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124話 ミントが気付いた衝撃の事実

 ****  ミント視点  ****


 隣のベッドから誰かが起き上がる気配に、私の意識がゆっくり浮上した。

 けど身体を動かすのも億劫なほど、全身にはとてつもない倦怠感がある。

 重い瞼を少しだけ持ち上げ、視線だけで隣を確認してみると、見覚えのない女がベッドから起き上がるところだった。


「いけません! まだフラついているではないですか!」


「構わないわ。それより急ぎ伝えなければならないことがあるの!」


 恐らく私達を看病してくれていたであろうメイドが慌てて女に駆け寄るが、それを振り払うように女は扉へ歩みだす。

 傍から見ていても危なっかしいほど彼女はフラフラしているが、まるで使命感に突き動かされるように進むので、メイドは諦めて肩を貸すことにしたようだ。


 やがて二人は寄り添うように部屋を出たため、再び静寂が訪れる。

 私は気だるさに身を任せてもう一度眠りに就こうと思ったのだが、一度目覚めた意識はそれを拒んだ。

 数分ほどそのまま目を瞑ってみたが、すでに睡魔は遥か彼方に飛び去ったらしく、結局眠ることは出来ない。


「仕方ない。起きるか」


 もはや完全に覚醒してしまった私は、諦めながら全身に鞭を打つ。

 意識とは違って身体の方はまだ眠りを欲しているのか、ふやけきったように力が入らない。

 立ち上がることも難しいので仕方なく上半身だけ起こし、ベッドサイドの机に手を伸ばした。

 どうやらメイドが水を用意しておいたらしく、そこにはなみなみと水の入ったデカンタと、清潔なコップが置いてあったのだ。

 プルプルと震える手でコップに水を注いで喉を潤すと、スーッと脳まで冷たさが行き渡り、眠る前の記憶が少し思い出された。


 掛け布団を捲り上げ、私は自分の足を確認する。

 太ももに付いた筈の傷は回復魔法で処置されたのか、すっかり消え失せていた。


 今私がここにいて無事なら、全て上手くいったのだろう。

 本当に凄い奴だなアイツは。


 そんな風にディータの事を考えるだけで、だらしなく頬が弛緩してしまう私は重傷だ。

 これではいかんと頬を叩き、眠る前の事をちゃんと思い出すことにした。

 


 ……。



「戻って下さいっ!」


 私に組み伏せられたディータが、必死に叫んでいた。

 淫気に充てられた影響もあり、最初はちょっと楽しくなってしまっていた私。

 けれどディータの言葉を聞き、ポロポロと心の中で何かが剥がれ落ちていく音が聞こえた気がしたんだ。


 彼は見ていてくれた。

 私の中身を。

 そして彼は言ってくれた。

 こんな私と、これからも一緒にいたいのだと。


 結局見ていなかったのは私。

 臆病な私が、目を逸らしていただけだった。


 幼態のままでは王女に叶わないと。

 成態に戻れなければ、ディータの気持ちを向かせることは出来ないのだと。

 そう思い込んでいたんだ。


 そう気付いたあの瞬間、私は淫気の呪縛から逃れることが出来た。

 けれど神と名乗ったあの女の力は絶大で、再び淫気に捕らわれるのは目に見えている。

 だからナイフを取り出し振りかぶったのだ。


 自らの足を貫く為に。


 そうすればいかに心が捕らわれようとも、ディータを追うことが出来なくなる。

 これ以上の醜態を晒し、彼に迷惑をかけずに済む。

 それを思えば、自分の足を刺すことなど何も怖くなかった。


「ミントさんっ!? すぐに回復魔法を――」


 もちろん優しいディータはすぐに回復しようとしたが、それを全力で拒否した。

 彼は何か言いたそうにしていたけどそれを飲み込み、力強い眼差しで私に言った。


「すぐに戻りますっ!」


 駆け出す彼の背中は小さいのに、なんて頼もしいのだろうか。

 自分の怪我も忘れてしばし見蕩れていると、ギュッと足を締め付けられる感触がした。


「これ……で……しばら……く……大丈……夫」


「あぁ。いたのか」


 いつも影に潜んでいるような女が足を止血しつつ、器用に私の両手まで縛りつけていた。


「お前は付いていかないのか?」


「たぶん……足で……まと……い」


 悔しそうに言うリヒジャと一緒に、私も歯噛みする。

 しかしそれからの事は記憶にない。

 足の痛みのこともあったが、それより淫気がすぐに身体から抜け落ち、同時に気を失ってしまったからだ。

 けれど分かる。

 彼は本当に神を倒し、すぐに戻って来てくれたのだろう。

 気絶してしまった私は、彼を迎えることは出来なかったけれど。



 ……。



「本当に無茶な奴だ」


 神に喧嘩を売るなんて無謀なことをした彼を、年長者として怒った方がいいのか判断に迷う。

 だって本当に倒してしまったのだから。

 そんな無茶が私の為だけじゃないってことは分かってる。

 けど同時に、その何割かは私の為であってくれたということも、今なら信じられた。


 ディータは分かっているのだろうか?

 ここまでされてしまったら、もう私は離れんぞ?

 例えディータが他の誰かと結ばれたとしても、絶対に離れる気はないからな?


 いつかメイドに話して聞かせたエルフの恋愛事情。

 あれには少しだけ伝えなかったことがある。

 確かにエルフは恋愛に臆病だ。

 けど一度本気で惚れたなら、一生をかけて惚れ尽くす。

 それこそ伴侶を失った後、数百年も想い続けられるほどに。

 私はやっと、その覚悟を持つことが出来たのだった。


「ん。やっと動くようになってきたか」


 ようやく身体も覚醒してきたのか、四肢に力が入り始める。

 これならば起きられるだろうと、私はベッドから起き上がった。


 改めて室内を見渡すと、かなり良い部屋だということが分かる。

 ただの救護室のような場所ではなく、王宮内の客間なんじゃないだろうか。

 それも、そこそこ身分の高い者を泊めるような。


 室内には三つ扉があり、一つはバスルームへ通じる扉。

 もう一つは先ほど女が出て行った、廊下へ直接出る内側からしか開かない扉。

 そしてもう一つは、隣のリビングに通じていた。


 どれだけ寝ていたのか判然としないが、動き出すと同時に内臓も活発化したようだ。

 ぐぅ~、とお腹の奥から空腹を訴える声が聞こえた。


 何か食べ物でも用意されているといいのだが。

 もちろんロッコモッコやボギョギョ以外の、まともな味の物が。

 そう思いながらリビングを歩くと、ソファの近くに大きな姿見を発見した。

 城を訪ねた者が泊まる部屋なのだから、王族に会う前にこれで身だしなみを確認しろということだろう。

 至極当然の設備である。


 そういえば、私はまだ自分の姿を確認していない。

 今どんな容姿になっているのだろうか?

 ちょっとワクワクしながら、姿見の前に行って見る。


 すると――


「え……?」


 衝撃だった。


 でもなんでだ?

 もちろん成態には戻っているから、この前までとは雲泥の差。

 スラリと伸びた手足、張り出した大きな胸、キュッとくびれたウェスト、安産型のお尻。

 どれもが男を魅了するに十分な魅力を持っているし、自分で言うのもなんだがかなりそそるものがある。


 なのにだ。

 何故か私の肌は、未だに褐色のままだった。

 髪の色も銀髪のままだし、いったいどうなっているのか。


 ディータが神を倒したと思っていたが、そうではなかった?

 い、いや待てっ!

 確かに淫気は抜けている。

 この姿になっていても、今すぐディータをどうこうしたいとは思っていないのだから。

 ……ちょっとくらいは思っているが。


 でもあの夜や、あの部屋で感じたほどの衝動はない。

 ならば淫欲の神とやらは本当に滅されていて、淫気の呪縛から解放されたのは間違いないだろう。


 となるとどういうことだ?

 淫気の呪縛とダークエルフ化には関係がない?


 ゾクリと嫌な想像が背筋を走りぬけた。


 ダークエルフが国を滅ぼしたという話は、淫欲の神が行った所業だということが分かった。

 アイツならそのくらいやれるだろうし、アイツもダークエルフだったから。


 しかし普通のエルフがダークエルフ化しても、実際にはそこまで危険じゃないのでは?

 だって今の私にそんな力があるとは到底思えない。

 じゃあダークエルフってなんなんだ?


『銀髪褐色ロッリロリなのに、心の奥ではエッロエロなんだぞっ!!』

『何やら悩んでおられるぞっ! 何の悩みだろうなっ! エロいことだと思うかっ!?』


 リュメルスが私に言った言葉が思い起こされる。

 ダークエルフというものを研究していたアイツは、ダークエルフをあまり恐れていなかった。

 しかしダークエルフの思考回路が、性欲塗れだろうという前提の元に会話していた気がする。


 まさか……。

 まさかまさか……っ!?


「ダークエルフって、エロいエルフがなってしまうってことなのか……?」


 姿見の前で、私は膝から崩れ落ちていた。

 百余年生きてきて、初めて知った衝撃の事実。

 私、ただのエロフだった……。


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