103話 僕達の新パーティー
ダイニングには僕とシフォン、ナティ、ラシアさんが集結。あと、恐らくリヒジャさんも。
どういうわけか彼女は、いまだに僕を監視しているようなのです。
とまぁそれはさておき、テーブルを囲んだ僕達は、さっそくいなくなったミントさんの行方と僕の今後の予定を話し合います。
「ミント、どこへ行ったのかしら」
付き合いは浅いですが、ナティは本気でミントさんの事を心配している様子。
忙しなく視線を彷徨わせ、思い当たる節でも探しているのかもしれません。
「そういえば宰相に会いたいと言っていたから会わせてあげたんだけど、そこで何かあったのかも……。だとしたら私のせいよね? ミントがいなくなったのって」
「落ち着いてくださいナティ。別にナティのせいとかじゃないですよ。ちゃんと書置きも残っているんですし、あくまでもミントさんの意思でいなくなったのですから」
顔を青くしたナティを落ち着かせつつ、僕は考えます。
ミントさんが宰相さんに会いたがった理由は、恐らくアレでしょう。
金貨を持ってきた時に謁見の間で待機していた魔道師部隊。
ダークエルフの魔性を封じ込める特殊な結界を張れると言っていましたから、それがどういったものか聞きに行ったのだと思います。
きっとそれが、自分をダークエルフからエルフに戻す方法に繋がると信じて。
その結果が旅に出るという結論であるなら、なんらかのヒントを得たからこその旅だと予想出来ます。
何故僕に相談してくれなかったのか。
ミントさんの魔法研究に協力すると言った僕なのですから、せめて話くらいは聞かせて欲しかったと、少し歯がゆい気持ちはあります。
けれどミントさんは考えなしな方じゃありませんから、そうするべきだと判断してのことでしょう。
心配な気持ちは残りますが、心配するなという彼女の言葉を信じるしかありません。
となると、残された問題は僕のこと。
「ミントさんとは別件ですが、僕も旅に出ようと思います」
「そ、そうなの? いったいどこへ行く予定?」
「ゴドルド大陸です」
危険な場所だとナティも知っているようで、少し顔を俯かせて悔しそうなお顔を見せていました。
「……やっぱり、お義姉さんを探しに?」
「はい」
ディアトリさんと僕の会話はナティも聞いていたので、ある程度の状況は把握しているようです。
ただ彼女は神伝えの石の紛失や、それにまつわる勇者の真偽に関しては知らないので、僕がディアトリさんを疑っていることにまでは及んでいないでしょうけれど。
「そういうことですので、申し訳ありませんけどナティ。シフォンをこのままここに預けていきたいのですが、お願い出来るでしょうか? もちろん生活費なんかはディータランドからの収入をそのまま当てて頂いて構いませんので」
「無理よ」
「……やっ!」
おぅ……。
よもやのダブルお断り。
シフォンは置いていかれることへの反発。
ナティはなんでしょう?
「シフォン。ちょっと静かにしてもらっていいですか? 僕はナティと話がありますから」
「……やなのっ!」
いつぞやの光景をリフレインでしょうか。
しかしあの時とは状況が全然違います。
彼女はここに残ることで、絶対的な安全と生活が保証されるのですから。
それに向かうのは世界でも有数の危険地帯ゴドルド大陸。
絶対に連れてなどいけません。
「着いて来たいと言うのでしょうけど駄目です。ナティがシフォンを預かるのが嫌だとしても、誰か別の方にお願いしますから。例えばミリアシスの教会なんか――」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよディータっ! なにもシフォンを預かるのが嫌だとは言ってないわっ!」
「え? でも無理だとさっき……」
「そういうことじゃなくて、私も着いて行くんだから預かれないでしょ?」
……はい?
「いや、それこそ駄目ですよ。ゴドルド大陸ですよ? 分かってますか?」
「それがなに? ディータがいる場所が私の居るべき場所だもの。それがゴドルド大陸だろうが海の底だろうが、たいした問題じゃないわ」
海の底は無理じゃないでしょうかね。
それとも潜水に自信をお持ちで?
ちなみに僕は、三十秒くらいでギブアップです。
「たいした問題ですよ。この間ポードランを脱出しようとして捕まったこと、もう忘れたんですか? 今度こそ王様に処刑されちゃいますよ」
「それこそたいした問題じゃないわ。お父様のことならもう説得済みだから。今後ディータと私のことに口を挟まないって約束させてあるわよ?」
えぇ?
それ絶対説得とかじゃないでしょう!?
最近のナティは、女帝なみの強権を発揮しているようです。
末恐ろしい王女様だと戦々恐々でしょうか。
「だとしても、やはり連れていけませんよ。どれだけ危険か僕にだって分からないんですから。ラシアさんも何とか言ってください」
これは説得が難しそうだと、僕は良識人のメイドさんにヘルプを頼むのです。
「凶悪な魔物に襲われる王女っ! それを守る為、勇猛果敢に立ち向かう少年っ! 尊いですねっ!」
スーパー人選ミス。
彼女は良識人であると同時に夢想人でもありました。
「ラシアさん? ナティは王女ですよ? 王女が危険に晒されるのを止めるのはメイドの仕事なのでは?」
「主人を応援し、願いを叶えるのがメイドの務めでございます。なので当然、私もお供致します」
この主従コンビは、さっそく何を持って行くかなど話し合いを始めてしまいました。
王女を連れ歩くなんて責任重大過ぎて困るんですけど……。
かといって説得して諦めてもらえるとも思えず、已む無く方向転換。
全力でナティを守るためにも、まずはシフォンの預け先を考えなければ。
やはりミリアシスですかね。
エリーシェさんもいますし、副々聖女なので教会の方も快く受け入れてくれるでしょう。
当然ながら寄付金という形で、ディータランドからお金も出しますし。
そんな風に考えながらシフォンを見ると、彼女はすでに涙目。
頬をぷっくり膨らませ、不退転の覚悟を完了しているご様子です。
「でも駄目で――」
「……やっ!」
ぐぬぅ……。
以前にも増して反抗力が半端ない。
しかし賢いシフォンのこと。
理詰めでいけば、必ず分かってくれる筈です。
「いいですかシフォン。僕はナティを守らなければなりません。ナティが怪我をするのはシフォンも嫌ですよね?」
シフォンはとてもナティに懐いていますから、これは効果ありでしょう。
「……ん」
「そうなると、僕は手一杯になるのでシフォンを守ることが出来ません。それも分かりますね?」
「……ちょっと」
「良い子ですね。ということで、シフォンは連れて行けないのです。分かりましたか?」
「……やっ!」
くぬぅ……。
絶対分かっている筈なのに子供権を発動したかのような頑固っぷり。
「いいじゃないディータ。シフォンも連れて行ってあげましょうよ」
と、ここでこともあろうに、ナティからシフォンへの援護射撃です。
「だ、駄目ですよナティ。貴女のことだって守り切れる自信はないんですから、シフォンまで連れて行ったら絶対無理です!」
「ディ、ディータの気持ちはすっごく嬉しいのだけれど、私だって守られるばかりじゃないのよ? 魔法だって前よりずっと使えるようになったんだからっ!」
前より?
あぁそういえば、ナティは冒険者登録もして、ケルベロスのいた洞窟へ行ったのでしたっけ。
「でもゴドルド大陸ですからね? 初級魔法が使える程度では――」
「中級よっ!」
「え……?」
今なんと?
「中級攻撃魔法なら使えるわっ!」
ちょ、ちょっと待って下さい?
中級ですか?
賢者時代の僕がついぞ覚えることの叶わなかった中級攻撃魔法なのですか?
「本当ですよディータ様。ナティルリア様は、それはもう血の滲むような努力をされたのですから」
僕も血の滲んだ努力をしたのですが……。
これが才能の差というやつでしょうか?
ちょっとショックを隠しきれません……。
「で、でも。それでもゴドルド大陸で通用するかは未知数ですから。せめて強い前衛の方がいれば話は別ですけど、僕もナティも後衛では危険に変わり――」
「強い前衛なら心当たりがあるじゃないっ! 彼女も連れていきましょうっ!」
あぁっ!?
そうでしたっ!
一人でゴールデンゴーレムを五十体も倒した人が、近くにいることを失念していましたっ!
シフォンを連れて行く大義名分を与えてしまい、僕は口が滑ったことを後悔です。
ともあれシフォンはパッと顔を明るくしていますし、もうここから覆すことは不可能でしょう……。
あとはリルゼさんが断ってくれることを祈るだけ。
今日はもう日が傾きかけているので明日、一縷の望みをかけて、僕は城下町の道具屋さんへと向かうことにしたのでした。