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11話 僕は夢を見る

 その日から、僕の生活は一変してしまいました。


 柔らかいベッドの上。

 窓から差し込む暖かな日差しに目を細めていると、メイドさんが起こしに来てくれます。


「おはようございますディータ様。今日も良い天気ですよ」


 この方はラシアさん。

 しっかりした少し年上のお姉さんといった感じで、とても頼りになる方です。

 彼女の清廉さを表しているような青い髪は、後頭部の高い位置で一つ纏め。

 いわゆるポニーテールというスタイルでしょうか?


 メイド服をきっちり着こなしているので凛とした佇まいですが、その表情は柔らかいです。

 少し垂れた目尻に、ぷっくらとした唇。

 いつもにこやかに微笑んでいて、優しさが滲み出ているようですね。


 もともとは王宮付きのメイドさんでしたが、王様の計らいで、僕達のお世話をしてくれることになったラシアさん。

 ちなみにお給金はお城から出ている模様。

 至れり尽くせり過ぎて、小市民の僕は胃が痛くなってしまいます。


「朝食のご用意が出来ておりますので、下に参りましょう。あ、お着替えもお手伝いしますね?」


「い、いいです。大丈夫です。自分で出来ますから」


 ただ彼女は、とにかく甲斐甲斐しいのです。

 今のように着替えを手伝おうとすることはもちろん、お風呂で背中を流そうとしてきたり、僕が眠るまで一緒のベッドに入ろうとしたり。


 僕としてはそこまで子供のつもりはありませんし、何より直接の雇い主というわけでもありません。

 なので全て丁重にお断りしているのですが、なんだか寂しそうな顔をなさるので、少しだけ胸が痛んでしまいます。


「おはようシフォン」


「……はよ~」


 着替えを済ませて一階に下りると、シフォンは先に食べ始めていました。

 そのすぐ隣に立ち、ラシアさんはにこやかに見守ってくれています。


 シフォンには丁度良かったのかもしれません。

 僕では父親代わりにはなれても、母親代わりにはなれませんから。


「あらシフォン様。頬っぺたにソースが付いておりますよ?」


「……ん」


 そう言って、ラシアさんは細い指先でシフォンの頬っぺたを拭い取ります。

 そしてその指をペロッと舐め、綺麗にしているようでした。

 なんとなく恍惚とした表情に見えますが気のせいでしょう。


「さ、ディータ様もお席にどうぞ」


 促されてテーブルにつくと、すぐさま料理が並べられていきます。

 僕なんかのお世話をするにはもったいないくらい、ラシアさんは有能なメイドさんなのです。


 しかし見たこともない豪勢な料理ばかりで、食事作法に疎い僕は尻込みしてしまいますね。


「大丈夫ですよディータ様。多少汚しても私が綺麗に致しますから、マナーなどは気になさらず、気楽にお食事を楽しんで頂ければ嬉しいです」


「そ、そうですか? ではいただきます」


 一口食べた瞬間、舌が蕩けそうなほどの美味。

 甘いとかしょっぱいとかいう次元ですらなく、ただただ美味しいのです。

 自然と頬が緩み、思わず口の端からスープが零れそうになってしまいます。

 慌ててナプキンで拭い、事なきを得ましたが。


「あ……」


 そんな様子をジッと見ていたラシアさんが、悲しげな溜息を漏らしました。

 きっとせっかく作った料理を零しそうになったから、悲しかったんですね。

 申し訳ないです。


「す、すいません。余りにも美味しくて……。気をつけて食べますね」


「あ、い、いえ。気をつけなくても大丈夫ですよ?」


 異なことを仰る。

 それも恐らく、僕を気遣ってのことでしょうか。

 まさにメイドの鏡というやつですね。御見それしました。

 ラシアさんに迷惑をかけないよう、次からは気をつけることにしましょう。


 と、そんな感じで朝食が終わると、それを見計らっていたかのように、慌しくナティがやって来るのです。


「来たわよっ!」


 バーンとリビングの扉を開け放ち、腰に手を当てた王女様のご到着。

 今日は以前着ていたお姫様然としたドレスではなく、比較的ラフな格好でしょうか?

 白いワンピースのような服の上から、カーディガンを羽織っておられますね。

 もちろん平民が着るそれとは、材質から作りから全く違うのでしょうが。


 金色の髪をなびかせながら、我が物顔で部屋へと侵入した王女様。

 食事を終えてソファで寛ぐシフォンの隣に、脚を組んで堂々の着座です。


「さぁ! 今日は何して遊ぶのかしらっ!」


 どうやら遊ぶことは決定事項のご様子。

 僕程度には、当然拒否する権利などないでしょう。


 もっとも断る理由も特にありません。

 王女様はシフォンを妹のように可愛がってくれていますし、シフォンも撫でられながら満更でもなさそうです。

 今もソファに座って足をぷらぷらさせ、上機嫌で甘えていますから。


 問題があるとすれば、粗相がないよう僕の神経が磨り減ることくらいでしょうか。


「では、今日も新しい遊びの発明を目指しましょう。お手伝い願えますか、ナティ」


「相変わらずディータは固いわねっ! 子供らしさの欠片もないわっ!」


 それは仕方ありません。

 幼少時を血の繋がらない養母の元で過ごした経験から、自然と周りの顔色を覗うようになってしまいましたし、それに僕は悟りを開くのが早かったですから。

 同年代と比べて幾分達観してしまっているのは、もはや賢者の定めでしょう。

 ……元ですけど。


「とにかくっ! 私がディータを手伝うのなんて当たり前のことなんだから、いちいちお願いしなくていいわっ! もっと気軽に接していいのよっ!」


「ありがとうございます」


 そういうわけにもいかないでしょうが、しかし王女様の心遣いを無碍にも出来ません。

 お言葉に甘える形で、今日も僕達は庭で走り回るのでした。



 ……。



 夜になったら自室で机に向かいます。

 覚えた遊び人スキルをスキルブックに書き足したり、新しい遊びを考えてみたり。


 家は頂いてしまいましたが、かといってお金がかからないわけではないのです。

 食費、生活必需品、雑費。

 早く遊び人で収入を得る為に、努力し続けなければなりません。


 すると、コンコンと扉がノックされました。

 この時間に起きているのはラシアさんだけですから彼女でしょう。


「どうぞ」


「失礼致します」


 朝早くからこんな時間まで、一時たりとも休む暇のないラシアさん。

 メイドというのは大変なお仕事です。疲れたりしないのでしょうか?


「シフォン様はお眠りになりましたので、お飲み物をお持ちしました。お仕事は捗っておられますか?」


 コトリと机の上に置かれたカップからは、温かな湯気に混じってほんのり甘い香りが漂います。

 温めたミルクにハチミツを溶かしているのでしょうか。

 疲れ始めた頭に糖分が嬉しいですね。


「あまり進捗はないですね。すいません」


「いえ、ディータ様が謝られるようなことではございません。私こそ出過ぎました。申し訳御座いません」


 そう言ってラシアさんが頭を下げかけるので、僕は慌ててそれを止めさせます。


「僕は本来メイドさんを雇えるような立場ではありませんから。そんなに畏まらないで下さい」


「ですが……」


「お願いします。じゃないと、余計に疲れちゃいますよ」


 あれ?

 なんかどこかで聞いた台詞だなと思ったけど、これってナティが僕に言っていることですね。

 そっか。

 ナティも同じ気持ちなのかもしれません。

 今度からは、もう少しフランクに接したほうが良いでしょうか。

 もちろん粗相に当たらない範囲でですが。


「ディータ様がそう仰るなら、少しだけ緩めさせて頂きますね」


 すると本当に少しだけだけど、ラシアさんの肩が下がった気がする。

 力を抜いたのでしょう。


「メイドさんは大変な職業ですね。こんな時間まで僕みたいな子供の面倒を見なきゃいけないんですから」


「天職です!」


 意外なほど力強いお言葉に、僕は彼女のメイド魂を見た気がします。


「ディータ様こそ大変ではないですか? こんな時間まで苦労なさって」


「いえ。僕のは一応仕事ですけど、やっていることは遊びなので」


「遊び……。そういえば、ディータ様のご職業はなんなのでしょうか? 賢者様のようだと聞いておりますが、正確なところを把握しておりませんでした」


 仕えるメイドとして是非知っておきたいと強く言われると、僕も教えないわけにはいかなくなってしまいます。

 本当はあまり言いたくないんですけどね。

 遊び人という職業の評価は、世間一般では最低ランクですから。


 しかしラシアさんは笑うでも呆れるでもなく、むしろ「素晴らしいですね」なんて言ってくれました。


「皆が楽しめる新しい遊びを考えられれば、それは国にとっても有益だと私は思います。ディータ様のお仕事は、きっと未来のポードラン国にとって、必要なものとなるでしょう」


「凄いですねラシアさんは。そんな風には考えたこともありませんでした」


「戦争で傷つき魔物に怯える毎日では、国全体が暗くなってしまいます。ディータ様の考えた遊びがそこに光を差す日を、私は楽しみにしておりますね」


「ありがとうございますラシアさん。そう言ってもらえると、僕も頑張ろうっていう気になってきました」


「それは良かったです。でも今日はもう遅いですし、お休みになってください。僭越ながら、添い寝させていただき――」


「あ、それは大丈夫です」


 仕事を失ってしょんぼりしているラシアさんに悪いと思いつつ、彼女の背中を押して部屋から追い出し、僕はベッドに潜り込みました。


 そうですね。

 戦うだけじゃなく、そうやって誰かの力になる方法もあるんですね。

 勉強になります。


 でも出来れば、僕はもう一度旅に出たい。

 旅に出て、強くなって、そうして……。


 ヘーゼルカお姉ちゃんやディアトリさんと共に戦う日々を夢見て、僕は眠りに落ちたのでした。


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