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112話 僕はとうとうヘーゼルカお姉ちゃんと再会したのですが

「え、え? お、お兄ちゃん誰?」


 さっそく話を伺おうとしたのですけど、少女は恐怖で固まっていました。

 手が震えてしまっているのか、両手で持った網籠の中の物がガタガタと鳴っています。

 これはいけません。

 というか当たり前の反応ですね。

 ちょっとイラッとしていたからといって、いきなり筋肉さんをレシビったのは失敗でした。


「怪しい者じゃないですよ?」


 あ、これ駄目なヤツです。

 自分で言っておいて、こんな怪しい台詞あったもんじゃないと気付いてしまいます。


「ひ、ひぃ……っ!」


 引き攣った声を出しながら後ずさる少女。

 う~ん……逃すわけにはいかないのですが。


 あ、そうだ。

 こんな時は遊び人の大先輩。ピエロさんの真似をしましょう。


 僕は懐から紙を取り出し、ささっと花を折ります。

 何をしだしたのかと恐怖の色を瞳に称える少女の前に、折りあがった紙を差し出すと


「え? うわぁっ!」


 ポンッと本物の花へと変わる折紙。

 それを見て、少女は感嘆の声を漏らしてくれました。


「これはお近づきの印です。どうぞ」


 花を少女に手渡しながら視線を合わせ、出来るだけ優しく語り掛けます。


「先ほど武王様に助けて貰ったと言ってましたよね? それはヘーゼルカお姉ちゃんのことで間違いないですか? えぇと髪が長くて、目がキリッとしてて。それで怒るととっても怖いんですけどでも本当は優しくて、しっかりしているのに虫が苦手な女性なんですけど」


 お姉ちゃんの事を思い出しながら必死に説明すると、手に収まった花を見て頬を和らげていた少女が、再び警戒するような視線に戻っていました。


「お兄ちゃん誰? この前来た女の人のお友達?」


「誰のことを言ってるのか分からないですけど、僕はお姉ちゃんの義弟です。お姉ちゃんのことが心配で、探しているんですよ」


「お姉ちゃん……? ひょっとして、ディータってお兄ちゃんのこと?」


「は、はいっ! 僕がディータですっ! やっぱり知ってるんですね!?」


「う、うん……。だけど……」


 なんでしょう?

 ヘーゼルカお姉ちゃんのことを知っているらしい少女ですが、何か言い淀んでいる様子なのです。

 どうしたものかと悩んでいると、不意に名前を呼ばれました。


「あ、いたわっ! ディータっ!」


 どうやらナティ達が僕を探しに出てきたようです。

 軽く身体でも洗ってきたのか、皆さんさっぱりしたお顔。

 旅の疲れを洗い流してきたみたいですね。


「その少女はどなたでしょう?」


 僕と話していた少女に気付いたのか、ラシアさんが小首を傾げていらっしゃいます。

 そこで僕は事情を軽くご説明。

 少女の方も最初は警戒していたみたいですが、歳の近いシフォンの姿が見えて安心したのか、幾分態度が柔らかくなったようでした。


「わ、私ポポルって言います」


 可愛らしくお辞儀しながら自己紹介するポポルさん。

 皆さんも微笑みながら名を名乗り、すぐに打ち解けていきます。

 やはり女の子同士の方が安心するのでしょう。


 ポポルさんはもう一度僕達を見回し、怪しい人物ではないと納得したのか、キュッと網籠を持つ手に力を込めてから静かに言いました。


「武王様のところに案内するから付いて来て」



 ……。



 辿り着いたのは町の裏手にある森の中。

 ここは良く薬草や木の実を取りに来る場所だそうで、ところどころに魔物除けの光晶石も設置してあるそうです。


 けれど凶悪な魔物の中には光晶石の効かない種もいるらしく、木の実を取りに来た少女は運悪く魔物に襲われてしまったとのこと。

 その時それを助けてくれたのが、ヘーゼルカお姉ちゃんなのだそうです。


 パーティーを置いて逃げ出したなどという話は、僕の中にあるヘーゼルカお姉ちゃんのイメージとかけ離れていましたが、少女を守る為に魔物と戦う姿は、在りし日のヘーゼルカお姉ちゃんそのもの。

 そのことに心を温かくしながら、僕は森の中を進んで行きます。


 すると洞窟でしょうか?

 やがて見えてきた巨大な岩には大きな裂け目があり、そこから地下へ入れるみたいです。


「武王様はこの中だよ」


 ポポルさんは、沈んだ声でそう教えてくれました。


「私を助けてくれる時に怪我をしちゃって、この中で休んでいるの。本当は町に連れて行ってお医者様に見せた方が良いと思うんだけど……」


 そう出来ない理由があると?

 ヘーゼルカお姉ちゃんはあらぬ噂の為、冒険者達から蛇蝎のごとく嫌われてしまっていますが、だからといってお医者様が患者を追い返すことなどしない筈です。

 なら他に理由があるのだと考えポポルさんに聞いてみたところ


「武王様が、町には行けないって。だからこうやって、毎日食べ物を持ってきてるの」


 ポポルさんが抱えていた籠は、ヘーゼルカお姉ちゃんに渡す食べ物だったようです。

 毎日来ているということなのでヘーゼルカお姉ちゃんが無事であることは間違いないでしょう。

 そのことに安堵し、ならさっそくと僕が足を踏み出そうとした瞬間。


「んん――っ」


 聞こえました。

 洞窟の中から、確かに声が聞こえたのです。

 僕が知っているヘーゼルカお姉ちゃんの声より、ちょっと高音で甘えるような音色でしたが。

 それでも聞き間違えようのないお姉ちゃんの声でした。

 しかもなんだか苦しそう。

 怪我の状態が思わしくないのかも。

 ならば一刻も早く回復魔法を掛けなければと、僕は走りだそうとして――


「お待ち下さいディータ様」


 ラシアさんにガシッと肩を引き止められました。


「な、なんでですか? ラシアさんにも聞こえましたよね? ヘーゼルカお姉ちゃんの苦しそうな声が」


「苦しそう……いえ、今のはむしろ……」


 何か考え込み、少女と二言三言とラシアさんは言葉を交わします。

 どういうわけだか僕に聞こえないように。

 そうして何か納得したのか、再び僕の肩を掴みました。


「申し訳ありませんディータ様。ここからは私一人で参りますので、少しお待ち頂けないでしょうか?」


「え? え? どうしてですか?」


「そうよっ。どういうことなのラシア?」


 まったく事情が飲み込めないのですが?


「私にも事情は分かりません。ですが、ひょっとしたら今のヘーゼルカ様は、あまり人に見られたくない状態なのかもしれませんから。どうか私を信じて頂けないでしょうか」


 そう言われてしまうと返す言葉がありません。

 心は逸っていますがグッと飲み込み、僕はコクリと頷きます。


「ありがとうございます。あ、念のためリルゼ様も一緒に来て頂いてよろしいですか?」


「え? 私? 別に構わないですけど」


「ではよろしくお願いします」


 ラシアさんはそう言って、リルゼさんと一緒に暗闇の中へと消えていったのでした。


「どういうことかしら? ポポルは何か知らないの?」


 ナティも良く分かっていないようで、首を傾げてポポルさんに尋ねています。


「う、うん。メイドさんに聞かれたのは武王様の怪我の状態と、どんな様子なのかってことだけど……」


「怪我はどうなのですか? すぐに手当てしたいんですけど」


「傷はほとんど治ってるよ。武王様も大丈夫って言ってたし。でも時々、凄く苦しそうにしてて……」


 やはり心配です。

 ひょっとして毒だったり、体の中に怪我をしているんじゃ?

 やきもきしながら待つこと十分ほどでしょうか。

 ようやく洞窟の中から、リルゼさんが出てきました。

 その表情はとてつもなく暗く、それを見ただけで僕の背中に嫌な汗が伝うのです。


「ど、どうでしたリルゼさん!? ヘーゼルカお姉ちゃんは無事なんですか!?」


 すると何故か、リルゼさんは頬を赤らめました。


「大丈夫……なのかな? あ、でも怪我とかはないから心配しなくていいよ。でも……」


「で、でも!? でもなんです!?」


 焦りから、ついリルゼさんに詰め寄ってしまう僕。

 けれどリルゼさんの態度ははっきりしません。

 なんだかモジモジと、視線を逸らしてしまうのです。


 いったいなんだというのか。

 いよいよ焦れったくなってきた頃、ついにラシアさんが出てきました。

 その肩に、ヘーゼルカお姉ちゃんを抱いて。


「お姉ちゃ――」


「駄目です」


 駆け寄ろうとした瞬間、それはラシアさんによって止められてしまいます。

 突き放すような低い声に、思わず僕の足が止まりました。


「今は近付かないで下さい。事情はあとでお話しますから、どうかお願いします」


 ラシアさんの厳しい視線に、僕はただごとではないと心を寒くしたのでした。



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