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108話 僕は誕生日を祝われます

 ビヒバハの町にある酒場『ドラゴンの丸焼き亭』は、たくさんの冒険者達で溢れていました。

 今日の戦果に大喜びするパーティー。

 傷ついた仲間を心配するパーティー。

 明日の予定に瞳を輝かせるパーティー。

 誰もが期待と不安を抱え、死と隣り合わせの今日を生き延びたことに、安堵の酒を酌み交わすのです。


 そんなドラゴンの丸焼き亭において、僕達のパーティーはやはり異質なのでしょう。

 僕以外みんな女性ですし、ラシアさん以外は子供と言ってもいい年齢。

 しかもそんな華やかさとは無縁の、暗い顔で話し合いを進めているのですから。


「こっちも同じような感じだったよ。『てめぇアイツの知り合いか?』なんて凄まれたこともあったかな」


「なによそれっ! リルゼに言っても仕方ないことじゃないっ!」


 僕達はこうして集めた情報を確認しあっているのですけど、どうにもよろしくありません。

 ヘーゼルカお姉ちゃんの名前まで広く知れ渡っているわけではないのですが、『ディアトリさんのパーティーにいた武道家』もしくは『武王』の名を出すと、誰もが怒り、侮蔑、そんな感情を露にしたのですから。


「皆さんが集めた情報を纏めますと、こういうことでしょうか? ヘーゼルカ様はディアトリ様達と共に魔王の居城へ向かったけれど、戦いの最中。もしくはその直前で一人逃げ出してきた、と」


 ――バンッ!


 ラシアさんの説明を聞き、僕は自然とテーブルを叩いてしまっていました。

 上に並べられた手付かずの料理が揺れ、危うくコップが倒れそう。


「ディ、ディータ様……。申し訳ありません。慎重に言葉を選ぶべきでした……」


「あ……。違います。ラシアさんが悪いわけじゃないです。ごめんなさい……」


 僕は何をやっているのでしょう。

 こんな所まで一緒に来てくれた仲間に、いらぬ誤解を与えて頭を下げさせるなんて。


 そうは思うのに、上手く感情が整理出来ません。


 ヘーゼルカお姉ちゃんが、パーティーを見捨てて一人逃げた?


 そんな筈はない。

 そんなこと、あり得ないです。

 だってヘーゼルカお姉ちゃんは誰よりも強く、優しく、正しい人なんですから。


 なのにこの町の人々は、誰もがそれを信じてしまっている。

 そればかりか、実際に魔王の居城から走り去るヘーゼルカお姉ちゃんを見たという話まで。


 もちろんそれが事実なら、町の人々の感情は正しいです。

 パーティーとは命を預けあう掛け替えのない仲間。

 その絆は、時に家族すら凌駕するほど強いものなのですから。

 楽しければ笑い合い、苦しければ一緒に悩み、辛ければ慰めあう。

 そうして彼等は、日々の戦いを生き抜いているのです。

 それを土壇場で一人逃げ出すなど、到底許されない唾棄すべき行為。

 人口の八割が冒険者と言われるビヒバハの町で、それは殺人より重い罪かもしれません。


 でもだからこそ、あのヘーゼルカお姉ちゃんがそんなことをする筈はないのです。

 だって僕がパーティーにいた頃は、いつも気に掛けてくれて、いつも助けてくれて。

 自分の危険を省みず、僕を守ってくれていたのですから。


 何があったのか分からないけれど、何かがあったのは間違いない。

 なのに事実を確かめもせず、ただ罵る人々にどうしようもない憤りを覚えるのです。


「ディータ……」


 僕は酷い顔をしているのでしょう。

 自分でも分かるくらいだから、周りから見たらもっと。


 隣にいるナティが辛そうな表情で、僕に手を伸ばしかけたり引っ込めたり。

 ラシアさんやリルゼさん。シフォンまでも俯いてしまっていました。


「ナティ。ありがとう。皆さんも。ありがとうございます。――すいませんっ! プル酒を一つ下さいっ!」


 出来る限りの笑顔で感謝を伝え、すぐに店員さんにお酒を注文。

 もう暗い顔はここまで。

 きっと何かの間違いなのだから、今日は楽しく過ごしましょうと、そういうアピールなのです。


 冒険者をしているリルゼさんにはその気持ちがちゃんと伝わったようで、彼女はナティと頷きあってから続けて飲み物を注文。

 ラシアさんは鼻を押さえてウルウルしてますが、悲しんでいる様子ではないので大丈夫ですかね。

 シフォンは……うん。いつも通りに皿の上に手を伸ばし始めてます。


 僕のことでこれ以上皆さんに辛い思いをさせるわけにはいきません。

 それに、僕は信じてますから。

 ヘーゼルカお姉ちゃんを。


 少しずつ普段通りになる皆さんの笑顔。

 ちょっといつもより大げさに笑ったりしているのが、僕の心にジンと温かな熱を灯します。

 いいですね。

 これがパーティー。

 本当の仲間というものなのかもしれません。


「ほらっ! ディータももっと飲みなさいよっ!」


「じゃ、じゃあ次は……ラックス酒をお願いしますっ! ゴドルド大陸の名産ですからねっ! 一度飲んでみたいと思っていたんですっ!」


「ディータ様? ラックス酒は十三歳以上じゃないと飲めませんが?」


 ラシアさんの指摘通り、お酒にはアルコールの度数によって飲める年齢が決まってます。

 プル酒なら十歳以上から。ラックス酒なら十三歳以上から、という風に。

 でも大丈夫。

 だって


「この間誕生日を迎えましたから。もう十三歳ですよ僕」


「そ、そうなんですか? 申し訳ございませんっ! なんのお祝いもせずにっ!」


 ラシアさんが「一生の不覚」みたいな顔をしてますが、仕方ないですよ。

 だって僕自身も、過ぎたあとで気付いたのですから。

 あの頃はカジノの建設で忙しかったので、すっかり忘れていたのです。

 お祝いしていただくほどのことでもありませんしね。


 と僕なんかは思うわけですが、隣に座っているナティもご立腹のご様子。


「そうよディータっ! なんで教えてくれなかったのよっ! 貴方が望むならポードランの半分くらいあげるのにっ!」


 どこの魔王でしょうか。

 誕生日ごとに領地をもらっていたら、死ぬ頃には世界制覇できてしまいますよ?


 そんな感じでワイワイやっていると、突然響く弦楽器の音色。


 ――ポロロロ~ン


「誕生日。それは生まれた事に感謝し、生まれて来てくれたことに感謝され、生んでくれた事に感謝する感謝三段構えの日。まさに特売日。聞いて下さい。『貴方と私と誕生日』」


 え? っと呆気に取られているうちに始まったのは、どうやらピエロさんの独奏のようです。

 いつの間にか酒場に来ていたピエロさんが、弦楽器を掻き鳴らしながら歌っています。お~いえぇ~、と。


 呆然としてしまったのは僕達だけのようで、周りの冒険者さん達はその歌に合わせて歌い、踊り、飲み直しています。

 この町では、名の知れた方なのかもしれません。

 流しの弾き語りさんでしょうかね?

 演奏も歌もとてもお上手で、エリーシェさんの教育をお願いしたいくらいです。


「さんきゅー!」


 ジャラーンと余韻を引くように弦が弾かれ、ピエロさんは右手を上げてご満悦。

 そこに冒険者さん達からの拍手喝采が飛び交っていました。おひねりも。

 きっと今の歌は僕へ、ですよね?

 なら僕もおひねりを――と金貨を取り出そうとしているうちに、いつの間にやらピエロさんが僕の隣。

 ナティを押しのけて座って来ていました。


「ちょっ!?」


「まぁまぁ。今は夜。夜は酒。酒と人生は楽しくってね」


 抗議しようとしたナティを謎語録で制止し、さっそくお酒を注文しだしたピエロさん。

 何者か分かりませんけど、自由人ですねぇ。


「あ、今の歌は僕にですよね? ありがとうございました」


 びっくりして忘れてましたが、御礼を言い直しておひねりを渡そうとすると、ピエロさんは手を振ります。


「なになに。ちょいと誕生日だって話を小耳と心に挟んだからね。しがないピエロからの贈り物さ」


 ニヒルに顔を歪めたピエロさんは、運ばれてきたお酒をクイッと傾け、僕にウィンクしたのです。


 改めて見ると、なんでしょうかねこのピエロさんは。

 頭にはボンボンのついた二又帽子。お顔は白塗りにして、赤く大きな三日月の目と口。

 頬っぺたの星模様がチャームポイントでしょうか?

 紅白の縞模様になっている服装も、目に痛いほどピエロです。

 声から察するに男性のようですが年齢は不詳。

 洞窟内で出会ったら、先制攻撃已む無しな格好でした。


「もうなんなのよっ! そこ私の席なんだけどっ!?」


「ハハッ。これはこれはそういうことかい? こいつぁ失敬僕は滑稽ってね。空気を読めないのもピエロの特権ってことで一つ」


 言いながらクルリと回って席を立ったピエロさんは、ナティに席を譲ってそのまま空いていたラシアさんの隣へ。

 席次には拘らないけれど、僕達とテーブルを囲むことには拘るご様子です。


「えっと、何か御用でしょうか? 歌ってもらったことには感謝してますけど」


「いやいや。こう見えて僕は情報通。ピエロの耳には町のあらゆることが入っては出て行くのさ。出入り自由のオールフリー。セキュリティなんてあったもんじゃない」


「そ、そうですか? つまり?」


「うんうん。君達。武王を探しているんだってね? ちなみに僕は恋を探しているのだけど、昨日近所のネコが咥えて行ってしまったよ」


 さっぱり意味の分からない話ばかりですが、しかし武王。

 ヘーゼルカお姉ちゃんの呼称が出たとなれば無視出来ません。


「何か知っているんですか?」


 グイッと身を乗り出して訊ねれば、ピエロさんの口が三日月から半月に。

 感情は読み取れませんが、悪い人ではなさそうです。


「そうそう。知ってはいないけど知っているのさ。それを迷える子羊達に教えてあげたくてね。ちなみに僕は人生に迷っているけれど」


 笑っているのかそうじゃないのかも判別不能なピエロさんにお酒を注いで、僕達は彼の話に耳を傾けることにしたのでした。



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