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101話 僕は昇天

 僕と手を繋いでポードランの城下町を歩くシフォンは、とても楽しそうです。

 繋いだ手をブンブンと大きく振り、あちらこちらのお店に目移り。

 思えばシフォンと二人でお出かけというのは最近ありませんでしたからね。

 久しぶりの兄妹水入らずに喜んでくれているのでしょう。

 近頃はめっきり反抗期っぽくなってしまっていましたが、あれもひょっとしたら寂しさの裏返しだったのかも。

 そう考えると、自然と頬が緩む兄マインドでしょうか。


「……んっ! 次あそこっ!」


 シフォンが指差したお店は、小さな雑貨屋さんのようです。

 彼女は突然僕と二人で町を歩きたいと言い出し、さっきからこうしてウィンドウショッピングを楽しんでいるのです。


「いらっしゃいませ~。なにかお探しですか~?」


 お店に入ると、すぐに店員さんが駆け寄ってきました。

 若い女性の店員さんですが、鼻にかかったような間延びした声はちょっとだけどこかの聖女様を連想してしまうのでよろしくないです。


「……あおいキラキラがほしいっ!」


「青いキラキラしたものですね~。う~ん……。こういうのかな?」


 シフォンの注文に、さっそく店員さんがあれやこれやと品探し。

 指輪などの装飾品から家に飾る内装品まで、とにかく青くてキラキラしたものを色々見せてくれるようです。


 けどシフォンは一通り見て


「……ちがう」


 悲しげにうな垂れながら、首を振っていました。


 申し訳なさそうな店員さんに謝りつつお店を出たところで、僕はシフォンに聞いてみます。


「シフォンは何か欲しい物があって探してるんですか?」


 と。


 さっきから巡るお店で、毎度のように「青くてキラキラしたもの」を探しているようですからね。

 何か目的があるのでしょう。


「よければお兄ちゃんにどんな物なのか教えてくれませんか? 僕もお手伝い出来ると思うので」


「……いい」


 間髪いれずのお断りに、回復しかけていた兄マインドがほんのり塩味。

 ショックを隠しきれません。


「な、なんでですか? 僕に手伝われると迷惑だったり?」


「……すこし」


 えぇ……。

 なら何故に僕を連れてきたのか……。


『お財布役』


 恐ろしい想像をしてしまい、僕は慌てて首を振ります。

 そんな筈ありません……ないですよね?

 もしそうなら、僕は立ち上がることが出来なくなる自信がありますよ?


 心の中で吹き荒れる吹雪に凍えそうになりながら、僕はシフォンの手を強く握ります。

 しかし彼女はそんなことに気付いてくれる様子もなく、次のお店をロックオン。

 ターゲットを確認し「はやくはやく」と急かしてくるのです。

 楽しそうなその顔を見るだけで……


「し、しょうがないですねシフォンは」


 頬がにやけてしまう僕は兄失格なのでしょうか?

 でも仕方ないじゃないですか。

 こんな風にシフォンが甘えてくるのは本当に久しぶりなんですから。

 なら甘やかしたくなるのが兄という生き物なのです。


 そんなことを考えながらシフォンに引っ張られていると


「あら? もしかしてディータ君じゃない?」


 突然声を掛けられたのです。

 見てみると、そこには茶色い髪の毛の優しそうなお姉さん。

 丸眼鏡の奥から、ビックリしたような目が僕を覗きこんでいます。


「忘れちゃった? ほら、職業変更所の」


「あ、あぁ! 思い出しました!」


 そうでした!

 賢者資格を失った僕が、この町で遊び人に転職したのはこの方に勧められたからなのです。


「お久しぶりです」


「ディータ君も元気そうで良かったわ。それに見たわよ? 元英雄との決闘。すっごく強いのね!」


 にこにこと微笑みながら、お姉さんは僕の手を無理やり握り締めてきました。

 シフォンと繋いでいた手が離されてしまい、彼女は少しバランスを崩しましたが、なんとか転ばずに済んだようです。

 良かったと安堵している間にも、お姉さんはグイグイ迫ってきます。


「ディータ君の活躍を見て、最近遊び人に転職する人がとっても多いの。凄い影響力よね!」


「そうなんですか?」


「そうなの! 遊び人があんなに強くなれるなんて誰も知らなかったんだもの! あの赤発光は、きっとディータ君が遊び人の可能性を示す選ばれた人間だって証明だったのね!」


 なんのことか分かりませんけど、とにかくお姉さんは嬉しそう。

 

「とにかくディータ君はとっても凄いってことよ。それに王女様とも良い仲みたいだし?」


「え、えぇ。ナティとは仲良くさせてもらってますが」


 すると丸眼鏡がキラリと輝いたようです。


「そっかそっかぁ。なら行く行くは王様になるってことも……」


 なにやら呟いた彼女は、更に僕との距離を近づけてきます。


「とにかく私、あの時のことを謝りたいってずっと思ってたから。こんなところで会えるなんて、とっても嬉しいわ」


「謝りたい、ですか?」


 なにかされましたっけ?


「ほら。何の職業に転職するか困ってる君に、ちょっとおざなりな態度を取っちゃったでしょ? あの時は本当に忙しくて、ちゃんと相談に乗ってあげられなかったからさ~。ほんとゴメンね?」


「そうでしたか? まぁ気にしてないので構いませんけど」


「私が構うのよ。だから、何かお詫びをさせてくれない?」


 そういうとお姉さんは、何故だかシャツのボタンを一つ外します。

 今日はそれほど暑くないのですけど、汗っかきなのでしょうか?


「この近くに良いお店があるの。美味しいご飯を食べられて、その後ちょっと休んでいけるような場所。どうかな? それとも私なんかじゃ駄目かしら?」


 グイッと腕を絡めて身体を押し付けてくるお姉さんに、僕はちょっと困ってしまいます。

 今はシフォンとお買い物の時間ですし、ご飯も食べたばかりですから。

 しかし振り切ろうにもお姉さんは意外なほど力が強く


「ね? いいでしょ? 王女様とは違う大人の魅力を教えてアゲル」


 なにやら顔をニヤニヤさせながら、僕を拉致ろうとしてくるのです。

 どうしたものかと考えているうちに、流されやすい僕はまたしても流されかけていたのですが


「……めっ!」


 突如シフォンが間に割って入り、僕を庇うように手を広げてお姉さんに立ち向かいました。


「な、なにこの子。娘……にしては大きすぎるわね。妹かしら? 悪いけどお嬢ちゃん、邪魔しないでもらえる?」


「……だめっ! あっちいって!」


「はぁ!? いい加減にしないと怒るわよ!?」


 お姉さんは力任せにシフォンをどかそうとしますが、シフォンの想いは揺るがないようでビクともしないのです。

 意外と力の強いシフォン。ちゃんと成長していますねぇ。

 っと、そんな感慨に耽っている場合じゃないですっ!

 焦れたお姉さんが、手を振りかぶりやがったのですっ!


「このっ!」


 気付いた時には容赦なく振り下ろされていたお姉さんの平手。


 ――が


「排除……する……」


 その手は煙のように現れたリヒジャさんに絡め取られ、ついでにお姉さんの首元にはナイフの刃が突きつけられていました。


「ボク……が……守る……」


「リ、リヒジャさんっ! そこまでで良いですからっ!」


 今にも刺し殺してしまいそうなので、慌ててリヒジャさんを制止でしょうか。

 するとお姉さんは腰が抜けたようにペタンと座り込み、慌てて走り去っていきました。


「いい……の……? シフォン……を……叩こう……と……してた……」


「それは許せませんけど、何も殺してしまう必要はありませんから。でも助かりました。ありがとうございます」


 僕の位置からでは間に合わず、シフォンが叩かれてしまっていたでしょうからね。

 素直にお礼を述べると、リヒジャさんは顔を赤くしながら俯き「いい……」とだけ呟いて、再び姿をお隠しになられました。

 たぶんその辺から見守っていてくれているのでしょうけど。


 見えなくなったリヒジャさんにもう一度お礼を言い、僕はシフォンの様子を確認します。

 叩かれこそしなかったものの、結構力任せに押しのけられそうになってましたから。

 どこか怪我でもしていないかと心配なのです。


「シフォン、大丈夫でしたか?」


 振り返ったシフォンに怪我はなかったようですが、涙を溜めてご立腹のご様子。

 シフォンパンチに備え、自然とお腹に力が入る僕でしょうか。


「……もうっ! にぃ、気をつけてっ!」


「は、はい」


「……うわきは、めっ、なのっ!」


 えぇ……?

 そんな要素はなかったと思いますし、それに僕は、まだ結婚してないですよ?

 と反論しかけましたが、シフォンの真剣な眼差しに射すくめられ


「気をつけます」


 謝ってしまう僕なのでした。



 ……。



 その後は気を取り直して再び雑貨屋さんを巡り、ついにシフォンはお目当ての「青いキラキラ」とやらを見つけた模様。

 それこそ瞳をキラキラ輝かせ、購入したうえで綺麗に包装してもらっていました。

 ちなみにお金もシフォンの支払い。

 ディータランドのお手伝いなどで渡したお金を、ちゃんと貯めておいたみたいです。


 買い物を終え、また手を繋いでお屋敷へと戻る道中。

 手を離してトコトコっと走り出したシフォンは、僕から数メートル先の位置で振り返り


「……にぃ」


 先ほど買った青いキラキラを差し出してきたのです。

 意表を突かれた僕は思わず「え?」と戸惑いますが、構わずシフォンは僕に押し付けてきました。


「僕に、だったのですか?」


 訊ねてみるとコクリと頷くシフォン。

 綺麗に包装された箱には、青いキラキラとやらが入っているのでしょう。

 呆気に取られながらそれを受け取り、どういうことなのかとシフォンを見ると、彼女は照れくさそうに俯きながら視線を彷徨わせていました。

 心なしか、ぷにぷに頬っぺも少し赤みがかっているようです。


「……いつもありがとう、なの」


 僕の兄マインド。

 今この時、天へと駆け上る勢いでしょうか。


 その後お屋敷に戻り、自室で箱を開けてみます。

 中に入っていたのはどうやらブローチのようで、その中心にはシフォンの求めた通りの青いキラキラした石が付けられていました。

 なんとなくナティの瞳を連想させる綺麗な石ですが、宝石というほど高価ではないでしょう。

 けどそれはどんな高価な物よりも、僕にとっては大切な宝物となったのでした。


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