝ようとしたところ「汗臭っ!!」と飛び起きてしまったので。
国境を守る為兵士さん達の血と汗と色々が染み込んだ宿舎は、残念ながら封印される運びとなったのでした。
「私達の手にかかれば魔物なんて楽勝だな」
カチャカチャとスプーンを鳴らしながら、ミントさんが上目使いで見てきました。
口元が緩んでいるので、ラシアさんの料理に満足しているのでしょう。
あまり上品ではないけれど、とても美味しそうに食べる褐色エルフさんなのです。
「そうですね。結界のおかげで危険はないですし、なんといっても皆さん強いですから」
「まったくだ。シフォンまで強くなってるとは驚いたが」
最後には皿を手に持ち、ズズッとスープを飲み干したミントさん。
ラシアさんが口周りをそっと拭い取ろうとしましたが、その布巾を奪い取って自分で拭いています。何故かガッカリするラシアさんを横目に、ミントさんはふぅっと息を吐き出したのでした。
「しかしいつまで続けるつもりだ? 結界があるから放っておいてもいいんじゃないのか?」
「この結界がいつまで保つのか、ちょっと僕にも分からないんですよ。万が一を考えたら、出来るだけ魔物の数は減らしておきたいです」
「だが日が暮れても全然勢いが落ちないぞ。どれだけの魔物が集まってきてるのやら……」
確かにミントさんの言う通り、魔物の数は減るどころか増えてすらいるのです。
しかも段々凶悪に。ゴドルド大陸級の魔物も、ちらほら現れ始めていました。
「早く魔王を倒しに行きたいところですけど、当分動けそうにありませんね」
「釘付けか。魔物共が何を考えてるのか知らんが、まったく迷惑な話だ」
……釘付け。
その言葉に、僕は引っかかりを覚えます。
広い国境なのに、あえて砦だけを狙ってくる魔物達。
仮に魔物達が砦を無視して、無理やり国境を越えようとしていたらどうなっていたでしょう?
二千人の兵士さんでも到底足りず、防衛線を下げざるを得ません。
ここからポードランのお城へ行くには途中大きな川を渡らなければならないので、次の防衛線はそこになるでしょう。
橋を落としてしまえばこの砦よりも守りやすく、三百くらいの兵士さんでも足りるのですから。
もちろん、途中にあった村々の犠牲に目を瞑れば……ということになりますけど。
あれ……?
逆に言えば、より多くの兵士さんを釘付けにするにはここが最適なわけで……。
それってつまり、釘付けにすること事態が目的なわけで……。
「連携している?」
北方国の侵略と魔物の動き。
それが連携したものだとしたら?
嫌な予感を覚えた直後、テーブルの上にあるカップが鳴りだしました。
空のカップですけど、これは糸電話スキルを発動させたもの。
繋がっているカップは、ポードランのお城に置いてきてあります。
つまりそれが鳴るということは、お城からの連絡でしょう。
「はい。こちら国境警備中のディータです」
空のカップを手に持ち、底に向かって話しかけると、すぐに向こうからも声が聞こえました。
「本当に話せるのね……。ま、まぁいいわ。ディータ? そっちはどう?」
王様か宰相さんだと思っていたのですが、聞こえた声は女性のもの。
どうやら姉が実家から戻って来たみたいですね。
「なんとか結界を張って魔物は止められてますが、どんどん数が増えてるみたいです。出来るだけ減らすつもりですが」
「そう……。なら離れられそうにないわね」
「何かあったんですか?」
姉の苦悩するような声に、嫌な感じがしました。
やや沈黙が続いた後、それは現実のものとなったのです。
「私は北へ向かうわ」
「戦争に加わるんですかっ!?」
「可能なら回避したいけれど……勢いが凄まじいらしいのよ」
やはり。
魔物の勢いと北方国の勢いが同調した動きを見せるということは、連携した動きなのでしょう。
となると、これも魔神派の策略。
それを裏付けるように、姉は続けて言ったのです。
「北方軍を率いてるのはディアトリよ。私が行かなければならないわ」