102話 僕はディアトリさんを問い詰めます
ついにカジノが完成し、先日から営業開始となりました。
ここで働くスタッフさん達もラシアさん仕込み。
前回よりも厳しく躾けましたと言っていただけあり、完璧な接客が出来ているようです。
まぁ途中で泣きながら辞めてしまう方も多かったみたいですけど。
この施設の出資はポードラン国ということもあり、安心して楽しめる賭博空間として早くも大人気となっています。
他国からのお客様も来れば、ポードランは金銭的に潤うでしょう。
収益の二割を僕にとのことですが、しばらくの間は辞退することにしました。
喫緊でお金が必要な事はないですし、まずは国を立て直して欲しいと、そう思ったからです。
そのように伝えると王様と宰相さんからとても喜ばれ、僕もホッと一安心でしょうか。
それからしばらくは平和な日々が過ぎて行きましたが、数日後。
ついに来るべき日が来ました。
「ディータっ! 到着したみたいよっ!」
お屋敷のダイニングで寛いでいると、ナティが駆け込んできたのです。
バーンっと勢い良く扉を開けて、額に浮かべた汗もそのままに。
その慌てぶりから、僕が待ち望んでいた報告なのは間違いないでしょう。
「本当ですかっ! で、今どこに?」
「まずはお父様に報告するみたいね。だからお城にいると思うわ」
「分かりました。ではちょっと行ってきます」
「私も行くわっ!」
思ったとおりナティの報告は、ディアトリさん達がポードランに到着したというものでした。
なにはともあれ祝辞を送り、すぐにでも話を聞きたかった僕は、この日をずっと待っていたのです。
それにヘーゼルカお姉ちゃんと久しぶりの再会ですから。
心なしか心臓も待ちきれないと、早く動いている感じがします。
善は急げとすぐに馬車を走らせます。
以前は絶対不可侵的なイメージだった白亜のお城ですが、最近は出入りすることも多く、割と慣れてきました。
昔の僕に教えてあげたいですね。
すぐに「死刑」だと叫ぶような人は、そんなに多くないですよ、と。
……。
お城に到着すると、どうやらディアトリさんは今まさに王様へと事の顛末を報告中のようで、僕達も遅ればせながら謁見の間へ通させてもらうことになりました。
謁見の間へ通じる重厚な扉をギギッと兵士さんが押し開くと、まず玉座でニコニコと話を聞いている王様の顔が目に飛び込んできます。
その横には宰相さんもいらっしゃり、同様に顔を綻ばせていました。
その眼下にはディアトリさんと……あれ?
ディアトリさん一人だけです。
ヘーゼルカお姉ちゃんは?
それに魔法使いさんと僧侶さんの姿もないのですけど?
扉が開く音に反応したのか、謁見の間に居た人々の視線がこちらを向きました。
「おぉ、ディータよ。よくぞ参った。一時は共に旅をした仲であるのだろう? お主も一緒に話を聞くがよい」
すっかり顔見知りになった王様は僕とナティを手招きしますが、跪いていたディアトリさんは、僕を振り返ったままギョッと表情を固くしていました。
まるで幽霊でも見たようなお顔です。
「ディアトリさん? 僕のことを忘れてしまったのですか?」
近付きながら久しぶりの彼に声を掛けると、金縛りが解けたようにディアトリさんは口を開きます。
「あ、あぁ。いやディータか。少し見ない間に随分成長したものだと思ってね。ビックリしてしまったよ」
「そうですか?」
あまり身長が伸びていないので、そう言われても嬉しくないのですが。
「それに国王様から君の活躍は聞いたよ。なんでも素晴らしい功績をあげているそうじゃないか。同じパーティーを組んでいた者として、とても鼻が高いよ」
「僕の方こそです。魔王、ついに倒されたんですね。おめでとうございます」
「あ、あぁ。ありがとう。君にそう言って貰えて嬉しい」
控えめにそう言ったディアトリさんは、すぐに顔を逸らして王様に向き直ろうとしますが、僕はそれを呼び止めました。
「ディアトリさんっ! それで、ヘーゼルカお姉ちゃんはどこですか?」
ビクリと。
ディアトリさんの肩がヘーゼルカお姉ちゃんの名前に反応し、ビクリと震えたのを僕は見逃しません。
最悪の予感が脳を過ぎります。
「……ディアトリさん? 嘘ですよね? まさか――」
「違うんだっ! 君が思っているようなことじゃないから心配しなくていい」
「そうなんですか? ならどこに?」
重ねて問うとディアトリさんはスーッと大きく息を吸い込み、ツラツラと語りだしたのです。
「彼女達はまだゴドルド大陸に残っているよ。魔王が死んでもなかなか魔物が減ってくれなくてね。それどころか統制が取れなくなって周辺の町を襲い始めたから、今は残党処理といったところなんだ。僕は魔王の脅威がなくなったことを一刻も早く報告しなければならなかったからこうして戻ってきたけれど、国々を回って報告を終えたらまたすぐにゴドルド大陸に戻るつもりさ」
一息に捲くし立てたディアトリさんの態度に、僕はとてつもない違和感を覚えました。
なんでしょうか。
言葉にはしづらいのですが、何かおかしいのです。
まるで、予め用意していた台詞を言っているかのような……。
「聞いての通りだディータよ。積もる話もあるだろうが、まずは休ませてやりなさい。なにしろ魔王討伐という大偉業を成し遂げてきた勇者なのだから」
王様は特におかしなところを感じなかったのか、ニコニコとした態度を崩しません。
「ありがとうございます国王様。でしたらお言葉に甘え、下がらせて頂きたいと思うのですが」
「うむ。大義であったぞディアトリ殿」
「そういう訳だからすまないねディータ。本当はゆっくり話をしたいんだけど、僕にはまだやることが残っているからさ」
言いながら立ち上がり、僕の横をすり抜けて行くディアトリさん。
言っていることはもっともですし、引き止める理由もないのですけど――
「捕まえたっ!」
去り行く彼の腕を、僕は唐突に掴んだのです。
やはりおかしい。
どう考えても、彼の態度はおかしいのですから。
「姉を心配する君の気持ちは分かるが、心配いらないと言っただろう? 申し訳ないが、少し休ませてくれないか?」
答える彼の姿は――変わってませんでした。
僕の早合点。
本当に、ただ疲れているだけなのかもしれません。
でも
「す、すいません。ちなみに次はどの国に報告へ?」
「何故だい?」
「当然ミリアシスへも行きますよね? あちらで見せたいものもあるので、ご一緒できればと思ったのですが」
僕は引き下がりません。
事はヘーゼルカお姉ちゃんの安否に関わることですから。
少しでも違和感があるのなら、引き下がることなど出来ないのです。
「ミリアシス、か」
ディアトリさんが勇者候補として選定を受けたのも、当然ながらミリアシスでのこと。
エリーシェさんの先代か、はたまたその前だったのか。
神伝えの石の紛失前なのかどうなのか不明ですが、今一度ミリアシスへ連れて行き、エリーシェさんに見てもらえばはっきりするのです。
彼が本当に勇者なのか。
本当に彼に、魔王を倒すことが可能だったのかどうか。
えぇそうです。
実際のところ、僕は疑っていたのです。
ディアトリさんは、魔王を倒せていないのではないか、と。
「ミリアシスにも寄るけど、それは後回しかな。あそこは魔物の脅威が薄いからね。まずは魔物の脅威に晒されている国を回り、先に安心させてあげたいと思っているよ」
「なるほど。もっともですね」
もっとも過ぎて怪しいですけど。
そう僕が怪訝な目をしていることに気付いたのか、ディアトリさんは懐から何かを取り出しました。
どうやら首飾りのようです。
「ひょっとして、ディータ君は僕が魔王を倒したということを疑っているのかな?」
「い、いえ。決してそんなことは……」
「いや構わないさ。でも本当なんだ。これが証拠になるかどうかは分からないけどね」
差し出された首飾りは、見るからに禍々しい気配。
「これは魔王が愛用していた首飾りだよ」
「そうなんですか?」
どれどれと拝借しつつ、僕はこっそり舐めてみることにします。
確かにただの首飾りには見えませんけど、それらしい物を用意しただけかもしれませんし。
すると
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名前:パルビス
性別:男
職業:魔王の首飾り
種族:魔力に冒された高価な首飾り
所有者:魔王
魔力値:93,650
説明:魔王が愛用している首飾り。初めはただの装飾品だったが、魔王の魔力を浴び続けた為に禍々しい魔力を帯びるようになっている。
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驚きの結果です。
疑いようも無く、これは本当に魔王が着けていた首飾りのようなのです。
驚愕に目を見開いた僕の態度で、僕が納得したと思ったのでしょう。
首飾りを懐に仕舞い直し、ディアトリさんは嘆息しながら言いました。
「もういいかな? 本当に疲れているんだ」
「ディータよ。それくらいにしてやりなさい」
ディアトリさんの辟易したような態度に、見兼ねた王様も援護射撃。
さすがの僕でも、これ以上引き下がるわけにはいきません。
「はい……。すいませんでした……」
「いや、いいさ」
爽やかに言って今度こそ謁見の間を後にするディアトリさんの横顔は、心底ホッとしていたのでした。
……。
その後すぐにディアトリさんが宿泊する予定だという宿を突き止め、僕はそこに向かったのですが、部屋はもぬけの殻。
彼の姿は、すっかりポードランから消え失せた後でした。
ますます強まった疑念を抱えて屋敷に戻った僕。
これからどう動くべきなのか考えます。
一番良いのはディアトリさんを見つけ、本当のところを問い質すこと。
首飾りは本物でしたが、依然として僕はディアトリさんを怪しんでいるのです。
けれどこれは難しいでしょう。
宿を放棄してまで逃げるように姿を消したのですから、簡単に見つかるとは思えません。
見つけたところで本当のことを話してくれるかも分かりませんし。
となるとゴドルド大陸に足を運び、自分の目でヘーゼルカお姉ちゃんの安否を確認するのがいいでしょうかね。
あそこは危険な大陸なので、当然ながらシフォンは連れて行けません。
ナティにお願いして、ミントさん共々このお屋敷に住まわせてもらうのが良いでしょう。
まずは皆さんにその計画を話さねば。
そう思ってラシアさんに皆を呼んでくれるようお願いしたのですが……
「た、大変ですディータ様っ!」
ミントさんを部屋まで呼びにいったラシアさんは、なにやら紙を手に持って慌てていたのです。
「どうしたのです?」
「それが……」
手渡された紙はミントさんの部屋に置いてあったそうで、そこにはこう書かれていました。
『ちょっと旅に出る。心配するな。ミント』