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104話 僕が知った過去の無知

 翌朝僕は、リルゼさんの実家である道具屋を訪れていました。

 ナティ達はお屋敷で待機中。

 まさか王女を連れ歩くわけにはいきませんから。


 道具屋に到着するや否や、断って下さいと祈りつつ、さっそくリルゼさんに事情をお話をしたのですが


「うんっ! いいよっ!」


 僕の希望は秒速で打ち砕かれたのでした。

 リルゼさん、断るどころかノリノリ。

 すぐにお店の奥へと引っ込み、旅の仕度を始めてしまったようです。

 それを店主であるリルゼさんのお父さんが、顔を渋くしながら眺めていました。


「すいません……。ご心配をおかけするようなことになってしまいまして……」


「まぁなぁ。あいつにゃあんまり危険な真似して欲しくはねぇんだがよ……。特に、一度死に掛けてるみてぇだし」


 それはケルベロスの時のことですね。

 僕の到着があと数分遅ければ、その懸念は現実のものとなっていたでしょう。


「で、でしたら店主さんから言って下さいませんか? そんな危ないところに行くなと」


「おいおい。おめぇが誘ったんじゃねぇか」


 そうなんですけどねっ! そうなんですけどねっ!!

 本当は僕だってこんなお誘いはしたくないんですよ?

 でも誘ったけど駄目でしたってナティを騙すのも気が引けますし、どこにいるか分かりませんけどリヒジャさんは付いて来ている筈ですから。

 あとで「ディータはリルゼを誘ってなかった」とか報告されたら、白い目で見られるのは確実。

 特にシフォンからは絶縁されかねません。

 そんなことになろうものなら、僕はショックで立ち上がれなくなってしまうでしょう。

 なので、血涙を流す気持ちでのお誘いなのです。


 そんな僕の心情など知る由もない店主さんは、腰に手を当て諦めたように嘆息。

 けどリルゼさんの背中を見守る視線は、どこか温かみのあるものでした。


「ま、しょうがねぇだろ。冒険者になるってのはあいつの夢だったし、今じゃ言うだけの実力を持ってるみてぇだしよ」


 へへっと寂しげに笑う店主さんには、巣立つ子供を見守る親の悲哀が感じられます。


「けど頼むぜ? おめぇ強くなったんだろ? リルゼを守ってやってくれよ?」


「えぇ。それはもちろん」


「しっかしあんな指輪を持ち込んだ坊主が一端に成長するたぁな。才能がねぇなんて思ってたが分からねぇもんだ」


 ふと昔を懐かしむような声音の店主さんでしたが、僕はその言葉に引っかかりを覚えました。

 あんな指輪?

 どういうことでしょう?

 僕がこのお店に持ち込んだのは、魔力を底上げしてくれる指輪だった筈。

 とても役に立つ魔道具なわけで、「あんな」なんて言われ方をする物じゃないのです。


「やっぱ強くなるには地道が一番って坊主も身に染みただろ?」


「それはそうでしょうけど……どういうことです? あの指輪、何かおかしなところでもありましたか?」


「おかしいも何も呪いが掛かってただろ」


「え?」


「新しくスキルを覚えることが出来なくなる呪いだ。まぁその反動で魔力を底上げしてくれるわけだが……って、もしかして気付いてなかったのか?」


 店主さんの言葉は、もうほとんど聞こえていませんでした。


 スキルを覚えられなくなる呪い?

 そんな筈ない。

 だってあれは、ディアトリさんから貰った指輪です。


『効果がなくなるから、決して外してはいけないよ』


 疑いもなく信じてましたが、もしかしてあの言葉はその為に?

 僕が賢者資格を失ったのは、ディアトリさんに仕組まれていたということなんですか?


『ちゃんと君を成長させてあげられなかったことは申し訳ないと思うよ』


 知っていて。

 分かっていて、そんな言葉を掛けていたと?


『一年ごとの職業更新で、なんの成果も見せられなかったんだ。諦めたまえディータ君』


 どの口がっ!

 僕を嵌めておいて、どの口でそんな事をっ!!


「ディ、ディータ君どうしたの? もしかして、泣いてる?」


 いつの間にか目の前にはリルゼさんがいて、彼女はすっかり旅立つ仕度を終えていたようでした。

 そんな彼女は心配するように僕を覗きこみ、それから店主さんに食って掛かったのです。


「ちょっとお父さんっ!? ディータ君に何を言ったのっ!?」


「お、俺っ!? な、なんも言ってねぇぞ? なぁ坊主? 俺のせいじゃねぇよな?」


 いけません。

 変な誤解でリルゼさんと店主さんが喧嘩になってしまいます。

 僕はゴシゴシっと目元を乱暴に拭い、努めて笑顔を作りました。


「い、いえ。なんでもありません」


「だってディータ君……」


「本当になんでもありませんから。ちょっと自分の世間知らずっぷりに呆れていただけです」


 そうです。

 本当に僕は、何も知らない子供だったんです。

 でも今なら、少し分かります。


 ディアトリさんは、僕を疎ましく思っていたのでしょう。

 彼は事あるごとにヘーゼルカお姉ちゃんに近付こうとしていましたが、ヘーゼルカお姉ちゃんは僕を理由に彼を遠ざけていましたから。

 それが気に食わなかったのだと、今なら理解出来ます。


 彼も。

 勇者候補だなんだと持て囃されていても、ディアトリさんもただの人間なのですから。

 僕が過剰に彼を神聖視していただけ。

 強く、優しく、完璧な勇者候補。

 そんな偶像を当てはめていただけなのです。


 けれど


「急ぎましょうリルゼさん。ちょっと心配事が増えました」


 戻って来なかったヘーゼルカお姉ちゃん。そしてディアトリさんのあの態度。

 僕がパーティーを抜けた後で彼等に何があったのかは分かりませんけど、何かあったのは間違いないでしょう。

 そしてそれは、ヘーゼルカお姉ちゃんにとって良く無いことである可能性が高いのです。

 なら今は、とにかくヘーゼルカお姉ちゃんの無事を確認しなければ。

 もし万が一お姉ちゃんに何かあったのなら。

 それがディアトリさんの仕業であったなら。


 僕は、自分を止めることが出来ないかもしれません。


「う、うん。ディータ君がそれでいいならそれでいいけど……なんか顔、怖いよ?」


「そう、ですか? 大丈夫です。もう落ち着きましたから」


 もちろん嘘ですが、これから共に旅をするリルゼさんに余計な心配をかけるわけにはいきませんし。

 なるべくいつも通りを心がけ、僕と彼女はお屋敷へ戻ることにしました。


 けれど心の中では、生まれて初めてと言えるほど、黒い炎が燃え盛っているのです。

 もう賢者ではなくなって久しいからでしょうか。

 どうやら開いた筈の悟りとやらは、再び閉じてしまったようでした。



 ……。



 なんとか呼吸を整え、気持ちを落ち着かせ、お屋敷に辿り着いた頃にはようやく普段通り。

 旅立つ仕度を終えていたナティ達を連れて、そのまま港へ向かうことになりました。


 ポードランの港からだとゴドルド大陸への直行便はないので、一度北東にあるリゼルバイスという町を目指し、そこで乗り換えてゴドルド大陸の玄関口であるビヒバハへ。

 合計で三週間の船旅です。

 サーフボードは返して頂いているのですが、さすがに五人乗りは無理ですからね。

 時間が惜しいとはいえ、仕方のないところです。


 最近は船旅というといつもヘロヘロになる方が一緒でしたので、船に弱い方がいらっしゃらないと少し物足りない感じ。

 ミントさん、一人旅に出てしまいましたけど大丈夫でしょうか?

 遠くの空に、褐色エルフさんの無事をお祈りする僕なのでした。


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