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105話 ミントの一人旅

 ****  ミント視点  ****


「うぇぷ……っ」


 なぜ船は揺れるのだ?

 揺れる必要がどこにあるのだ?


 どうにもならない理不尽さと、もう胃液しか残ってないのに尚も逆流してくる何かを海へ吐き出しながら、私は船旅を続けていた。

 思えば一人で旅をするなんて、エルフ村を飛び出して以来のこと。

 人に会うのが怖くて、ダークエルフとばれるのが恐ろしくて。どこにも出られなくなっていた私だが、今こうして旅立つ決意が出来たのはきっと彼のおかげだろう。


 勝手に出て行ってしまって怒ってないか?

 呆れてないか?

 それとも、少しくらい心配してくれているか?


 そんなことを考えると今からでも帰りたくなるが、しかし甘えるわけにはいかない。

 こんな私を恋敵と認めてくれた王女の気持ちに応えるためにも。王女に負けないためにも。

 私はこの身体を元に戻さなければならないんだから。


 いくらかマシになってきた嗚咽。新鮮な空気を吸い込もうと顔をあげる。

 遥か霞んでいた大陸は、もうはっきりと輪郭が見えるところまで近付いてきていた。


「ようやく着い……おぇ……っ」


 もう一度海の魚達に餌を口から撒き、私はここまでの経緯を思い出す。



 ……。



「これはミントさん。今日はどういったお話で?」


 王女に取り次いでもらいポードラン城へ出向いた私は、宰相の執務室に通されていた。

 まったく飾り気のない広い部屋は最低限の棚や机がある程度で、質素というよりいっそ寂しい。

 壁にはところどころ釘が打ち付けてあるので、ひょっとしたら絵画などが飾られていたのかもしれないが。

 そんなところからも、ポードランの困窮具合が見て取れるようだった。


 その中央。

 職場復帰した宰相は執務机に向かい、スラスラと羽ペンを動かしているところだった。


 正直なところ、この老獪な老害に良い印象はない。

 策謀を巡らし、ディータを嵌めようとした人間だからな。

 深々と皺が刻まれた柔和な面立ち。好々爺という雰囲気を醸し出しているが、私は油断なく宰相を見つめる。


「今日は魔道師が近くにいないというのに、随分と気楽に構えるじゃあないか」


 少し挑発してやると宰相は手を止め、ゆっくりと顔を上げる。

 しかし特段焦っているようにも、怒っているようにも見えなかった。


「好んで問題を引き起こすほど愚かではないでしょう?」


「知った風な口を聞く」


「ほっほ。調べましたからな。ディータさんの周りにいる者の性格や趣味思考は。それでも事は上手く運びませんでしたが」


 やれやれと溜息を吐いて見せる割に、その表情は穏やかなままだ。


「あの真っ直ぐさ。純粋さは、策謀の中で生きてきた老体にはいささか眩し過ぎた。毒と言っても過言ではないほどに」


「否定しきれないところだ」


 苦笑しながら私も思う。

 本当にディータの純粋さは危険だ。

 どれだけ勘違いしそうになったか。自分を律していないと大変なことになりかねん。


 同じようなことを思ったのかどうかは知らないが、宰相はしばらく遠くを見つめていた。


「ディアトリ殿が魔王を倒した勇者ということになりましたが、私にはディータさんのほうがよっぽど勇者に相応しく見えまする。真っ直ぐさ、優しさ、そして奇跡。全てを備えているようですからな」


「奇跡などと軽く言ってくれるなよ。アレはアイツの努力の賜物だ」


「それは十分承知してますが、それだけで成せるようなことでもないでしょう。リルゼさんとの再会も含め、そういう星の下に生まれる人間というのはいるものですよ」


 奇跡か。

 まぁアイツが並々ならぬ星の下に生まれたってのは分からなくないが。

 なんとなく納得してしまっていると、宰相が再び私に視線をもどしていた。


「して、ご用件は? 姫様の頼みですしミントさんにもご迷惑をお掛けしたので、話を聞くのに吝かではないのですが、そう時間に余裕のある身でもありませんのでな」


「あぁ分かっている。手短に話そう」


 私としてもこの老人と話し込むつもりはない。

 ソファを勧められたがそれを断り、さっそく本題へと移らせてもらう。


「ダークエルフの魔性を封じられるというのは本当か?」


 私の言葉に、宰相の瞳がスッと細まった。

 真意を探ろうとしているのだろう。

 いらぬ勘違いで警戒してもらっては困るので、すぐに補足しておく。


「本当なら本当で構わないし、嘘だからといって国を攻め滅ぼそうなどと思ってはいない。もとよりそんな力がないことは、私が一番良く分かっているからな」


「でしょうな。幼態ではそれほどの力は有していないと聞いておりますれば」


「やはり知ってたんだなっ! どこで知ったっ!? 誰から聞いたっ!?」


 ふむ、と頷いた宰相は、再び好々爺の仮面を被る。

 そして手元の紙にサラサラとペンを走らせ、それを差し出してきた。


「それは?」


「情報の提供元。ガレジドスという国への紹介状です」


「ガレジドス……だと?」


「おや? お知り合いでしたか?」


 ミリアシスから遥か南にある大国ガレジドス。

 一時期は大船団を率いてミリアシスに上陸し、あわや戦争かと思われた彼の国だが、結局あそこの兵達はディータランドで遊んで帰っていっただけだった。

 まぁおかげで大幅に売上を伸ばすことが出来たので、ある意味では命の恩人ともいえる。

 妙な縁だと口元を緩めた私を、宰相は訝しんでいるようだ。


「いや、そういうわけでもない。……で、そのガレジドスに行けば何か分かるのか?」


「彼の国は、こと魔法研究に関しては世界一。特に今では使える者のいなくなった、失われた古代魔法、神代魔法などの研究をしているのだとか。最近ではダークエルフに関することも研究対象らしいので、ミントさんが欲する物を持っている可能性はあるでしょうな」


「なんで魔法研究にダークエルフが関係あるんだよ」


「さぁ、そこまでは」


 差し出されていたガレジドスへの紹介状とやらを引ったくり、私は宰相に背を向けた。


「ミントさんの実年齢は知りませんが老婆心ながらご忠告致しますと、研究対象というだけで好意的とは限りません。行くのでしたら十分にお気をつけを」


「心配するな。お前より年上だ」


 え? と目を見開く気配に溜飲を下げ、私は今度こそ宰相の執務室を後にしたのだった。



 ……。



 港に着けば、そこはもうガレジドス領。

 水夫達が運ぶ荷物にも、炎と氷が調和したようなイラスト。ガレジドスの紋様が描かれている。

 船を降り、ようやく揺れない地面に安堵しながら入国審査ゲートへ。

 そこで宰相から貰った紹介状を見せると、係りの人間は懇切丁寧に驚くべきことを教えてくれた。


「王城や魔法研究施設がある首都グーズワースまでは、馬車ですと七日程かかりますが、賓客となれば電車も利用可能です。これですと二日程で到着しますけれど、どちらになさいますか?」


「電車っ!?」


「はい。これは我が国が誇る最新技術の結晶でして、速度、快適性、安全性において、馬車の比ではありません。是非一度お乗り頂き、ガレジドスの魔法技術の高さを実感いただければと思います」


 おいおい。

 コイツ等がディータランドに来た理由って、もしかして技術を盗みに来てたってことか?

 いやだとしても、この短期間でアレを実用化にまで漕ぎ着けるとは……。

 大体神伝えの石はどうしたんだ?

 あれがなきゃ動かんだろ。


 様々な疑念はあるものの好奇心には勝てず、私は電車をオーダー。

 馬車に比べれば随分と時間も短縮できるため、この日は宿を取って体調の回復に努め、翌日さっそく電車に乗り込んだ。


「本当に電車だ」


 乗り場である駅からは、遠く地平線まで線路が続いている。

 その上を、ディータランドでお馴染みの乗り物が走っているのだ。

 もっともこちらはずっと屋外を走るからか、ディータランドの物と比べて、客車もしっかりしている。

 木製だし冷暖房はないので異界のレベルには追いついていないが、その前身、前々身くらいにはなっているんじゃないか?

 恐るべしガレジドス。


 ただし動力に関しては、やはり神伝えの石がなかったらしい。


「レシビルっ! レシビルっ! んん~っ、レシビルっ!!」


 人力だった。

 機関車内には魔法使い達が常駐し、交代性で魔法を撃ち続けている模様。

 ところどころの駅で停車するのは、そこで降りる人間がいるというより、魔法使い達を交代させるためなのかもしれない。


 線路の両脇には光晶石が等間隔で設置されているが、魔物除けなのだろう。

 ミリアシスと違って魔物が頻繁に出現する土地らしいので、こういった処置が必要なのだ。


 ガタゴトと車内は揺れるが、船と比べればなんてことはない。

 むしろ揺り籠に揺られているようで、心地よさすら感じるほど。

 その揺れに身を任せ、時折うたた寝しながら楽しむこと二日。

 私はようやく目的地。ガレジドス国首都グーズワースへと辿り着いたのだった。


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