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132話 僕達の国境防衛戦

 ポードランを出発して東へ行くと、いくつかの村を越えた先に国境線があります。

 といってもそこを超えたら他国というわけではなく、その先は広大な砂漠地帯。

 お隣の国へは、一週間かけて砂漠を越えなければ辿り着けないのです。

 なのでこの砂漠は、いわゆる緩衝地帯というやつですね。

 海路もあるので、商人さんであってもわざわざ通る人はいません。


 しかし隣国が攻めて来ないとも限らないので、一応の砦らしきものがあります。

 丁度草原と砂漠の境目に沿って立てられた木の柵。

 その真ん中あたりに、両側に大きな尖塔のついた頑丈そうな門が見えてきました。


「あれが宰相さんの言ってた防衛地点ですね」


 出発に際して、もちろん僕達は王様に報告してあります。

 これから東へ行って魔物達を打ち払うので、東にいる兵士さん達を呼び戻して下さいと。

 すぐさま魔王討伐へ出立すると思っていた王様は一瞬キョトンとしましたが、言っている意味を理解すると僕の手を掴んでブンブン。

 けれど魔物は多いらしいから、決して無理はしないで欲しいと、そう言われたのでした。


「止まれっ!」


 馬車に乗った僕達が接近すると、数名の兵士さん達が慌てて天幕から出て来ました。

 ただ寝泊りするためだけの粗末なテント。これが国境線のこちら側にたくさん設置されているのです。

 数はざっと五十くらいでしょうか?

 砦自体にも兵士さんが寝泊り出来る場所があるそうですが、全員を収容するのは不可能なのです。なぜならここを守っている兵士さんの総数は約千名。

 近くの村には交代要員も控えているから、全部で二千人くらいが詰めているのだと宰相さんが言っていました。

 普段は砦に入れる人数だけでも十分なので、いかに魔物の攻めが苛烈か分かるというものでしょう。


「ここから先は魔物が多く危険だ。許可なく進むことは出来ん」


 威嚇というほどではありませんが、強い言葉で有無を言わせない兵士さん達。

 しかし馬車からナティが現れると、驚愕と同時に膝をつきました。


「こ、これはナティルリア王女様っ! このようなところにどうなされたのですかっ!?」


「お勤めご苦労様です。今日もポードランの国民が健やかに暮らすことが出来ているのは、皆さんの献身あればこそです」


「もったいなきお言葉っ!」


「ですが今、皆さんも知っての通り、我が国は存亡の危機に瀕しています。私はなんとか国を守る為、こうして足を運んだ次第です。守備隊長のリーブンはおりますか?」


「ただいま呼んで参りますっ!」


 傅いていた兵士さんの一人が立ち上がり、全速力で砦へと走っていきました。

 それを見守るナティは……なんか威厳があります。

 いつもの活発な女の子というなりを潜め、お淑やかで気品ある王女の姿をしているのです。

 あまりの変容ぶりに思わず口を開けて見つめていると


「な、なに? 変だったかしら?」


 ちょっと顔を赤らめて、落ち着かないようにナティが顔を背けてしまいました。


「いや、ビックリしたというか。やっぱりナティは王女様なんだなぁって」


「似合わないって言いたいのよね。私も自覚してるわ……」


「そんなことないです。凄く……綺麗だなって」


 するとナティの肩がピクンと跳ね、いよいよ完全に僕に背を向けてしまったのです。

 しかも何故かラシアさんにしがみ付き、ポンポン胸を叩いているご様子。

 失言だったでしょうか?

 少し反省する僕の横に、今度はミントさんが近寄ってきました。


「私はエルフ族の族長の娘だぞ」


 知ってます。


 謎の自己紹介を聞き流しながら砦の方を見ると、大きな男性が馬に乗って駆けてきました。

 四十歳くらいの兵士さんで、顔にはいくつもの古傷。

 鼻髭に威厳のようなものを感じますが、やはり下馬すると同時に膝をついたのです。


「お待たせして申し訳ありません。私が国境の守備隊長を任されているリーブンでございます」


 頭を垂れているにも関わらず、全身から漲る力強さには(へりくだ)るような気配が皆無。

 堂々たる騎士といった風体の方でした。


「急に呼びたてて申し訳ないのはこちらです。顔を上げて下さい」


「はっ」


 傅く隊長さんに微笑みかけ、ナティは労いの言葉とともに訪問の目的を語ります。


「現在ポードランの北方から、敵国が侵攻してきています。すでにその手はゴーシャ砦まで及んでおり、予断を許しません」


 隊長さんの顔に、はっきりと焦りが見えました。

 そこまで攻め入られているという情報は伝わっていなかったのでしょう。


「皆さんはここで魔物を食い止めるという大変な任務に就いており、心身ともに疲弊しているとは思いますが、どうか国を守る為北方の防衛部隊と合流してはもらえませんか?」


「ですがナティルリア王女。こちらも魔物の勢いは増すばかりで、とても離れられるような状況ではございませぬ。例え我等が北方部隊に加わり北からの侵攻を食い止めたとしても、魔物共の侵攻を許してしまっては取り返しが……」


 当然の反論を受けてもナティは態度を崩さず、それどころかニコリと笑って言ったのです。


「その為に私が来ました」


「は?」


「魔物はここにいるディータ。それから勇者リルゼと共に、私達が食い止めます」


「ディータ殿というのは、もしや英雄ダグラスを決闘で破ったあの?」


「そうです」


「では勇者リルゼ殿というのは……?」


 リーブン隊長の視線が僕達の間を彷徨いますが、誰がリルゼさんなのか分からないようですね。

 まぁこれといった装備もなく、武道家ゆえに帯剣すらしていない道具屋の娘さんですから、分からないのも無理はないことです。


「えっと……私です」


 仕方なく、と言った感じでリルゼさんが一歩前へ進みますが、それを見て隊長さんの視線が温度を下げました。


「ナティルリア王女のご冗談でありましたか。日々魔物と戦いに明け暮れる我等を慰問頂いたのは大変恐縮でございますが――」


「冗談ではありません。ここのリルゼは見た目普通の女の子ですが、その力は神をも殺しうるもの。ポードラン王女として断言します」


「ではナティルリア王女は、この子供達にポードランの命運を預けろと、そう仰るので?」


 敵意と呼べるほどのものではありませんが、明らかにリーブン隊長が苛立ったようです。

 彼等にはポードランを守っているという自負があるので、当然と言えば当然。


「そうですね。信じられないのも仕方ありません。ディータ。リルゼ。少し前線に出てもらえるかしら?」


 チラッと砦の向こうに目を走らせれば、散発的に魔物が現れ、それを兵士さん達が迎撃しているようでした。

 それを僕達が軽くあしらって見せれば、隊長さんも納得してくれると、そういうことでしょう。


「分かりました。リルゼさん、行きましょう」


「うん」


 何気ない調子で僕とリルゼさんが歩き出すと、後ろから隊長さんが慌てた声で引き止めてようとしてきます。

 異様な気配を感じたのか、周りの兵士さん達もざわざわと落ち着かない様子。

 しかし気にする事無く、僕達は国境の外へと出たのです。


 目の前には広大な砂漠。

 時折生暖かい風が吹き、僕達のもとまで砂を運んできていました。


「いるね」


 目を細めるようにしていたリルゼさんが、砂丘の向こうに何かの気配を感じ取り、僅かに腰を落とします。

 いつもはどこか頼りない感じの彼女ですが、戦闘態勢に入ったリルゼさんは獰猛な獅子を思わせる迫力。

 けれどその肩を引き止め、僕は前に出ました。


「ディータ君?」


「後ろの兵士さん達が安心してここを離れられるように、圧倒的な力を見せる必要があります。先手は僕に任せてもらえませんか?」


「そういうことか。うん、分かった。――来たよ」


 リルゼさんの返事と同時、突如砂漠に何本もの砂柱が立ち昇りました。


「サンドスコーピオンっ! しかも数が多いぞっ!」


 それを砦の歩廊から見ていた兵士さんが、悲壮感溢れる声で仲間達に伝えます。


 サンドスコーピオン。

 主に砂漠地帯に棲息する、猛毒を持った蠍ですね。

 体長は大きな固体になると三メートル近くまで成長しますが、普段は砂に潜っているので見かけることはありません。

 そして見かけたが最後。巨大な鋏に捕らわれるか、鋭い尾を刺されて毒を抽入されてしまうのです。

 反撃しようにもその表皮は石より硬い甲殻で覆われており、並みの攻撃では跳ね返されるばかり。

 砂漠の暗殺者と恐れられる、凶悪な魔物なのです。


 それが今、見える範囲内に二十匹くらいでしょうか?

 カシャカシャと鋏を鳴らして威嚇しながら、猛烈な勢いでこちらに突っ込んできていました。


「ナティルリア王女っ! 意地を張らずに彼の者達を砦の中へっ! 殺されてしまいますぞっ!」


「大丈夫です。そうよねディータ」


 いつのまにか砦の歩廊にあがって様子を見ていたナティ。

 王女の威厳を見せ付けるように、あえて「大丈夫」だと断言したナティですが、その瞳は僕達を心配するように揺らめいていました。

 なので僕は彼女の心配を払拭するため、力強く頷くのです。

 そしてすぐさま詠唱開始。


「だ~るまさんが~……転んだっ!」

「いぇいっ!」


 あ、変な合いの手入れないでくれます?

 遊んでるわけじゃないので。


 と注意する間もなく駆け出し、リルゼさんが動けなくなったサンドスコーピオン達に襲い掛かります。


「どっせぇぇいっ!」


 石よりも硬いという甲殻を軽々打ち抜き、ズドンと突き刺さるリルゼさんの拳。

 後ろの兵士さん達からは、歓声どころか恐れ戦く声が聞こえていますが


「もういっちょっ!」


 リルゼさんはお構いなしに、次から次へとサンドスコーピオンを屠っていくのです。


「これで納得してもらえた?」


 もはや一方的な虐殺を前に、守備隊長さんは頷くしかありませんでした。


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