117話 僕はガレジドスを駆ける
街の中は、まさに戦場の様相を呈していました。
あちらこちらで半裸の人達が揉み合い、それを兵士さん達が必死に引き剥がしているのです。
けれど死体が転がっていたり、怪我をしている方がたくさんいる……という状況ではなさそう。
兵士さん達は、住人を傷つけないように厳命されているのかもしれません。
火の手が上がったり、はたまた水が噴き出しているのは、どうやら魔石が暴走しているからみたいですね。
武器を振り回すなどの直接的な暴力に及んでいるのは少数のようで、そこは安堵でしょうか。
「あぁぁぁっ!!」
街の様子に気を取られながら走っていると、突然前方から半裸の女性。
物陰から現れた彼女は、ゾンビのように襲い掛かってきました。
咄嗟にレシビルを撃とうと構えましたが、どう見ても彼女は普通の町人です。
――操られているだけかもしれない。
その逡巡が、僕に致命的な隙を生んでしまったのです。
「や、止めて下さいっ!」
ガバリと覆いかぶさってくる女性に押し倒され、僕は必死にもがきます。
女性は僕の装備を剥ぎ取ろうとしているのか、乱暴な手付きが僕の衣服へ。
攻撃しなきゃやられる!
意識はそう働くのですが、やはり普通の人に対して攻撃するという戸惑いが、僕の手を押し留めてしまうのです。
それを無抵抗と見たのか、目の前の女性は嬉しそうに大口を開き――
「なにしてるのディータ君っ!」
ドンッと横から弾き飛ばされ、吹き飛んでいきました。
「リルゼさん!? 着いて来てしまったんですか!?」
「外は騎士団の人たちもいるし、ナティちゃんやシフォンちゃんも強いから大丈夫! それより中に突っ込んでいったディータ君の方が心配だよ!」
腰に手をあて、呆れたように頬を膨らませているリルゼさんは、本当に心配してくれたのでしょう。
差し伸ばされた手を掴んで起き上がらせてもらいながら、僕は謝罪を述べるのです。
「ごめんなさい。けど――」
「分かってる。ミントちゃんを助けに行くんだよね?」
「はい」
「うん。なら私も一緒に行くよ。この状況なら、魔法よりも物理力のある私の方が役立つでしょ?」
リルゼさんはそう言いながら吹き飛ばした女性を手際よく縛り上げ、街の様子にげんなりしていました。
彼女の言葉を身をもって知ったばかりなので、僕は言い返すことも出来ません。
「でも危険ですよ? 話が本当なら、あそこにいるのは魔神派の神です」
「それを知ってて突っ込んじゃうディータ君に心配されてもなぁ~」
ジト目で睨まれると、僕は視線を逸らすしかありません。
「それだけディータ君はミントちゃんのことが大切なんだよね?」
「もちろんです」
「うんうん。けどそれって、ナティちゃんよりも?」
「どちらの方が、みたいなのはないですっ! 皆大事な仲間で、大切な友人ですからっ!」
そうキッパリ言ったのですが、リルゼさんのジト目がさらにジトジト。
真夏の満員電車みたいなジットリ加減です。
「ナティちゃん……これは苦労しそうだよ……」
「リルゼさんの言うとおり苦労しそうですけど、外にいるナティ達がいつまでも安全とは限りません。急ぎましょう!」
「そういうことじゃないんだけどなぁ……」
とはいえ僕が走り出せば、リルゼさんも溜息を吐きながら横に並んでくれました。
心強い仲間のサポートもあり、僕は一気に王城を目指すのです。
……。
平時であれば警備している兵士さんがいるのでしょうけど、今は素通り。
王城内もまた、混乱の只中にあるようでした。
「この感覚……」
城内に足を踏み入れた途端、リルゼさんの足がピタッと止まります。
彼女が感じたものは、当然僕も感じ取っていました。
圧迫感のある魔力の奔流。
それはラギュット山でも感じた、神の気配に相違ありません。
ただあの時ほど強くはないですし、感じる印象も大分違います。
まるで底なし沼に足を踏み入れたような絶望感と息苦しさ。
胸の奥から沸き上がる、根源的恐怖。
――魔神派の神
もう間違いないでしょう。
「行きましょう」
「う、うん」
遠くから、剣戟の音が聞こえています。
誰かがまだ戦っているのです。
その音に吸い寄せられるように、僕達は再び走り出しました。
ところどころで蹲る兵士さんや、それを守るように結界を張る宮廷魔術師さんの姿がありますが、気にしている余裕はありません。
肖像画の掛けられた廊下を進み、白石の床を蹴り。
僕達は、剣戟の音を頼りにどんどん城内深くへと進んで行きます。
「ここかなっ!」
辿り着いた扉の前。
リルゼさんが言うとおり、音は中から聞こえてきていました。
顔を引き締め戦闘態勢に移った僕達は、顔を見合わせコクリと頷き合います。
「ごめんくださ~いっ!!」
それを合図にリルゼさんが扉をぶち破ると、中に居たのは
「だ、誰だ貴様等は?」
王様でしょうか?
一際立派な鎧を着けた五十歳くらいの男性と、それを守るように囲む兵士達の姿があったのです。
しかし相対している人達も同じ鎧を着た兵士達なので、どうなっているのか判断に迷うところ。
「貴様等も操られておるのかっ!?」
逡巡していると、王様らしき人が絶望的な声をあげました。
その間にも兵士達は剣を合わせていますから、切羽詰った状況なのでしょう。
「いえ! 僕達はミントさんを助けに来たんですが……こちらもピンチですよね。助太刀します!」
「有難いっ! だが殺してはならんぞっ! 彼等は忠義に厚い我が国の兵なのだっ!」
「そ、そうなんですか?」
「今は操られてしまっておるだけだっ! 無理を承知で頼むっ! なるべく無傷で無抵抗化してはくれぬかっ!?」
「そういうことでしたら」
飛び出しかけていたリルゼさんを引き止め、僕は一度後ろを向きます。
都合良く全員が王様の近くに固まってますからね。
「だ~るまさんが~転んだっ!」
一網打尽なのですよ。
ビシッと動けなくなった兵士さん達。
それを今度はリルゼさんが片っ端から縛り上げていきました。
もちろん剣なんて物騒なものは蹴り飛ばしながら。
その後でだるまさんを解除。
一瞬何が起きたのか分からない王様はキョトンとしていましたが、状況が好転したことには気付いた様子で、感嘆の声をあげていました。
「お、おぉっ!? おおおおっ!!??」
「これで大丈夫ですかね?」
「う、うむっ! 恩に着るぞっ! それにしても今のはなんだっ!?」
なんだか興奮気味にグイグイ迫ってくる王様。
今それどころじゃない筈なのに、我を忘れて瞳を輝かせています。
「教えてくれっ! 今のがなんなのか分からなければ私はもう気になって夜も眠れぬぞっ!」
「え、えっと、それはまた後ほど……。それよりミントさんを知りませんか? 僕の大切な友人なのですが」
「ミント……というのはリュメルスの客人か?」
「あ、たぶんその人です」
「であれば恐らくまだ魔法行使実験室に居ると思うが……危険だぞ。あそこには奴もいる筈――おいっ!」
魔法行使実験室。
ここに辿り着く前に、確かそんな名前の部屋を見かけていました。
王様の言葉もそこそこに走り出し、僕は一直線にミントさんのもとへ向かいます。
到着した部屋は質素ながら重厚な扉で閉ざされており、小さな魔石が取り付けられているようでした。
紫色に光っていますがどういう意味でしょう?
分からないながらも「お邪魔しま~すっ!」とリルゼさんがダイナミック入室。
僕もそれに続いたのですが
「……え?」
中にいたのはダークエルフさん達。
一人は暑がりなのかやけに薄着の女性で、緩慢な視線をこちらに向けていました。
そしてもう一人は銀色のサイドテール。
ミントさんと同じ髪型なのですが、彼女とは見た目が全然違うのです。
年齢は二十歳くらいでしょうか?
大人のエルフさんらしく、神々しさすら感じるほど美しい容姿をなさっています。
身長も僕より全然高く、女性らしい起伏に富んだ身体つき。
なのに彼女は
「ディ、ディータ……?」
懐かしい声で、僕の名前を呼んだのでした。