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新 VARIATIONS*さくら*  作者: 大橋むつお
39/42

39・髑髏ものがたり・8

新 VARIATIONS*さくら*39(さつき編)

≪髑髏ものがたり・8≫



「困ったなあ……」


 自薦、他薦合わせて5組も阿部中尉の遺族が名乗り出たのだ。


 遺骨の管理権は一応、トムから託されたあたしにある。そんでもって、トムに預けたアメリカ人のアレクのひい祖父ちゃんも「日本の遺族に返してほしい」という希望だった。

 DNA鑑定までやってるんだから、それをもとに一番血のつながりの濃い遺族に渡せばいいんだけど……ためらいがある。


 あまりに話が大きくなりすぎているのだ。


 下手をすれば、遺族の手によって見世物にされる恐れがある。現にあたし個人にもマスコミからの取材の申し込みがあった。ただバイト先の雑誌社が正面に立ってくれて、遺骨の髑髏そのものを見せることはひかえてきた。

 遺族によっては、髑髏を見世物にして取材費用や拝観料をとって一儲けすることも考えられた。現にいくつかの番組制作会社からは、かなりの額の取材費の申し込みもあった。それは雑誌社を通して断ってもらっている。今のところ厳密なDNA鑑定を遺骨と「遺族」のみなさんにやってもらって時間を稼いでいる。


「あまり気にやまなくってもいいよ」


 阿部中尉が現れて、直接あたしに言った。思わず叫び声をあげるところだった。


 だって、お風呂の中なんだもん!


「この家で二人きりで話せるって、お風呂かトイレしかないよ」

 トイレは問題外だ。まあ、こっちを向かないことで妥協した。

「この七十年で見世物になるのは慣れっこだ」

「だからこそ、もう阿部さんを見世物にしたくないのよ」

「それより、こんなことで君を悩ませている方が気詰まりだよ」

「でもね……」

 気づくと阿部さんが背中を流してくれていた。恥ずかしい気持ちはどこかへ行ってしまった。


 あたし、少しずつ阿部さんのことを好きになり始めていた。


「そんなことだろうと思った」


 そう電話してきたのは、さくらの『ゴンドラの唄』でお世話になった二輪明弘さんだった。

「明日、わたしの家にいらっしゃい。阿部中尉もいっしょに」


 ホンダN360Zに阿部さん乗っけて、二輪さんちにいった。


「さつき君の車が玩具に見えるね」

 阿部さんが無邪気に言う。ごっつい外車が4台も並んでいては、ホンダN360Zはたしかにオモチャだ。

「阿部中尉さん、こっちに移ってもらうわ」

 二輪さんが出したのは30センチほどのブロンズの日本兵の人形だった。

「これはね、高村早雲さんて彫刻家さんがね、戦友の慰霊のために作ったブロンズ。昨日すこし手を入れていただいて、階級章を中尉にして……ほら、台座の下に『陸軍中尉 阿部忠』って、入れてもらったの。阿部さん、こっちなら移り甲斐もあるでしょ?」

「よく出来ていますね。いいですよ、こっちに移ります」

 阿部さんは、あっさりとブロンズに移ってしまった。

「はい。これで遺骨はただの髑髏。だれに渡しても平気よ。ブロンズはさつきさんがお持ちなさい、気の済むまで。いつか好きな人が出来たら、あたしのところか、近くのお寺にお納めすればいいから」


 結果的には、お兄さんのひ孫にあたる遺族のところに遺骨は引き渡された。案の定、ひ孫は取材で一財産稼いだ。


「でも、あれでいいんだよ。取材のためだけど、仏壇買って亡くなった兄貴の供養までやってくれたからね……おお、なかなか腕上げたね」

 いつのまにか、お風呂で阿部さんの背中を流すようになった。だって、こうしてると阿部さんには見られないからね。

「でも、阿部さん。ほんとにあたしのとこなんかでよかったの?」

「フフ……」

「なによ、気持ち悪い!」

「二輪さんは知っていたよ」

「何を?」

「自分は、もう70年前から靖国神社にいるんだ。あの髑髏に付いていたのは分身みたいなもの。でも幸せだよ。さつき君にここまでしてもらって。さ、目つぶって、お湯流すから」


 気づくと、いつのまにか体を洗ってもらう側になっていた。ま、いっか……❤



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