12話 僕は石を跳ねさせましたが……
新生活にも慣れ始めたある日。
僕はシフォンを連れて、お屋敷の裏を散歩していました。
なかなか新しい遊びも思いつかず、新しいスキルを手に入れることも出来ず。
煮詰まってしまったので、気分転換というところですね。
「それでしたらすぐ近くに湖が御座いますので、息抜きをしてきてはいかがですか?」
洗濯物を干していたラシアさんに良い所はないか尋ねると、そのように提案されたのです。
服の一枚一枚に顔を埋めて大きく息を吸い込んでいるのは、臭いが残ってないかの確認でしょうか?
さすが王宮で働いていたメイドさん。プロ意識が凄いと関心してしまいます。
シフォンと手を繋ぎ、木漏れ日差し込む森の中をしばらく進むと、聞いていた通りに湖が見えてきました。
大きさはお屋敷四個分くらいでしょうか。
泳いで渡れそうな程度の広さですが、お魚なんかもいるようです。
遠くの水面には、たまに波紋が出来ていました。
もう少し奥まで進むと森が深くなり、魔物はあまりいないけれど野性動物はいるそうです。
危険があるかもしれないから、シフォンを連れては立ち入らないほうがいいでしょうね。
そんなわけで湖の畔に腰を下ろし、小鳥の囁きや新緑の香りを楽しむことにします。
ついでにボーッとしてみればリラックス効果も高まり、みるみる活力が漲ってきました。
「……ん~っ!」
視界の端ではシフォンが湖に特攻。
裸足になって、ちゃぱちゃぱと水を跳ねさせているようです。
「あまり遠くへ行かないで下さいね」
「……んっ!」
あ~あ。
地ならしをするように水しぶきを立てるから、スカートの裾がもうびちゃびちゃです。
またラシアさんのお手を煩わせるかと思うと、申し訳なくなってしまいますね。
もっともメイドさんはお洗濯が大好きなようで「もっとお洗濯物を出して下さいっ!」と言っていましたが。
爽やかな風にキャッキャとはしゃぐシフォンの声が混ざり、実に長閑な昼下がり。
今日はナティも来ませんでしたし、こういう日も悪くないです。
などと思っていると、また子供らしくないと怒られるのでしょうか?
自分でも、ちょっと老成してしまっているのは自覚していますが。
でも本当に良いところですね。
ナティも恐らくこの場所は知っているでしょうけど、今度一緒に連れて来ましょう。
ラシアさんにお願いしてお弁当も用意してもらえば、ちょっとしたピクニック。
少しは子供らしさを取り戻せそうです。
釣りなんかも良いかも知れませんね。
釣りが遊びに含まれるか分かりませんが、ひょっとしたらスキルを覚えられるかもしれませんし。
釣りスキルとなれば、きっと冒険に有用でしょう。
あ、これはいいかも。
次回は是非、釣り道具を準備しましょう。
「……んっ」
シフォンを見ていると、彼女は小石を拾い上げて遠くに投げたようです。
山なりに飛んだ石が着水すると、ぽちゃんと水面に飛沫を上げて波紋が広がっていきました。
それが楽しかったのか、今度は平べったい石を真っ直ぐに投げます。
と
「おや?」
ぽちゃんと水に沈むかと思いきや、ぴっ、ぴっ、と水面を二つほど跳ねてから着水したのです。
なんでしょうか今のは。
「シフォン。もう一回今の出来ますか?」
「……ん~?」
良く分かっていないシフォンは生返事のまま、もう一度石を投げました。
ですが今度は、跳ねることなく水に沈んでしまいます。
平べったい石じゃなかったのがいけないのでしょうか?
それとも勢いが足りなかったのでしょうか?
なんだか面白いですね。
「シフォン。ちょっと水から上がってもらえますか?」
僕も試してみたくなったのですが、このままではシフォンに水飛沫がかかってしまいますから。
一度湖から出てもらい、それから試すことにしたのです。
当の本人は遊び足りないのか少し不満げですが、それでも言うことを素直に聞いてくれました。
健気な姿に「ありがとう」と礼を述べつつ、足を拭いて靴を履かせてやります。
それから石を投げてみるのですが、そうですね。これも遊びということにしましょう。
例えば、どちらがたくさん水の上を跳ねさせられるか。
こういう勝負にすれば、遊びとして成り立つのではないでしょうか。
その事を説明して同意を求めると、シフォンの顔に笑顔が戻ります。
力強くコクリと頷いた彼女の瞳は勝負師そのもの。
すぐさましゃがみこんで、石選びにも余念がありません。
「なら僕も本気でいきますよ!」
遊びであっても勝負です。
本気で楽しんでこそ、身になるというものでしょう。
僕もシフォンに倣い、すぐに手ごろな石を選び始めました。
石が跳ねた時の状況。
恐らく水面と接地する面積が多いほうが、跳ねやすいのではないでしょうか。
ならば、平べったい石のほうが有効ですね。
それから勢い。
シフォンの力でも跳ねたことから、僕ならば問題ない筈です。
ですがより多く跳ねさせようとしたら、ただ腕力だけでは足りません。
回転ですかね。
石を回転させることで、足りない腕力を補えるかもしれません。
こうして石を選び、投げ方を考え、僕とシフォンの石跳ね対決が始まりました。
先攻はシフォン。
彼女が持っているのは、やや丸みをおびた石です。
石が跳ねる理論は考えず、投げやすい石を選んだのでしょうか。
まるで対岸まで届かせるといった意気込みで湖を睨みつけ、シフォンが大きく振りかぶります。
「……んぅっ!!」
気合と共に振り抜いた手から、勢い良く石が飛び出ました。
全力過ぎて前のめりに転んでしまいましたが、顔は石の行方を追っています。
凄い気迫。さすがです。
ぴっ、ぴっ、ぴっ、ちゃぽん。
シフォンの気持ちを乗せた石は、なんと三回も湖面を跳ねました。
それを見たシフォンは立ち上がり、砂を払いながらも誇らしげ。
胸を張って「どうだ」と言わんばかりです。
「……んふぅ!」
「やりますねシフォン。僕も負けませんよ」
まだまだシフォンに負けてやるわけにはいきません。
選び抜いた平べったい石を人差し指で引っ掛けるように持ち、僕は大きく腕を後ろに逸らしました。
上から振り下ろすのではなく、石と水面が平行になるように横から振りぬきます。
「やぁっ!」
石を離す瞬間に人差し指を意識し、さらに回転を加える投石。
ひゅんっと飛び出した石は、水面に接した瞬間大きく跳ね、無数の波紋を生み出しました。
三つ、四つ、五つ――
予想以上に上手く行き、自分でもビックリです。
隣のシフォンなんかは、目を丸くして驚いていますね。
十、十一、十二――
……おや?
上手く行きすぎじゃないですか?
向こう岸まで届きそうな勢いです。
十八、十九、二十――
「い、いやいや……。それはおかしいでしょう?」
ついに対岸に着地かと思いきや、突然石が軌道を変えたのです。
何故かぎゅ~んと急カーブし、湖の上で大きな円を描くような動き。
発生し続ける波紋は複雑な模様に変わり、なにやら光始めています。
「こ、これは……。スキル……ですよね?」
呆然と口から零れましたが、間違いないでしょう。
かつてない勢いで、身体から魔力が放出されていく感覚がありますから。
「シ、シフォン。おいで」
なにがあるか、何が起こるのか予想出来ません。
だって水面の上に出来た波紋は、いつの間にか巨大な魔方陣を形成していたのですから。
やがてそれは強烈な光を発し、そして――
「うわっ!!」
「……んっ!!」
僕とシフォンを呑み込んでしまいました。
真っ白に染め上げられた視界。
フワリと身体が浮くような感覚。
右手でしっかりシフォンの手を握り、やがて光が収まった時。
「……え?」
唖然としてしまいました。
周りの景色が、ガラッと変わっていたのです。
よく分からない素材でしっかり舗装された道。
お城ほどの高さがある、長方形の建物群。
あれは乗り物でしょうか?
見たこともない四角い箱が、人を乗せて走っていきます。
馬もいないのに……。
「どこですかここ……」
隣には、同じく不安に瞳を揺らすシフォンの姿があります。
はぐれなかったのは僥倖ですが、彼女を守るため、まずは安全を確保しなければなりません。
となれば、現在地の確認でしょうか。
道には、きっちりとした服装の方々が大勢歩いていらっしゃいます。
平民が着るようなボロ服ではないので、貴族の方達ばかりなのでしょうか?
そういえばメイドさんも複数見受けられますね。
ひょっとしたら、どこかの王族専用街だったり……。
やばいです。
もしそうなら、紛れ込んだ平民など余裕で死刑です。
早く逃げ出さなければなりません。
ですが、ここがどこなのか分からなければ、どちらに逃げればいいのかも判断不能です。
恐る恐ると、僕は思い切って尋ねてみることにしました。
残念ながら僕は見た目から平民ですので、初めの数人には無視されてしまいました。
というか、言葉が通じなかったようなのです。
これは、思いの外遠くへ飛ばされてしまったようですね。
幸いなことに、賢者には『統一言語空間』という魔法があります。
これは術者から一定空間内に、違う言語で会話しても通じるフィールドを形成する魔法ですね。
割と初期魔法なので、僕も習得済みでした。
この魔法を展開させながら聞きまわると、ようやく一人の女性が立ち止まってくれたのです。
この方もしっかりした身なりですので、貴族様かも知れません。
粗相のないように、ここがどこなのかを丁重に聞いてみました。
「何? 迷子?」
「そ、そのようなものかもしれません。ここがどこなのか分からなくて。お手数ですが、教えて頂けませんでしょうか」
すると女性は答えてくれました。
見たことも、聞いたこともない土地の名前を。
「秋葉原だけど?」