路地裏の僕と女の人
短編小説になります。
少しシリアスシーンもありますが、ぜひご覧ください。
-この世界は残酷だ。
ここはイギリスのとある町。
僕の周りにあるものはなんだと思う?
正解は、ゴミの山だ。
建物と建物の間にある路地裏に僕はおり、後ろにはゴミ箱がある。
ゴミ収集車が来ていないのだろうか?
ゴミ箱から溢れ出んばかりのごみが山になっている。頂には丁寧にちゃんと蓋が置いてある。
季節は冬、僕は1ヶ月前からご主人様の帰りを意味もなく待ち続けているのだ。
『どこにでも好きなとこに行くといい。お前は自由だ』
ご主人様が最後に残した言葉。
多分だが、ご主人様が何か悪いことをしたせいでケーサツに捕まったのだろう。
ケーサツの姿はご主人様のお屋敷で何度も見たことがあった。
『好きなとこに行くといい』
でも、僕には行く当てがどこにも無い。
ご主人様がいたお屋敷が僕の居場所だった。
だから、僕はご主人様を待ち続けているのだ。
でも、決して良いご主人様では無かった。
酒ぐせは悪いし、暴言を吐くし、暴力を振るわれたこともあった。
でも、ご主人様は町をフラフラと歩いていた僕を拾ってくれたのだ。本当にありがたかった。その恩を返したいと思った。
でも、もうどうすることも出来ない。
真っ暗な中で雪がしんしんとが降り積もっている。
僕が居る裏路地から見える景色はどうしてか、とても温かな光景だった。
目の前には見上げるほど高いクリスマスツリーが飾られてある。
町全体はイルミネーション一色だ。
そういえばと、クリスマスが近いんだと思った。
クリスマスツリーの周りにはたくさんの人がいる。
両親の間に挟まれ手を繋いでいる子供。
手をつなぎあっているカップル。
中には待ち合わせをしている男女がいた。
兎に角、家族連れやカップルが多いことが現状だ。
いいな、と羨ましくなる。
僕はというと、白いTシャツ姿に黒のズボン、黒い靴を履いている。僕自身のからだもボロボロだ。
そして僕には名前がない。いつも適当に呼ばれていた。
先程も言った通り路地裏で僕は、体操座りをしながらご主人様の帰りを待っているのだ。
行く手あまたの人達は、一瞬僕を見た後
「ひぃっ!」と悲鳴をあげたり、子供連れがいれば「見ちゃけません」と言う母親がいる。
素通りするものや早足で立ち去る者。さまざまだ。
どうせならここのままここで死んでしまってもいいと思う。
ご主人様が居なければ生きる価値はないのだ。
そう思うようになったのはいつぐらいだろう。
思い出せない。でも、確か……………
*
僕のご主人様はお金持ちの伯爵だった。もともとは結婚していたらしいが、妻子ともに家を出ていったらしい。
それからは、素残な生活だったという。
僕を拾ったご主人様は再婚などはせず一人暮らしだった為、部屋がたくさんあった。
僕はその一角を与えられた。
最初は、住む屋敷の場所を全部案内してくれた。
その後だった。ご主人様が豹変したのは…。
食事のときにワインが飲みたいから持って来てほしいと言われたので、言われるがままに持って行った。
ワインを飲む前まではとても優しい顔をしたただのおじさんだった。
僕がご主人様に与えられた食事をしていると、いきなり殴りかかってきたのだ。
僕の頬に拳が一発。
とても痛かった。涙がでるくらいに。
口の中は切れていて、血が滲み出していた。
そのときのご主人様は今までとは違い別人のようだった。
そのときから始まってしまったのだ。
ご主人様と下僕の関係が。
「お前は今日から私の下僕だ!!逆らったら今以上にひどい目に合わせてやるからな!!」
怒鳴り声を撒き散らし、ワイングラスは床に叩きつけられた。
それがとても恐ろしかった。怖かった。
助けを求めたくとも、この屋敷には僕とご主人様と二人だけの生活だ。
決して他者の介入はない。
屋敷の中では友人らしき人には表づらて、「この子は養子です」とニコニコ話していたのを何度も覚えている。
*
あぁ、そうだ。そのときから自分の価値観が見いだせなくなったのだ。
気づけば僕はご主人様に教調されていたのだ。
恐ろしいくらいに………。
でも、僕はご主人様に救われたことは確かだった。
もしかしたら、この世界が残酷だと思っているのは僕だけなのかもしれない。
ここにいる人達はみんな笑顔だ。
それがどことなくいいな、と思う。
もしかしらご主人様とこんな関係が築けたのかもしれない。どちらが悪いのかは分からないが。
最初で怖じけづいてしまい歩み寄ろうとしなかった僕なのか、ただただ酒ぐせが悪いご主人様なのか。
──もう分からない………。
「ねぇ。あなたこんな所で何をしているの?まだ、子供よね?」
それは突然だった。
うつ向いていた僕はビグっとしながらもさっと顔を上げた。
声をかけたのは60歳くらいの女の人だった。
お金持ちの人だろうか?顔には薄く化粧がされており、白色の髪の毛は後で一つにまとめられていて、ベージュのピンタックワンピースを着ている。そして黒色のファーがついている灰色のコートを羽織っている。
女の人は「そんなに警戒しないで」と僕と同じ目線になるようにしゃがんで言ってくれた。
「何があったのかゆっくりでいいから、よければ話して頂戴。ここで何をしているのかしら?」
何故だろう、僕の口が勝手に開く。止めたくても止めたくてもとまらない。
いつの間にか僕は女の人に今までのことをだいたい話してしまっていた。
その女の人は頷きながらも真剣に聞いてくれた。
ときには涙を流しそうになりなりがらも必死に堪えているようだった。
「そう、そうね。そうだったのね。辛かったでしょう。大変だったでしょう」
すると女の人は何かを思いだしたかのように呟いた
「もしかして貴方の言うご主人様って、ビボワール家の旦那様じゃない?」
「えっ。ご主人様を知っているんですか?」
驚いた。まさかご主人様を知っているなんて。
ご主人様のお屋敷は森の奥地にあったはずだ。僕は外に出る許可があまり無かったので、ご主人様の友人関係はよく知らない。
「えぇ。一度お会いしたことがあるの。そのときに言っていたわ。自分には15歳の養子がいるって。貴方のことかしら?」
「はい。多分、僕のことだと思います」
なんだか嬉しかった。ご主人様を知っている人がいて。でもねと女の人は言葉を続けた。
「ビボワール家の旦那様はね、1週間くらい前かしら。交通事故亡くなったのよ」
「・・・えっ?どういう事ですかっ!」
思わず女の人の顔を近づける。それくらい衝撃だったのだ。
「警察署から出頭したあとにね。自ら車道に飛び出したらしいのよ」
嘘だ、嘘だろ。ご主人様が自殺だなんて…。
頭の中が真っ白になる。
決していい思い出はないが、僕にとってはかけがえのない人だった。
一人だった、僕を拾ってくれて部屋まで与えて貰った。酷いことをされたが、それでも僕にとっては大切なご主人様だった。
あぁ、これでもう本当の意味で自由になってしまった。
僕を縛るものは誰もいない。待つ必要もない。
自由なのだ。ただそれだけだ。
ふと、目から何か熱いものがこぼれた。
それがなんなのか理解するまで、時間がかかった。
これは涙だ。泣いているのだ。
女の人は驚いており、ポケットからはハンカチを出して拭いてくれた。
そして、暖かく抱きしめてくれた。
「貴方は行くところが無いのよね。それだったら家に来なさいな」
「いいえ、いいえ………ごめんなさい。僕はあなたみたいな優しい人に迷惑をかけるつもりはありません」
女の人は優しいんだろうなということが心から分かる。でも、僕が付いて行ったところでその人の家庭を壊すかもしれない。それがとても怖かった。
女の人はさっと腕をほどいて、僕の肩に乗せた。
「そこは気にしないでいいのよ。私はね早くに夫を亡くしているの。子供もいないわ」
女の人はふっ、と笑い
「私はあなたに来て欲しいの。あなたには幸せになって貰いたい。そう言えば、私の名前はまだだったね」
と言って女の人が立ち上り、僕に手を差しのべる。
「私はロジーナ、ロジーナ=レンエルートよ。あなたのお名前は?」
「僕の名前……」
僕は自分自身のことをよく知らない。
どこで生まれて、親がだれか、自分の名前はなんなのか。何も知らない。
でも、ご主人様からは・・・。
「ご主人様からは、グズとかマヌケとかくそがきって言われてきました」
そう、といってから僕の手を引っ張り立ち上がらせる。
「そうねぇ。ではまずはあなたに名前を付けましょうか」
いいかしら?と聞かれたのでとりあえず僕は首を縦にふった。
女の人がうーん。と唸ってから数十秒後。
「そうだわ!アマンダにしましょう。どうかしら?」
「アマンダ。アマンダ=レンエルート」
その言葉を反復し、思わず笑みがこぼれる。
その様子を見たロジーナが笑顔で答えた。
「うん。気に入ったようで良かったわ。あなたは今日から私の息子よ」
「はい」
なんだかただ単純に嬉しかった。名前を付けて貰ったことも家に呼んでくれたことも、なにより僕に歩み寄ろうとしてくれたことが嬉しかった。
僕はもしかしたら初めて「笑顔」という表情をしたのかもしれない。
「私の家はこの町の少し外れにあるの。とても草木が多くて、自然豊かな場所よ。きっと気に入ると思うわ。さぁ、行きましょう。少しだけ時間は遅いけれど、まずは洋服選びからね。この近くに素敵なお洋服屋さんがあるのよ。アマンダに似合う最高の物を選びましょうか」
ロジーナと手を繋ぎ、裏路地を後にする。
こうして僕の新しい物語が始まったのであった。
読んでくださりありがとうございました。
他にも「異世界で今日から魔王という名の妻になります!!」を連載しております。
よろしければそちらもどうぞ。(⌒‐⌒)