ep.2 完全没入型VR
供養2話目。折り返しです(早い)。
昌疾が最初に感じたものは重力だった。先程までは横になっていたというのに今は立っているらしい。
段々と複数に分かれていた線が結ばれていき、ハッキリとした像が浮かび上がる。
ここは広場だろうか。中央に噴水があって周囲には雑居ビルのような薄く黒ずんだ建物が立ち並んでいるのがわかる。
雰囲気は端的に言っても最悪で、無法地帯と言っても過言ではなさそうである。この街を作ったデザイナーに少し恨めしさを感じながらも昌疾は知り合いの顔を探す。
「おーい、昌疾!」
「お、聖か」
見知った顔を見つけれて安心できたのか顔を明るくさせて駆け寄ってくる聖。
昌疾もとりあえず安堵の息を吐く。
「さて、あとは父さんだけか」
ぐるりと辺りを見渡すがどうにも明らしき人影は見当たらない。
ここにはいないのだろうか。
どうやら明は昌疾たちのいる場所にいないらしい。久々の父のゲームについて根掘り葉掘り攻略のコツでも聞こうかと考えていた昌疾は少し残念そうにしながらあるきはじめる。
「やあやあ、迷える童貞DK達よ。このお姉さんが君たちにチュートリアルの説明をして差し上げようではないか」
突如現れた赤髪のグラマラスな女性。ついでに美女である。ただ、開口一番に下ネタをぶち込んできているためにすべて台無しになっているのだが。
「あー、オホン。私はインストラクターのミントだよ。よろしくだ」
流石に自分でも思うところはあったのだろうか、少しばかり顔を赤らめている。
「ミントさんってNPCってヤツなんです?」
事前説明においてはインストラクター自体がNPCという話だったのだが信じられない
「いい質問だ聖くん。とりあえずは、そうなるね。言っておくとすれば今は中の人はいない。私は昌疾くんのお父さんじゃないってことさ」
「む……」
図星を突かれ、昌疾はキョトンとする。
「ただまあ私は君のお父さんを元にして作られた人格プログラムさ。つまりある意味でお母さんと呼んでもらっても過言ではない!!」
「自分で言うか、それ」
前半はただひたすらに人工知能の技術を関心していただけだったのだが、後半からはその関心を返して欲しいほどにつまらない話であった。
ただ、先程羞恥心があったため父親とは別物だと昌疾は妙な確信を持った。
「なんだよぅ、別にいいじゃないかぁ! 私だって人間であればどれほどいいと思ったか!!」
(なんというか、どこまでいっても父さんは父さんだな……)
ただ、父と同じように悪い人ではないと感じる。
「えーっと、ミントさんでしたよね。それでチュートリアルってのは……?」
「それはこっちに来てくれたまえ」
昌疾らはミントに連れられ、広場から歩いて15分程の場所、街の一角にある広い敷地を持ったガレージへと着いていた。
そこにあったものは……。
「おお……」
「すっげ……」
跪いた等身大の量産型ロボット2機である。
その機体が放つオーラは実物のように重厚で、それはこれから始まる戦いへの期待を高めていく。
「このプログラムは元軍部で使用されていただけの事はあって非常に精密で現実的なものだ。遊びだが、遊び感覚じゃ上手く扱えんから気をつけるんだよ」
「分かってるって。その言い方、父さんみたいだなぁ」
昌疾は困ったように手を振り、いつの間にやら機体の搭乗口へと入っている。
「あ、ミントちゃんもう1度昌疾くんのそのセリフききたぁーい!」
「うるさい」
「ぶほっ……」
ミントは昌疾のセリフと背中への強力な手刀によって轟沈すると共に聖を機体に乗り込むように崩れ落ちた体全体で促す。
「出会ったばかりなのに仲良いな二人は……、やっぱり相性がいいのかな?」
「それはない」「そのとおり!」
同時に意見が食い違う二人。その様子に若干引きながらも、心の中ではぴったりだなと感じる聖。だがその胸の内では初めてのロボットの操縦にも心が踊っている。
そして、ミントが腕を組みながら言った。
「ふむ、2人とも心の準備は出来ていそうだね。出来てなくても連れていくけど」
ニヤリと不敵に笑うが、それもつかの間。ミントはチュートリアルの概要を話すからと言って二人を機体の方へと押しやる。
「乗り方は簡単。この輪っかに足をかけてこの棒を持つ。あとは落ちないように頑張るだけ」
「えっと、服とかはどうするの?」
「それはゲーム補正だどうとでもなる」
「えぇ、なにそれ」
ミントの雑な解説に若干げんなりしつつ機体に乗り込んで行く二人。
『それじゃ、ここからは作戦の概要だ。ちなみにパイロットスーツにはメニューから着替えボタンを押すとパイロットスーツがあるぞ』
期待の無線にミントの声が入り込んでくる。トランシーバーを使っていないにも関わらず、だ。
『どうなってんだ、口も動いてないぞ……』
『うるさい、オペレーター補正だ』
「ミントさん、それは無茶苦茶すぎやしないかな」
無駄口を二人に挟まれて話が進まずにミントはやきもきとするのだが、今度は2人の質問も無視して説明を始める。なお、二人は口を動かしながらパイロットスーツに着替える。
『……さて、君たちは新しい傭兵という扱いでこの街の中で暫く生活することになる。とまあ私らインストラクターの最初に言うべきことはここまでだ。
今回の依頼主はこの街の市政からだ。場所はこの街から少し離れた工場地帯エリア"I-13"内容は工場に発生した暴徒の鎮圧。相手は量産型のArmだ。簡単だね』
昌疾達のモニターにターゲットのデータが送られてくる。送られたデータは即座にモニター上に展開し、目標の詳細が細かく載っている。
『目標の数は全てで18。そのうち単腕型が12機、歩行戦車型が6機だ。初の任務では少し数は多いが相手は戦闘の素人、そしてArmだけだ。
君たちならきっとやり遂げてくれるだろう。
さて、幸運を祈っている』
一連のセリフをしっかりと言い切って、以上と小さく付け加える。
『言うことは言うだけ言ったよ。外に輸送用のヘリがあるからそれで行こうか。それじゃ、いこー!』
『お、おー……』
乾いた笑いを浮かべつつも聖はどうにかミントのノリに合わせようと頑張っているのが分かる。
「んー、質問いい?」
『いいよ。どうかした?』
「敵の武装についてはわかる?」
昌疾の質問を聞いてミントはARのウィンドウから情報を見る。
『あったあった。単腕型はすべてライフルタイプの武装、歩行戦車型はすべてマシンガンタイプの武装だね。一応ミッション概要をそっちに送っておいたよ。また見たくなったらARメニューから確認してみてね。メニューオープンって唱えると開くよ。あとはフィーリングね。これについては後で教えるつもりだったけどまあいっか』
ミントに言われて小声でメニューオープンと唱える。
機械的な起動音と共に電子的な光板が目の前に現れる。
「おお……」
『おや、これを作ったのは君のお父さんなのだぞぅ。私を褒めてもいいのだよ?』
「……ああ、少なくとも褒める相手はお前じゃないだろ」
他愛もないやりとりをしつつもミントはしっかりと仕事はこなしているらしく、二機のロボットを接続した輸送ヘリは飛び上がった。
『うひゃー、俺らこんな雑な扱いなのな』
『望むのであればもっと快適なヘリにもできるぞ?』
「でも、高いんだろ」
『そりゃね、強化は基本的に金がいるさ。……とと、目的地が見えてきた。あそこが工場地帯エリア"I-13"だね』
「結構時間かかったな」
『まあ、今回は初回ミッションで派遣センターから燃料費ぶんどれるからね。緊急を要しないし折角だから長く飛んだのよ』
『な、なるほどなー』
燃料費まであるとは妙に細かいものだな……。昌疾は機内で気怠げにしながらも納得していた。
要するに次回からはヘリの燃料費がかかるということだ。次回からヘリの使用は考えなくてはならないのかもしれない。
『あ、先に言っておくけどヘリの燃料費は君たちの稼ぎに機体の修理費や弾薬費と比べちゃ雀の涙程度だからね。気にする必要はないよ。よほど金に困ってない限り、ね』
『なるほどな。それならばんばん任務に出れそうだな!』
「……いや、上手く旨い任務を探さなければならないのかもな」
雀の涙といえどもチリも積もればなんとやら、である。節約もしなければここから先、生き残るのはきつくなるかもしれない。まあ、本当に死ぬかどうかは置いておいて。
『ふぅん、さっすがー。私の元になった人物の息子なだけあるじゃん』
「んー、褒められてる気がしないね」
『いや、多分、褒めてると、思う……』
『2人とも私やあの人に厳しすぎやしませんかね!?』
基本ボケ側のミントのツッコミが炸裂する。さすがにボケ倒されてツッコミ側に回らざるを得なかったのだろう。
『おっと、到着だね。作戦時間開始間も無く。投下するよ、準備はいいかい?』
『オーケー。こっちはいつでも!』
「問題、なしだ」
2人はそれぞれで返事を返す。
昌疾は改めて自身の機体について確認する。
機体はいたってシンプルな量産型のArmedMetalで、武装は右腕に旧式のライフルと左腕に旧式の5m程の刃渡りをもつ実体刃の小型ブレード、右肩には小型ミサイルポッド、そして左肩には小型レーダー。
良くある、標準的な初期装備である。
もちろん隣にいる聖に関しても同じ機体、武装だ。
「さて、初めてのお仕事だ」
『ああ。行けるぞ!』
『はいなー。それじゃ、投下ぁ!』
ミントの気の抜けた掛け声と共に昌疾と聖の初任務が始まりを告げるのであった。
・
黒灰色の淀んだ空。
赤茶に汚れたトタンの掘っ建て小屋で男が忌々しげに呟く。
「くそが……。企業庁の野郎共未だに給金を引き上げることを渋ってやがる」
「それどころか企業庁もだんまりを決め込んでたが遂に市政庁にまで伝わっちまったらしい」
「チッ、傭兵を送られたら面倒だな……」
男の声に合わせてほかの男達が声を揃えて苦々し気な表情をする。
そしてその波紋は止まることを知らずこの掘っ建て小屋全体まで広がり、瞬く間に雰囲気は最悪となり、ざわめきが止まらない。
中には頭を抱えてうずくまるものまで出ている。
「戦えない奴はここを今すぐ出ていけ」
そんな中で1人の男が騒いだ。
当然であるが、そう切り捨ててしまえば掘っ建て小屋のざわめきはピタリととまる。
「それじゃどうしろってんだ! 俺たちにむざむざ犬死しろってのかよ!?」
頭を抱えていた男が立ち上がり怒声をあげる。
『ああ、その男の言う通りだ。第一工場員ってのが戦闘に向いてない。使ってるArmだって軍用と比べると鈍い脆い安いの三拍子だ。はっきり言って弱い。悪く言って初心者傭兵のカモになる』
声がスピーカーから響く。
「だ、だったら数で攻めれば……!!」
『はン。まずは乗り手がいねえ。いたとしてもその結果が工場のエリアとごと放棄、後に爆破されたんだろ。いい前例だ。こうやって小規模な武装蜂起の方がリスクが低い。当然、こっちとしてもハイリスクハイリターンだが』
「どのような手を使おうともハイリスクに変わらんってことだろ……」
声だけの饒舌な男の正論に、立ち上がった男は再び頭を抱えて座り込む。
『まあ、そのためにもあんたがいるってことだ。そ、そうなんだろ?』
工場員たちの中でもリーダー格の男が、一人だけ雰囲気の違う先程からよく口を動かす姿を見せない男へと問いかける。
『ヘッ、そうさ。雑魚の初心者傭兵など、このランク15の俺がひねり潰してくれる。なにより、それがクライアントの望みでもあるんだからな』
男は冷酷な笑を浮かべ、工場員たちにそう告げた。
そして男の待機する空間に声が無機質な声が響く。
『メルクーリオ、レーダーに反応。機影の数は……2』
声の主はその空間内に姿がない。
その言葉を聞いた男は冷たかった笑いから一転し、突如ぎらりとした目を獰猛に笑わせ言った。
「さァ、楽しい遊びの始まりだぜ……?」
次回最終話!
メルクーリオ、死す!
デュエル、スタンバイ!




