131話 僕はポードランを守りたい
魂戻しの石。
真珠のような光沢を放つそれは、血よりも尚真っ赤な石でした。
リルゼさんは初めて見るそれに道具屋本能が刺激されたのか、瞳を輝かせながら観察しています。
確かに珍しい物ですけど、でも僕には見覚えがありました。
なんのことはありません。
以前にナティが首から下げていたものなのです。
「これが王家の秘宝かぁ~。綺麗……っていうより、なんか禍々しい気がする」
「リルゼに同感だわ。お父様が肌身離さず、けれど人の目に触れぬように持ち歩けなんて言っていたから嫌々持ち歩いていたけれど。あまり好きじゃないから部屋にしまってあったのよね」
事も無げに言うナティですが、ゴドルド大陸みたいな場所に行く時こそ、王様は持っていて欲しかったんじゃないでしょうか?
親の心子知らずの極みですけど、まぁみんな無事だったので良しとしましょう。
なおも室内の光に当てたり確度を変えたりしながら、リルゼさんは繁々と石を見つめていましたが、僕が手を差し出すとその上にちょんと乗せてくれました。
「ディータ君宝石の鑑定なんてことも出来るんだね。何を目指してるの?」
興味深そうに聞かれても困ります。
別に欲しくて得た能力じゃないですから。
曖昧に笑いながら僕は石を摘まみ上げ。
――ペロ
「えぇっ!? 舐めるって本当に舐めるのっ!?」
何かの比喩だと思ってましたか?
残念。ただのペロペロです。
思わぬ鑑定方法にちょっと引き気味なリルゼさんを無視し、僕は頭に浮かんだ文字に集中。
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名前:シャトーリアス
性別:女
職業:赤龍の涙
種族:赤龍の涙に神代魔法『魂戻し』を付与して出来た石。
所有者:ナティルリア
魔力値:3,076,552
説明:死の直後に使用することで、一度だけ蘇生することが出来る。舐めると激辛。
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「どうなのディータ?」
「すっごい辛いです」
なんのトラップですかコレ。
僕をピンポイントで狙うのは止めて欲しいのですが?
しかし秘められた力は伝承通りのもので、その事には安堵です。
「間違いありません。これでリルゼさんは死ななくて済みます」
「良かった~……。大見得切っちゃったから、これが使い物にならなかったらどうやって逃げようかずっと考えてたよ~……」
「リルゼって面白い冗談も言えるのねっ!」
とりあえず一番の問題が解決され、弛緩した空気が客間の中に広がります。
ラシアさんもニコニコと笑顔で、そっと僕の手から魂戻しの石を取りました。
「では洗って参りますね」
「ま、待てっ! お前が失くすといけないから私も着いて行くっ!」
しっかり者のラシアさんなので大丈夫だと思いますが、念には念をとミントさんが一緒に部屋を出て行きました。
あれにはリルゼさんの命が掛かっているので心配なのでしょう。
一方でホッとしたのか、ナティはソファに深々と腰を下ろし、僕を見上げてきました。
「そしたらお義姉さんが来るのを待って、またゴドルド大陸へ行くのね」
魔王を倒すならば、当然そうなります。
けれど一つ懸念がありました。
北方国から攻め込まれ、同時に魔物の襲撃に備えなければならないポードラン王国。
果たして魔王討伐まで持ちこたえられるのでしょうか?
世界を救うという大局からみれば、たかだか国の一つくらい無視してもいいように思うかもしれません。
けれどここはナティの国ですし、救えるものは救いたいじゃないですか。
「その前に一つ提案があります」
戻って来たラシアさんとミントさん。
それからナティ、シフォン、リルゼさんの顔を見渡し、僕は思いついたことをお話するのです。
「先にポードランを救いませんか?」
洗ってきたと思われる魂戻しの石を僕に手渡しながら、ミントさんが首を傾げました。
「そのために魔王を倒しに行くんだろ?」
「間に合うとは思えません」
「つまり、お前は戦争に加担しようって言うのか?」
ミントさんはそう訊ねましたが、その瞳からはありありと反対を示す意志が垣間見えます。
戦争に加わる。それは人を殺すことと同義。
もちろんポードランの人を守ることとも同義ですし、実際に前線で戦っている兵士さん達はそうしている筈。
けれどまだこの国で成人扱いされない僕。なにより兵士ではありませんから。
そんな僕が参戦するなど認められないと、ミントさんは思っているのでしょう。
「大丈夫です。僕もそんな大それたことを考えているわけじゃないですから」
というか覚悟ができません。
神様を殺してしまった僕ですが、やはり同じ人間を殺すなんて覚悟はそうそう持つことは出来ないのでした。
大切な人達を守る為に、どうしてもやらなければならないなら……その限りではありませんが。
「ならどうするの?」
「東から攻めてきている魔物をなんとかします。それなら僕にも出来そうかなと」
そうすれば、東に出張っている兵士さん達を北方の防備に戻すことが可能。
そう考えたのですが。
「それはそれで大それたことを言っているぞ?」
ミントさんはやや呆れ顔でしょうか?
でも先ほどと違って今度は笑みを浮かべています。
「当然私も連れて行くんだろうな?」
「私もよね? 私は王女だもの。その義務があるわ」
「勇者として悪い魔物はぶん殴らなきゃっ!」
「……んっ!」
相手が魔物と知り、どうやら皆さん賛成のご様子。
シフォンまで参戦の意志を示してますが、彼女も今や立派な戦力ですから。
「ゴドルド大陸の続きみたいねっ! 今度こそ良い所を見せるわよっ!」
「私も助けられてばかりじゃないって所を見せなきゃならんっ! エルフの弓捌き、とくと見ておけっ!」
修羅場を潜り抜けた頼もしい仲間達は、とても心強いです。
ならば早い方が良いだろうと、明日の朝すぐに東の国境線へ向かうことが決まりました。
姉は恐らく間に合わないと思いますが、お城の人に言伝を頼んでおくことにしましょう。
……いや、もっと良い方法があるかもしれません。
魔物との戦いに胸を躍らせる皆さんを頼もしく思いながら、僕は記憶を呼び覚まします。
それはガレジドスを去る際、リュメルス殿下に見せてもらった一冊の本の内容。
『ここには判明しているあらゆる神代魔法が記されているっ! 記したのは我だがなっ!』
僕の遊び人スキルが神代魔法であるなら、神代魔法の効果から逆算して遊びを当てはめることも出来るのでは?
そう考えているのです。
今欲しいスキルは、遠く離れた人と会話ができる神代魔法。
これはガレジドスですでに復元されているそうですが、一種のテレパシーのようなもの。
受け取り手も受け取る準備が出来ていないと、難しいそうです。
送り側と受け取る側がいて、会話が出来るもの。
異界でそういう機械がありましたね。
そしてそれに準ずる遊びも。
「ラシアさん。すいませんが糸をお持ちじゃありませんか?」
戦闘の陣形についてワイワイ議論していた皆さんを微笑ましく見守っていたラシアさんは、僕の質問に戸惑い顔。
けれどメイドの必需品ですからと、すぐに糸を渡してくれました。
「また何かおかしな事を始めたな。糸なんてどうするんだ?」
「ちょっとした遊びですよ」
「ディータ君の遊びはちょっとしたものでも大変なことになりそうで怖いよね……」
リルゼさんが少し僕から離れるような位置に逃げましたが、そう危険なものではないと思いますよ?
紅茶を飲み干した僕のカップとミントさんのカップをお借りして、その底を糸で結びます。
本来は紙で出来たコップを使わないと駄目かもしれませんが、スキルを発動させる為ならこれで問題ない筈。
片方のカップを手に持った僕は、使い方を説明してから一度部屋を出て扉を閉めます。
もう片方を持つのはナティ。
彼女は興味津々といった様子で、瞳を輝かせながらカップを耳に当てていました。
「聞こえますかナティ」
お城の扉はかなり防音性が高いですから、扉を閉めてしまえば、この程度の声は普通届きません。
「聞こえるわっ!」
成功――なのですが、これではまだ不十分です。
糸は扉に挟まれていてもちゃんと声を届けてくれましたけど、糸が届く距離じゃなければ駄目なんて、不便すぎて使い物になりませんから。
僕はそっとカップの底から糸を取り外し、もう一度呼びかけます。
「これでも聞こえますか?」
「ええっ! ディータの声ならどこにいても聞こえるからっ!」
えっと……成功でいいんですよね?