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114話 ミントは食生活が危うい

 ****  ミント視点  ****


 結局私はリュメルスの頼みを断れなかった。

 淫気に侵され、人目を忍ぶように隔離されてしまったシャクティーナ王女の姿が、昔の私とダブって見えたという理由も大きい。

 しかしなにより彼女を治す研究が、すなわち私の身体をエルフに戻す研究と同じものなんじゃないかと考えたからだ。


 ということで、彼等の研究を手伝うようになって二週間が経つのだが……私は相当にイラだっている。


 なかなか結果が出ないからとか、そんな至極当然の理由じゃないぞ。

 なにせ六十年も手掛かりらしい手掛かりのなかった研究だ。

 たかだか数週間で、いきなり結果が出るなんて私も思っていない。


「さぁミント殿っ! これを食べてみてくれっ!」


 イラだっている原因はコレ。

 リュメルスが得意満面に、なんかよく分からない料理を私の前に置いてくるのだ。

 このアホ王子は、研究と称して私に変なものを食わせたいらしい。


「失敬なっ! これとて立派な研究なのだぞっ!」


「このにょろ~んとして、ぐにゃっとした謎の物体を私に食わせることがどう研究に繋がるのか。せめて私の食欲が少しでも回復するような言葉で懇切丁寧にご説明頂きたいところだな?」


「よかろうっ! これはゴドルド大陸でしか採れぬというモッコロッコの根っ子だっ! あの大陸には他大陸で採れぬ多種多様な素材があるからなっ! シャクティーナもそれらを採りによくゴドルド大陸へと足を運んでいたものだ」


「珍しい物だってのは分かったが、私が食べなければならない理由にはなってないな。だいたい珍しい物ならまずお前が食べろよ」


「はっはっはっ! もう食べたわっ! げろマズであったぞっ!」


 ぶん殴って良いよな、うんいいよ。


 私の脳内会議はコンマ秒も掛からず全会一致で可決。

 すみやかにミントパンチが繰り出された。

 実際のところ可決前に殴っていたが、まぁ問題ないだろう。


「痛いではないかっ!」


「マズいという結果が出てるものを食わせようとするからだ」


「味などどうでもよいわっ! ペギルっ! 説明をっ!」


「はっ。このモッコロッコの根っ子は、体内から毒素を抜くとともに、精神を安定させる魔力を含有しているのです」


「魔力? 魔力のある植物なのか?」


「その通りでございます。そういったものは各地にあるのですがあまり知られておらず、また栽培も難しいことから現地調達せざるを得ないのです」


 それは初耳だ。

 この国は、伊達に魔法馬鹿と揶揄されていない。

 ちゃんとした研究もしているようだった。


「外部からの魔法による淫気の除去に関しては、この二週間でほぼ全て試させて頂きましたが、シャクティーナ様と同様に効果がみられませんでした。ですので次の段階として、内部からの浄化。これを試させて頂きたいと考えているのです」


「そういうことか。それなら確かに味はどうでもいいな。で、危険なものじゃないんだろうな?」


 研究とはいえ実験モルモット扱いはさすがにゴメンだ。

 特に魔力を持つ植物など、どんな恐ろしい結果になるか想像も出来ない。

 そこは念を押して確認する必要があるだろう。


「ご心配には及びません。予め殿下で毒見を行っておりますので」


 それでいいのか?


「その通りであるっ!」


 いいらしい。

 ならば言うこともあるまい。


 ――ぱくっ


「おおっ! 良い食べっぷりだなっ!」


「うるはい……まっず……なんだこれ……」


 すぐさま用意されていた水でモッコロッコを流し込むが、口内に残ったなんとも言えない酸っぱさと臭さはなかなか洗い流せなかった。

 こんなものをこれから毎日食わされるのかと思うと、割と本気で帰りたくなる……ディータのもとへと。


 ぐ……っ!

 いかんいかんっ!

 そのために頑張るって決めたんじゃないかっ!


 涙目になりながら皿一杯の宿敵を頬張り、酸っぱさと臭さに耐えながら喉に流し込んでいく。

 ようやく皿が空になった頃には、喋るだけで気分がモッコロッコだった。


「お見事ですミント様。では何か体調に変化がありましたら、すぐにお呼び下さい」


 そう告げて立ち去りかけるペギルの背中を慌てて呼び止める。


「お、おいっ! 他に何かないのかっ!?」


 こんなペースではいつまでかかるか分かったものではない。

 本当にエルフに戻る方法が見つかるかも分からないというのに、のんびりやっている時間なんてないのだ。


 私の見立てでは、残された時間は後二年。

 ナティルリアが痺れを切らし、強引にディータと婚姻に漕ぎ着けるだろうまでの時間である。

 恋敵認定をしてはもらったが、いつまでも待ってくれるほど王女様もお人好しじゃないだろう。

 それに、いつまでも待たせるなんて残酷なこともしたくない。


「私なら平気だ。なんでもやるから早く研究を進めてくれ」


「おぉっ! 頼もしい言葉だなっ! さすがはダークエルフ殿だっ!」


「と申されましても、一度に色々食べられてはどの植物に効果があったのか分からなくなります。ひょっとしたら食べ合わせによって効果が出るものもあるかもしれませんし」


「食べ物以外では他にないのか? この前みたいに色々な魔法を私に掛けてみるとか」


「一般的な魔法はほとんど試し終わっております。他にとなると……」


 お?

 ペギルのこの顔は何かあるという顔だ。

 しかし言いよどむところを見れば、あまり簡単なものではないのかもしれん。

 だがこちらも手段を選んでいる暇はない。

 急かすような視線を送ると、答えたのはリュメルスだった。


「古代魔法。もしくは神代魔法のことであるなっ!」


 あまりの馬鹿馬鹿しさに、私は思わず肩を竦める。


「お前等本当にそんなものまで研究してたのか!? 魔法馬鹿とは聞いていたが、ほとほと呆れるな」


 古代魔法。もしくは神代魔法とは、もともとは神が行使していたらしい古の魔法の総称だ。

 神が使っていたとあって便利なものから超威力のものまで様々だが、今では使える者はおろか、どんなものだったのか知る者すらほとんどいないとされている。

 それを研究し、あまつさえ人の身で使おうなどと、よくもまぁ考えるものだ。


「魔法を研究し、新たな魔法の使用方法を発見し、より便利で快適な世界を目指すっ! それが我が国の理念であるからなっ!」


「その通りで御座います。研究の成果もあり、実際に蘇らせた魔法もいくつかあるのですよ?」


 事もなく言ったペギルの言葉には、さすがに驚きを隠せない。


「な、なんだと? どんなものなんだ?」


「特定人物を探し出す魔法ですとか、遠くの者と会話するものですね。地味ですが非常に便利なものでございます」


 お、おう。

 確かに地味だ。

 神代魔法とか言うから、もっと天変地異クラスの大魔法を想像してしまったぞ。


 っと、そんな感想が顔から漏れていたか?

 ペギルは露骨に顔を顰めたかと思えば大きく溜息を吐き出し、ツラツラと神代魔法の有用性や凄さを語りだしてしまった。


「ミント様は何か勘違いをしておられるようですが、そも魔法の本質とは生活を豊かに、便利にするものなのです。この広い世界で人一人を探し出そうとしたら、どれだけの時間と労力が必要かお分かりになりますか? 遠く離れた知人といつでも会話出来るとなれば、どれほど心豊かな生活を送れるでしょう? えぇえぇもちろんミント様が仰りたいことも重々承知しております。神を冠する魔法なのだから、もっとド派手で人知の及ばぬものであると考えておられたのでしょう? もちろん神代魔法には、奇跡としか呼べないものも存在しております。例えば次元を跳躍し、こことは違う世界を旅するようなものですとか、はたまた時間を跳躍し、未来を覗き見たり過去をやり直したりするものも。しかしこれらの魔法は――」


「ちょ、ちょっと待てっ! 分かった! 分かったからっ! 私が悪かったよっ!」


「そうですか? 私としましてはまだまだ話足りませんし、お望みとあれば一晩中でも語って差し上げる所存でございますが?」


 目をキラリと輝かせて勝ち誇り気味のペギルには苛立ちを隠せないが、それだけ彼等にとって神代魔法の研究成果は素晴らしいものなのだろう。

 熱が篭るのも無理はない。


 だが今の会話から、私は現状を打破する可能性を見出していた。


「時間を飛べると言ったな?」


「はい」


「ならそれで、淫気に侵される前まで戻ればいいんじゃないか?」


 現状で治せないなら、そもそも侵されなければいい。抜本的な解決方法だ。


「どうなんだ?」


「さすがはミント殿だなっ! そこに気付くとはっ!」


 こいつに言われると馬鹿にされてるようにしか聞こえん。

 そんな私の白い目に構わず、リュメルスは「しかし」と続けた。


「さすがにそれほどの大魔法は、まだ蘇らせられておらぬのだ。近いところまでは分かっているのだがな」


 リュメルスの話によれば、現代魔法と違い神代魔法は独自性が高く、詠唱一つで行使出来るものではないらしい。

 例えば次元跳躍だが、これは現在では解読不可能なほど難解で巨大な魔方陣を描かなければ発動しない。

 時間跳躍魔法に至っては印が必要。

 印とは拍手を打って手を特定の形に結ぶという、今では失われた魔法詠唱技術のことだ。

 その印も一つや二つではなく、十、二十と拍手を打つたびに違う印を結ばなければならないそうだから、どれだけ複雑な術式なのか考えるだけでも頭が痛くなる。

 当然順番も厳格に決まっているので、印が全て分かったとしても何千、何万通りも試さなければならないだろう。

 それに術式が完成したところで、膨大な魔力が必要なため、使いこなせる者はいないという話だった。


「つまり結局、地道にマズイ飯を食い続けるしかないと……」


「そうなりますなっ! 我もお供するゆえ、我が愛しのシャクティーナの為にも頑張ろうではないかっ!」


 エルフ化への道は果てしなく遠く、果てしなくマズイ。

 例えエルフに戻れたとしても舌だけはダークエルフのままだろうなと、私は天を仰ぐのだった。



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