133話 僕は大結界を張り巡らせる
見える範囲の魔物を討伐し終え、僕とリルゼさんが砦に戻って来ると、兵士さん達が大歓声で出迎えてくれました。
しかし僕達だけに任せて全ての兵を引き払うという提案に、守備隊長さんはなかなか首を縦に振ってくれません。
魔物達の勢いは日々増すばかりという懸念もあるし、なにより王女であるナティが残るのに、自分達が持ち場を離れるということに抵抗があるようです。
「いざという時に備え、せめて王女の護衛に三百は残させて頂けませぬか?」
「その忠義はとても嬉しく思いますが、守るべきは私より国。どうぞ私のことは気にせず、北方よりの侵略者に全力をもって当たってください」
隊長さんだけでなく他の兵士さん達にも語って聞かせるように、ナティは兵士さん達を見渡します。その姿は、国を守る為に最前線で戦う王女様。感動のあまり、涙まで流している人も見受けられました。
いつも側にいる僕は気付きませんでしたが、ナティには求心力のようなものがあるのかも。
立派な姿に、惚れ惚れとしてしまう僕なのです。
「それでももし私を憂いてくれるというのであれば、一刻も早く国を救い、また戻って来てください。私はここで待っていますから」
その言葉が決め手になったのか、兵士さん達の瞳に覚悟が宿ります。
燃えるような目で立ち上がり、深々とナティに腰を折りました。
「ナティルリア王女のお覚悟、このリーブンの胸にしかと届きましてございますっ! 必ずや敵国を追い払ってみせましょうぞっ!」
守備隊長さんの声に「おうっ!」と兵士さん達からも声が上がり、盛り上がりは最高潮。
最後に僕の肩を掴んで「絶対に王女を御守りしろ。頼むぞ」と言い残し、守備隊長のリーブンさんは兵士さん達を引き連れて砦から撤収したのでした。
本来であれば撤収作業だけでも数日要するほどの規模ですが、ナティの発破がよほど利いたのか、取るものも取り合わずといった体で走って行く兵士達。
その背中を見送りながら、ナティが王女から友人に戻っていました。
「上手く出来たかしら」
彼女の肩は、少し震えているようでした。
王女として正しい振る舞いができたのか。それと同時に、兵士さん達を死地へと送りだしたことへの責任も感じているのかもしれません。
僕は王族ではないですし、たくさんの人の命を預かるなんて立場でもないです。
けど少しでもナティの負担を背負ってあげられれば。
そんな風に思うのでした。
「大丈夫ですよナティ。あの兵士さん達はきっとポードランを守って、無事にまた戻って来てくれます。だから僕達は僕達の出来ることをしましょう」
「ディータ……。そうね、しっかりしなきゃっ!」
そうして国境の外に目を向ければ、またも砂漠の向こうから魔物の群れ。
今度はドスシープでしょうか?
鋭い角を持った羊の魔物で、全身を硬い毛で覆っています。
砂埃を巻き上げてやってくるドスシープの数は、見える範囲で三十以上。
なかなかの大群でした。
「しかしどうするつもりだディータ。お前と勇者の力は十分過ぎるほど分かったが、広い国境線を全て守りきるのは厳しいぞ?」
そうなのです。
この砦を中心として、南北に伸びる国境線は十二キロにも及びます。
だから兵士さん達はあれほどの人数で守っていたわけで、本当ならこれを僕達だけでカバーしきるのは不可能なのです。
けれど宰相さんからも守備隊長さんからも、魔物はこの砦を狙っていると聞いていました。
実際に、粗末な木柵を乗り越えようとする魔物はいなかったため、兵士さん達はこの砦に全戦力を集中させていたわけなのです。
もちろん今後もそうだとは限らないので、こちらにも策はありますけれど。
「ドスシープの群れを討伐し終えたら、僕は一度ここを離れます。その間、皆さんにお任せしても大丈夫ですか?」
守備隊長さんに聞いたところによれば、魔物が襲ってくる間隔は大体三十分から一時間置き。
ひっきりなしという程じゃなくとも、十分な時間があるわけでもありません。
しかしリルゼさんが、勇者スマイルで親指を立てていました。
「任せておいて! 皆もいるから大丈夫だよ!」
「……ん。ばっちこい」
力強く頷く皆さんに頷きで返し、まずはドスシープに向き直ります。
だるまさんを転ばせても良いのですが、砂埃のせいで見通しが悪いですから。
ここは即時殲滅を試みましょうか。
砦から出撃した僕は、狙いを定めて足を振りかぶります。
「シュートっ!」
足先から放たれた靴は、神をも殺す一撃。
凄まじい衝撃で大地を削りながら、ドスシープの群れへと飛んでいきました。
それは先頭の魔物の体を穿った程度では止まらず、次から次へと後続を吹き飛ばしていくのです。
「これ神代魔法なんだっけ? すっごい威力だね」
隣に立つリルゼさんが感心していますが、靴飛ばしは直線的な攻撃。
ドスシープの群れを引き裂くことには成功しましたが、まだまだ魔物は多いのです。
なのですかさず第二射。
「シュートっ!」
左足から放たれた二足目が、群れの左端を直撃。
数匹まとめて吹き飛ぶのが見えました。
けれどまだ二十匹くらい残っているでしょうか?
いつもであればここで打ち止めなのですけれど
「シュートっ!」
掟破りの三射目です。
さすがにこれは予想していなかったのか、ミントさんから驚愕の声が聞こえます。
「お、おいっ!? どこにもう一足履いてたんだ!? まさか真ん中の足なのかっ!? それを脱いだということは、いよいよ戦闘態勢ということだなっ! よし来いっ!!」
真ん中に足なんかあるわけないじゃないですか。
何を言っているんですかこの褐色エルフさん。
淫気から解放されたというのに、お変わりない姿で逆に安心でしょうか。
「さらにシュートっ!」
続けて僕は四射、五射と靴を放っていきます。
唖然としていたナティも、ようやく僕が何をしているのか気付いたご様子。
「折紙っ!? 折紙で靴を作っているのねっ!」
「正解です。あと一折の状態にしてある靴が二百足分。まだまだ討てますよ」
なにせ神を倒すには靴飛ばしが必須と知りましたからね。備えておくのは当然でしょう。
ただし靴は折り方が複雑なため、こうして準備しておく必要がありますけど。
と前を見ると、どうやらドスシープの群れはいつの間にか壊滅していたみたいですね。
最後の一匹が傷だらけになりながらヨロヨロと歩き、やがて倒れて動かなくなるところでした。
それを見届けた僕は、すかさずスケートボードを準備。
「ではちょっと行って来るので、後をお願いします」
靴飛ばしの威力にドン引きしてる皆さんに背を向け、国境沿いを猛スピードで駆けるのです。
ただし片足の爪先で地面を削りながらの移動なので、ズガガガっと物凄い振動。
身体強化も掛けてありますけど、それでもちょっと痛いほどでした。
大地を削りながらの移動は、ほんの数分で国境線の最北端へ。
ふと振り返れば、もう先ほどまで居た砦は目を凝らしても見えません。
ここから先は険しい岩山になっており、魔物といえど侵入は出来ないでしょう。
砦から引いてきた地面の線を途切れさせないよう、僕は国境線の外から内側へ。
そして同じように、またスケートボードに乗って南下します。
「ディータああぁぁぁ――」
砦の付近に差し掛かると、僕の姿を見止めたミントさんが僕の名を呼んだようですが、すぐにドップラー効果を伴って聞こえなくなりました。
申し訳ありませんが、まだ完成じゃないですから。
そのまま止まることなく、僕は国境線の最南端に向かうのです。
こちらは海に面しているため、最南端の少し手前で停止。
砂浜まで行ってしまうと、せっかく地面に描いた線が消えかねませんから。
設置してある木の柵をどかせて、国境線の内側から外へと出ます。
もちろん地面の線はそのまま繋げるように。
そうして国境沿いを砦まで戻ると、ようやく線が繋がりました。
国境をぐるりと囲む、長大な結界の完成なのです。
「ゴドルド大陸で使っていた結界ねっ! 確かにこれなら魔物は国境を越えられないわっ!」
すぐさま白く発光し始めた結界に、ナティが興奮気味。
リルゼさんは感心していいやら呆れていいやらと、難しいお顔でしょうか。
まぁこれほどの結界は前例がないでしょうから無理もありません。
「これ結界なのか。なるほど。ガレジドスでリュメルスが使っていた魔法にそっくりだ」
「え? 殿下が?」
「あぁ。あの神を部屋に閉じ込める時にな」
となると、この遊び人スキルも神代魔法なのでしょうか?
糸電話もスキルとして発動しましたし、リュメルス殿下の仮説は正しいのかもしれません。
「これでしばらくは安全だね。中に入って休憩しようよ」
ぐーっと背を伸ばしながらリルゼさん。どうやらお腹もぐーっと鳴っているようでした。
というのも、いつの間にやら砦の中から甘い匂いが漂っているのです。
きっとラシアさんが、僕達のためにお菓子を焼いてくれているのでしょう。
「そうしましょうか」
ゴツンと魔物が結界にぶつかって跳ね返されるのを見た僕は、これなら大丈夫そうだと揃って砦の中へ戻ることにしました。
これが神代結界であるなら、そう容易く破られる心配もなさそうですし。
けれど僕の懸念は他にあります。
南北に長い国境線。この砦以外は、ただ木の柵が置いてあるだけでした。
宰相さんから聞いた話でも、守備隊長さんから聞いた話でも、魔物はこの砦だけに襲いかかってきているとのこと。
こちらとしては守り易いので有難い話ですが……腑に落ちない状況に、一抹の不安を覚える僕なのでした。