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115話 ミントは再会する

 ****  ミント視点  ****


「まっず……いけど、昨日食わされたボギョギョとかいう葉っぱよりマシか……」


 世界マズイもの巡りのような生活を強いられることになってから更に数週間。

 私の舌は、いよいよ壊れてしまったのかもしれない。

 初めは何を食わされても「マズイ」としか思わなかったが、今では「昨日よりマシ」とか「食えないこともない」なんて感想まで出てきてしまっている。


 心配だ。

 こんな馬鹿舌になってしまって、将来ディータにまともな飯を作ってやれるのだろうか?


 とはいえ今のところは、それも叶わぬ夢。

 美味いマズイの前に、エルフへ戻る兆しすら見えていないのだから。


「はぁ~……。なんか全部無駄な気がしてきたぞ……」


 食べるものを食べ終え、リュメルス率いる魔法研究班の奴に身体を検査された私は、今日も「変化なし」とのお墨付きをもらってからトボトボとガレジドス城内を歩いていた。


 今頃ディータ達は何をしているのだろう?

 王女との仲が進展していたりするのだろうか?

 それはそれで仕方ないのかもしれない。

 いやいっそそうであってくれれば、私も諦めがつくだろう。


 でも……。

 このまま忘れ去られてしまうのは嫌だな……。


 いかん。

 また気が滅入っていた。

 マズイ物ばかり食べていると、どうにも精神が沈み込んでいく。


 ブンブンと頭を振って辺りを見渡すと、自分の部屋の前をとっくに通り過ぎていたことに気付いた。

 まったく私は何をしているのかと呆れ、頭をぽりぽり掻いてから仕方なく来た道を戻る。


 すると前方から、ご機嫌なリュメルス王子がやって来た。


「ミント殿ではないかっ! 奇遇であるなっ!」


「奇遇も何も城の中だからな」


 リュメルスの後ろには、当然ペギルも付き従っている。

 若年執事といった佇まいではあるけど、実に面倒そうに。実に億劫そうに。

 しかし今日ばかりは、その顔にも喜色が浮かんでいた。


「なにかあったのか?」


 リュメルスだけでなくペギルまでご機嫌なら、何か研究に進歩があったのかも。

 そうだったらいいなという希望と、そんな筈ないだろうなという諦めを同居させながら、私は聞いてみた。


「よくぞ聞いてくれたっ! 実はだなっ! ミント殿以外の協力者が見つかったのだっ!」


 返って来た答えは斜め上過ぎて、まったく予想の範囲外。

 協力者?


「淫気に侵された人間ってことか?」


 きっとそういうことだろう。

 それでご機嫌になってしまうのは不謹慎な気がするが、研究対象が多いに越したことはない。

 だいいち私とシャクティーナ王女の病状が同一とは限らないし、淫気に侵された人間が他にいるなら、そちらの方がよりシャクティーナ王女に近いだろうし。

 それならば喜ぶのも無理はないのかもしれない。


「ミント様の仰りたいことは分かりますが、そういうわけではありません」


 私の心を読み取ったかのように、ペギルが訂正してきた。

 こいつはリュメルスの付き人なんてやってるからか、心の機微に聡いのだ。


「違うのか?」


「はい。その協力者は、淫気を封じる術をお持ちとのことなのです」


「なんだとっ!?」


 予想の上限突破。

 研究に進歩があるどころか、答えそのものが向こうからやって来たってことじゃないかっ!

 俄かに信じられないことだが、本当なのだろうか?


「彼女の言葉は信ずるに足ると我は思っておるぞっ! 見返りに「人探しの神代魔法」を教えて欲しいと言われているが、安いものだっ!」


「信じられるという根拠はあるのか? 神代魔法を教えて欲しいだけのハッタリかもしれんぞ?」


 依然として疑り深い私に、リュメルスはキラッと瞳を輝かせた。


「根拠はあるっ! なぜなら彼女もダークエルフっ! しかも成態なのだからっ!」



 ……。



 リュメルス達に同行を願い出た私は、共に「魔法行使実験室」を目指していた。

 問題のダークエルフは、今そこで人探しの神代魔法を使っているとのことだった。

 地味な魔法効果ではあるが、そこは神代魔法。

 万が一に備え、幾重にも対魔法防御結界アンチマジックフィールドで囲った室内で行使する決まりとなっている。


 コツコツと音を響かせ、白石の敷き詰められた廊下を歩く。


 ダークエルフの成態か。

 伝承通りなら国中の男達を一晩で搾り殺すほど恐ろしい存在なのだが、それが平然と現れたということが信頼の根拠になっている。

 私自身も成態に戻ればあの忌まわしき衝動に駆られるのだろうから、その女は本当に淫気を押さえ込めているのだろう。


 私の村にはダークエルフ化した奴は他にいないが、エルフの里は世界中に何箇所かある。

 中にはそういう奴がいてもおかしくはないが……何か引っかかるのだ。


 それが何なのか分からぬうちに、私達は魔法行使実験室の前までやって来ていた。

 飾り気のない丈夫そうな扉には、小さな魔石が付いている。

 今は赤く発光しており、これは現在魔法を使用中だと示しているらしい。

 その間は扉を開けるわけにいかないので、そのまましばらく待機する。


 やがて魔石の光が赤から青へと変わり、それを見計らってペギルがノックした。


「入ってもよろしいですか?」


 返事代わりに重々しく扉が開かれる。

 狭い室内は完全密閉されていたようで、足元をぶわりと風が通り抜けた。


「神代魔法はいかがでしたかなっ?」


 こちらに背を向けていた女に、リュメルスが結果を尋ねる。

 女の前には大きな地図があり、その上に小さな赤い点が点灯していた。

 きっとそれが神代魔法が示した、この女が探している人間の居場所なのだろう。

 点は少しずつ移動しているようで、方角的にはここを目指しているようだった。


「素晴らしいわ。二重の意味で」


「よく分からんが何よりだっ! さっそくで悪いのだが、約束通りこちらにも協力を頼むぞっ!」


 リュメルスが握手でも求めたのか、一歩前に進み出ようとした。

 地図を見つめ続けていた女も満足したのか、ゆっくり振り返ろうとする。


 ――髪の長い女だった。

 忌まわしい銀色の髪は腰どころか膝裏辺りまで伸びている。

 ローブを脱いだ今の姿は驚くほど軽装で、上半身は僅かに胸を布が隠す程度。やたらと胸の大きな女なので、先端以外ほとんど見えていると言っても言い過ぎじゃない。

 下半身は向こうが透けて見えるほど透明な腰布を巻いているだけなので、こちらも下着が見えてしまっている。

 やたらと露出の高い女で、男好きのする起伏に飛んだ身体を持ち、肌の色は褐色。

 尖った耳が見えていなければ、砂漠の踊り子という例えがピッタリだろう。


 その女がゆっくりゆっくり振り返る様を、なぜか私はスローモーションのような感覚で見ていた。

 胸の奥の方から、ドス黒い何かが溢れてくる。

 何か触れてはいけないものに触れるような極度の緊張感に、ズキズキと頭が痛み出していた。


 なんだ?

 いったいなんなんだ?


「ミント様?」


 横にいたペギルが私の異変に気付いたが、私は女から目が離せなかった。

 過呼吸のような状態になり、やがて音が消えた。



『貴女相性が良さそうね。せっかくだし素敵な身体にしてあげるわ。淫蕩で、淫乱で、背徳的な身体に』



 ズキリとこめかみが激しく痛み、記憶の奥底に封じ込めていた忌まわしい夜の記憶が、濁流のごとく押し寄せてきた。


 森の中。虫の声。優しい月明かり。そして――私をダークエルフに変えた女。


 その顔が今振り返った女の顔とピタリ重なった瞬間。

 臓腑の奥から搾り出した怒りが、私の喉を焼く。


「お前がぁぁぁっ!!!」


 そうだっ!

 全て思い出したっ!


 あの夜私はコイツに会った!

 そしてコイツが、私の体をダークエルフへと変質させたのだっ!


「あら奇遇。こんなところで出会うなんて」


 飛び掛った私を踊るようにヒラリと避け、女は楽しげに嗤う。


「せっかくダークエルフにしてあげたのに淫欲の気が集まらないと思ったら……そう。子供の姿に戻っていたのね」


「戻せっ! 今すぐ私を元に戻せっ!!」


 嘲るように嗤う顔に苛立つ。

 歌うように喋る声が腹立たしい。

 踊るように避ける姿を八つ裂きにしてやりたいっ!!


 怒りに我を忘れ、私は二度三度と飛び掛るが、女はものともしなかった。

 それを呆然と見ていたリュメルスだったが、我に返ったように私を止めようとしてくる。


「ミ、ミント殿っ!? どうしたと言うのだっ!」


「どけリュメルスっ! コイツだっ! コイツが私をダークエルフに……いや、まさか……シャクティーナ王女も貴様の仕業かっ!?」


「な、なにっ!? それは本当なのかルクスリア殿っ!」


 振り返ったダークエルフの口元が、耳まで裂けたと思えるほど歪んだ。


「せっかく細工までしてガレジドスとは穏便に友好を結ぶつもりだったのに、バラされてしまったら仕方ないわね」


 悪びれもせず言った途端、爆発するような勢いでルクスリアから邪気が噴出する。


「改めてこんにちは人間の皆さん。一晩で一国を滅ぼしたこともある災厄のダークエルフ。淫欲の神ルクスリアとは私のことよ」



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