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129話 ヘーゼルカの帰郷

 ****  ヘーゼルカ視点  ****


 ポードランに上陸した私は一行から離れ、実家へ戻って来ていた。

 もちろん村に帰ってこれから安穏と暮らす為……というわけじゃない。

 むしろその逆。

 今生の別れになるかもしれないから、最後に母の顔を見ておこうと思ったのだ。


 ディータには「魔王は大したことなかった」と強がったけれど、実際それほど簡単な相手ではない。

 見たことのない魔道具を使い、世界を恨んでいるような面立ち。とてつもなく不気味な存在だったことを思い出す。

 もちろん神を倒したというディータや、組み手をした感じでは私を超えているかもしれないリルゼがいるのだから、戦力的には以前よりも上。

 決して倒せない相手ではないだろう。


 けれど前回と違い、今回は魔王も本気で待ち構えている筈。

 なにせディアトリと違って、本物の勇者が行くのだから。

 どれだけの魔物達が行く手を塞ぐのか。どれだけ卑劣な罠を仕掛けて待っているのか。

 それを考えれば、まさか命を賭けない訳にはいかないだろう。

 リルゼは死なないらしいけれど、だからといって命を捨てろと言った私の非情さが許されるなんておこがましいと思うから。


 魔王は絶対に倒す。

 そして例え私の命を使うことになっても、他の皆は生きて帰す。

 それが私の義務であり責任だ。


 馬に跨って半日。

 ポードランの城下町から西にある山間の小さな集落は、旅立った日となんら変わらずそこにあった。

 小さいけれど澄み切った綺麗な川。山から吹き降ろす暖かな風。遠く聞こえる小鳥の囀り。

 緑色の匂いが鼻を掠めれば、幼い日々の思い出が蘇ってくる。


 郷愁。

 張り詰めていたものが緩み、少しだけ目元が湿った気がした。


「ただいま母さん」


 集落の中ほどにある小さな木造の家。

 三人で暮らしていた時には本当に小さく感じたものだけれど、一人で私達を待っている母にとって、寂しく思えるほど大きかったのかもしれない。

 家の中にはまるでそれを紛らわせるように、至るところに花や置物が飾り付けてあった。


 人気はないが台所からは良い香りが漂ってきているから、料理を作りながら他の用事をこなしているのだろう。

 声を掛けてみたものの母の姿は見えず、仕方なく私は居間の椅子に腰を下ろした。

 木製の椅子がギシリと鳴ったのは、私が太った……わけじゃない筈。古くなっているんだわ。

 時間があれば直してあげられたのに、そこまでゆっくりする時間がないのは残念で仕方ない。


 しばらく懐かしい室内に目を奪われ、美味しそうな香りに昔を思い出していると、不意に扉が開かれた。


「ヘーゼルカ……? ヘーゼルカなのっ!?」


 入ってきたのは三十代後半に差し掛かった女性。

 まだ二十代で通用しそうなほど若々しい肌と髪の艶はそのままだけど、驚いた声には少し疲れが見え隠れ。

 だけどやっぱり、昔と変わらない母の姿だった。


「うん。ただいま」


 手にした買い物籠を取り落とし、幽鬼のようにふらふらと近寄ってきた母が、ガバリと抱き締めてくる。

 まるで存在を確かめるみたいに痛いほど強く。けれど愛情たっぷりに。


「無事で――っ! 無事だったのねっ!」


「なんとかね。って痛いわ母さん。少し落ち着いて?」


「うるさいっ! まったく心配ばっかりかけてこの子達はっ! ……ディータは? あの子はどこ?」


 ハッと我に返り辺りを見回してから、母が泣きそうな顔で私を見た。

 迷子になった子供のような顔を安心させてあげようと、柔らかく伝えてあげる。


「大丈夫よ。ディータは今お城に行ってるわ」


「お城っ!? な、何故っ!? 何をしたのっ!? 死刑なのっ!?」


 あぁ。そういえば母、神経質なほどお城というものを恐れていたわね。

 なんでもトラウマがあるそうなのだけど、詳しく聞いたことはない。

 オロオロとうろたえてしまった母がなんだか可愛く見え、私はその肩に優しく手を乗せる。


「大丈夫だから。何も心配はいらないわ。ご飯でも食べながらゆっくり話しましょ?」


 ずっとお腹と胸を刺激していた懐かしい香りに、空腹の限界だった私は、笑顔でそう伝えたのだった。



 ……。



 久しぶりに母と向かい合って食事を取ると、少し子供に戻ったように錯覚する。

 だから旅の話を語って聞かせていた私は、いつしか身振り手振りを沿えて、まるで母に自慢するような口調になっていた。

 けれど話がディータの事に及ぶと、その調子も一変。

 ニコニコと聞いてくれていた母もそれに気付き、困惑したように顔を傾けた。


「どうしたの?」


 正直な話、困惑しているのは私の方なのだ。

 というか整理がついていない。

 ポードランに戻る船中で、ディータには旅の経緯を聞かせてもらっていた。

 姉の私に対して誇張した部分はあるだろうけど、周りにいた人達の反応から、そう外れた事を言っていたわけでもないらしい。

 となると全て真実なのだろうか。

 あまりにも私の知るディータとかけ離れすぎているのだ。


 ともあれ、最初に母に確認することは決まっている。


「ねぇ母さん。……浮気したの?」


「ゴ、ゴホッ!! な、何を言い出すのよ突然っ!」


「亡くなった父さん以外との子供がいたりしない?」


「するわけないでしょっ! アンタ母親に向かってなんてことをっ!」


「――妹が出来てたのよ」


 は? と母にも困惑顔が伝染した。

 うん、良かった。そうだと思っていたけど、父さんが裏切られたわけじゃなくて。


「ディ、ディータに妹……?」


 あら? あれ? と、今度は指折り何かを数える母の姿に、なんとなく嫌なものを感じる。


「ち、違うわよ? 父さんと会う前の話なんだから。それに私がお腹を痛めたのはヘーゼルカ。あんただけよ。それは間違いない」


「じゃああの娘は何者なのかしら?」


 周りの人達には妹として認知されていて、肝心のディータも妹として面倒を見ていたシフォン。

 確かにどことなくディータに似てはいたので、知らない者から見れば兄妹に見えるだろうけれど……彼女はいったい――


「それで結局ディータはどうしたのよ。どうしてお城なんかに……」


 シフォンの出自について悩む私と違って、母は話題を変えたいらしい。

 深く突っ込むと美しい思い出に汚点が付きそうなので、彼女のことについては私も保留とすることにした。


「ディータはナティルリア王女様に付き添って、王家の秘宝とやらを取りに向かったわ」


「お、王女様っ!? なんでそんな高貴な方と一緒にっ!?」


 当然の疑問だし、私もよく分かっていない。

 というか我が義弟は、本当に様子がおかしいのだ。

 謎の妹が増え、ダークエルフとポードランの王女に付き添われ、さらにメイドに傅かれているのだから。

 そればかりかミリアシス大聖国では聖女様と親しげに言葉を交わし、ディータランドなる巨大施設の支配人とも懇意。

 というか、あの施設を作ったのがディータだなんて話まである。


 私と離れてから、まだ一年も経っていない。

 いったいどこをどういう経緯を辿ると、あんな訳の分からない状況になるのだろう。


「分からない。分からないけど……うちの弟。なんか変」


「変ってなによ。そりゃあ血は繋がってないかもしれないけど、私は家族として接してきたし、家族だと思ってるわよ。あんたは違うの?」


「違わないわ。あの子は大事な大事な私の弟よ。けど最近のディータを見ていると、理解出来ないの」


 率直な感想がぽろりと零れると、母はしたり顔で「ふふん」と鼻を鳴らした。


「旅に出て大人になったのよきっと。親離れかぁ。嬉しいけれど、やっぱり寂しくもあるわねぇ」


 母は遠い目で言うが、親離れ程度で神を殺せるようになるなら、この世の神は早晩狩り尽されるかもしれない。

 そんな馬鹿なことを考えてしまうほど、つまりやっぱり、義弟はどこかおかしいという結論になる。


「でも大人になったと言ってもまだ十三なんだから、ちゃんと見ててあげるのよ?」


「え、えぇ。それはもちろん……」


 そんな感じで近況報告を終えた私は、懐かしい自室で一晩ぐっすり休むことができた。

 いつ帰ってきてもいいように、綺麗にしてくれていたのだろう。

 愛用していた犬柄の枕は、お日様の香りがした。


 明けて翌日。

 朝食を食べ終えて、すぐに集落を出発する。

 ナティルリア王女が首尾よく秘宝を手に入れていれば、魔王討伐の準備が整う。

 まさか私が遅れるわけにはいかないだろう。


「じゃあ行ってくるわ」


 すっかり身支度を整えてから、最後に母の顔を見た。

 ほんの少しだけ心配そうな表情だけれど、母は笑顔で見送ってくれる。


「気をつけて行ってらっしゃい。……ヘーゼルカ。ちゃんと帰ってくるのよ?」


 やけに真剣な瞳にハッとしたが、動揺を見せないよう静かに頷くに留めた。


 私の姿が見えなくなるまで、母はいつまでもいつまでも手を振っていたのだった。


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