9話 僕は悪い子になります
ヨロヨロと立ち上がったイビルサティさんが、血走った目で僕を見ていました。
止めて下さい怖いです。
生きてはいるけどダメージはかなりのものらしく、ぜぃぜぃと肩で息をしています。
でも油断は出来ません。
この状態でも、そこらの兵士じゃ太刀打ち出来ないほどの力を持っているでしょうから。
「下等な人間ごときが、よくもやってくれたなぁぁぁぁッ!!」
その雄叫びだけで、心臓が鷲掴みされたような圧迫感に身が竦んでしまいます。
背後でもシフォンがビクリと震え、王女様に至っては腰が抜けてしまったようです。
ぺたんと座り込んでしまっていましたから。
と、突然イビルサティさんの後ろで、勢い良く扉が開かれました。
「何事ですかっ!!」
騒ぎを聞きつけて、衛兵が駆けつけて来たのです。
「なっ!? イビルデーモンだとっ!?」
「ば、馬鹿なっ!? 何故こんな凶悪な魔物が城の中にっ!?」
しかし、一様に及び腰な兵隊さん達。
冒険者と違って魔物に接する機会が少ないし、とくに相手は中位種のイビルデーモン。
無理もない反応でしょう。
でも職務に忠実な彼等は、襲われているのが王女様だと知ると、すぐに槍や剣を構えました。
果敢にも真正面から挑むつもりみたいです。凄いです。
気合を込めて叫びながら、兵隊さん達が一斉にイビルデーモンへと飛び掛かりました。
「この魔物めっ!!」
「邪魔をするなぁぁぁッ!!」
けどイビルデーモンが吐き出した氷の嵐に、みんな吹き飛ばされてしまいます。
まともに戦えば、僕も簡単にやられてしまうでしょう。
その強さに、ブルッと背中が震えました。
「あ、あぁ……っ!!」
背後では、王女様が絶望の声を漏らしています。
兵隊さん達が簡単に返り討ちにされたのをみて、もう助からないと思ってしまったのかもしれません。
「レシビル!!」
だからって諦められませんっ!
再び僕の指先から、雷が迸りました。
が、それを読んでいたのか、サッと避けられてしまいます。
「遊んでいる最中の事故にみせかけて殺すつもりだったが、もういいッ! ここで王女を殺してくれるわッ!」
クワッと目を見開いたイビルデーモンが、絨毯を蹴って襲い掛かってきました。
避けるのは可能だけど、たぶん狙いは王女様。
……くっ!!
「防御力強化ッ!!」
咄嗟の判断で防御力を上げ、僕は背後の王女様に覆いかぶさりました。
直後、肩に激痛が走ります。
「がぁッ!!」
鋭い爪が、僕の肩を後ろから貫いたのです。
防御力を上げて尚、イビルデーモンの攻撃は脅威です。
だがやられるままではいけません。
すぐに、反撃のレシビルを連射。
「ちぃッ!!」
それを見て、イビルデーモンは一度距離を取ってくれました。
ズブリと爪が引き抜かれ、肩から血が噴出してしまいます。
「ディ、ディータ……っ!!」
「大丈夫です……」
嘘です。
一応すぐさま初級回復をかけたけど、痛みは残っているのです。
つまり、有体に言えば、すっごく痛いです。
でも不安と絶望に押しつぶされそうな王女様の前で、そんなこと言えるわけもありません。
強がって、なんとか平静を装うことにします。
そんな僕を、イビルデーモンは忌々しげに見ていました。
「ただの子供ではないと思ったが、何者だキサマ」
「遊び……元賢者です」
ここは強そうな方を名乗っておくことにしましょう。
さすがに遊び人ですなんて言ったら、次の瞬間にもサクッと殺されてしまいそうですから。
せめて警戒してもらわなければいけません。
「賢者だと? 忌々しい奴めっ! もろともに死ねぃッ!!」
そう言ってイビルデーモンは、口を大きく開きました。
まずいっ!
氷の嵐が来ますっ!
少し離れたところにいるシフォンも引き寄せ、王女様と一緒に抱きかかえると、予想通りに氷の嵐が、僕の背中に吹き付けてきたのです。
凍りそうなほど身体が冷たくなり、尖った氷柱が服を破き、肌を切り裂き、背中に刺さります。
「くぅッ!!」
「ディータッ!!」
「……んんっ!!」
心配そうな二人を作り笑顔で安心させてみるけど、引き攣った頬と噴出した汗では効果がありません。
二人とも、泣き出しそうに僕を見上げていました。
と、何を思ったのか。
突然王女様が立ち上がり、僕の側から離れてしまいます。
「わ、私はこっちよっ!」
なんてことでしょう。
情けない僕を守る為、彼女は自分を囮にするつもりなのです。
「ほう。観念したか」
イビルデーモンはそれを見て、ニヤリと口角を吊り上げました。
駄目です。
このままじゃ王女様が殺されてしまいます。
なんとかしなければ。
けど魔力はまだ残っているけど、僕は満身創痍。
初級回復で回復させても、ちゃんと戦えるようになるまで時間がかかってしまいます。
それに、真正面からレシビルを撃っても避けられるのはさっき見た通りだし、かといってあっちむいてホイはもう使えません。
どうしよう。
どうしたらいいでしょう?
とにもかくにも立ち上がり、僕は振り返ってイビルデーモンに向き直りました。
氷の嵐で切り裂かれた服がハラハラと舞い落ちてしまい、ほとんど肌を露出してしまったけど、僕は必死に戦う構えをとります。
けどイビルデーモンはこちらを一瞥しただけで、もう僕に興味を示していません。
その視線は、ガクガクと足を震わせている王女様に向けられていたのです。
なんとか注意を惹き付けなければ。
でも、どうやって……。
あ、あった!
一つだけ、可能性のある方法がありますっ!
でも出来るでしょうか?
分からない。分かりませんが……
「こっちを見て下さいっ!!」
ごめんなさい養母!
今だけ、悪い子になる僕を許してくださいっ!
片手を腰にあて。
もう片手を天高く突き上げて。
僕は必死に腰をくねらせ始めました。
そうです。
今ここに、封印されし禁じられた奥義を発動したのです。
「スキルっ! セクシーダンスっ!!」
「お……おおぅ……」
「ディ、ディータぁ……」
出来るか不安だったけど、やって見ると効果は一目瞭然。
イビルデーモンは、恍惚とした眼差しで僕の動きから目が離せなくなったようです。
何故だか王女様の視線も感じるけど、今はそっとしておきましょう。
フリフリと腰を振る僕。
フラフラと乙女チックに吸い寄せられるイビルデーモン。
ポワポワと頬を上気させて僕を見ている王女様。
混迷を極めた部屋の中、駆けつけた新手の兵隊さん達が、ついにイビルデーモンの背中にたくさんの槍を突き刺してくれました。
「グオォォォォッッ!!」
途端に我に返って咆哮する魔物。
間髪入れず、僕はレシビルを連射です。
「レシビルレシビルレシビルレシビルレシビルッ!!」
ありったけ。
魔力が尽きるまで、休む暇なく全力連射なのです。
すると最後にもう一度咆哮し、真っ黒になったイビルデーモンの身体が、サラサラと砂のように砕け散っていったのでした。