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106話 ミントが知った舞台裏

 ****  ミント視点  ****


 なんとも奇抜な町、というのがガレジドスの首都グーズワースの第一印象だった。


 終点駅はグーズワースを囲う外壁の手前にあり、そこで降りてから衛兵による身元の確認。

 ダークエルフとバレ驚かれはしたが、紹介状を見せると納得顔で町の中へと通された。

 今まではダークエルフを恐れる人間ばかりだったので、私は拍子抜けしてしまう。


 町の中はパッと見では他の国々と大差ないが、細かいところが全然違うようだ。

 例えば井戸がない。なぜなら魔法で水を出すから。

 例えば竈がない。なぜなら魔法で火を起こすから。

 この町は基本的に、何から何まで魔法で成しているようだった。

 中には風魔法と火魔法を組み合わせ、温風を噴き出すような物まであるので、ただ魔法を使うだけじゃなく、より便利な使い方を模索しているようにも見える。

 ガレジドスという国は、魔法馬鹿と揶揄されるだけのことはあるようだった。


 衛兵には止められなかったが念のためフードを被りなおし、私は王城へと向かう。

 城門の前には当然ながら警備兵が歩哨しており、彼等に取り次いでもらうのが良いらしい。

 紹介状を取り出そうと懐に手を入れると、やや警戒した警備兵。

 だが取り出したのが紙切れだと知り、相好を崩して近寄ってきた。


「ここはガレジドス王城だけれど、どんなご用かなお嬢ちゃん」


 相好を崩すどころかニッコニコだ。

 ロリコンなのだろうか?


「ポードランからの紹介状だ。検めてくれ」


 紙を渡すと警備兵は少し驚いた様子を見せたが、すぐに手の平を紹介状に翳す。

 淡い光を受けた紹介状には、さっきまで見えなかったポードランの国印がくっきりと浮かび上がっていた。


「失礼致しました。今案内係りを呼びますから、少しお待ちいただけますか?」


 私を賓客と認めたらしく、折り目正しい敬礼を見せる警備兵に、私は大仰に頷いてやる。

 すると間もなく案内係りとやらがやって来て、私を城の中へと導いてくれた。


「ご用件は宮廷魔術師長への面会でよろしいでしょうか? 陛下への謁見をお望みでしたら、数日内に場を設けさせて頂きますが」


「いやそれには及ばない。私の目的はその魔術師長とやらで叶うからな」


「左様ですか」


 秘書然とした妙齢の女性に案内され、ガレジドス王城の中を歩く。

 過度な装飾が見られない王城内だが、ところどころの壁に大きな肖像画が掛けられている。

 名前を見る限り、歴代国王はもちろんだが、歴代魔術師長の肖像画もあるようだ。

 それだけこの国では、魔法というのが重んじられているのだろう。


「こちらの部屋でお待ち頂けますでしょうか。魔術師長は現在執務中ですので、しばらく時間がかかると思いますが」


「あぁ分かった」


 通された部屋は十畳ほどの応接間。

 床には不思議な紋様の絨毯が敷かれているが、これは魔方陣かもしれないと思い当たる。


 少し硬めのソファに腰を落ち着け、出された茶を飲んでみたが、とても苦くて二口目に手は伸びなかった。

 そういえば以前住んでいたポードランの森でも、苦味のある茶葉が自生していたな。

 ディータと初めて会った時に飲ませてやったっけ。

 初対面のダークエルフに出された茶を躊躇いもなく飲むなど、本当に無防備な奴だ。

 でもなぁ。

 たったそれだけのことで泣きたいほど嬉しくなってしまったんだから、私も大概無防備なのかもしれない。


 手持ち無沙汰になっているからか、昔のことなど思い出して私は頬を緩めてしまっていた。

 なので突然バタンと扉が開かれた音に、思わず身体がビクンと浮いてしまう。


「本当だっ! 間違いないぞっ! いつぞやのダークエルフ殿だっ!」


「そう聞いたから来たのでしょう。城内ではお静かに願います」


 魔術師長が来たのかと思ったが、なにやら騒がしい男が二人。

 しかも聞き覚えのある声に、私はゆっくりと首を回した。


「お、お前等……。ディータランドに来ていた二人組か?」


「おぉっ! 覚えられているとは感動だなっ! 感動だなっ!」


「二度も言うほど大切なことでしたか? 二度も言うほど大切なことでしたか?」


 どうやら間違いなさそうなので、私は思わずこめかみを押さえた。

 いやコイツ等はたぶん悪い奴等じゃない。

 私にディータランドが不振である理由を教えてくれたし、ダークエルフだと騒ぎ出すこともしなかったのだから。

 しかし何故ここにいるのか。

 それが分からなくて、途方に暮れてしまったのだ。


「おい見ろっ! 何やら悩んでおられるぞっ! 何の悩みだろうなっ! エロいことだと思うかっ!?」


「思いませんのでご自重下さい殿下。品位が疑われますし疑ってます。主に私が」


 騒ぐだけ騒いだ男は私の前のソファにどっかりと腰を下ろし、もう一人はその後ろに立って冷ややかな視線で男を見下ろしていた。


「申し遅れましたが、こちらはリュメルス・ガレジドス王子。我が国の第三王子という立場に残念ながらあらせられるお方です」


「うむっ! リュメルスだっ! 気軽に殿下と呼ぶが良いっ!」


「私はその守役を務めることになってしまいましたペギルと申します。以後お見知りおき下さい」


 衝撃の事実。

 まさか王子だったとは……大丈夫かこの国。

 とはいえ一国の王子を前に名乗らぬわけにはいかないので、私も名乗っておくことにする。


「エルフ族が族長グーダンの娘ミントだ。こちらこそよろしく頼む」


「なんとっ!? 族長殿の娘であるかっ!? ならば王子である私とは同じような立場だなっ!」


 いやいや。全然違うだろ。

 国の王子と村長の娘だぞ。ドラゴンの子供とグロウシェルの子供を、子供には変わりないと言うくらいの暴論だ。

 呆れていいものか笑えばいいのか、対応に苦慮している私をよそに、リュメルス王子は更にギアを上げていた。


「ペギルおいペギルっ! こういうのを運命とか呼ぶのであろうっ!」


「違います」


「そうだなっ! やはり運命的であるなっ!」


 以前も思ったが、コイツ等を前にすると一向に話が進まん。

 まるでディータに迫る私のようじゃ……いやいやっ! アレとは全然違う筈だっ!

 なんだか気分がとてつもなく落ち込んでしまったので、私は苦い茶で意識を取り戻すことにした。


「ほうっ! 我が国のボラ茶が気に入ったかっ!」


「いや全然。なんだこれ。苦いだけだぞ」


「はっはっはっ! それはそうであろうっ! しかしこのボラ茶っ! 飲めば魔力を回復してくれる素晴らしい茶なのだぞっ!」


 あぁなるほど。

 なんでこんな苦い茶が平然と王宮で飲まれてるのかと思えば、そういう理由があるのか。

 どこまでも魔法馬鹿な国というわけだ。


「しかしてミント殿っ! この城を訪ねたということは面倒ごとが片付き、我が下に就職しに来たというわけだなっ!」


「いやそういうわけじゃ……おい? なんで面倒ごとが片付いたと知ってる」


「ん? 片付いておらんのか? 確かに兵達には、思う存分遊んで金を使って来いと命じた筈だが? そうだなペギル」


「はいそのように。資金は殿下のポケットマネーから拝借しましたので、全部使って良いと命じておきました」


「ま、待て待てっ! じゃあなにか? 私達が救われたのは、お前達のおかげってことか?」


「勘違いしては困りますミント様。もちろん殿下にはそのような意志しかなかったでしょうけれど、それがなくともディータランドの視察は行われていたでしょう。あれほど魔法を活用した素晴らしい施設です。後学のために見ておくのは当然かと」


 そうだったのか。


「いや何にせよ助かった。ありがとう」


「なに構うなっ! おかげで我が国にも電車が開通したのだっ! 本当に素晴らしい施設であったぞっ! ダークエルフを見たという情報をくれたポードランの宰相殿には感謝だなっ!」


「宰相? 何故そこで宰相が出てくる?」


「もともと我がディータランドを訪れたのは、宰相殿がダークエルフについて聞いてきたからなのだっ! あまりに必死にダークエルフの生態を聞いてくるので問い質したところ、実際に見たというではないかっ! 半信半疑ながらも、我は藁にも縋る思いでディータランドを訪れたというわけよっ!」


 ぶ――っ!!

 思わずボラ茶を噴き出すところだったじゃないかっ!


 しかしそうか。

 宰相の奴、私を警戒するあまりダークエルフについて調べ、ガレジドスを頼ったのか。

 その結果として王子がディータランドを訪れ、更に兵達が送り込まれて多大な利益をもたらした。


 あの宰相、まさか自爆したとは思っていまい。

 確かにこれは、ディータが起こした奇跡なのかもしれん。

 一人納得しながらほくそ笑んでいると、突然リュメルスが立ち上がって腰を折った。

 一国の王子が、ダークエルフの小娘に腰を折ったのだ。


「な、なんだっ!? いきなりどうし――」


「頼むミント殿っ! 我が研究に協力してもらえまいかっ!?」


「け、研究?」


 そういや「藁にも縋る思い」とやらで私に会いに来たと言ってたな。

 それと関係があるのだろうか?

 どういうことだと王子の後ろに控えるペギルに向けると、彼は静かに事情を語りだしてくれた。


「リュメルス王子には、溺愛する妹君がおられます。名をシャクティーナ様と仰り御歳十五歳になられるのですが……」


「そのシャクティーナがゴドルド大陸へ魔法素材の採取に赴いた際、淫気に当てられてしまったようでな」


 淫気に当てられたとはなんだ?

 私が首を傾げると、実際に見てもらった方が早いと、彼等は私を城の地下牢へ案内した。

 リュメルスの妹となれば、当然王の血を引く王女だ。

 それが何故地下牢などにいるのか。

 その理由は、すぐに判明した。


「んぁ――っ! お兄様っ! リュメルスお兄様ぁ――っ!」


 地下への扉を開いた瞬間、少女の甘ったるい声が聞こえてきたのだ。

 異様な気配に怖気づきながら二人の後を追うと、牢の中。

 見目麗しい少女が瞳を潤ませ、もじもじと何やら蠢いていた。

 何をしているのかなど、辺りを漂う淫臭で誤魔化し様もない。


「これは……? これがシャクティーナ?」


「あぁ、そうだ。妹はずっとこの様な状態になっておるのだ」


 痛ましいものを見るように、リュメルスは溺愛していたという妹に視線を送る。

 それだけで、シャクティーナ王女の身体がピクンと跳ねていた。


「視察に同行していたのは女官だけだったのが幸いしたが、ここから解き放った瞬間、シャクティーナは男達に襲い掛かってしまうだろう」


「お、おい……それって……」


「まるで伝承に語られるダークエルフのように……だ」



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