10話 僕はご褒美を頂けるようです
それからなんだかんだあって、僕は今、玉座の前で跪いています。
もちろんそこには、この国の王様が座っています。
初めて見たけど、立派な髭を生やした紳士的な方です。
横にはナティルリア王女様もいて、静かに僕を見下ろしていました。
ちなみに僕は着替えさせられたし、シフォンは別室でお菓子を食べています。
王様の御前で粗相がないようにっていう配慮らしいですね。
僕なら粗相をしないとでも思っているのでしょうか?
過大評価もいいところです。
「此度の活躍、兵達だけでなくナティルリアからも聞いておる。大義であった」
「あ、ありがとうございます」
返事はこれでいいのでしょうか?
粗相がないようにっていうけど、僕だって王様と話すことなんて初めてだから分かりません。
魔物と戦うのは慣れてるけど、こういう場での知識が著しく足りていないのです。
元賢者なのに、賢くなさすぎて悲しくなりますね。
そりゃあ資格を剥奪されるのも無理はありません……。
あ、泣きそう……。
「なんでもナティルリアを命がけで守り、イビルデーモンをほとんど一人で倒したとか。俄かに信じられぬことだが」
「本当のことよっ! ディータは凄いんだからっ!」
「お、おぅ、分かっておるともナティ。お前の言葉を疑っているわけではないよ」
一人落ち込む僕の前で、なんだか二人は仲良くお話しています。
どうやら死刑にはならなそうだから、もう帰ってもいいでしょうか?
「さてディータよ」
あ、駄目みたいです。
王様が、僕の名を呼んでしまいました。
「は、はい」
「褒美を取らせようと思うのだが、何か欲しいものはあるか?」
え?
ご褒美ですか!? いいんですか!?
てっきり王女様を危険に晒したから、怒られるものだとばかり思ってました。
だって王族って、とりあえず死刑って言っちゃう人達だって聞いてましたから。
でもどうしましょう?
嬉しいけど、あんまり欲張っちゃったらきっと粗相にあたりますよね。
下手したら、やっぱり死刑っていうことになるかもしれません。
う~ん……。
銀貨三枚くらいでしょうか?
王様っていうくらいだから、その程度なら怒られないですよね?
「大金貨十枚ほどが適当だと思うが、それで良いか?」
「だっ!?」
大金貨!?
金貨五十枚で大金貨一枚だから、金貨換算で五百枚!!
……い、いや待って。落ち着いて。落ち着きましょう僕。
これはきっと罠です。
甘い餌で誘ってパックリいっちゃう魔物は、嫌っていうほど見てきたじゃないですか。
素直に「はい」なんて言ったら、死刑間違いなし。カミングスーンです。
「お、恐れ多いです」
「ほう? では何が所望か」
望むもの……大それたものじゃなくて、僕が望むものはなんでしょう?
あ、そうだ。
「ぼ、僕は面倒を見ている女の子と一緒なんですけど……」
「妹であるな。聞いておる」
「シフォンと当分暮らしていくことが出来ればと……」
このくらいなら大丈夫ですよね?
役に立ちそうな新スキルを発見出来るまでだから、三ヶ月くらい暮らせるお金。
大金貨を十枚とか提案してくるくらいですから、金貨三十枚程度なら怒られないはずです。
ごめんなさい許して下さい。
「ふむ。そうか……。家を所望とな」
「い、家っ!?」
そんなこと言ってないですよ!?
なのに
「それは良いわねっ! ならお父様。町外れにある別荘を贈呈したらどうかしら」
「おぉ、あの屋敷か」
「それなら私も、気軽に遊びにいけるものっ!」
と、何故かトントン拍子で話が進んでいってしまいます。
家って、そんなホイホイあげられるようなものでしたっけ?
怖い。やっぱり養母に聞いてた通り、お城の人は危険生物です。
「ではそのように計らおう」
「え? あ、はい?」
「これからも、ナティルリアの良き友であってくれ」
しどろもどろになってる僕をよそに、王様は立ち上がってどこかへ行ってしまいました。
ナティルリア王女様の友?
そんな恐ろしいものになった覚えはないのですが……。
「さ、ディータ。せっかくだから私が家まで案内するわっ!」
困惑する僕を無理やり立たせ、友達(仮)の王女様は楽しげに僕の腕を引っ張っていきます。
よろめきながら着いて行き、シフォンの待つ別室へ入ると、酷く満足気なシフォンがそこにいました。
どうやら甘い飲み物とたくさんのお菓子で、いたくご機嫌のようです。
「シフォン。もう帰るから仕度してください」
「……っ!?」
そう告げるとこの世の終わりみたいな顔をしてから、シフォンはありったけのお菓子を無理やり口に詰め込んでいました。
柔らかそうな頬っぺがパンパンに膨らみ、げっ歯類の様相です。
もし僕じゃなくて養母だったら、そんな行儀の悪いことをしたらお尻ペンペンの刑に処されるところですね。
僕も親代わりとして、これからはちゃんと教育してあげなければいけないでしょう。
と、そんな感じでお城を後にした僕達は、またも豪華な馬車に乗せられ、一路宿屋へ向かいました。
これから貰ってしまった家へ向かうのだけど、その前に宿屋から荷物を持ってこなきゃいけませんから。
王女様も一緒だったから、宿屋に到着すると宿屋のおばさんは顔を青くして「へへぇ~」と跪いています。
うん、怖いですよね。その気持ち、凄く良く分かります。
ごめんなさい。
これ以上おばさんの心労を溜めないため、僕は素早く荷物をまとめて、ちゃっちゃとここを離れることにしました。
それからまた馬車に乗り、ぱっかぱっかと町外れへ向かいます。
信じられないようなことの連続で、僕の頭はもう一杯一杯。
すぐにでも倒れたいくらいです。
「あ、あの~。本当に家なんて貰っちゃっていいんでしょうかナティルリア様」
馬車の中。
正面に座った王女様に恐る恐る訊ねてみると、途端に彼女の顔が不機嫌になってしまいました。
やっぱり罠だったようです。
家をあげると言っておいて、本当に貰おうとしたら死刑。
なんて狡猾なのでしょうか……。
そう思ったけど、どうやら違ったみたいです。
怒ったような顔つきだけど、良く見ると怒っているというより拗ねている? でしょうか。
金色の髪をフワッと揺らせて、王女様はグイッと顔を近づけてきました。
薄いブルーの瞳が、僕を真っ直ぐに射抜いています。
「そのナティルリア様っていう呼び方は禁止っ!」
「え、えぇ……」
「今度からはナティって呼んで。いい?」
なんて分かりやすいトラップ。
そんなの一発不敬罪の一発死刑じゃないですか。
だというのに、今まで足をぶらぶらさせながら外の景色を楽しんでいたシフォンが
「……ナティ」
と呼んでしまって、僕は血の気が引いてしまいました。
なんてこと……。
ごめんなさいシフォン。
僕の教育が足りなかったばっかりに……。
「うん、シフォンちゃんは可愛いわねっ! 可愛い義妹が出来て私も嬉しいわっ!」
おや? 怒られない?
それどころか、王女様はシフォンの頭を優しく撫でていました。
「さ、ディータも呼んでみて」
「な、ナティ……様?」
「様はいらない。次に様付けしたら死刑よっ!」
でた死刑!
養母の言ってた通り、やっぱり王族は危険ですっ!
ここは素直に従っておいたほうがいいでしょう……。
「ナティ」
「うん。よろしくねディータっ!」
そんな感じで薄氷の上を渡るような時間は過ぎ、ようやく別荘とやらに到着しました。
馬車を降りる時なんて、精神的な疲労からもう僕はヘトヘト。
これ以上のイベントは、何でもしますから許してください状態です。
のに……。
「で、で、でっかっ!!」
でっかい家が目の前にありました。
今まで泊まっていた宿屋さんの三倍くらいの敷地に、二階建てのでっかいお屋敷です。
もしかして、家ってこれですか?
物置小屋みたいなものを想像していたのですが、これを貰ってしまったってことですか?
即刻お返し申し上げたい!
しかも馬車の到着を待っていたのか、玄関の前では、メイドさんが恭しく頭を下げています。
「早かったわねラシア。もう着いているなんて」
「掃除も滞りなく完了しております」
「さすがねっ! あ、紹介するわディータ。彼女はラシア。今日から貴方のお世話をするメイドよっ!」
十以上の部屋数、立派な台所、広いお風呂、三箇所もあるトイレ、その他諸々。
今ならメイドさんも付けて、なんとタダっ!
もうストレスがマッハで禿げそうです。
助けて下さいお姉ちゃん……。